『薔薇姫物語』の真実
「僕は、この本がどうして人気になり、国中に語られその慣習……、求婚をする際にバラを贈るということが流行ったのか、調べてみようと思ったんだ」
そう言ってクロードは、金色の瞳を本に向けて続けた。
「だけど、調べても調べてもこの本に関する情報は、あまり得ることが出来なかった。
……まるで、この物語の真相は敢えて隠されているかのように」
「隠されている……!?」
クロードの言葉に、私は衝撃を覚える。
(待って、この世界は乙女ゲーム……なのよね!?
どうしてミステリー小説みたいな展開になっているの!?)
と内心動揺する私をよそに、彼の説明は続く。
「本来であれば、本の最後に著作者や製造年が記されているはずが、それすらもない」
「!」
クロードはそう言って、最後のページをめくって見せてくれる。
確かにそこには、何も書かれていないただの真っ白なページまで。
驚く私に、彼は言う。
「それでも根気強く調べていくうちに、一つだけ分かったことがあったんだ。
……それは、この物語が改訂されたものであり、この物語に良く酷似したいわゆる原作にあたるものを見つけた」
「!? 原作……!?」
(薔薇姫物語に原作があるなんて!)
クロードは頷くと、「僕も驚いたよ」と口にする。
「しかも、そちらの原作の方は書かれたのが300年以上前、それも学者の間では有名なほど入手が困難な貴重な書物なんだ」
「300年以上前……!?」
次々と明かされる壮大な話に驚くばかりの私に向かって、彼は言う。
「その題名は、『薔薇姫伝説』」
「薔薇姫、伝説……?」
クロードは頷き言った。
「その原作こそ、実在した“薔薇姫”と“騎士”の真実を描いたというのが多くの学者の見解だ。
その原作の作者は、当時の“薔薇姫”を良く知る人物……、つまりお付きの者だったのではないかと言われている」
「定かではない、ということね……」
「そう。 ただ分かっていることは、その文献が少ない理由は、当時その伝説は民間に流行らなかった。
何故なら、その伝説は……」
彼はそう切ると、私に目を向け口にした。
「バッドエンドだったからだ」
「……!」
(バッドエンド……!)
息を呑む私に、クロードは申し訳なさそうに言った。
「夢を壊すようなことを言ってごめん。
薔薇姫物語が好きだと言っていたのに……」
「いいえ、まさかば……、物語に原作があること自体知らなくて驚いただけで……。
それで、バッドエンドどいうことはつまり、本当は姫と騎士は結ばれなかった、ということ?」
私は続きが知りたくて促すため尋ねると、クロードは「そう」と頷き言った。
「“物語”……改訂版と末路が全く違うんだ。
姫が戦場へ行った騎士の帰りを待つところまでは改訂版と同じ。
だけど、約束の16歳の誕生日を迎える前日、彼女の元に最悪の報せが届いた」
「っ、まさか」
ハッと息を呑む私に、クロードは告げた。
「そう。 騎士の訃報が届いたんだ」
「っ、そんな……」
私が口元を押さえると、クロードは目を伏せて言った。
「姫はショックのあまり倒れてしまった。
姫は幼い頃から身体が弱かったこともあり、16歳の誕生日を迎えた翌日に息を引き取り、そのまま亡くなってしまった。
そこで、『薔薇姫伝説』は終わっている」
「……っ」
私はショックで言葉を失ってしまう。
そんな私に向かってクロードは頭を下げた。
「ごめん。 これが真実なのだけど、知りたくなかったよね。
配慮が足りなかった」
「……違う。 これで良かったの。
……知らなければ、いけなかったの」
「……?」
私の言葉に、クロードは頭を上げ首を傾げた。
(これで何となく分かった。
この“呪い”が物語から来たものではなく、その原作である『薔薇姫伝説』から来ているということを……)
私は笑みを浮かべると口を開いた。
「ありがとう、貴重なお話を教えてくれて。
さすがはクロードね。 貴方に頼ることが出来て良かったわ」
その言葉にようやく、クロードは笑みを浮かべる。
「良かった。 余計な話をしてしまったかと思ったから、そう言ってもらえて安心したよ。
僕でよければ、いつでもアンジェラの力になるから言って」
「ありがとう。 とても心強いわ。
……ちなみに、その“伝説”のことだけれど……、書物がどこかにあったりしないかしら?」
私の言葉に、クロードは言った。
「それなら、僕が持っているよ」
「!? 本当!?」
「うん。 ただし、入手が困難でその書物自体がボロボロになってしまっているから、城まで来て見てもらうことしか出来ないけど……、それでも良い?」
「それだけでも十分よ! 本当にありがとう、クロード」
私の言葉に、彼は嬉しそうにはにかんだのだった。
(『薔薇姫伝説』……)
一人馬車に揺られながら思う。
「間違いない、この“呪い”はそちらから来ている」
だから、“16歳までに両想いになる”という条件が呪いを解く方法なんだわ。
「後は、クロードが持っているその本の中に、“おまじない”或いは“呪い”関連の描写があるかどうかね……」
それ次第で呪いを解く方法が他にあるかが分かるのだとしたら。
「その書物にヒントがあることを祈るばかりね……」
ふーっと息を吐き、移り行く窓の外の景色に目を向ける。
(前世の記憶を思い出したばかりの頃は、大好きな乙女ゲームの世界に来られただけでもラッキー!って思えたけど、今は違う)
「せっかくこの世界に来られたんだもの、必ず生き延びて推しの幸せをいつまでも見守りたい!」
それに……。
「……ヴィクトル様に、あんな表情をさせるのはファンとして失格、絶対に嫌だ」
脳裏に浮かぶのはヴィクトル様ルート、最後のスチル。
「彼が唯一泣いたところ……」
ファンの皆はそれを見て、「泣いた」「かわいそう」「アンジェラ何があった!?」と物議を醸し、彼に同情する声が上がった。
(そう、そのせいかヴィクトル様ルートは、エリナと結ばれることなく終わる)
ファンとしてはその結末を変えて、本当の“ハッピーエンド”に導いてあげたい。
つまり、今度こそ彼の想い人であるエリナと結ばれてほしい……!
「きっと何か方法があるはず」
前世の記憶を持って、悪役令嬢であるアンジェラに転生したのだ、これには意味……、ファンとして運命を変えるべきだという神様からのお告げなのだとしたら。
「私は諦めないわ、絶対……!」
そう“呪い”の印がある胸元に手を置き、真っ直ぐと前を見つめたのだった。