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物語の黒幕に転生して~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~(Web版)  作者: 俺2号/結城 涼
二章・クラウゼルでの日々

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赤熱の終焉。


 こんなときに自己紹介なんて、馬鹿げていると思った。

 でも、フィオナはもうレンの名を知っている。



 どうして。いつの間に。

 疑問を抱いたレンは手にした剣を横に薙ぎ、前方に放たれた業火にアスヴァルが舞う姿から目をそらさず。

 でもフィオナは、その背をじっと見つめていた。



「いつから、俺のことを?」



 彼女の頬を濡らしていた一筋の涙は姿を変えている。

 瞳からは既に大粒の涙が溢れ出て、レンの背をみながら自然に微笑み。



「……だって私は、魔物の素材を用いた薬なんて言わなかったんですよ?」



 あの日、あの夜。

 レンが淹れた茶を楽しんだときのこと。

 そのレンが口にした気のゆるみだった。



「だから私はもしかしてと思って……偶然通りかかった騎士の方に、あなたの名前を聞いたんです」



 背を向けたままのレンは密かに苦笑いを浮かべた。

 思い返せば、フィオナの言う通りだ。

 彼女は薬の詳細を語っていなかったから、レンの言葉はその事情を知っていないと口に出せない言葉に違いない。



 そこにクラウゼル家の騎士も居て、思い立たない方が嘘だった。

 フィオナが騎士たちに尋ねようと思ったのも、自然な話に違いない。



「でも、あなたが私を気遣っていてくれたことも、下山してから話そうとしてくれたことも、私は勝手に聞いてしまったから――――っ」



 騎士はレンに言ったように、偽りは述べられない。

 相手がフィオナであれば殊更だった。

 だが、話を聞いたフィオナはレンの考えと気遣いを尊重した。彼が考えていたように下山した後に、落ち着いて話そうと思った。

 だから騎士には、その際の話を聞かなかったことにしてくれと頼んだのである。



(……何というか、情けないな)



 気遣っていたはずなのに、実は気遣われていたと知ったレンが息を吐く。

 できればいまから話したいことはいくらでもあったが、レンはその気持ちに抗って、アスヴァルへ敵意を示した。



「っと……すみません。色々と話したいことはあるんですが」


『ギィィィイイイイイイイイイ――――ッ!』



 いまなおアンデッドとして生きるアスヴァルの声が響き渡る。

 そのアスヴァルはそれから上を見上げ、瘴気を巻き散らしながら羽ばたいた。

 瘴気自体はレンが放つ特別な炎に浄化されていたけど、腐った身体を散らしながら、レンとフィオナの遥か頭上から扇状に広がるブレスを放つ。



「――――先に、赤龍をどうにかします」



 圧倒的な自信と、必ずできるという確信の上で。

 いまのレンは、それらを疑うことなく言葉に出した。



 すると彼はブレスを避けることもなく、フィオナの氷や盾の魔剣で防ぐこともしなかった。



 レンは炎剣・アスヴァルを力に限り横薙ぎ一閃。

 それにより生じた業火がアスヴァルのブレスが衝突すれば、その中心から発した深紅に光る波紋が星瑪瑙の近道に広がっていく。



 強烈な圧と、それに負けない風。



 フィオナは彼女を守るレンの存在で影響を受けなかったけど、周囲の様子を見て圧倒された。

 おおよそ、年下の少年が見せるには相応しくない強さの奔流を前に、彼女はいつしか、全身に覚えていた恐怖をすべて忘れていた。一度ならず二度までも命を救った英雄の姿から、一瞬たりとも目をそらすことができない。



「……すごい」



 ふと、フィオナは感嘆とした声を漏らした。



「どうして、レン様はこんなに」



 こんなに強いのか、と呟きかけた。

 それを聞いたレンは、彼の剣から発した炎がアスヴァルに勝り、そのアスヴァルが苦し気に飛翔をつづけたのを見て、



「約束ですから」



 振り向くことなく口を開く。

 吊り橋が落ちて数日後、別の道から下山を目指していたときの夜。

 フィオナと語らっていたときにしたあの約束を守るために。




「貴女を絶対にバルドル山脈の外へ送り届けるって、約束しましたから。だから俺は、何が何でも勝つって決めたんです」



 そっと顔を半分だけ向けて笑った彼に、意図せず目が釘付けになった。



『――――ッ!』



 ふと、飛翔をつづけていたアスヴァルが宙で鳴き、止まることなく地下空間の天井へ身体をぶつけて大穴を作り出す。身体の中心から深紅の光芒をいたるところに発し、虚ろな瞳を浮かべながら。



 久方ぶりの眩しさがレンとフィオナの二人を照らす。

 少しすれば、星瑪瑙の近道へ雪が静かに降りはじめた頃。



(何をする気なんだ)



 見上げた先でアスヴァルが両翼を大きく広げ、長い首を天高く伸ばした。

 首の先、いや口の先に生じた深紅の光珠へ向かって、星瑪瑙の地下道へ振りつつあった雪やそこにあった熱気が吸い込まれていく。



 やがて、バルドル山脈そのものが大きな揺れを催して、天災を想起させる異常を漂わせる。



「……レン様」


「はい。どうやら、逃げるとか逃げないとか言ってる場合じゃなさそうです」



 二人の予想は偶然にも一致した――――というよりかは、この状況における予想なんてほとんどの人物が同じそれを脳に浮かべるだろう。

 正気を失ったアンデッドのアスヴァルは、これから最期の力を披露する。

 生前の強さが伝説と称されたその身は現在、不完全なアンデッドとなったことにより遥かな弱体化を遂げている。



 だけど、すべてを賭しての一撃はまさに神業。

 その後のアスヴァルも間違いなく死に絶えるだろう衝撃のはずだが、同じようにバルドル山脈も、そしてレンとフィオナも生きてはいられまい。



 では、道は一つ。



「この戦いを終わらせます」



 すべてを吸い終え、その本質を現すための支度が終わった。

 遂には音まで奪い去ってしまったアスヴァルの力の塊――――深紅の光珠が、アスヴァルの下を離れ静かに舞い降りてくる。



 レンはそれを見て、本能で悟った。

 あれが爆ぜてしまえばどうなるかなんて、言わずともわかる。



 だったら、それより先に勝負を終わらせる。

 彼は炎剣・アスヴァルを上段に構え、持ち手を握る手に膂力の限りを尽くす。

 渾身の一振りを以て、戦いを終わらせようとした。



「ッ……」



 レンの腕が力なく揺れ動いた。

 身体に残された疲れや消耗が激しく、炎剣・アスヴァルの重さに負けかけた。

 だが、レンの手に白い手が添えられる。



「すみません。イグナート嬢」



 顔を向ければ、彼女は小さな微笑みを浮かべて頷いた。



「フィオナです。レン様さえよければ、次からはそのようにお呼びください」



 そうするためには、倒すだけ。

 深紅の光珠を大地にもたらす赤龍を、ここで止めなければ。



『ォォオオオオオオオオオオ――――』



 咆哮と共に、深紅の光珠がとうとう膨張し、眩い閃光を放った。

 奪い去られていた音が刹那に戻り、強烈な轟音が反響する。

 レンもフィオナも、そのすべてに動じなかった。

 特にレンはこの戦いに終止符を打つことだけを考えて。



この身は余に勝る炎で(、、、、、、、、、、)なくば焼き尽くせない(、、、、、、、、、、)、って言ってたよな」



 ――――深紅の光珠が弾け、放たれはじめた赤龍の力に対し、レンは炎剣・アスヴァルを振り下ろして呟く。



「眠ってくれ。――――もう二度と、目を覚まさないように」



 光珠から放たれる力の奔流は、その本質を示せない。

 それを凌駕する炎の波がアスヴァルごと包み込み、一切をこの世から消し去った。




二章もあと数話で終わりとなりますが、最後までお付き合いいただけますと幸いです。

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