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砦へ向かう道中で。

 翌朝、一行は日が昇る前から野営地の中央に集まった。

 大きめの焚き火を囲み、それに炙る魔物の肉を頬張りながら、彼らは今日の雪中行軍の確認をしていた。



「砦への経路は共有した通りだ。面倒な雪をかき分けながら進むため、到着までは二日から三日を予定している」



 冒険者を代表してメイダスが言う。



「そのため、バルドル山脈内で夜を過ごさなければならない。各自、荷物を確認してほしい」


「問題ない」


「ああ。この後すぐにでも出られる」



 幾人かの冒険者たちの答えを聞き、メイダスはコクリと頷いた。

 今度は騎士が言う。



「荷物の運搬と、雪をかき分ける前衛。それに、魔物の出現に備えて人選をしたい。メイダス殿には、冒険者たちの方を任せる」


「承知した。任せてくれ」



 やがて、一人、また一人と立ち上がりテントへ向かう。

 肉を食べていたレンもまた、支度をするべく朝食を終えた。



 彼はテントに戻ってから木の魔剣を召喚し、それをコートの内側に隠した。

 いつでも自然魔法を使えるよう、準備も万端だ。



「行こう」



 レンはテントを出て、いつからか朝日に照らされていたバルドル山脈を見上げた。

 普段あるはずの道は雪で閉ざされているが、そこから少しずつ進まなければいけない。



 ――――一行が雪をかき分けながら進みはじめたのは数十分後のことだ。

 


 わかっていたけど、その道は険しかった。

 先に向かったカイたちが作ったはずの道は、新たに降った雪でその影もない。

 普段も道の悪い坂道がつづくのに、それが雪のせいで最悪としか言いようのない環境がどこまでもつづく。



 魔物も時折現れたが、こちらは特に気にならなかった。

 これだけの戦力が揃えば、平時のバルドル山脈に現れる魔物なんて敵ではないから。



「そろそろ日が暮れる! 少し進めば多少平坦な場に出られるから、そこで一夜を明かそうッ!」



 先陣を切っていたメイダスがいい、後につづく皆が応じた。

 騎士もまた頷き、レンに「体調はどうですか?」と尋ねた。



「まだまだ大丈夫ですよ。このくらい、リシア様と逃げてたときに比べればなんてことありません」


「……そのようですね」


「やはりレン殿は、我らより屈強なようですな」


「うぅむ……情けない限りです」



 騎士たちと軽口交じりの言葉を交わす。

 十分もすれば、メイダスが言った平坦な場所にたどり着き、皆が野営地を設営するべく雪を退かした。



 しかし、平坦と言ってもあくまでもやや(、、)だ。

 地面は凸凹して傾斜もあるから、テントを立てるのも一苦労。



 だが、あまり気にならなかった。

 レンもそれは覚悟していたし、少しでも平坦なだけ上等だ。

 やがて朝と同じく焚き火を用意し、肉をあぶり出した頃には、皆が疲れをいやすべく食事と歓談に勤しんだ。



「俺は弟の治療費を稼がないといけないんだ」


「そりゃいい。そんな話を聞いてから言うのもなんだが、私は金が好きなのさ」


「はっはっはっ! 別にいいだろ金が好きでも!」


「十分だっての。俺なんかカジノで借金してまでスッたせいで、その返済のために冒険者になったってのによ」



 冒険者は一人一人、こうした仕事をする理由があった。

 聞いていると、中々壮絶な話もあるがレンは興味深く耳を傾けた。


「私はあんたたちの話より、英雄さんの話が聞きたいんだけどー」


「そうそう。私もむさくるしい男より可愛い男の子の方がいいわね」



 同行していた二人の女性冒険者が言う。

 すると、話を聞いた者の多くが高笑いしながら同調した。

 レンはこうしてあたふたしてしまったが、こんな歓談を楽しむ余裕もあったからこそ、バルドル山脈で過ごす夜は悪くなかった。



 これなら無事に救助へ迎えそうだ、と彼は密かに胸をなでおろした。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝は朝日と共に出発し、初日の行軍と同じく夕方手前まで雪をかき分けながら進んだ。

 間違いなく順調な行軍により、このまま砦へたどり着けると皆が確信していた。



 そして、三日目の朝。

 砦がみえるまであと少しのところに迫ったところで、一行は峡谷に設けられた、長い長い吊り橋へと差し掛かった。



 吊り橋の底は見えない。

 横顔を叩く吹雪で見通しが悪かったし、そもそもの高さがありすぎて、下の方まで見通せなかった。

 落ちたらどうなるか、誰もがそれを理解している。



「この下は休火山の一部らしく、過去には溶岩が流れていた時代もあるそうです」



 吊り橋に少し揺られながら、騎士がレンの傍で言った。

 レンもその情報は最初から知っているが、「そうなんですね」と言って頷いた。

 眼下に広がる峡谷を見て、ある情報を思い出す。

 


(そういや)



 ゲーム時代、峡谷の下はアスヴァルの魔力に影響を受けて、いたるところに溶岩流ができていた。

 また溶岩がない足場には数多くのアンデッドが蔓延り、瘴気が漂う深淵だった。



 瘴気とは、死んだ魔物の死体から漏れだした魔力の密度が、その密度を高めることで生じる気体である。吊り橋の下には、当然ながらその死体も数えきれないほど転がっていたため、ラストステージに相応しい禍々しさだった。

 それらを思い出していたところで、不意にレンの足元が大きく揺れた。



「ッ……皆! 手すりに摑まれッ!」



 メイダスの号令に従い、皆が一斉に吊り橋の手すりを掴んだ。

 と同時に、足元だけでなく全身が煽られるほどの、強烈な吹雪がレンの頬を叩いた。



「レン殿ッ! 手を離してはなりませんッ!」


「わかってますッ!」



 吹雪は強烈で、気を抜けばあっさり身体がさらわれそう。

 橋の木床板が左右に揺れている。手から力を抜けば、峡谷の下まで一気に放り出される。 

 手袋越しに感じる手すりの感触が、握力を込めるたびに強くなった。



(ってか、吊り橋の強度が凄い)



 こんな場所に設けられるくらいだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、視界が晴れていくにつれ、余裕を取り戻したレンはそう思った。

 すると、前方にいたメイダスが声を上げる。



「全員無事だなッ!?」


「おう!」



 冒険者たちにつづき、レンは騎士たちと安否を確認する。

 一人も吊り橋から落ちた様子はない。胸を撫で下ろした彼は、騎士と笑みを交わして前に進んだ。 



 皆が吊り橋を抜けたところで、緊張のせいで溜まった疲れを癒すべく休憩に勤しむ。半刻を過ぎた頃には行軍を再開し、間もなく到着すると思われた古い砦への道に戻ったのだが――――



 昼になる直前。目的の砦が見えてきた。

 今日も今日とて狼煙が昇り、レンたちの救助を待ち望んでいるようである。



「諸君! 行こうッ!」



 意気揚々と号令を発したメイダスにつづき、皆の足取りが勢いを増す。

 膝なんか簡単に埋まってしまう深い雪の道を進みながら、なるべく早く砦にたどり着けるよう一行は進んだ。



(もうすぐだ)



 先ほど見えた砦を思い出しながら、レンは額の汗を手の甲で拭う。

 そうしていたら、前方の冒険者たちが足を止めた。

 最前列を進んでいたメイダスが片手をあげ、皆の注目を集める。



「――――魔物だ」



 だが、近くではない。

 メイダスはすぐに遠くを指さし、自身の犬耳を軽く揺らす。



「砦の方から人と魔物の声がする。魔物の方は恐らく群れだ」


「で、どうすんのよ?」


「そんなの、決まってるだろ」



 女性冒険者の声に対し、不敵に笑ったメイダス。

 すると、他の男性冒険者たちもそれに倣い、彼らは一斉に駆け出した。



「砦が襲われている可能性があるッ! 急げッ!」



 後続のレンは騎士と顔を見合わせた。

 自分たちも急いで向かおう。この考えを共有したところで、このひどく進みづらい道を力の限り走ったのだ。



 それからすぐにレンも気が付いた。

 決して一種類ではない魔物の群れが声を上げ、何者かがそれらと戦う音が耳を刺す。

 すると、間もなく周囲がまた吹雪はじめる。



 視界は悪くなったが、周囲が見渡せなくなった頃には皆が砦の傍にいた。



「レン殿ッ! 無理はなさらぬようにッ!」


「はい! わかってますッ!」



 騎士と言葉を交わしてから、レンは辺りの魔物に目を向けた。

 この世界に来て依頼見慣れた魔物や、ここにきてはじめて見る魔物。

 数多の魔物が群れを成し、すぐ傍の砦に蔓延っている。

 レンは当然、商人を護衛する冒険者たちが無事だったのだろう、と一人喜んだのだが――――



(な、なんで……?)



 そこで戦っていたのは、見慣れぬ少年少女たちだった。


今日もアクセスありがとうございました!

来月17日に発売となる書籍版1巻も、どうぞよろしくお願い申し上げます!

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