はじめてのレベルアップ。
本日最後の更新となります!
明日も複数回更新予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします!
はじめて訓練をした日を境に、レンの午後はロイと訓練することが日課となった。
午前中はこれまで通り勉強をすることで一日がはじまり、午後になると倒れるまで身体を動かす。
「今日はこのくらいにしておくか」
ロイはこの日もレンが気持ちよく大の字に倒れ込んだのを見て、訓練の終了を口にした。
「あ、ありがとうございました……」
「ああ。今日も頑張ったな」
一見してみると、訓練後のレンは訓練をはじめた初日と同じ醜態を晒しているように見える。
けれど、実際は初日と比べて倍近い時間は動けるようになっていた。体力も膂力も、順調に成長を遂げていたのだ。
「……今日の成果は………」
レンはロイが立ち去ったのを確認して、いつものように密かに腕輪を見る。
・魔剣召喚術(レベル1:88/100)
最近では、スキルレベルアップが目前まで迫っていた。
「もう一か月以上も頑張ってるのか」
一度の訓練で倒れ込むまで努力して、ようやく得られる熟練度が“2”である。
だから単純に溜まった熟練度を半分にすることで、今日まで何日間訓練してきたのか計算できた。
「もう少しだ……あと六日頑張れば、魔剣召喚術がレベルアップするぞ」
我ながら、よく今日まで努力をつづけられたものだと思ってしまう。
ここまでくると、単にゲーマー心でレベルアップに向けて頑張れただけ、とも言えない。
(やっぱりあれかな)
レンはその他の理由に心当たりがあった。
それは、ロイとミレイユの影響である。
二人はレンが頑張ると、前世の両親と違い全力で褒めてくれる。二人の笑顔を見ると、もっと頑張ろうという気にさせられるのだ。
「そういえば、蓮のときは褒められたこと無かったなー……」
前世の両親は蓮が幼い頃に別れ、蓮は母に引き取られることになった。
しかし、成長するにつれて父に似てきた蓮を母が嫌がり、母は蓮と口を利かなくなる。その母はレンが大学生になった頃には家に居る方が稀で、会話をすることも年に数回だった。
だからあの時と比べると、いまの生活はとても充実している。
日々の暮らしで家電がなくて不便を感じることはあるが、それでもいまの方が幸せであると断言できた。
「明日も頑張ろう」
だから、この幸せな時間のために頑張れた。
両親に喜んでもらえることに対し、かけがえのない価値を感じていたから。
◇ ◇ ◇ ◇
この日からの訓練はこれまで以上に気が引き締まる思いだった。そしてその翌日も、そのさらに翌日の訓練も倒れるまでロイに立ち向かい、剣を振りつづけた。
スキルレベルアップが目前に迫っているとあって、倒れるのが楽しみに思えてきたほどだった。
……そんなレンの身体に異変が生じたのは、六日後の訓練中のことであった。
「え……?」
訓練をはじめてから一時間が経とうとした頃になって、身体が不思議と軽くなったのだ。
それは訓練をはじめる前と比べても更に軽くて、足元に力を入れるといまにも空に飛んでいけそうなほど。
「どうしたんだ? まさか怪我でも……」
急に動きを止めて驚いたレンを見て、ロイが焦り交じりの声で尋ねた。
「だ、大丈夫です! 大したことじゃありませんから!」
「ならいいんだが……無理はするなよッ!」
「はいっ! わかってますっ!」
レンは返事をしつつ、異変が身体の軽さだけではないことに気が付く。木の魔剣を握る手にも、いままでにない膂力が宿っていたのだ。
その正体を探るが、わからない。
だがレンは、ロイを心配させまいと腰を低く構え、
「いきますっ!」
威勢のいい声で言い放ち、これまでのように踏み込んだ。
すると、一歩踏み込んだ時点でレンの様子が違うことがロイに伝わる。
「は、疾い……ッ!?」
毎日のように森に行き魔物を狩っているロイであっても、迫りくるレンの速さには驚かざるを得なかった。
もちろん、レンはいままでだって七歳児とは思えない身体能力を誇っていた。
だが、いまの姿はまるで、森に出る魔物のそれを凌駕した疾さだったのだ。
「ぐっ……」
しかしロイは木剣を真横に構え、レンの攻撃を受け止めた。
ロイの足元の地面は彼が堪えることで抉れ、彼が持った木剣からは悲鳴のような軋む音が響きはじめる。
「はぁあああッ!」
なおもレンの剣戟がロイを襲う。
ぶつかり合う剣は大きく、そして鈍い音を上げて何度も何度も衝突を繰り返した。
(身体が軽い……っ!)
いつもは手元に感じていた痺れもなく、思うがまま木の魔剣を振れた。
レンはいつしかこの状況に集中するあまり、相対するロイの表情を見ることも忘れていた。
「急に強くなるわけが――――そ、そうか! レン! お前もしかして――――ッ!」
ロイはいま、双眸を細め眉間にしわを寄せ、額に汗を浮かべていた。
その彼は一人納得した様子で木剣を構える。はじめて自分からレンに攻撃を仕掛けることを決めたのだ。
「レン! 今度は俺からもいくぞッ!」
ロイの雰囲気が変わった。
彼の双眸には鋭さが宿り、レンに緊張感を抱かせたのだが、ロイは切りかかろうとした途中で剣を収める。
これまで力を振るっていたレンの身体がふらっと揺れて、両膝を力なく地面に落としてしまったからだ。
「――――あ、あれ……っ?」
「…………燃料切れだな」
「そ、そんな……まだ元気なのに……」
合点がいかず戸惑っていたレンの下に、何やら嬉しそうに笑うロイが近づいてきた。
ロイはそのままレンの身体に手を伸ばして、レンの身体を抱き上げる。
「――――よくやったぞ! まさか俺の子がスキル持ちだったなんてな!」
「ちょ、ちょっ……父さん……!?」
「急に強くなったのはスキルレベルが上がったからに違いない! 俺はスキルを持ってないから感覚がわからんが、他の理由は考えられないからなっ!」
逞しい腕に抱き上げられていたレンは、ここに来てようやく気が付いた。
(そうか。訓練中に『魔剣召喚術』のスキルレベルが上がったんだ)
次のレベルで得られるはずだった力は身体能力UP(小)だ。
道理で身体が軽くなり、膂力も増したのだろう。さっきは急な変化に意識と身体の理解が追い付いていなかったから、予定していなかった限界が訪れたのかもしれない。
「そうと決まれば、教会に行ってスキル鑑定を……って言いたいところなんだが……」
不意にロイが消沈した様子でレンを見下ろした。
「すまない。うちには金の余裕がないから、教会に行くことができないんだ」
「えっと……スキルを鑑定してもらうのって、すごくお金がかかるんですか?」
「いや、鑑定に掛かる金だけなら、俺が魔物を二匹も狩ってくれば済む話だ。教会がある町の子になってくると、生まれてすぐにスキル鑑定をするくらいだからな」
ではどうして? 疑問に思ったレンはこの村の場所を思い出して言う。
「ここが辺境すぎるせいで旅費がかさむ……とか……」
ロイはすぐに頷いた。
「この村から一番近い教会でも、男爵様が住む都市に行かなきゃ駄目なんだ」
男爵が住まう都市までは、馬で十日前後を要する距離がある。
「ただ、俺たち三人分の旅費なら何とかなる。だが俺が居ない間、この村で魔物を狩ってくれる傭兵を雇わなきゃいけない。その金が厳しいって話なんだ」
この話、スキルを隠していたレンにとっては都合が良い話だった。レンは可能な限りこの村で静かに暮らすつもりだったから、心配が一つ解消したも同然だった。
「けど、別に鑑定しなくてもいいと思いますよ」
「レン……」
「スキルの名前がわからないからって、死ぬわけじゃないですし」
「お、お前……達観しすぎじゃないか……? もっとこう、子供だったらスキルの名前が知りたくてたまらなくなるもんだと……」
「よそはよそ、うちはうちですからね」
ロイはその言葉に呆気にとられるや否や、地平線の彼方まで届きそうな高笑いをした。
その笑い声を聞いたミレイユは何事かと思い屋敷から飛び出してくる。そんな彼女はレンがスキル持ちだったと聞いて、喜びのあまりレンを強く強く抱きしめた。