ぜ、全世界の乙女が夢見るシチュエーション…っ
(だけど、さすがにこの状況は予測していなかった……っ!)
星祭りまで後三日に迫った昼下がり、クロードは早速城へ招待してくれた。
ここでも聖地巡礼出来るー! それから呪いが解く方法が見つかるかもー!
などと浮かれている場合ではなかった。
だって、城に着いた先で待っていたのは……。
「アンジェラ」
「……!?」
(今日も今日とて推しが尊いっ……! ではなくて!)
「ど、どどどどうしてヴィクトル様がここに……っ!?」
私の言葉に、彼は腕組みをして言った。
「婚約者を一人で男の元へ行かせる訳がないだろう」
「っ!?」
(ヴィ、ヴィクトル様ってそういう方でしたっけ!?)
というか私、悪役令嬢ですけど!?
と驚く私の耳に、別の声が届く。
「はーい、私もいるよ〜」
「べ、ベルン!? それにアランまで……」
驚きすぎて間違えてあだ名で呼んでしまった私に対し、ベルンハルトは咎めることなく笑う。
そして、その後ろから顔を覗かせたのは、どこか不機嫌な表情をしたクロードの姿だった。
「ごめん。 こんな予定ではなかったんだけど、どうしてもって聞かなくて……」
「え、えーっと……」
(ちょっっっと待ってね)
落ち着け、私。 いや落ち着けないだろ、私。
だって……
(目の前に攻略対象が5人中4人、大集合なんだけどー!?)
美形集団に目が眩んでる場合ではないのよ! 問題は……、そう。
(これがイベントではなく、私の“呪い”調査ってことよ……っ!)
ヴィクトル様なんて呪いを解くキー人物よ!?
……あれ、となると逆にいてもらった方が良いのか?
(いや、でも“呪い”関連のワードを口に出せない時点で、“何今頃薔薇姫物語なんて調べてるんだこいつ”状態になるでしょお……!)
終わった、つんだ……。
そんな私に対し、クロードは私の目の前まで歩み寄ってくると、爽やかに言い放った。
「ま、いてもいなくても変わらないから行こう。
もう資料は用意してあるんだ」
「「「おい」」」
さらりと三人のことをいない者として扱おうとしているクロードの辛辣な言葉に、なるほど、これが反抗期かと納得し苦笑いしていると、そんな彼に手を差し伸べられた。
「部屋まで案内するよ」
「あら、ありが」
とう、と手を伸ばしかけたところで、パシッと伸びてきた別の手が私の手を掴む。
え、と驚き見上げれば、近くに最推しの顔が……。
(か、顔が良い……っ!)
じゃなくて! え、最推しに手を握られてるんですけどぉー!?
(しかも2回目……!)
と内心パニックに陥っている私に反し、ヴィクトル様はクロードに向かって言った。
「アンジェラは俺の婚約者だから、俺がエスコートしよう」
「アンジェラは僕の客人なんだけど?
第一、僕は君を呼んでいないのだから部外者は引っ込んでいてくれる?」
「え、えーっと……」
(わー!? 待って待って!
美青年(最推し)と美少年が私を取り合って喧嘩している、だとぉ!?)
私、ヒロインじゃなくて悪役令嬢なんだけどーーー!(2回目)
世の中の女子が一度は夢見るであろうシチュエーションを目の前で繰り広げられ、本気で慌てていると、一人場違いに笑い声をあげる男性の姿を見て、私は怒る。
「ベルン! 笑っていないで何とかして!」
ところが、ベルンに言ったはずなのに、今度はアランがからかうように口にする。
「それなら、アンジェラ様がどちらにエスコートを頼みたいかお選びになってはいかがですか?」
「「!」」
その言葉に、今まで口論していた二人がぴたりと静止し、私の方を見る。
(……アラン!)
私はアランをキッと睨むと、彼はそっぽを向いた。
その横顔から見える口元は間違いなく弧を描いている。
(アラン、後で覚えていなさいっ!)
私は二人に向き直ると、本気で悩む。
(そりゃ、最推しであり婚約者であるヴィクトル様にお願いするべきなんだろうけど、今日はクロードに招待されて来ているし、そもそも彼はこの国の第ニ王子だし……)
出した結論は。
「〜〜〜一人で歩けますっ!」
やけくそでキャラクター設定も忘れ、完全に前世の自分が前に出た反応をしてしまう私に対し、二人はショックを受けた顔をする。
その姿を見て私は心の中で大号泣する。
(わーん! 私だって手を取り合って皆とキャッキャうふふしたいんだよぉ!
だけどそれが許されるのはエリナ様だけだと思うのぉー!)
前世限界オタクである自分の記憶が憎いー! と、この時ばかりは思ってしまう私だった。
そんなこんなで案内された応接室は、広々としていて豪華な部屋だった。
(わーわー! こちらもスチルにはなかったから、新鮮だわぁ……っ)
と完全に浮かれモードなのを当然ながら淑女の仮面で隠す私に対し、クロードは一冊の古びた本……というよりは手帳に近い感じのものを机に置いた。
「これが頼まれていた『薔薇姫伝説』だよ」
「さ、触っても良いの?」
あまりにも保存状態が良くないのが見てとれて、恐る恐る口を開けば、クロードは笑って言った。
「大丈夫。 慎重に扱いさえすれば、壊れることはないよ」
「そ、そうなのね……。 気を付けるわ」
私はそう返すと、割れ物を扱うかのようにそーっとその本の表紙をめくる。
そして、目に飛び込んできた字に私は驚きの声を上げた。
「これ、手書きなの……!?」
「そうだよ。 その時代……300年前は印刷なんていうものはなかったし、その伝説自体も人気が出ずに廃れたようだから、あるのはその原本と、現存している写しを含めて5冊だよ」
「げ、原本!? つまり本物!?」
「うん」
クロードの言葉に驚き、思わず口にした。
「よく300年前の原本を取り寄せられたわね」
「そこらへんは父上の手腕だね」
(まさかの国王陛下のお力……!)
私が呆気に取られているのと同様、クロード以外の三人も驚いたように目を見開き、本を凝視している。
私も再度本に視線を落とし、考える。
(この本が原本だということは、この本に“おまじない”か“呪い”……、あの魔法陣の記述がなければ、『薔薇姫伝説』には何の手がかりもないということになる……)
私は一か八か、賭けに出ることにした。
「クロード。 一つ聞きたいことがあるのだけど」
「何?」
私は息を吸うと、言葉を選び言った。
「この手記には、絵や図といったものは描かれていなかった?」
私の問いかけに対し、クロードは目を丸くした後首を振って答える。
「いや、特にそういった記述はないよ」
「……そう」
(ということは、やはりこの本に手がかりはなし……)
いや、まだ諦めるのは早い。
後は地道に読み進めて、呪い関連の文字がないか調べるのよ。
私は顔を上げると、もう一度口を開いた。
「貴重な資料を見せてくれてありがとう。
出来れば全て読みたいのだけど……、さすがにお借りする訳にはいかないから、また今度こちらへお邪魔してもよろしいかしら?」
「っ、もちろん! アンジェラなら、いつでも」
「本当!? ありがとう、クロード」
私がそう口にすると、それまで黙っていたベルンが言葉を発した。
「まさかアンジェラが、原作を調べるほど“薔薇姫物語”が好きだとは思わなかったよ」
その言葉に、私は少し間を置いてから返した。
「えぇ。 私にとってこの物語はとても……、“特別”なものだから」
私はそう言って、笑ってみせたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
本編第1話前に、“アンジェラ視点メモ”と称しまして、登場人物設定を書かせていただきました。
整理用に、またはお手隙の際にお読み頂けたら嬉しいです!




