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大地にできた裂け目の下で【上】

本日もよろしくお願いいたします!

 ギルドに戻ったレンは、やはり注目を集めた。

 普段は落ち着いている彼が急にあんな振る舞いをしたとあって、どうしたのだろう? と疑問に満ちた目を向けられていた。



 当事者たるレンは苦笑を浮かべながら、先ほどの法衣の女性の姿を思い返しながら食事に戻る。 



「よぉ!」



 すると間もなくだった。

 度々言葉を交わしたことのある、粗暴な口調の冒険者が声を掛けてくる。

 彼はレンに対して気さくに声を掛けるとともに、レンの対面の椅子に腰を下ろして笑っていた。



「今日も東の森に行くのか?」


「はい。そのつもりです」


「それなら、今日は一緒にってのはどうだ? 実は若い連中がそれなりに森の奥へ行くってんで、ギルドの奴らから近くで狩りをしてやってくれって言われてよ」



 護衛依頼ほどではないが、何かあれば手を貸してやってくれ、ということ。

 ギルドの職員は恐らく、世間話程度にそれらの話を男に聞かせ、男は大きな用事もないことから頷いたところだろう。



 だが、レンには魔物の状況を調査する仕事がある。

 生息状況、個体数、その他気になったことを報告する仕事に継続して勤めているとあって、男の言葉に頷けなかった。

 男は「しかたねぇか」と言って肩をすくめる。



「機会があったら、一緒に狩りをしてみたいもんだぜ」


「ええ。こちらこそ、その際は色々学ばせてほしいです」


「がっはっはッ! 英雄殿にそう言われたとあっちゃ、そのときに向けて俺も頑張っておかねぇとなッ!」

 


 すると、男は豪快な笑いと共に席を立つ。

 彼はギルドの入り口に姿を見せた狼男の相棒を見て、



「行ってくるぜ。英雄殿も、怪我をしないようにな」



 互いの無事を祈る言葉を口にして、ギルドを後にしていった。

 残ったレンは、残る食事を終えてから思う。



 あの法衣の女性は、一体誰だったのだろう――――と。




◇ ◇ ◇ ◇




 朝は妙な出会いがあったが、昼になる頃のレンはそれを忘れて調査と狩りに没頭していた。



 今日も今日とて、いずれも順調だ。

 だが、依然として木の魔剣がカンストのまま進まない。

 次のレベルに至るための条件が気になって止まなかったけど、手掛かりがない現状は狩りをつづけて、変化が訪れるのを待つしかない。



「……よし」



 今日はこのくらいにして帰ろうと思った。

 理由は狩りが順調だからなのと、運搬に苦労しそうだと気が付いたからだ。

 運よくアースワームを三匹も狩っているから、戦果は十分。魔物の状況を調査する仕事も予定通り済ませてある。



 いまから町に帰れば、夕方になる前に到着できる。

 そうと決まれば、早速――――。



 …………ウァアッ!?

 …………ガァ――――ッ!



 悲鳴、そして甲高い咆哮。

 不意に耳を刺した強烈な音に驚いて、森の木々に留まる鳥たちが一斉に飛び立ってしまう。

 レンもまた、足を止めて音がした方角に目を向けた。



「……どうして、こんな町の近くで?」



 その咆哮に覚えがあったレンは、背負っていたアースワームから手を放した。

 明らかな異変と思い、彼は自然と足を動かした。



 ざっ――――と地面を蹴って、その方角へ駆けていく。

 木々の合間を、まるで風のように。

 途中、邪魔になる木の枝や葉を鉄の魔剣で切り裂きながら、一直線に音が聞こえた方角へ向かった。



 やがて、匂いがしてきた。

 それは濃密な血の臭いだった。



(……この辺りから聞こえてきたはず)



 走ること、十数分。

 辿り着いた先にあったのは、眼下に広がる大地の裂け目だった。

 その裂け目の中は広いが、木々の根や、半端に崩れた斜面が複雑に入り組んでいる。そのせいで、落ちてしまえば上るのに苦労しそうだ。



 レンはその大地の裂け目の底に、数人の男女が居るのに気が付いた。

 また彼らが一人残らず、血を流していることも。



(生きてる……けど、)



 この裂け目から脱することは難しいだろう。

 間違いなく、第三者の助けが無ければやがて死に絶える。

 だからレンは、彼らを助けようと思った。



 木の魔剣の力があれば、彼らを救い出すことも決して難しくない。

 そうして一歩踏み出そうとしたところへと、



「おらぁあああああッ!」


「くっ……硬いなッ!」



 大地の裂け目の中で。

 倒れた男女から少し離れたところより、聞きなれた声がした。

 二人の男の声に気が付いたレンが目を向けると、そこに居たのは狼男と、粗暴な口調のあの男だ。

 


 更に金属と金属がぶつかり合う、耳をつんざく音が耳に届く。

 そして、相対する黒鉄色の魔物を見たレンは、「やっぱり」と思いながらも自身の目を疑った。



 ――――何せあの魔物は、



「鋼食いのガーゴイルが、どうしてこんな場所に居るんだ」



 間違いない。見間違えるはずがない。

 翼をはためかせ、大地の裂け目の最下層で縦横無尽に飛び交うその姿。全身金属の体躯はすべて凶器のようなものだ。



 持ち前の俊敏さと強固な体躯を以て戦う強さは、通常個体のガーゴイルと一線を画す。

 Dランクの中でも上位に位置するシーフウルフェンと共に、ユニークモンスターに数えられる特別な魔物だ。



 疑問に思うのは、その鋼食いのガーゴイルが東の森にいたこと。

 確か、クラウゼルからもっと離れた場所にいたはず。レンがギルドで見た情報には、確かにそうした情報が書いてあったはずだ。



「くそっ……このままじゃ……ッ!」



 狼男の呟き。

 戦っていた二人の身体には、数多くの傷がある。

 粗暴な口調の男はまだ大丈夫なようだが、狼男は片腕に力が入らないようで頼りない。



 猶も壁を、そして蔓延る木の根を足場に俊敏に飛び交う鋼食いのガーゴイル。

 それが狼男の隙を突き、背後をとった。



『ガァッ!』


「――――え?」


『シィィッ!』



 情けない声と、その声を発した狼男に振り下ろされる黒鉄の腕。



「この……野郎ぉおおおおッ!」



 が、振り下ろされるその寸前だ。

 粗暴な口調の男がその間に割って入り、手にしていた盾で黒鉄の腕を防いだ――――が、その腕は盾を貫通し、男の肩口を抉るように殴りつけた。



「かはァッ!?」 



 いとも容易く吹き飛ばされた男。

 壁に背を預けて意識を失い、残された狼男がギラッと鋼食いのガーゴイルを睨んだ。



 その狼男へと、浮いたままの鋼食いのガーゴイルが勢いよく迫り、黒鉄の腕を振り上げた――――



『カカッ!?』




 その刹那、間に割って入った少年、レン。

 狼男はレンが面前に現れたことに驚き、目を見開く。



「え、英雄殿ッ!?」


「ッ――――驚いてる場合じゃありませんッ! 急いで逃げてくださいッ!」



 鉄の剣を構えたレンは狼男を庇ってみせた。

 レンが立つ大地は抉れ、ひび割れる。

 それほどの膂力を受け止めながらも、レンは僅かでも後退することはなく、逆に鋼食いのガーゴイルの身体を弾いてみせた。



(身体の強さと木の魔剣で、無理やり割り込んだけど……ッ)



 二人の危機を見て、あまり覚悟する時間もなく飛び込んでしまった。

 そのため、戦闘準備はあまりできていない。



『……クルルゥ』



 俊敏に飛び跳ね、壁に足をつけて制止した鋼食いのガーゴイルの鳴き声が聞こえてくる。

 レンの頬を、ひりつく空気のせいで汗が伝った。



「……一つだけ教えてください。どうしてアイツがここにいるんですか?」


「わ、わからない……ッ! だが、以前までの住処から、ここに場所を移したのかもしれないッ!」



 狼男にわかるのはそのくらいだそう。

 また、彼とその相棒は若い冒険者たちの様子を見ていたのだが、その若い冒険者たちはこの裂け目にある地下資源を採りにきていたのだとか。



(なるほど、合点がいった)



 きっと、その地下資源には鋼食いのガーゴイルの餌となる鉱物がある。

 可能性はゼロじゃないと思ったレンが言う。



「貴方の相棒と、倒れた人たちを避難させられますか?」


「あ、ああ! 奴の気を引いてくれたら、俺が何往復かして上に運ぶとも!」



 レンは頷いて「そうしてください」と言う。



 鋼食いのガーゴイルから漂う敵意は、刻一刻と増していた。

 相対するレンを警戒し、うかつに攻撃を仕掛けてこない。ミツメやアースワームなどと違い、頭がいいことの証明だ。

 きっと、誰かが動けば瞬時に飛び跳ねるだろう。



「すまない! 恩に着るッ!」



 狼男が動くや否や、鋼食いのガーゴイルもまた飛び跳ねた。

 レンは予想していたからすぐに動き、狼男の背を狙った鋼食いのガーゴイルに立ち向かう。

 狼男の背に伸ばされた黒鉄の腕へ、鉄の魔剣を振り下ろしたのだが、



『クルァッ!?』


「ッ……やっぱり硬いなッ!」



 鉄の魔剣の切れ味はすさまじい。

 先日レベルが上がってから更に増して、切れないモノはないんじゃないか? と思うくらいだった。



 なのに、鋼食いのガーゴイルの腕は断てなかった。

 剣が大きく刃こぼれするが如く、僅かに砕けて抉れるにすぎない。

 僅かに流れた赤褐色の体液が、鉄の魔剣を汚すに留まっていたのだ。



『カカッ! クルッ――――カァアアッ!』



 飛び跳ねる。

 翼をはためかせ、飛び跳ねたかと思えば勢いよく滑空して黒鉄の腕を振るった。

 風圧が頬を過ぎるたび、レンは首筋に冷や汗を流す。



 いつしか、躱しきれなかったその腕がレンの太ももにすれ違い、服を裂き、肌を裂いて鮮血を舞い上がらせた。



(忘れるな。こいつはただの魔物じゃない)



 だが、過剰に思う必要はない。

 シーフウルフェンと同じDランクのユニークモンスターに変わりないが、シーフウルフェンほどの脅威ではない。



 防御に関しては鋼食いのガーゴイルが勝るだろう。

 しかし、その他の実力は明らかにシーフウルフェンの方が上だ。

 こうして対峙しているとそれがよくわかる。

 正直に言えば、同じDランクのユニークモンスターでも、同一視できない程度の差があった。



「……それに、」



 以前のままではない。

 レンは強くなった。



「倒すのが遅いか早いか、これだけの違いだろ……ッ!」



 いずれ、鋼食いのガーゴイルとは戦うつもりだった。

 それでも、レザードに許可を取ってからの方がいいと思っていたから、今回の戦いは予定外である。



『――――ッ!?』



 頬を掠めた黒鉄の腕を、レンは木の魔剣で生み出した木の根で拘束した。

 レンの頬はスッ、と深い切り傷が刻まれ、痛みは催したが関係ない。



『ガァッ! ギィイッ!』


(大丈夫だ。シーフウルフェンほどの反撃じゃない)



 鋼食いのガーゴイルが驚嘆しつつも腕を振り回す。

 金属ではない双眸を見やり、鉄の魔剣を真っすぐに。

 ときにはレンの頬や体躯をかすめても、最初ほどの切り傷を刻むことはできなかった。

 


 何故なら、レンが慣れてきたからだ。

 鋼食いのガーゴイルの動きや癖を、少しずつ見切れる余裕が生じていた。

 そのレンが、咄嗟の隙を見つけて力を込める。



「そこは硬くないだろッ!」



 寸分の狂いもなく、鉄の魔剣を突き立てた。

 シッ、と風を割く音が響いたと思えば、次の刹那には鋼食いのガーゴイルの片目から赤褐色の液体が飛び散る。

 痛みに喘ぐ鋼食いのガーゴイルが無理やり拘束を脱し、レンから距離を取って壁に張り付いた。



 だが、安息は来ない。

 追撃が、鉄の魔剣の切っ先が迫っていた。



『クルゥァァアアアアアアッ!』



 響き渡る砲声。

 耳を塞ぎたくなる轟音に耐え、レンは猶も迫った。

 片手に持った木の魔剣を振って、鋼食いのガーゴイルが居る周りに木の根を生やす。



 が、今度は躱された。

 一度目の攻撃で学んだのか、鋼食いのガーゴイルの立ち回りに変化がある。



 裂け目の最下層に充満した湿った空気。

 血液の香り交じりのそれが緊張感を高めつつある中、レンは狼男が仲間を連れて地上へ戻る姿を確認した。

 それから、数分と経たぬうちに、彼は新米冒険者たちの下へ向かうため戻ってきた。



「英雄殿ッ! 無事かッ!?」


「はい! だからそちらも急いでッ!」



 幸い、優勢なのはレンだ。



 鋼食いのガーゴイルはすでに片目を失い、極度の警戒を以てレンと相対している。

 シーフウルフェンとの戦いを経て、村の森で更に自分を磨き、イェルククゥとの戦いで大きく成長した。

 そして、この森でレベルを上げた魔剣もあり、レンの強さは以前の比じゃない。



(大丈夫。十分戦える)



 そう思いながら、油断は一切ない。

 逆に緊張感と共に昂る身体は力を増していく一方で、普段の訓練では出せない膂力を宿していた。


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