買い物と正騎士たち。
今日もよろしくお願いいたします。
翌朝、リシアに付き添いどこに行くのかと思っていたら――――。
足を運んだのは、高級感漂う服屋だった。
普段のレンであれば、絶対に足を踏み入れないであろう場所だ。
リシアはその服屋の店主に慣れた様子で迎えられ、連れ添うヴァイスもまた、慣れた様子で挨拶を交わしていた。
一方、何故かレンの素性も知られていた。
「あの日の振る舞いは見事でした。我ら平民の間でも、それはもう評判でございまして」
……とのことである。
ようは、レンとリシアが逃避行の末にクラウゼルに到着して、城門の外で繰り広げたやり取りが衝撃的だったのだ。
あのときは別に民を遠ざけていなかったから、その様子を目の当たりにした者も多くいた。
この影響で、レンの存在を知る者は多いということである。
「あ、ありがとうございます……?」
レンはどうしてか礼を言い、頬を掻く。
店内に敷き詰められた濃い茶色のフローリングを見て、また曇り一つないガラスのショーケースを眺めながら、やっぱり高級な店なんだ……と再確認していた。
「して、聖女様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「彼の服が欲しいの。何着か見繕ってくれるかしら」
「承知致しました。では、先に採寸を――――」
知らぬ間に話が進んでいく。
それにより、レンは慌ててリシアを見た。
「な、なんで俺なんですか!?」
「だって、レンのお屋敷に会った服はほとんど燃えちゃったじゃない」
「そりゃ燃えましたけど……だからって……」
「それなら別にいいじゃない。私が贈りたいだけなんだから」
するとリシアは、つん、と明後日の方向を向いてしまう。
彼女は背中で腕を組むと、そのまま店内を物色しはじめた。
吹き抜けから二階を見上げたレンは、一階が男性もの、二階が女性ものが並ぶ店であることを察する。
けど、リシアは二階に行こうとせず、男性ものを眺めていた。
「ははっ」
と、ヴァイスが笑った。
また、店主は店主で、レンの身体を採寸しはじめる。
「ヴァイス様、助けてください。高価な品を贈っていただくのは気が引けます」
「安心してくれ。お嬢様ご自身のお小遣いからだろうから、遠慮する必要はない」
「それならお嬢様のご自由に……とも思いますが、このお店、明らかに高級店ですよ」
ヴァイスは頷き、店主は苦笑いを浮かべた。
「そちらの店主は腕利きでな。若き頃は帝都で修業された御仁だ。また店主の腕だけでなく生地も良く、着心地は最高だぞ」
「お褒めに預かり光栄です」
「……あの、聞けば聞くほど、高級店って感じなんですが」
「まぁ、聞いてくれ。お嬢様はあまり物欲のないお方でな。何が言いたいかと言うと、ご自分のお小遣いの多くは手を付けられず、溜まる一方なのだ」
だからと言って、とレンは口にしかけた。
けど、あまり断り過ぎても失礼だし、リシア自身の厚意を踏みにじるかも――――。
こう思うと、自然とため息が漏れて頷いていた。
「さて、採寸は以上です」
店主がそう言うと、店内を物色していたリシアが戻ってくる。
「ねぇねぇ、レンはどういう服が好き?」
「……普通のが好きです」
何も思い浮かばなくて、あまりにも抽象的な答えを口にしてしまった。
けれどリシアは、笑ったり呆れることなく頷いた。
「わかったわ。派手なのは嫌で、動きやすい方が好みなのね」
「え、なんでわかったんですか?」
「さぁ? 私もよくわからないけど、そんな感じがしただけよ」
するとリシアはレンに背を向けた。
彼女はレンの手を引いて、店内を共に物色する。
「リシア様!?」
「ほーら、あっちから見てみましょ!」
その二人を見て笑ったヴァイスと店主。
彼らも二人に着いていこうとしたのだが、
「ヴァイス様」
今日はレンとリシア、そしてヴァイスの三人だけのはずだったが、唐突にこの店にやってきたクラウゼル家の騎士を見て、ヴァイスが「ん?」と眉をひそめる。
「申し訳ないが、何か連絡があるらしい」
「かしこまりました。では、私がお二方をご案内させていただきます」
「ああ、すまないな」
ヴァイスは店内を出て、足を運んだ騎士から話を聞く。
その騎士は息を切らせており、語りだすまで数十秒を要した。
「実は――――」
話を聞くにつれ、ヴァイスは何度も頷いた。
内容だが、確かに急いで告げるべき内容だった。
話を聞き終えたヴァイスは腕を組み、考える。
「ご到着は夕方頃なのだな?」
「はっ。そのように伺っております」
「あいわかった。ならば予定通り昼過ぎに帰る。早く戻って準備をするべきと言うのもわかるのだが……お嬢様が楽しそうでな。帰らなければ、とは伝え辛い」
「承知いたしました。問題ないかと思いますので、ご当主様へそのようにお伝えいたします」
やってきたばかりの騎士が去っていく。
ヴァイスはそれからすぐ、店内へと戻った。
今更ながら、店内にいる客はレンとリシアの他に居らず、貸し切り状態だ。
だから、なのだろう。
リシアはいつになく、素の姿で楽しげな声を上げていた。
「次はこっちに――――あ、あっちも似合うと思うの!」
「いやいやいや、派手過ぎますって!」
「諦めるかどうかは試着してからにしなさい。ほら、あっちに試着室があるから」
「ま、まぁ、それなら……」
結局レンは、リシアに背を押されて試着室へ向かった。
彼女はレンの着替えが終わるのを、今か今かと待ち望む。
試着室へ通じる扉の前で、頬を緩ませていた。
やがて、扉が開かれると……。
「これ、普段使いする服じゃありませんよね!?」
現れたレンはパーティにも出れそうな、洒落たスーツに身を包んでいた。
これでは確かに普段使いには向かない。
それを、見守っていたヴァイスと店主も思った。
けどリシアは、嬉しそうな声で「似合ってる」と言った。
「あの服をレンに合わせて仕立ててほしいの」
「はい。かしこまりました」
が、店主は異を唱えず頷いた。
「リシア様!? 俺がいつこの服を着ると思ったんですか!?」
逆にレン本人が異を唱えてみるが、結果は変わらず。
普段使いの服まで見繕われたレンは、計三着の服を贈られることとなった。
――――帰り道、レンは密かに呟く。
「……俺からも、何かお返ししないと」
問題はその資金だから、どうしたものか。
しかし、この問題は近々解決することになる。
その理由も経緯も、何もかも想像できないレンは屋敷に着くまで、必死になってそればかり考えつづけた。
◇ ◇ ◇ ◇
昼下がり。
屋敷に戻ると、リシアはヴァイスと共にレザードの執務室へ向かった。
レンは屋敷に入ってすぐに別れ、一人、客間へ向かう。
「お帰りなさいませ、レン様」
その最中、すれ違った若い女性の給仕に声を掛けられた。
「気に入ったお召し物はございましたか?」
「実は全部リシア様が決めてくれて――――あれ? なんで俺の服のことを知ってるんですか?」
「昨晩、お嬢様が楽しそうに、本日のご予定をお聞かせくださいましたので」
(なるほど。道理で)
ちなみに購入した服が届くまでは、一か月前後かかるのだとか。
「どのようなお召し物をお買いになられたのですか?」
「普段着を二着と、正装を一着です。来週には届くと聞いてるんですが……一着贈っていただくだけでも申し訳ないのに、着る機会のない正装までという感じで……」
「正装ですと、夏にはお嬢様の誕生日もございますから、その日にお召しになるのはいかがでしょう?」
まるで夏までレンが居ることが前提の話だ。
予定の決まっていないレンは、素直に頷けず笑って茶を濁した。
給仕は茶を濁された理由を察し、決してそれ以上を尋ねようとせず、残念そうに微笑んでいた。
「そういえば、夕方にはお客様がいらっしゃると聞きましたよ」
と、レンが言った。
「俺が居ても大丈夫でしょうか? 邪魔になりそうなら、少しの間、町で時間を潰してこようと思うんですが」
「滅相もありません! レン様はいつも通り、ごゆっくりお過ごしくださいませ!」
慌てて否定した給仕に頷いて返し、レンはそれなら、と笑った。
しかし、どんな客だろう。
不躾ながら気になったレンは客間に戻った。
(俺は関係ないしな)
いまの自分はわけあって居候しているに過ぎない。
今日の午後は、クラウゼル家の屋敷から借りた本を読んで過ごそう。
こう考えて、レンは何冊かの本を書庫から借りてきた。
――――瞬く間に時間が過ぎ、僅かに日が傾きはじめた頃。
屋敷の外が賑やかになり、レザードたちが出迎えに行くのが窓から見えた。
やってきた客人たちは、身なりの良い騎士服に身を包んだ一団だった。
中でも一人、指揮官と思しき存在感を放つ一人の騎士が、レザードと何か言葉を交わしている様子が見て取れた。
傍には、リシアがじっと控えている。
(……正騎士団?)
というのは、帝国所属の騎士団の総称である。
正騎士団と一言に行っても所属はいくつもあるが、つまるところ、国軍と言ったところだ。ヴァイスのように、一つの貴族家に仕える者とはまた違った騎士団になる。
で、どうしてその正騎士団がクラウゼルに?
疑問に思ったレンは小首をかしげるも、すぐに窓から視線を逸らす。
不躾に見つづけ、相手を不快にさせてもよくないからだ。
ついでに、一行の様子とヴァイスたちの様子に剣呑さを感じなかったから、以前のギヴェン子爵のようなことではないと思ったこともある。
(この本、面白いな)
何の気なしに手に取った小説だったけど、つづきが気になった。
せっかくだし探しに行こう。
こう思ったレンは席を立ち部屋を出る。
けど、すぐに引き返そうと思った。
何故かというと、客人の正騎士たちが屋敷の中に来ることを考えて、邪魔になればまずいと思ったからだ。
「む?」
そこで、屋敷に戻っていたヴァイスと偶然鉢合わせる。
「どうしたのだ、少年?」
「書庫から借りた本のつづきを探しに行こうかと思ったんですが、お客様の邪魔にならぬよう、部屋に戻る途中でした」
「まったく……相変わらず年齢にそぐわぬ気づかいを……。しかし……ふむ……」
ヴァイスが何やら考えはじめた。
どうしたのかと思っていたら、彼はレンを驚かす言葉を口にする。
「せっかくだし、少年も来てみるか?」
「はい?」
「実は客人たちがお嬢様の剣を見てくださるのだ。そこで、よければ少年の剣も見てもらうのはどうかと思ったのだが、どうだ?」
情けない声を出したばかりのレン。
彼は思いもよらぬ提案をされてすぐ、驚きのあまり言葉を失った。




