呪われ悪役令嬢の宿命
星祭りは、日本でいう縁日のようなイメージで、違うのは正午から夜遅くまで祭りがほぼ一日中続くということ。
そして、星祭りのメインイベントは、陽が沈み21時頃を過ぎたあたりから、その日一晩大量の流星群が流れる。
(攻略対象者とエリナのツーショットスチルが見られる、とても幻想的で素敵なスチルなのよね……!)
また、星祭りがカップルの祭りと言われる理由が、薔薇姫と騎士がお忍びで訪れ、流星群を見た際に『ずっと一緒にいよう』と誓ったことから、流星群を二人きりで見ながら同じ願いをすると、その二人は結ばれるというジンクスがある。
ただし、その願いを口裏合わせしたり、口に出してしまったりすると叶わなくなるとも。
(私はそれを信じていたから、ヴィクトル様に無理を言って毎年二人で流星群を見ていた。
今年はそれが叶わなくなるし、その上『薔薇姫伝説』が真実なら、そのジンクスは成立しないものだということも証明されてしまっているのよね……)
とはいえ、それを口に出すことはタブーだと知っているから、言わないけれど。
(……エリナ様も、流星群を一緒に見たい人がいるんだろうな)
今は攻略対象達が飲み物を買ってくるからといなくなっており(全員で行く必要があるのかとか色々疑問には思ったけれど、仲が良いということなのだろうか……?)、幸いここには私とエリナ様の二人きり。
チラ、と様子を窺いながら隣に座っているエリナ様にこっそりと声をかける。
「エリナ様、流星群のジンクスはご存知でしょう?」
「! あ、はい」
エリナ様は少し顔を赤らめて頷く。
(あーーー可愛いっ! 照れ顔まで天使なんだわ……)
あまりの可愛さに、可愛いっ!尊いっ!しか言えなくなっている私は、何とか頭を巡らせて尋ねる。
「私、考えなしに一緒に周ろうと誘ってしまったけれど、本来星祭りは、想い人や恋人の大切なイベント。
だから私のことは気にせず、流星群は是非貴女の想い人と二人で楽しんでね」
そう言ってウインクしてみせると、彼女は驚いたように目を丸くした後、ほんのり頬を赤く染めて頷いた。
(あぁっ、可愛い! 本当にお相手は誰なの!?
やっぱりベルン!? それともルイ!?
早く彼女を連れ出して欲しい……!)
そうすれば、相手が分かる。
(さすがにジンクスは“二人きり”という条件があるから、私が覗いて推し活することは出来ないのが残念だけれど……、代わりに私は本物の流星群を眺めて、聖地巡礼を堪能するわぁっ!)
前世でも流星群なんて生で見たことがなかったから、本当に楽しみ!
とテンションを上げていると。
「アンジェラ様は、ヴィクトル様とお二人で周られないのですか?」
「え……」
突然振られた言葉に言葉を失うと、彼女は小さく笑って言った。
「ベルンハルト殿下からお聞きしました。
毎年アンジェラ様は、ヴィクトル様と周られていたと」
「ベルンハルト殿下から!?」
「はい」
彼女の頷きに、私は内心頭を抱える。
(ベルン、余計なことを彼女に言わなくて良いのよぉ!
これではヴィクトル様は彼女の中で攻略対象“外”の位置付けになりやすくなってしまうじゃない!)
私はその言葉に対し、少し間を置いたあと答えた。
「いえ、彼と毎年星祭りに行っていたのは、それが婚約者の義務だと言って、彼を無理矢理付き合わせてしまっていたのよ。
……本当は、お母様を失った悲しみでいっぱいだった私が、“ジンクス”を知って、彼こそ失いたくないと思ってしまったからなの」
「!」
私は正直に、自分の気持ちを吐露した。
(そう、私は今度こそ誰も失いたくなかった。
これ以上傷付きたくなかった。
……自分を悲しみから守るために、思い通りになるように我儘を言って、ヴィクトル様だけでなく、周りを苦しめた)
そんな私の言葉に、エリナ様はポツリと呟いた。
「……アンジェラ様は、ヴィクトル様のことをお慕いしていらっしゃるのですね」
「……!」
私は彼女の口から紡がれた言葉にハッと息を呑む。
(私が、彼のことを?)
ギュッと“バラの印”が隠されている襟を握る。
そして、ポツリと呟いた。
「分からない」
「っ、え……」
アンジェラ様は目を見開く。
私は無理矢理笑みを浮かべて言った。
「自分でも分からないの。 この気持ちが何なのか。
……だけど、これだけは言えるわ」
私はそこで言葉を切ると、小さく呟いた。
「私に彼は似合わない」
「……!」
「彼と……、ヴィクトル様といる資格は、本当は私にはないの。
だって、私は……っ」
―――呪われた悪役令嬢なのだから。
当然その言葉は口から出ることはなく、代わりに“バラの印”が痛む。
「……アンジェラ様」
「え……」
名前を呼ばれ顔を上げれば、エリナ様の桃色の瞳から一筋、涙が頬を伝っていた。
エリナ様はそれを拭うことなく、私の手を包み込むように握ると、訴えるように言った。
「アンジェラ様が抱えているものは、私の想像よりずっと大きいと思います。
アンジェラ様の苦しみを全て理解することは難しいでしょう。
っ、けれど、どうか自分の本当の気持ちを大切にして下さい」
「! エリナ様……」
彼女は涙をポロポロと流しながら続ける。
「今のアンジェラ様は、どこか無理をしているように思います。
周りに気を遣い過ぎているというのでしょうか……、気のせいか、そんな風に感じられるんです。
それに、ヴィクトル様も仰っていました」
「! 彼が……?」
エリナ様は頷き、口にした。
「言おうか迷っていたのですが……、今のアンジェラ様には必要だと思うので、お伝えします。
……本当は、ヴィクトル様はアンジェラ様と二人きりで星祭りに来るつもりでお誘いに行ったようです」
「……え!?」
(誘われた時って……、ベルンと一緒に私の邸へ来た日?)
その時のことを思い出す私に、エリナ様は続ける。
「でも、その前にアンジェラ様に『皆で一緒に行こう』とお誘いがあったと、私とベルンハルト殿下の前で、どこか不服そうに仰ったのです」
「!? うそ、彼そんなこと一言も……」
そう言いかけてハッとする。
(そういえば私、彼が口籠っているところを遮って、『皆で行こう』と提案したわ……)
てっきり、エリナ様と行きたいけれど私に何て言おうか迷っていると思って……。
「アンジェラ様が嬉しそうにしているから、二人でとは言えなかったとそう仰っていました」
「っ、そんな……、うそ」
「それに、ベルンハルト殿下は『それなら私達が断ったことにしたらどうか』とご提案されたのですが、ヴィクトル様は首を横に振って『彼女が気落ちしているように見えるから、彼女の望みを叶えてあげたいんだ』と。
……ヴィクトル様はずっと、アンジェラ様のことを思っていらっしゃるのです」
「!」
私は彼女の言葉に何も言えなくなる。
(今の話が本当なら、私は……)
どうすれば良いの?
エリナ様の言葉に、自分の気持ちが揺らいだ、その時。
「エリナに何をしている」
「「!?」」
地を這うような声音に驚き見上げれば、そこには先程ふらりと私達の輪から先に抜け出していたルイの姿があって。
「っ!?」
そのルイの冷たい瞳を見た瞬間、“バラの印”がズキズキと痛み出す。
そんなルイの言葉に、エリナ様が立ち上がり言った。
「ルイっ! 誤解よ! 私は何も」
「じゃあ何故泣いているんだ」
「それは……」
エリナ様が口籠る。 彼女が口籠ったのは私を思ってのことだと気付き、それが今度は心を締め付ける。
その瞬間、込み上げていた思いが瞳から溢れ出してしまった。
「……ごめんなさい」
「っ、アンジェラ様!!」
私はそう呟くように言うと、エリナ様の制する声を振り切って、その場から逃げるように走り出したのだった。




