重なり、通じ合う想い
「君自身は、俺のことをどう思っている?」
(私は……)
ギュッと胸の前で手を握り、口を開く。
「分からないの。 この気持ちに、名前を付けて良いものなのか」
「……その気持ち、とは?」
ヴィクトル様の問いかけに、俯きがちに答える。
「私、改心したと言ったよね。 それまで、恥ずかしいことに貴方が隣にいてくれることが当たり前だと思っていた。
だから、貴方が他の方……特に女性と話している姿を見る度、モヤモヤとして、それをそのまま貴方にぶつけてしまっていた」
今思えば、本当に馬鹿なことをしたと思っている。
前世の記憶を取り戻したことで、ゲーム中のアンジェラを客観的に見ていた記憶が、そう思わせてくれた。
「そうして気が付かない内に、貴方や周りを振り回し、傷付けたこともあって、こんな私が貴方に相応しくないと思ったの」
(その上、前世で彼が私の最推し=殿上人だったということが判明して、私が婚約者だなんて恐れ多すぎない!?と思って、適切な距離を保とうとしてしまったのよね)
「だから、いきなり婚約破棄を申し出てしまったの。 ……ごめんなさい」
「正直、傷付いた。 俺だって、君と同様側にいるのが当たり前だと思っていたから。
だから、焦った俺は、君を見張るという名目で婚約者のままでいられるようにしたんだ」
「そう、だったの!?」
初めて明かされた当時の彼の心境に驚き、顔が熱くなるのが分かる。
それは彼も同様で、コホンと咳払いをし続きを促しているのが分かって、私は慌てて彼から視線を外し、口を開いた。
「そうして貴方と距離を取れば、気持ちが整理され、冷静になれると思っていた。 ……でも」
「でも?」
私はギュッと拳を握り口を開いた。
「出来なかった。 ……貴方といると、今まで見えていなかったことにどんどん気が付いて、」
周りが見えていなかった私の記憶、それから前世のゲームの彼のスチルを全て合わせても、この三ヶ月間隣で見てきた彼は、今までに見たことのない表情……、新たな一面が垣間見えて。
「貴方といると、いつだって心が躍った。
それと同時に、ずっと心は苦しいままなの。
もう大丈夫だと思っていたのに、貴方が女性と話しているところを見たり、他の誰かと話していたりすると凄く気になってしまって……、これでは以前の私と変わらないじゃない……!」
「!」
気持ちが、グラグラと揺れ動く。
“呪い”持ちの悪役令嬢なんかより、愛らしいヒロインと結ばれる方がずっと、彼が幸せになれる。
そう頭の中で分かっていても、心の中ではあの夢のように叫んでいるのだ。
『彼の一番近くに私がいたい』と。
私は、呆れて笑みを零した。
「“見定める”と貴方もルイ様にも言われたけど、私の心はあの頃と何一つ変わっていない。
ね? 幻滅したでしょう?」
「……っ」
彼が目を見開き黙り込んだのを見て、私はやっぱり、と心の中で呟く。
(あんな問題行動を起こしていた時のことを反省する素振りをして、心の中では全く反省していないのと同義なんだもの、それは呆れるわよね……)
私は意を決すると口を開いた。
「だから、私のこの気持ちに今更名前を付けても、貴方を困らせてしまうだけ。 だから……っ!!」
私が紡ごうとした言葉は、彼の行動によって阻まれる。 それは。
(さ、さささ最推しの指が唇に!?!?
ちょ、ちょっと待って……、人差し指なっが!! え、これ手袋してるけど直で触られてたら余計にやばいやつだよね!? 良かった手袋してて! ……いや、この場合残念なのか!?)
と最推しの突然の行動に、一気に前世のオタク魂に火がついてしまい、違う意味でも気が動転する私をよそに、ヴィクトル様は口にした。
「その気持ちの正体なら、この前君が俺に教えてくれた感情と一緒だ。
つまりは、君は俺に“嫉妬”してくれていた、ということだろう?」
「……!」
私はその単語に、思わず息を呑む。
そんな私に、彼は嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「そうか。 俺だけではなかったんだな。
……君も、俺と一緒だ」
「……っ」
一緒という言葉に、私は動揺し狼狽える。
(ヴィクトル様と一緒、ということは……っ、で、でもそんなの私が許されるはずがない!
だって、私には“薔薇姫の呪い”が)
「……アンジェラ」
「!」
彼が両手で私の手をギュッと包み込むように握り、切なげに目を細めて訴えた。
「君は、何に怯えている?」
「……!」
彼の思いがけない一言に、大きく心臓が跳ねる。
そんな私に向かって、彼は更に言葉を続けた。
「君は、俺と同じ気持ちでいてくれているはずなのに、それを認めようとしない。
……まるで、諦めようとしている風にも見える。
それは何故なんだ」
「それは……」
私は“呪い”のことを口に出せないもどかしさを抱えながら、それでも何とか伝えようと口を開いた。
「た、大切なものを、これ以上増やすのは怖いの!」
「!」
今度は、彼が驚き目を見開く番で。
そして、その言葉もまた、私の本心だった。
(大切なものを増やせば増やすほど、大切にすればするほど、失った時の悲しみは大きくなる。
お母様やゲーム中のヴィクトル様のように……)
私にとっても彼にとっても、幸せになれる保証がないのに、最推しに悲しみを与えるだけの存在にはなりたくない。
だから、私は自分の気持ちに踏み込めずに、決断出来ずにいるんだ。
(彼の隣に、これから先も居続けることを)
そんな私に、ヴィクトル様が告げた言葉は。
「恐れているばかりでは、それこそ幸せが逃げてしまうと思うが」
「……っ」
ヴィクトル様が、私の目元を拭う。 そこで初めて泣いていたことに気が付く。
そんな私と彼は目線を合わせて言った。
「……とはいえ、突然母親を亡くした君が恐れるのも無理はない。
だが、君が俺の幸せを願ってくれているのと同様、俺も君の幸せを願っている。
俺としては、君がその幸せを掴むための手助けをしてあげたい」
「っ、私の、幸せを掴むための手助け?」
私の言葉に、彼は朗らかに笑って頷いた。
「そうだ。 そのために、俺は君の……、アンジェラの一番近くにいたいと思うんだが、君はどう思う」
「そんな……」
そんなこと……。
「ア、アンジェラ?」
今度は堰を切ったようにポロポロと泣き出してしまう私を見て彼が狼狽えたところで、私は言葉を口にする。
「っ、それだけで十分、幸せだわっ……」
「!」
まさか、そこまで彼が私のことを想ってくれているとは思ってもみなくて、嬉しすぎてただただ泣きじゃくる私に、ヴィクトル様は困ったように笑った後、口を開いた。
「本当は直接聞きたいところだが……、もし君が俺と同じ気持ちでいてくれているのなら、俺の仮面を外してもらえないか」
「!」
(私が、外して良いの?)
仮面の中から私を見つめる彼の澄んだ空色の瞳が、期待するように私だけを映していて。
その目を見て私は、彼の仮面の下の顔が見たくなって、そっと手を伸ばし……、仮面に手をかけゆっくりと外した。
そして現れた彼の素顔に目が離せずにいる私に向かって、ヴィクトル様は甘やかに笑って言った。
「ジンクス成立、だな」
「……っ」
今度こそ恥ずかしさに耐えきれず、咄嗟に目を逸らそうとした私を逃さないとばかりに、彼が私の顎に手をかけ彼の方
に向かされてしまう。
そして……。
「アンジェラ。 ……好きだ」
今度こそ、夢ではないその言葉を紡いだ彼の唇が、私の唇と重なったのだった。




