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その頃、エレンディルにて。

 レンとリグ婆の二人は、久しぶりの再会を喜びながら、いくつもの言葉を交わしていた。



「村がこんなに綺麗になって、坊ちゃんに感謝しない日はありませんよ」


「ううん。俺っていうかレザード様――――男爵様のおかげだよ」


「確かに男爵様のおかげでもあります。でも坊ちゃんが頑張ってくれてるということは、旦那様から何度も聞いておりますから」


「え? 父さんから?」


「はい。坊ちゃんからお手紙が届くたび、村を走り回って自慢しておいでですからね」



 喜んでくれるのはレンも嬉しい。

 だがその一方で、実の父が手紙一通でそれほど喜んでいたと聞かされると、もう何度目かわからないが照れくさい。



「……それなら、頑張って良かったよ」



 村を離れていることに寂しさはある。

 でもそれで村が発展し、そして村人たちが良い暮らしをしてくれるなら、自分の判断は間違ってなかったと思える。

 これからも頑張ろう、レンはそう考えることができた。



「最近では、商人も寄り付くようになりまして」



 この村に商人が来ることは極々稀なことだった。レンが暮らしていた頃は、一度も見たことがないくらいには。

 それなのにリグ婆曰く、最近では月に一度は足を運んでいるそうだ。



「建築のための資材だけではなく、交易のためにも足を運ぶようになったのですよ」


「あ、だから前と違って食材の種類も増えてたんだ」


「ええ。奥様も喜んでおいででした」



 村が大規模な工事をして発展途中にあるからか、商人も儲けられると思って足を運ぶようになったのだろう。

 これはレンにとって嬉しい誤算だ。



「特産品とかがあれば、この村ももっと賑わうのかな?」


「そうですねぇ……でも、この辺りでは難しいかと」



 そんなものが簡単に見つかれば苦労しないのは、この村に限った話ではない。

 レンは軽々しくそんな言葉を口にしたことに苦笑いを浮かべ、「だよね」と呟いてうんと背筋を伸ばした。



 ――――それから数時間後、レンは同じ道を歩いていた。

 天球の頂点から春の日差しが降り注ぐ中、ロイと共に壁の工事へ向かうために足を進めていたのだ。



「リグ婆から聞いたんですが、商人が通うようになったらしいですね」


「ああ。レンと男爵様のおかげでな」



 と、ロイが白い歯を見せて言った。



「街道が整備されつつあるから、商人にとっても都合がいいらしい」


「それにしても、わざわざこんな辺境まで来るんですか?」


「騎士たちに言わせれば、意外とこの村の周辺は色々と都合がいいんだとよ」



 ただでさえ田舎とされているクラウゼル領の中でも、アシュトン家の村は特に隅の方に位置している。

 そのため商人たちにとって、これまでは足を運ぶ価値が皆無だったのだ。

 ……しかし、街道が整備されはじめたことで事情が変わる。



「商人たちにとって、この村が新しい経由地になれるって話だ。街道が整備されれば以前より安全に通行できるからな」



 クラウゼルの町から周辺の人里を巡り、元・ギヴェン子爵領へ行く商人たち。また、冒険者たちにとっても、この村の周辺が整備されることは都合がいい。

 冒険者たちも足を運べる環境になってくると、それこそ商人たちも賑わうだろう。



「この村の特産品でもあれば、もっと賑わうと思ったんですが……」


「ははっ。どうやら、関係なしに賑わいそうな状況だな」



 村の周辺に生息している魔物は弱い個体ばかりだが、それらの素材は需要がなくなることはないそうだ。

 たとえばリトルボアの素材一つとっても、毛皮は安価な防寒具になり肉も美味い。

 弱い魔物の素材は安価に取引されるのが常だが、それも平民の生活を支えているため重要だ。



 若い冒険者をはじめとして、壮年の冒険者が片手間に稼ぐにもいい仕事である――――ロイはこう言った。



「村で得られる税収が増えれば、男爵様にもお喜びいただけるだろうさ」


「ですね。その代わりに、父さんの仕事が増えそうですけど」


「……おう?」


「村が賑わえば仕事が増えて当然ですよ。商人や冒険者たちも寄り付くようになれば、考えないといけないことも増えるでしょうし」


「……しまった。失念してた」



 ロイが歩きながら頭を抱えた。

 文官仕事が苦手な彼らしさを見て、レンは笑みを浮かべてから思う。



(けど――――そうか)



 村が発展していけば、それに比例して責任も増す。

 レンは仕送りをして終わりではなく、アシュトン家の人間として、今後のことも考えなければならなかったのだ。

 更に発展していき、やがては町の規模まで成長したとすれば――――



(俺も、このままじゃ駄目だ)



 もっと多くを学ばなければいけない……レンはそう実感した。



(お金を稼ぎながら腕を磨くことを重要視してたけど、それだけじゃ足りないな)



 将来、自分が家督を継いでからのことを思う。

 このまま村が発展していくとすれば、自分には足りないことだらけなのだ――――とレンは考えさせられた。

 



 ◇ ◇ ◇ ◇




 数日後、ところ変わって帝都近くのエレンディルにて。



 祈りの町と呼ばれるその場所は、今日も大通りに多くの人が歩いていた。

 歴史と情緒に溢れたその町の規模は大きく、帝都近くの都会に相応しい賑わいを誇っていた。

 


 その日の昼、リシアはヴァイスを連れて町中に居た。

 彼女は朝早くからの仕事を終えてから、せっかくだからと町を見て回っていたのだ。



「やっぱり、クラウゼルとは大違いね」


「歴史ある町ですからな。やがてお嬢様が継ぐ日が楽しみにございます」


「あら、お父様と同じで代官を置くかもしれないわよ?」


「複数の領地をもつ貴族にとっては当然のことでしょう。しかしながら、お嬢様がこの地の主君となることは変わりません」



 二人は大通りを挟んで立ち並ぶ出店を見ながら、そうした会話をつづける。



「そのためにも、お嬢様もどこかで学び舎に通われるべきでしょうな」


「たとえば、帝国士官学院とかかしら?」


「はっ。あの学院を卒業すれば、やがてエレンディルを継ぐ者として拍が付くでしょう」



 ヴァイスの声に頷いたリシアが密かに呟く。



「――――そういえば、レンはどうしてあの学院を避けていたのかしら」



 彼女が呟いて小首を傾げた、そのときだ。


 

 大通りの一角から、何やら剣呑な声が響き渡った。

 リシアはヴァイスを連れて駆け出して、その声がした方角へ向かった。

 向かった先にいた人だかりの視線の先に、裏路地へ通じる細い道があった。そこに居た者たちの声を聞くに、ひったくりが逃げていったらしい。



 またそのひったくりを、一人の少女が追っていったとリシアは耳にした。



「ヴァイス、行くわよ」


「お、お嬢様――――やれやれ、行くしかないようですな!」



 リシアはヴァイスが制止する前に駆けだして、ひったくりが向かった路地裏へ足を踏み入れた。

 細い道には、何人分もの足音が響き渡っていた。大通りの賑わいがとんと聞こえなくなり、まるで別世界に足を踏み入れたかのよう。



「あっちね」



 と、リシアは声がしたのとは別の方角に駆けた。



「先回りするわよ」


「なるほど。挟み撃ちですな」



 二人より先にひったくりを追っていた者たちを信じ、先回りすることに決めたのだ。

 


 路地裏に響き渡る足音は止まなかった。

 リシアとヴァイスは先回りするためにその音から離れたが、再度、それらの音が大きく聞こえるようになってきた。

 予定通り先回りできたその先で、リシアとヴァイスは剣を手に待ち構えた。



 ――――すると、遂にひったくりが現れた。



「なっ、なんだてめぇら!?」



 ひったくりの男は冒険者崩れなのか、魔物の素材でできた装備に身を包んでいた。小脇には高価に見える鞄を持っており、それが盗んだ品であろうことがわかる。

 その男は走りながら懐に手を差し込んで、一本のナイフを構えた。



「……ねぇヴァイス。エレンディルって治安が悪いのかしら?」


「レオメル国内では良い方です。クラウゼルにもいるように、どこにでも犯罪を犯す者はおりますゆえ」


「そうね。なら仕方ないのかしら」



 リシアは嘆息を交えて言い、一歩前に出た。

 自分がやる、ヴァイスがそう言うより先に前方に手をかざしたリシアは、その手から眩い閃光を放った。

 それはただの光で殺傷能力はないが、唐突な閃光に目が眩んだ男が足を踏み外す。



「ぐ、ぐぉぉ!?」



 男は地面を転がり、そのままヴァイスの目の前へ。



「お願いできる?」


「はっ。お任せを」



 後はもう捕まえるだけ。

 ヴァイスは男が起き上がる前に手を伸ばし、男に背中で腕を組ませた。



 強い力で拘束されたからなのか、男は「いだだだだっ!」と、リシアが呆れるほど情けない声をあげた。



「では表へ戻り――――おや? 先に追っていた方も到着したようですな」



 足音が二人の元へ近づいてくる。

 リシアはこの町を収める者の娘として、男を追っていた者たちに礼をしなければと思った。

 その後で表に出て、捕まえた男を連行する……その予定だったのだが、現れた少女を見たリシアが「あら」と声に出した。



 すると、ヴァイスもその理由に気が付き、男を拘束したままどうしたものかと苦笑してみせた。

 やってきた少女は急に現れたリシアとヴァイスを見て慌てて立ち止り、その反動で体勢を崩しかけた。



「もう!  何がどうなって――――っ」



 少女は次にリシアを見上げると、



「っ――――リ、リシア・クラウゼル!? どうしてあなたがここにいるのよ!?」



 驚きの声を上げ、見目麗しいその顔を驚きに染めた。

 彼女は路地裏を駆けまわって乱れた呼吸を整えながら、同じように乱れていた茶色の髪を手櫛で整えて居住まいを正す。

 一方、尋ねられたリシアは茶髪の少女を見て口を開く。



「私の父が治めてる町なんだから、私がいたって不思議じゃないでしょ」



 リシアは得意げに言うと、やってきた少女に手を差し伸べた。



「久しぶりね――――セーラ」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 場所は路地裏から変わり、エレンディルに設けられた騎士の詰め所の前だ。

 エレンディルは帝都に近い町とあって、領主に仕える騎士だけではなく、レオメルに仕える騎士も警備のため町にいる。

 詰め所は彼らのためのもので、中には犯罪者を収容するための牢も設けられていた。



 そこへ先ほどのひったくりを任せた後に、ヴァイスがリシアに告げる。



「お嬢様、後は騎士に任せましょう」


「ええ。そうね」



 リシアは先ほど自分がセーラと呼んだ少女を見た。



「セーラもありがとう。感謝するわ」



 その礼は、セーラが共にひったくりを追っていたことへ対してだ。

 礼を告げられると、セーラは「別に大したことじゃないわ」と前置きしてつづける。



あたしは英爵家の者と(、、、、、、、、、、)して(、、)当然のことをしただけ(、、、、、、、、、、)()



 七英雄の一人に、ガジル・リオハルドという剣士がいる。

 その剣士は純粋な剣の技量においては勇者を凌駕し、魔王討伐の旅においても幾多の活躍をしたとされている男だ。

 セーラはそのガジルの末裔にあたる、リオハルド家の令嬢だ。

 また、彼女は七英雄の伝説においてメインヒロインとされている少女で、明るい性格が人気だった。



 ……そして、そのリオハルド家は当然の如く英雄派に属している家系だ。

 セーラはその家の令嬢でありながら、中立派貴族のリシアと、わけあって互いをよく知る関係にあった。



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