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物語の黒幕に転生して~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~(Web版)  作者: 俺2号/結城 涼
二章・クラウゼルでの日々

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緊張しています。

 翌日はやはり、日中の間は来客で賑わった。

 聖女・リシアの誕生日を祝うべく、たとえばクラウゼルを拠点に活動する商人や、他にはレザードの旧友、クラウゼル内にある公的機関に籍を置く文官などが足を運んだ。



 その様子を眺めていたレンは考える。



(貴族の誕生日って大変なんだなー)



 と、密かに。

 そう考えてしまったのは、レンが自分の誕生日の経験を思い返してしまったからだ。



 レンの誕生日の場合、リシアほど来客はいなかった。

 薬師のリグ婆をはじめ、村人たちが野菜などを持ちよるくらいで、堅苦しいことなんて一つもなかった。

 夜になれば両親とレンだけの食事の席だったから、リシアの誕生日とは似ても似つかなかったのだ。



 ――――やがて、日が傾いた。



 この日、レンは一度もリシアを見ていない。

 何処に居るのかは知っていたけど、来客の多さから彼女と顔をあわせられていなかった。



 レンも給仕たちの仕事を手伝っていたため、すれ違っていたこともあろう。

 彼女は疲れていないだろうか?

 疑問に思うレンはいま、旧館で着替えに勤しんでいた。



「まさか役立つ日が来るなんて」



 夏になる前、リシアに贈られたあの服だ。

 レンの身体にあわせて仕立て上げられたジャケットに袖を通し、旧館に残された姿鏡の前に立ってみる。



 燕尾服と言うにはカジュアルすぎる黒い生地に、淡いチェック柄が重なっている。

 同じ生地のスラックスも履けば、一見すると貴族令息のようだった。



「これも忘れずに」



 ジャケットの内ポケットへと、贈り物が入った細長く薄い箱を忍ばせる。

 これは外箱と違い、渡すとき用にあの店の店主が用意した箱だ。



 それを忍ばせると胸元がやや浮いてしまうが、その浮きはだらしないというほどではなく、気にして見ればわかる程度だ。

 それから「よし」と呟き、



「行くか」



 繰り返すようにこう口にして、普段使う部屋を出た。

 そのまま旧館の扉を開けて外に出れば、夜の帳が降りつつある空が視界に映った。

 本邸の窓から漏れた灯りと相まって、どこか幻想的な夜景だ。



 レンはその夜景を少しだけ楽しみ、正装向けに作られた履きなれない革靴で足音を立てながら本邸に向かう。

 膝や太ももに擦れるスラックスの感触は、分厚くしっかりした生地ながら肌触りが良い。数えるくらいしか袖を通していないジャケットは、両肩が窮屈な感じがした。



「おや?」



 そう言ったのは、本邸に着いてすぐのレンを見かけたヴァイスだ。

 つづけて他の騎士にも服を見られ、レンはやや照れくさそうに頬を掻く。



「似合っているぞ。その凛々しさはまるで、勇者・ローレンのようだな」



 こうヴァイスが言えば、



「どこかの令息かと思いましたよ」


「お似合いですな」


「いずれ、ご両親にもお見せになるとよいでしょう」



 口々に褒める言葉を聞かされたレン、はわざとらしく「こほん」と咳払いをして居住まいを正した。



「そういう皆様も、今日は普段と違うお姿じゃないですか」



 騎士服、というのだろうか。

 一見すれば軍服のようにも見える服装で、腰には普段通り剣を携えている。

 ヴァイスが言うには、騎士も参加するパーティの際には、そうした服装で参加するのが通例であるそうだ。



 レンはそのヴァイスと共に、誕生日パーティの会場となる大広間へ向けて足を進める。



「実は少年を待っていたのだ」


「俺を?」


「うむ。何を贈ることに決めたのかは聞いてないが、どうやら、その胸元のふくらみは贈り物を忍ばせているようだからな」



 別にバレていてもいいのだが、こうもあっさり悟られるとは。



「お察しの通りですが、それと俺を待ってくださったことはどんな関係が?」



 すると、ヴァイスがニヤリとほくそ笑む。



「例年だと私が騎士の代表として、使用人らの代表として、執事からお嬢様に贈り物をする流れになっているのだ」


「なるほど。では俺はその前に――――」


「いや、少年は私たちの後だ」


「……うーん?」



 想定外の言葉を返されたレンは、気の抜けた返事をしてしまう。

 苦笑いまで浮かんだ始末だ。



「他でもない少年からの贈り物があるのだ。我々のような、仕える者たちの前と言うのはどうかと思ってな」



 何を言ってるんだ、この人。

 無礼だが、レンはついこう思った。



「いつもなら、ご当主様が最後に贈り物を渡される。少年にはその前を担当してもらいたい」


「色々と反論したいことがあります。主に、俺もクラウゼル家に仕える者であることを失念なさっている件とか」


「うん? まぁ、少年だからな」



 抽象的なヴァイスの言葉を聞いた近くの騎士たちが笑う。

 レンは苦笑いを浮かべて問いかける。



「さっきの話って、本気なんですか?」


「本気だとも。いきなり大役を任せるようですまないと思っているのだが……。ともあれ、今宵はお嬢様の誕生日パーティだろう? だから、お嬢様が好まれるようにして差し上げたいのだ」



 それにはレンも同意するところだ。

 もしも自分が大取を務めて彼女が喜んでくれるなら、今日という日はそうした方が間違いがない。

 ヴァイスが言うように、この日の主役の意識を尊重すべきだろう。



(おかしい。シーフウルフェンと対峙したときと同じくらい――――は明らかに言い過ぎだけど、とてつもなく緊張してる)



 うぅ……という情けない声が漏れる。

 緊張で胸焼けしそうになり、つい左胸に手が伸びた。

 レンが自身の胸を優しくさすっているのを見て、ヴァイスが穏やかな笑みを浮かべる。



「少年が少年らしい姿を見られるなんてな」


「……勘違いなさらないでくださいね。俺はまだ子供ですよ」



 レンはどこか挑発的な言葉を口にしながらも、それまで同様胸をさすっていた。

 依然として、彼の顔には普段の凛々しさが感じられない。

 今日は微笑ましいくらいに、ただ緊張しているだけの少年だった。



「いやなに、日ごろの振る舞いを見ていると、少年が子供であることなんてすっかり忘れてしまう」


「では、この機会に再確認しておいてくださいね」



 いつもと違い少し生意気な口調になってしまったが、レン自身はそのことに気が付いていない。

 だがその言葉を聞いて、ヴァイスやその他の騎士たちの頬がより一層緩んでいた。



 長旅となった逃避行を生き延び、ギヴェン子爵が放った刺客を倒した――――そうリシアが自慢げに語った英雄、レン・アシュトン。

 その彼が見せる姿にしては、随分と年相応だった。


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