萌えの供給過多なんですが!?(大混乱)
(ま、ままま待って!?)
先程のシリアスモードから一転、最推しからのハグで落差が凄くて情報過多なんですけど……っ!?
「ヴィ、ヴィクトル様!?」
尋常じゃない鼓動の速さは、最早走ってきたヴィクトル様のものなのか、私の最推しからの胸ギュンギュン行動(お陰様で絶賛呼吸困難)によるものなのか分からない。
そんな私に、ヴィクトル様は息を吐き、私から離れると口を開いた。
「ど……」
「ど?」
「どこへ行っていたんだっ!
エリナ嬢と待っていろとあれほど……っ」
「……ごめんなさい」
彼が本気で怒っているのは、それほど心配してくれていたからだということが伝わってきて、私は目を伏せ謝る。
「……いや」
「?」
彼は私の両手をそっと取り、呟くように言った。
「俺も、目を離したのが悪かった。
七年前も、こうして君の手を離してしまって……っ、転んだのか!?」
「え……」
彼の視線の先を辿ると、確かにスカートの裾が派手に汚れてしまっている。
(は、恥ずかしいっ……)
そういえば、魔女さんが『婚約者に心配させてやりましょ』とか言ってた気がする……!
「どこを怪我したんだ!?」
「え!?」
そう言って彼が私の目の前でしゃがんだのを見て、慌てて答える。
「だ、大丈夫よっ! その……、そう! 親切な方に手当てをしてもらったの。
そうしたら、思ったより時間がかかって遅くなってしまって……」
(我ながらナイス言い訳! だけど、最推しに嘘ではないけれど隠し事をするとか良心が痛むっ……!)
ごめんなさい、ヴィクトル様! と心の中で全力で土下座をしていると、彼は視線を合わせず呟くように尋ねた。
「……誰に?」
「え……」
(う、疑っていらっしゃる!?)
そんなに時間が経っていたのかしら! と内心焦って答える。
「き、綺麗な女性の方だったわ。
通りすがりのところを助けて頂いたから、名前も存じ上げなくて……」
(そう言われれば、魔女さんに名前を聞かなかった!)
とがっかりする私に対し、ヴィクトル様は「そうか」とだけ呟くと、私の足をじっと見て言った。
「その足では移動出来ないな」
「え……っ!?」
その途端、彼は何をするのかと思えば、しゃがんだまま背を向ける。
驚く私に、ヴィクトル様は一言口にした。
「乗れ」
「!?!?」
(い、いやいやいや乗れと言われましても……!)
推しに背負われるって……どうなの!? え、良いの!?
(で、でもでもでもっ! 私侯爵令嬢だし……!)
いくらヴィクトル様に合法的にくっつける(抱きつける)と言っても、さすがにそれは……っ。
「……何してるんだ?」
「! アラン!」
私がそう声をかけてきた人物の名を呼ぶと、アランは私とヴィクトル様とを見て首を傾げた。
それに対し、ヴィクトル様は立ち上がり口を開く。
「アンジェラが怪我をしたんだ」
「!? 大丈夫か!?」
アランが目を丸くして私に尋ねたのに対し、慌てて答える。
「大丈夫よ、ただの擦り傷だから。
親切な方に手当てもして頂いたし」
「そうか……。 無理はするなよ」
「ありがとう」
アランの言葉に微笑み、ヴィクトル様をチラリと見上げる。
そして、ホッと安堵の息を吐いた。
(良かった、何とかおんぶは回避出来た……)
さすがに侯爵令嬢だし、周りの目もあるし、第一重いから迷惑をかけたくないしね……。
なんて思っていると、ヴィクトル様が不意にこちらを向いた。
その交じり合った視線に思わずドキッとしてしまう私に対し、彼は尋ねる。
「本当に足は手当てしてもらったんだな?
痛くもないのか?」
「えぇ」
そう頷くと、今度はアランに目を向けて彼は言った。
「アラン。 悪いが、アンジェラと俺はここからは別行動だと伝えておいてくれ」
「!? え……、きゃっ!?」
突然私の身体が傾き、気が付けば……。
「!?!?」
何が起きたのか分からなかった。
背中と膝に回る、力強い腕。
そして、目の前には……。
(か、顔!! 顔が、良すぎるっ……!?)
最推しの顔が間近にある。 それは、つまり……。
「お、おおおお姫様抱っこ!?」
完全に声に出してしまった私に対し、ヴィクトル様の空色の瞳がこちらを向く。
そして……、ふわりと効果音でもつきそうな笑みを浮かべて言った。
「先程は配慮が足りなかった。 ……これなら、良いだろう?」
「っ……!?」
(ひぎゃあああああ!!!)
最推しが、私を、萌え殺そうとしてくるぅーーー!!
思わず両手を顔で覆うと、鼓膜を震わす甘い笑い声が聞こえてきて、叫び出したい衝動(控えめに言って心臓が口から飛び出そう)に駆られていると、アランは「あー」と声を上げて呆れたように言った。
「分かった分かった。 見せつけてくれるな、そういうことは二人きりの時にやってくれ、バカップル」
「羨ましかったら早く婚約者を見つけることだな」
そんな軽口を叩くヴィクトル様のその表情も、顔を覆った手の隙間から見えて。
(っ、男性同士でお話しする時は、こういう表情をするんだ……)
と惚けて見ていると、私の視線に気付いたヴィクトル様が少し不満げに言った。
「アンジェラ、俺の肩に掴まれ。 落ちるぞ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ほら、早く」
「……っ」
ヴィクトル様の言葉に、私はスーハーと高鳴る鼓動を落ち着けようと無意味な深呼吸をし、淑女の仮面、淑女の仮面と呪いのように呟きながら顔を覆っていた手を外した瞬間、彼の瞳とバチッと目が合い……。
「や、やっぱり無理っ!!」
もう一度その手を顔の前に戻すと、ヴィクトル様がポツリと呟いた。
「……可愛い」
「へ……!?」
「何でもない。 見つかる前に行くぞ」
「っ!? わ……!」
ヴィクトル様はなるべく人混みが少ない道を通り、颯爽と駆け抜ける。
(お、落ちる……っ!)
慣れない浮遊感に思わずギュッとヴィクトル様の首に抱きつくと、彼もまた私の身体を支える腕に力を込めてくれながら言った。
「安心しろ。 絶対に落としたりしない」
「! ヴィクトル様……」
そう言った彼の顔を直視出来ず、私は俯き思う。
(こんな状況が、悪役令嬢である私が許されるはずがないのに)
それでもこの時間がずっと続けば良いのにと、願わずにはいられず、私はそっと回す腕に力を込めたのだった。




