Let’s 推し活!※超絶浮かれています
(さて、話は振り出しに戻った……)
邸へ戻り、寝支度を整えた私は鏡台の前に座り、鏡の中の自分の胸元に映る“バラの印”を見て考える。
(十中八九、『薔薇姫伝説』のあの手記にはヒントが載っていない。
……と考えると、やはり別の方法なんてないのかしら)
もう一度、魔法陣の描かれた紙を見てため息を吐き、箱の中にしまうと、丁度侍女のエメが部屋の中へ入ってきた。
そして、驚いたように口にする。
「懐かしいですね、そのお箱!
すっかりお見かけしていなかったので、壊れたのかと思っておりました」
(エメは覚えていたのね。
確かに幼い頃、私はこの箱を宝箱だと言って皆に見せていたものね。
けれど、この“呪い”の紙を入れるようになってからは、開けることはなくなっていた……)
封印したつもりだったのよね、とその箱を見つめていると、エメに尋ねられる。
「中には、何をお入れになっているのですか?」
その言葉に私は鍵をかけ、箱に視線を落としたまま言う。
「そうね……、私にとって、とても大事な物よ」
「アンジェラ様……?」
私はエメの顔を見て何も言わず微笑むと、箱をそっと引き出しにしまう。
そして、話題を変えるべく口にした。
「もうすぐ星祭りね。 楽しみだわ」
「今年はヴィクトル様と二人でお出かけになるのではないのですね」
エメの言葉に私は頷き、笑って言った。
「毎年二人で行くのが恒例になっていたから、それが当たり前だと思っていたのよね。
……けれど、私の我儘だって気が付いたの」
ヴィクトル様の想い人は私ではない。
そんな彼が私に縛られ続けるのは可哀想だから。
「だから、今年は皆で行こうって私が言ったの!
それでも、彼からしたら迷惑でしょうけれど……、でも、どうしても一緒に行きたくて」
(推しの幸せを、この目で見届けたいから)
「……そうでしょうか」
「エメ?」
エメは私の髪を優しく梳かしてくれながら口にした。
「星祭りは恋人達にとって大切なお祭り。
アンジェラ様が二人きりで行きたいと仰っていたのは、決して我儘などではなく、至極当然のことであると思いますよ。
ヴィクトル様もきっと、同じお気持ちです」
「! エメ……」
エメの温かい励ましの言葉が胸に沁みる。
エメは鏡越しに笑みを浮かべて続けた。
「とはいえ、それは結婚した後でも出来ることと考えれば、大切なご友人と過ごされることは今しか出来ない。
是非お祭りを楽しんでいらして下さい」
「……ありがとう、エメ」
エメの言葉は、今の私にとってかけて欲しかった言葉な気がして。
心が救われたような気持ちで満たされたのだった。
そして、星祭り当日。
(……待って)
私は、目の前の光景が信じられずによろめくと、隣にいた最推しが今日も麗しいお顔で戸惑ったように口を開いた。
「大丈夫か? アンジェラ」
(だ、大丈夫ではないわ、だって……)
「アンジェラ、待っていたよ」
(攻略対象+ヒロインの全員と一緒に周るだなんてご褒美、聞いてないわよぉー!?)
事の始まりは、30分程前に遡る。
「エメ、おかしいところはない?」
「ふふ、はい! 全くございませんよ。
いつにも増して可愛いアンジェラ様です」
「エメ、真面目に答えて〜」
「至って真面目です!」
そんなやりとりを何度交わしたことか。
(だって、ヴィクトル様やエリナ様、それから彼女が今最も好感度が高いと思われるベルンとお出かけするのよ!?
ファンとして推し活をするには、まず粗相がないこと、失敗しないこと、決してエリナ様の恋路を邪魔しないように細心の注意を払うことっ!)
とにかく私は、ゲーム内での星祭り・ヴィクトルルートで、アンジェラが友人と歩いていたエリナに対して見せつけるようにヴィクトルと恋人繋ぎをしてほくそ笑む、なんてことはせずに、“陰ながら二人を見守り隊”に徹するのよっ!(※絶賛隊員募集中!)
Let’s 推し活! と楽しみすぎてハイテンションになっていると、扉をノックする音の後声がした。
「アンジェラ様、ヴィクトル様がお待ちです」
「すぐに行くわ」
「アンジェラ様、ファイトです!」
「えぇ!」
(頑張るのはヴィクトル様との好感度を上げるのではなく、推し活の方だけれどね……!)
そして意気揚々と、見た目はしずしずと廊下を歩き、玄関ホールに辿り着いた先に最推しがいて、私に気付いた彼がこちらに目を向け微笑みを浮かべた。
(……はぅあっ!)
破壊力のある笑み、そしてレア度の高いお忍び服装、そして存在に感謝〜〜〜!!
(しかも襟元のブローチの色味がゲームと違う……!?)
ゲームでは青の色味が、今日は緑でお洒落に着こなしている。
(え、ゲームのシナリオが変わった!?)
まさか、私が皆一緒に〜なんて我儘を言ったから、展開も変わっているということ!?
(まさか服装が変わるとは思わなかったわ。
ま、どちらも眼福なのは間違いないけれど!)
そんな心情を悟られないよう、毎度のことながら自分でも凄いと思う特技・淑女の仮面をつけてヴィクトル様の目の前まで来ると、口を開いた。
「ごきげんよう、ヴィクトル様。
本日のエスコートもよろしくお願いいたします」
この国では、基本砕けた口調で話す際は、侍従達がいない時、もしくは人払いを済ませた後がマナーとされている。
(だから、今もヴィクトル様は私と同様、紳士的に振る舞ってくれている)
そんな他所行き最推しも良いっ! むしろギャップ萌え……!
を感じていると、彼は笑みを浮かべて言った。
「こちらこそ、アンジェラ嬢の隣に立ち、エスコートさせてもらえるのは光栄だ。
……さあ、お手を。 馬車まで案内しよう」
「はい」
私はそう言って差し伸べられた手にそっと自分の手を重ねると、キュッ優しくとその手を握られた。
それだけで異常なほど心拍数が上がる。
(待って待って待って! 無理!
私の最推し(婚約者)が最高すぎるぅ! 手汗! 手汗かいてない!?
離したい、いや一生離したくないー!!)
最早自分でも何を言っているか分かりません、はい。
そんな大パニック状態の私の気などつゆ知らず、ヴィクトル様に手を引かれ、馬車に乗り込むと、ゆっくりと馬車が走り出した……途端、彼は笑みを消し急に不機嫌になった。
その変わりようにさすがに驚き、これもまたパニック状態に陥る。
(え、私何かしてしまったかしら!?
や、やっぱり手汗が凄かった!?
……いや、違う、これは……、そう、根本的に悪役令嬢である私と行きたくないのでは……)
自分でその考えに辿り着き落ち込む。
そして、顔色を窺いながら半泣き状態で口を開いた。
「……あの、ごめんなさい。 私、下りましょうか?」
「……は!?」
彼の色素の薄い青の瞳が大きく見開かれ、口をポカンと開けて固まっている。
私はそんな彼から視線を逸らし、答えた。
「本当は、私なんかと来たくなかったわよね……。
今からでも遅くないわ。
私は下りるから、気にせず星祭りを楽しんできて」
「ちょ、ちょっと待て。 どうしてそんな考えに至った!?」
「え? 違うの?」
「違う! ……本当は、こんな予定ではなかったんだ」
「??」
話についていけない私に、ヴィクトル様は「行けば分かる」とげんなりとした表情で言った。
そして馬車から下り、少し歩いた先で待ち構えていたのは皆……、言葉通りゲームの主要キャラクター全員がいた、というところで現在に至る。
私は息を吸うと、ヴィクトル様に向かって尋ねた。
「こうなった経緯は?」
「……話さないと駄目か?」
その間の長さから大体の予想はついた。
当初の予定は、エリナ様と多分ベルンだけに声をかけたはずが、エリナ様を心配したルイが来て……、と芋づる式になった結果だろう。
「……」
「すまない」
沈黙していた私に、ヴィクトル様は謝る。
それに対し、私は……。
「何って最高なのっ!!」
「「「!?」」」
私の突然の大声(叫び)に、皆が一斉に驚き固まる。
(やばっ、また前世が出た!)
私はコホンと咳払いすると、にこりと笑みを浮かべて言った。
「まさか皆で一緒に星祭りに行けると思わなかったから嬉しい!
今日は楽しみましょうね。
皆にお声をかけて下さってありがとう、ヴィクトル様」
「! いや……」
彼は戸惑ったように明後日の方向を向いてしまう。
(こんな私得(俺得)なことある!?
エリナ様と攻略対象の関係が見放題じゃないっ!
逆ハーレムルートなんて美味しすぎる展開だわぁ……!)
と完全に浮かれている私の横で、ヴィクトル様だけは複雑そうな顔をしていることになんて、浮かれていた私は気が付く由もなかったのだった。




