前世:推し活の記憶
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澄み渡る青空の下、色とりどりの大輪の薔薇が咲き誇る庭園に備えられたガーデンテーブルを囲って、私と婚約者である彼は睨み合うように対峙していた。
「どうして分かってくれないの?」
「君こそ、何を考えているんだ。
“他の女性と話さないで”などと、無理にも程がある」
「貴方は自分の価値を分かっていないのよ! 貴方が女性とお話することで、その女性は貴方が自分を好きだと勘違いしてしまうの!」
「そんな訳がないだろう」
彼はそう言って、苛立たしげにドンッと机を叩いた。
今日は婚約者となってから欠かさず行われている、月に一度のお茶会の日。
だけど、そのお茶会が毎度口論になってしまうのには理由がある。
(私は、彼に愛されなければいけない。 でないと、私は……)
無意識に胸元を押さえる私に、彼はため息の後冷たい口調で言った。
「……そんなに婚約者である俺のことが信用ならないか」
「っ、違うわ!」
「何が違うんだ! ……はぁ、もう良い。
今日はこれでおしまいにしよう」
「っ、ヴィクトル!」
私は名を読んだけれど、彼は振り返ることなく行ってしまう。
その姿を見て、私はポツリと呟いた。
「……また彼に嫌われてしまった」
そう口にした瞬間、胸元が不意に熱くなり、呼吸がままならなくなる。
お嬢様!と名を呼ぶ侍従の声が遠のいていくのを感じながら、私の頭の中でどこか懐かしいような、そんな不思議な記憶が走馬灯のように流れてきた……―――
『やったー! 全ルート回収終わったー!』
そう言って、“私”は仰向けにベッドにダイブする。
『さすが“きみバラ”、絵もキャストも豪華で全部神だったけれど……、やっぱりヴィクトル様が一番!』
そう言って“きみバラ”……、正式名称は“いとしい君へ、このバラを”のパッケージに描かれている銀髪水眼の青年を見て足をばたつかせる。
『ヴィクトル様とヒロイン・エリナの、徐々に惹かれあっていく姿が最高にエモかった……!
けれど、ちょっと怖いのは突然死してしまった悪役令嬢のアンジェラよね。
断罪されるのかと思ったら、まさかの突然死でその後出番なしだなんて。
どのルートでもその死因は明かされなかったし……』
そう口にして、再度パッケージに目を向ければ、檸檬色の髪に緑眼の圧倒的美少女が映る。
『こうしてみると、どちらかというと悪役令嬢というよりは儚い美人系に見えるんだよね……。
まあ、この子の異常なまでのヴィクトル愛から来るヒロインいじめは、どう見ても悪役だったけど、何も突然死させなくても良かったんじゃないかなぁ』
考察を探してみたけれど、特にこれといった有力な情報は得られなかったし……。
『んー……、そこらへんはモヤモヤするけれど、まあ、ヴィクトル様が幸せになれたんだったらそれで良いかな!』
推しの幸せが私の幸せ。
そして明日は、乙女ゲームの祭典が行われる日。
推しに貢ぎ戦利品を勝ち取り、祭壇に飾るまでが私の仕事!
『さあ、明日は万全な体制で推しをお迎えするために早く寝よー!』
そう“私”は結論付けたのだった……―――
「……様、アンジェラ様!」
「ん……」
霞がかった視界の先で、私付きの侍女であるエメが笑みを浮かべた。
「アンジェラ様、ご気分はいかがですか?」
「……えぇ、大丈夫よ」
「まだ少しお顔色は良くありませんね。
お医者様からは疲労だと言われました」
エメの言葉に、私は「そう」と返し、言葉を続けた。
「ありがとう。 心配かけたわね」
「いえ、お嬢様が第一ですから。
あ、それからヴィクトル様がまだいらっしゃいますが、どうなさいますか?」
私はその言葉に、ビクリと肩を揺らす。
そして、少し逡巡した後口にした。
「……悪いけれど、今日はまだあまり本調子でないから、帰ってもらうよう伝えてくれるかしら?
また、ご心配をおかけしてしまったことへの謝罪と、改めてお会いしたい旨も伝えて」
「かしこまりました」
そう返すと、侍女は会釈をして部屋を出て行った。
一人残された私は、ふーっと長く息を吐くとポツリと呟いた。
「……“疲労”ね」
ベッドから起き上がり、鏡の前に立つ。
そこに映し出された自分の姿に向かって、私は口を開いた。
「全て思い出したわ、何もかも」
私は、前世で世界が全く違う別の人生を歩んでいたこと。
そして、その前世で大好きだったゲームの祭典へ行った帰りに事故に遭い、生涯を終えた私は、紛れもない『いとしい君へ、このバラを』、略して“きみバラ”の世界に転生したこと。 それから……。
「私がそのゲーム中で突然死を遂げた悪役令嬢、“アンジェラ・ルブラン”として生を受け、第二の人生を歩んでいることも……」