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紡がれた言葉

「仮面を、外しても良いだろうか」

「……!」


 ヴィクトル様の言葉に、私は頷きかけ……、ハッとして、慌てて彼から背を向けてしまった。

 それはさすがに予想していなかったことのようで、彼は戸惑う……よりも怒ったように口にする。


「おい」

「っ、だって……」


(こんな顔、見られたくない!)


 今の私の顔は、涙顔+化粧崩れを起こしている。


(いつだって最推しの前では、完全装備でいたいでしょう!?)


 こんな残念な顔は見せられない、見せたくないという気持ちが勝り、なかなか振り向くことが出来ずにいると。


「……アンジェラ」

「っ!?」


 背後から、ヴィクトル様が名前を呼ぶ。

 声を出さなかっただけでも褒めてほしい、だって……。


(ちっっっかくない!?)


 ナチュラルに耳元で名前を呼んでくる最推しの、距離感バグだけは本っ当に慣れる気がしないー!と内心声にならない悲鳴を上げる私をよそに、彼は言葉を続けた。


「心配なんだ、君のことが。 ……少しで良いから、顔を見せてくれないか」

「……っ」


 そんな優しい言葉をかけられたら、何だか悩んでる自分がちっぽけに思えてきてしまう。

 それでも振り向く勇気は持てず、背を向けたままおずおずと口を開く。


「酷い顔をしているわよ?」

「大丈夫だ」

「っ、幻滅、しない?」

「俺がそんなことで幻滅すると思うか?」


 私はその言葉でようやく意を決すると、そっと彼の方に向き直る。

 すると、ヴィクトル様は心から嬉しそうに笑うものだから、それが何だか直視出来ずに目を逸らす。

 そんな私の仮面に、ヴィクトル様は手をかけそっと外した。


「……っ」


 仮面の下に隠していた泣き顔が夜空の下に晒され、恥ずかしくなり俯くと、彼はそんな私の目元を親指で撫でてから、眉根を寄せて言った。


「……やはり、体調が良くないんだな」

「へ、平気よ。 今日は、少し眠れなかっただけで」

「ルブラン侯爵から全部聞いている」

「!」


(お、お父様……っ!)


 ヴィクトル様に体調が悪いことは伝えないでって言ったのに!とむくれる私に、彼は補足する。


「それは聞くだろう。 殆どの夜会は不参加、先月だって、今まで一度だって欠かしたことのなかった俺と二人きりの茶会でさえ断ったじゃないか」

「あ、あれは、その……」


(夢を二つ見たこともあって、ヴィクトル様と二人きりで上手くお話が出来るか自信がなかったから……)


 口籠る私に、彼は息を吐いて言った。


「俺に話しづらいのだったら、無理に言わなくても良い。

 だが、何度も言うようだが、俺は君の婚約者だ。

 ……いつでも、頼って良いんだぞ」

「……!」


 彼はそう言って私の頭を撫でると、「さて」と口を開いた。


「ベルンから承諾は得ているし、今日は早めに帰るぞ。

 俺の仮面を外してくれるか?」

「っ、駄目よ!」

「え?」


 私は咄嗟に、彼の頼みを断る。


(仮面を外すということは、舞踏会には戻らないという意味になる。

 そうしたら……)


 私は笑みを浮かべると言った。


「私のことは気にしなくて良いから、貴方は会場へ……、エリナ様や皆のところへ戻って」

「は? エリナ嬢? どうしてそこでエリナ嬢や皆が出て来るんだ」

「だって、仲が良いでしょう? 私は、大丈夫だから」

「……それの何が大丈夫なんだ」


 彼ははーっと息を吐き、やがて口にした。


「分かった。 俺は、君のことを放っておいて、エリナ嬢やベルン達の元へ行けば良いんだな?」

「っ、そう! 私のことは、気にしなくて良いから」

「……分かった」


 ヴィクトル様はそう言って踵を返す。

 その背中を見て、ツキリと胸が痛み、涙で視界がぼやけた……その時、不意に彼がこちらを向く。

 そして、言葉を紡いだ。


「何て、君を置いて行くわけがないだろう」

「!!」


 刹那、彼の腕の中にいた。

 痛いくらいに力強く抱きしめられ、動揺する私に彼は言った。


「君は、馬鹿だ。 そんな顔をしてまで、何故俺から離れようとするんだ」

「っ、だって、さっき皆と一緒にいるところを見て、楽しそうで」

「……あぁ、あれか。 あれは、手分けして君のことを探し出そうとしていたんだ」

「!? わ、私を探そうとしていた!?」


 私の言葉にヴィクトル様は「そうだ」と頷き続けた。


「調子が悪い君を早く帰らせるためには、一人で探すよりは効率的だと思ったんだ。

 ……でも、俺が最初に見つけられて良かった」

「……っ」


 その予想していなかった言葉に、また涙が込み上げてきてしまう。

 そんな私に、ヴィクトル様は言った。


「君は何か誤解しているようだから、はっきり言っておこう」

「……!」


 彼はそういうと、私の髪に手をかけ、桃色のウィッグを引っ張る。

 そして、元の檸檬色の髪が現れたのを見て、彼はふわりと一瞬微笑んでから、思わずドキッとしてしまうような真剣な表情をして言葉を発した。


「俺はアンジェラ、君のことが好きだ」

「……!?!?」


 “好きだ”。

 今度こそ、はっきりと私の目を見て告げられたその言葉に、私の理解は追いつかない。


(な、何かの間違いよ。 そう、これも夢オチなんだわ。

 だって、ヴィクトル様が悪役令嬢(アンジェラ)である私のことを好きになるはずなんて)


「その顔は、まるで信じていないようだな」

「!?」


 今度は、息が止まりそうになる。

 それは、ヴィクトル様が私に顔を近付けてきたからで。

 その距離が今度こそ吐息が触れるところまで迫っていることに驚き、私は咄嗟に彼の胸を押して言葉を口にした。


「だ、駄目!」

「何が」

「あ、貴方は私のこと、好きになってはいけないの!」

「!? 何故」

「……私といると、貴方が幸せでなくなってしまうから」


 思い起こされる、悪役令嬢(アンジェラ)が死んだ時の彼の表情を描いたスチル。


(もしこのまま“呪い”が解けなかったとしたら、今度こそ彼を不幸にさせてしまう。

 そんなのは嫌だ)


 今からでも遅くない。

 彼が私には構わないようにしなければ、と思ったその時、ヴィクトル様は私の目をじっと見て尋ねた。


「君は、この前もそう言って婚約破棄を申し出てきたな。

 何故そんなことを言うんだ?」

「……っ」


 “呪いのせいだ”と言えない私は、彼の疑問に対して何も答えられなくなってしまう。

 そんな私に、ヴィクトル様は言葉を続けた。


「俺としては、君が俺の気持ちをまるでなかったことにしようとしていることの方が、よっぽど傷付くのだが」

「!」


 ヴィクトル様の憂いを帯びた悲しげな表情を見て、初めて自分の過ちに気付く。


(そうだ、私のやろうとしていることは酷いことだ)


 ヴィクトル様が私のことを好きになってくれるわけがないと勝手に決めつけて、“呪い”が解けなかった時のことばかり考えて、突き放すような真似をして。

 彼が誠実に私への想いを口にしてくれたにもかかわらず、私はそれを受け入れることなく拒否しようとして。

 私は自分の愚かさに気付き、ショックを受けたまま口にした。


「ごめんなさい、ヴィクトル様。 私、最低だわ……」

「違う、そうじゃない。

 ……俺は、君に謝ってほしいのではなく、君の本当の気持ちが知りたいんだ」

「私の、本当の気持ち?」


 ヴィクトル様は頷き、言葉を続ける。


「俺は、君の素直な気持ちが聞きたい。

 “不幸になる”なんて言葉がどこから出て来たのかは知らないが、そんな未来のことは誰にも分からないのだし、問題はアンジェラ、君がどう思っているかだ。

 ……不幸になるかどうかは抜きにして、君自身は、俺のことをどう思っている?」


 空色の瞳が、真っ直ぐと私の目を見つめる。

 私は、そんな彼に向かってゆっくりと口を開いたのだった。

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