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赤龍の伝説と、神出鬼没な女性と。

例によって、本日も二度更新です!

 アスヴァルは数百年の時を生きた古い龍で、その叡智により人の言葉も解する。

 誇り高く、そして好戦的な性格をしており、常に強者を求めていたという逸話がある存在だ。



 だがそのアスヴァルがある日、魔王の手にかかり正気を失った。



 挑戦者の到来だけを待っていたアスヴァルは暴れるだけの龍となってしまうのだが、それを七英雄が討伐する。



 亡骸は当時バルドル山脈に存在した火山に落ち、長い時間を経て骨まで溶けた。

 火山はその影響で内部の環境が変わり、休火山となってしまう。

 だが、唯一溶けることなく残されていたアスヴァルの魔石(、、、、、、、、)だけが、その奥深くに眠っていた。



(その魔石の情報を得たイグナートが、現代に残る魔王の力を用いて周囲を活性化させたんだ)



 空気中に漂う魔力は人為的には濃度が上がり、生息する魔物は力を得た。

 これによりFランクか、高くともEランク程度の魔物しか姿を見せないバルドル山脈が、あっという間に危険な地域に早変わりしたのである。



 ――――



『私はすべてが憎い』



 レンの脳裏に、七英雄の伝説Iの最後の戦いが思い浮かぶ。

 バルドル山脈にある休火山の大穴を前に、イグナート侯爵が主人公たちに語り掛ける一場面である。



『祖国へ尽くしに尽くしたこの生涯、たった一度の慈悲も得られずフィオナを失った』



 彼を前に、七英雄の末裔たちが武器を構える。

 説得しようとした主人公の言葉を笑い飛ばしたイグナートは、両腕を翼のように広げて話をつづけるのだ。



 その際の彼の双眸からは、血の涙が流れている。



レオメル(君たち)が私を認めないのなら、私も君たちを認めない。故に私は、君たちのすべてを否定する』



 遂にはじまったアスヴァル復活の儀式。

 ユリシス・イグナートは剣に魔法、魔王復活を企む者らから受け取った魔法の力を駆使して、主人公たちの前に立ちふさがった。



『――――結構だ。君たちも、あの第三皇子のようにしてあげよう』



 戦闘が進みにつれてアスヴァルの復活が近づく。

 増していく緊張感の中、主人公たちと同じくイグナート侯爵も諦めず、レオメルを破滅に導かんと戦いつづける。

 ……やがて、



『ッ……フィオ、ナ……私は……間違えていたの……か……い……?』



 アスヴァルが復活する直前、遂に剛腕、ユリシス・イグナートが斃れる。



 しかし、アスヴァルを復活させる儀式は進み過ぎており、もう止められない。

 それでも諦めなかった主人公が、ここで勇者・ローレンの血統たらしめん力を覚醒させる。

 復活しきる直前の赤龍・アスヴァルは、これにより眠りに付いたのだ。



 ――――



(懐かしいな)



 レンが思い返していると、彼の肩がリシアに揺らされた。

 彼女を見れば、むすっと頬をふくらませている。



「なんで急に黙っちゃうの?」


「あっ――――すみません、つい」


「……別にいいけど、さっきレンが言いかけた言葉も気になるわ」


「えっと……前にレザード様の下に届いていた連絡が気になったんです。今年の冬はすごく寒くなりそうって話でしたから、雪が大変じゃないかな、って」



 リシアは疑うことなく笑い、「気が早いわよ」と言った。

 誤魔化すことに成功したレンは地図に意識を戻す。

 すると、レンはアスヴァル復活について考えていたことが関係して、とある情報を思い出す。アンデッドは生前より数段弱くなること、生前と同じ意識を持たないことという情報が脳裏をよぎった。



 だからイグナートはアスヴァルの他、多くの魔物をアンデッドとしてよみがえらせることを画策していたのだが、いまとなってはその心配は不要だ。

 愛娘が生きているのなら、その未来は来ないはず。



「あ、ねぇねぇ。さっきの話なんだけど、レンはバルドル山脈が気になってるみたいだし、せっかくだから寄ってみる? この時期なら何の心配もないわよ」



 レンのことだから、すぐ頷くと思った。

 が、そのレンは手に取った地図を見ながらピタッと硬直し、たっぷり十数秒の時間をおいてからリシアを見る。



「……やめておきましょう」



 好奇心旺盛な性格なのはお互いさまと思っていたリシアが驚く。



「いいの? いつものレンだったら、是非! って言うと思っていたのに」


「いやー……バルドル山脈は止めたほうがいいと思います。魔物は大丈夫でも、遭難してしまったら大変ですし」



 当然、本心は警戒しているからだ。

 いくらイグナート侯爵が反旗を翻さないとはいえ、わざわざ近づこうとも思えなかった。



(君子危うきに近づかず――――いや、近寄らずだっけ。俺は偉い人間でもないけど、足を運んで何かあったら嫌だし)



 特別な理由があれば別なのだ。

 たとえば、誰かを助けるために行かなきゃいけない、とか。それが家族のためだったり、リシアのためなら気持ちも変わる。

 他には、必ず行った方がいいと思えるだけの利点があるかだ。



 この後の二人は取り留めのない話に花を咲かせたけど、夕食の席に呼ばれる直前になって、レンはふと気が付いた。



(バルドル山脈って、隠しマップがあるんだっけ)



 隠された入り口から行ける場所なのだが、そこには高価な換金アイテムや特別な装備(、、、、、)が入った宝箱がいくつも並んでいる。

 また、確定で鋼食いのガーゴイルが一匹現れるオマケ付き。

 つまりそこに行けば、ついでに盾の魔剣のレベルを上げることだってできてしまう。



 これらは、多少無理をしてでも足を運ぶ価値があるのだが――――。



(だからってバルドル山脈は……)



 逡巡して止まないレンは答えを見いだせず、この問題は棚上げすることにした。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 日程を消化していくにつれて、レンは少しずつバルドル山脈に近づいた。



 恐れはない。ああ、もうこんなに近づいていたんだな、とバルドル山脈を見上げる余裕すらあった。



 そうしている間にも、また新たな村に到着した。

 訪れた村はレンとリシアが逃避行をして居た際、レンが知らぬ間に通り過ぎた村だった。

 ここまでくれば、レンが生まれた村と大差ない田舎だ。



「ヴァイス様、相談したいことが」



 この村にやってきてすぐ、村を預かる騎士がヴァイスに言う。

 騎士の顔には若干の憂慮が漂っていた。

 その騎士が言うには、昨日から村の傍にある川の水が減っている。比例して魚の量も減り、不安を覚えている村人が何人もいるとのこと。



「実は今朝、上流の様子を確認して参りました。……そこでは倒木が幾重にも重なっておりまして」


「む? 天候の悪い日でもあったのか?」


「はい。数日前まで、この辺りは強い雨と風に見舞われておりました。その影響を受けた木々が倒れてしまい、川をせき止めてしまったのではないかと」



 その騎士は若い村人と共に倒木を避けようとしたが、重すぎて対処しきれなかった。

 だから、ヴァイスやその他の騎士の手を借りたいという。

 ……けれど、ヴァイスはまだ忙しい身だ。

 村に到着して早々だから、まだするべき仕事がいくつもある。



(リシア様とも離れるのは避けたいだろうし)



 そうなれば、後で川を確認しに行くかということになる。

 しかしレンはここで口を挟む。



「よければ、俺が行ってきましょうか?」


「少年? いいのか?」


「はい。倒木くらいなら俺でもどうにかできると思います。聞けば魔物も心配なさそうですしね」


「そうだな。現れたところで、東の森程度の魔物だ」



 ついでに整備されており安全な道とのことである。

 この村の騎士はそれでもレンに道案内をするといったが、レンはそれなら必要ないと言って案内を固辞する。



(みんな仕事があるだろうし)



 それこそ、この村を預かる騎士だってリシアたちと話すことがある。ここまで同行してききた騎士たちもヴァイスと同じで、いくつも仕事がある。

 言い換えれば、暇なのはレンだけと言っても過言ではないのだ。



「川の上流まで何分くらいかかりますか?」


「大人が歩いて二時間ほどですが……お一人で大丈夫なのですか?」



 村を預かる騎士の疑問はもっともだ。

 自分が行くと口にしたレンはまだ少年なのだから、自分たちにできなかったことを成し遂げられると思えない。

 だが、ヴァイスがその感情を笑い飛ばす。



「案ずるな! この少年こそ、あのレン・アシュトンであるぞ!」



「な、なんと! 噂に聞く英雄殿でありましたか! それは失礼なことを……ッ!」


(すっごい恥ずかしい)


「というわけだから心配はいらん。が、大人の足で二時間としても、馬で行けばもっと早いのではないか?」


「そうなのですが、先日の雨と風のせいで道が悪いため、馬で進むのには向かないのです」



 道理で、とヴァイスが頷く。

 それならレンの足でも時間が掛かりそうなものだが、彼の身体能力は一般的な大人のそれよりも高いから、そう心配は必要ないだろう。

 ヴァイスもそう思ってか、特に懸念を抱いている様子はない。



「早速ですが、これから行ってみようと思います」


「承知いたしました。では僭越ながら、上流までの道までご案内いたします」



 村を預かる騎士は最後まで申し訳なさそうにしていた。

 腰の低い態度で、レンを見送る際には深々と頭を下げていたほどだ。




◇ ◇ ◇ ◇




 川の上流へつづく道を進みはじめても、その騎士はレンの姿が見えなくなるまでその背を見送っていた。



(別に気にしないでいいのに)



 聞いていた通りの道を進むレンは、気が付かないふりをしながらその道を進む。

 この道はぬかるんだ泥が至る所に散らばっているせいで、聞いていた通りの歩き辛さだ。



 けど、口にするほど嫌な気持ちにはならない。

 レンはアシュトン家の村でも度々狩りをしていたし、その際も、似たような森の環境の中で歩いたことはいくらでもある。

 今回もそれと同じことだった。

 むしろ、懐かしさを覚えて悪い気がしない。



 ――――それから、一時間以上の時間を掛けて道を進んだ。



 たまに横を流れる川を見ながら、そろそろだろうか? などと考えながら歩いていると、ようやくそれらしき場所が見えてきた。



 ……あれか。



 間違いない。あれが目的の上流だ。

 枝分かれした川の一本が、下流にある村へつづく川を成している。

 分かれ目は幾本もの倒木に塞がれていて、倒木と倒木の間から漏れる水の音が僅かに聞こえてくる。

 氾濫しかけた川から飛び跳ねてしまったのか、何匹かの魚が地面の上で跳ねていた。



「帰りに持って帰ろ」



 村人の大切な食糧だというし、無駄にしないためだ。

 そのためにも、さっさと倒木をどうにかしたい。

 しかし、あれは切り刻めばいいのだろうか? その破片が川を流れて、下流で村人が怪我をしたらと思うと手が止まる。



「……退かそ」



 素直に持ち上げて、退かす方がいい。

 この結論に至ったレンが川に近づいて、上から一本ずつ倒木を避けていく。

 途中、川の水で服が濡れたせいで真顔になった。

 もうちょっと丁寧に避ければ良かったと後悔していると、



「ボクとしては自然魔法にものを言わせればいいと思うんだけど、どうかな?」



 不意に、近くから声がした。


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