記憶の籠[中]
7巻の特典SSについての活動報告を投稿いたしました!
最新7巻は1月17日発売となりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします……!
予想などしようもなかった問いかけ。
その問いかけへとレンは、答える気すら見せずに。
「……イヴのことを話せば、俺も答えてやる」
「あの方のことを?」
逆に思いがけない問いを投げられ、虚を衝かれたマシェリア。
「……どうしてあの方のことを探してるのかわからないけれど、それは不可能だよ。いまどこにいらっしゃるのかもわからないし、それに――――それは答えられないことだ」
わかりきっていた答えを耳にして、レンは真横の階段に突き刺さった深紅の巨剣を流し見た。
決して見間違いではなかった。
レンがリシアと巻き込まれたローゼス・カイタスの封印の中で、何百年という長い年月を生き長らえた剣魔が手にしていたもの。
それがどうして、禁書から生じたのだろう。
……記憶の禁書。
……まさか、その意味って。
この状況からたどり着けた答えは、一つ。
できればあまり、考えたくなかったのだが。
「……俺の記憶から読み取った?」
呟き、禁書を一瞥。
あれは何か、レンにとってこれまでになく不気味な代物だ。本能が惧れを訴えかけてくるほどの存在感に意識が奪われてしまう。
だがこれだけではないはずだ。
国一つ滅ぼした力を秘めている禁書の力が、これだけだなんて到底思えない。
「マシェリアが君に伝えた言葉、まだ覚えてる?」
「……本は神々の影響を受けない、世界の記憶。そう言ってたはずだ」
「覚えててもらえて嬉しいな。……どう思う? マシェリアたち、気が合うと思うんだけど」
「仲間になれ、って?」
「いいや――――マシェリアのものになってくれないかな、って聞いてるんだ」
手を差し伸べ、握手を求めるように。
だが実際にはその手を取れ、と命じているのだろう。
「古き神の寵愛を受けた神子の末裔……君となら、私は世界を変えられる」
神子の末裔――――最初はローゼス・カイタスで消える前の剣魔の口から放たれた言葉だった。それがいま、マシェリアの口から前触れなく。
「ッ――――!?」
「どうして驚いているの? マシェリアが何か変なことを言ったのかな」
「いまの! 神子っていう言葉は……!?」
それだけではない。
「古き神の寵愛……セシル・アシュトンがそんなものを……!?」
「ああそっか。そうだよね。知らなくて当たり前だった」
すべてを理解していると言わんばかりの穏やかな表情と、声。
レンに寄り添うが如く包容力すら窺わせる笑みは、ひとたびそれに甘えてしまうと、もう二度と戻ってこられなくなりそうな恐ろしさ。
だが、マシェリアの言葉に裏はなく、彼女はどこまでも純粋だった。
「マシェリアと一緒に来て。そうしたら、全部を教えてあげる」
魔剣使いの少年へと、手を差し伸べて。
それでも、答えは同じ。
「断る。俺は俺が守りたい存在のために戦うだけだ」
「考えを改めるつもりはない?」
「ああ。絶対に」
返事を聞くやマシェリアは失望した様子へと変わり、「……そっか」とため息。
彼女の視線はレンに向いていたものの、そこに浮かぶ感情は窺い知れない。
「なら、終わらせないと」
記憶の禁書が秘めた力は、人知を超越したものである。
それならば、再現できる力もまた同じこと。
神殿の最下層に生まれた深紅の巨剣が、五……十……さらに数を増していく。
レンは苦笑いを浮かべ、踏み込んだ。先ほど深紅の巨剣が打ち出されたときよりずっと疾く、瞬時にマシェリアの目の前へ迫るため。
「司祭なのかなって……最初はそう思ってた!」
しかし、この様子からそうとは思えなくなった。
だとすれば、司教? マシェリアはレンの疑問を聞いて優雅に笑う。
「間違えていないよ。マシェリアは司祭だ」
「それにしては、オルフィデよりずっと強い――――!」
「だろうね。彼に魔法を教えたのはこのマシェリアなのだから、言うまでもない事実だ」
レンにも理解できた。
道理で強いのだ。司祭は司祭でも、彼女は同じ階級の者に魔法を教えることができるほどの実力の持ち主なのだから。
その上に位置する司教、レンも知るその階級にある者は、七英雄の伝説Ⅱにおける最後の敵だった。マシェリアは他の司祭と違い、誰より司教に近い実力を誇るのだろう。
それほどの存在に対しての一対一。
それが意味することがどれほどのことか、レンは誰より理解していた。
「それを聞けて、しっくりきたよ!」
ミスリルの魔剣を鞘に納めると同時に、腰に携えていた炎の魔剣で横薙ぎ。
ほとんど同時に盾の魔剣による障壁を生むと、その衝突により幾本かの巨剣の勢いを弱らせた。
ここにきて魔剣を三本同時に召喚できることへの利点を見出して。
得られた微かな余裕の中、狙うべきはマシェリアただ一人。
「はぁあああああああ!」
ならば止まらない。
何度攻め立てても絶対に。
これほどの攻撃に苛まれようと一瞬たりとも怯むことのない少年へと、司祭はようやく敬意を抱いた。
「聖遺物の力を奪ったのにもかかわらず、オルフィデが負けてしまうわけだ」
なおも禁書に手を添えていたマシェリアが。
「最後に聞く。マシェリアのものになる気は微塵もない?」
「ああ! 何度聞かれても同じだ!」
「――――そう答えるだろうと思っていたよ」
だから、これで最後。
「君を殺してその身体をもらう。君が経験したことのある、何より強い力で」
その言葉にレンは、バルドル山脈での戦いを思い返した。
アスヴァルが最期に生み出した力……。
あれがもたらされるのかと思い、行使されるより先に禁書を――――マシェリアを止めなければ、と。
「ッ――――させない!」
「不可能だ。耐えられるはずがない」
最初に放たれた力は違っていた。
禁書から生じた光は数え切れない閃光へと変わり、止まることなく数えきれない数がレンへと連射。遂には彼の肌を何度も掠め、強烈な頭痛で足元をふらつかせながら、それでも彼は前進した。
「こ、の……!」
レンの身体に光による傷がいくつも生じた。
やがてレンは、それこそがさらなる記憶を探るためのものであることを理解させられる。
ふと、レンは正体不明の強制力により足を止めた。光を放つ傷口から、禁書が放っていたような光の波が迸って――――
「ぐっ……!?」
「驚いた。それでも倒れないなんて」
猛烈な勢いで宙を駆け、光が禁書に吸い込まれていく。
レンの全身から光が生じるたびに、彼は比例して筆舌に尽くしがたいほどの頭痛で視界がぼやけていた。
「……やめ……ろ……!」
辛いはずが、彼の瞳に宿る凄みは増していた。
それがマシェリアには驚愕で、彼を相手に出し惜しみはできないという決意を生み出す要因だった。
禁書のページに、人の目には文字として捉えることすら難しい記号が並びだす。
レンという少年の記憶に残る何より強い力をこの場に再現する。マシェリアはその一心で禁書に手をかざした。
「なんだ、この炎は」
やがてアスヴァルの炎へとたどり着き、見知らぬ強力なそれの素性に疑問を抱く。
しかし、マシェリアはその奥に潜む力を探った。もっと、もっと奥に……何かが隠れていそうな気がしてならなかったのだ。
「白銀と漆黒の……駄目だ。この剣は見えてこない――――だけど」
不可思議な力に隠された、何か。
この間にもレンの身体から放たれる光から禁書を通じて、その少年の記憶に残された力を探りつづけ――――。
マシェリアの手が止まったのは、ページをめくってすぐ。
そこに浮かび上がった文字に手をかざして読み取ろうとした瞬間、抵抗するレンを取り囲む深紅の巨剣が、突如としてことごとくかき消された。
「どうして剣魔の力が消えて……!?」
そして。
レンに残された記憶を探りながら、禁書が小刻みに震えた。何故かと不思議に思うマシェリアが、その理由を知った。
――――それに触れるな。
――――触れるな。
――――触れるな。触れるな。触れるな。触れるな。触れるな。触れるな。触れるな。触れるな。触れるな。
一度、そして二度……三度と。
繰り返される言葉がマシェリアの脳内に反響し、本能に訴えかける怯えを呼び覚ます。
「っ……その身体に、何を抱えている」
「さぁ――――生まれてこの方、いろいろ抱えてると思うけど……!」
「記憶に残されている決意はなんだ。どうしてこれほどの思いを抱くことができる!」
記憶に残る力を探られながら、こんなことをしたのはいままでただの一人も存在しない。
禁書の力は僅かに収まった。
これ以上を探るなら、持ち手のマシェリア自身相応の覚悟をしなければならない。そう告げられているかのよう。
「君は何者なんだ。記憶の禁書が人を恐れるなんて、どうかしている」
だが、マシェリアはやめなかった。
オルフィデが本能で理解したように、マシェリアもまたそう。
いまここで殺さないでおいたら、いつか後悔する日がやってくる。そう確信して、禁書の力を強く意識。
再びレンの記憶へと入り込みつつ、彼が隠している力で命を奪おうと。
「それでも奪って――――記憶の禁書」
禁書から放たれた光の波は勢いを増し、すべてがレンを包み込んだ。
「あああああああああああああああああッ!」
脳が焼ききれそうになる痛みに叫び、身体を揺らす。膝をつくことなく懸命に耐えられていたのが奇跡に思えてならなかった。
いつまでも禁書の力は止まらず、彼のすべてを蝕もうとした。
「やっと、君のすべてを見せてもらえるはず……」
しばらくの異変があったせいか、ここにきてようやく安堵できた。
禁書のページをめくろうと、彼女が手を伸ばしたとき。
「……神の力を使った痕跡? 強力な封印がかかっている? いや、違う。身体が自分自身を守るために制限を――――」
「お前……何を……!」
「マシェリアだってわからない。記憶を探ろうにも、これほど強い封印なんて……」
だがやがて、微かに浮かび上がる。
マシェリアが開いたページに黄金の文字の羅列が生じれば、レンは耐えきれない痛みによって……いいや。
彼は記憶の禁書の影響を受けて、その意識を深いところへと落としていった。
◇ ◇ ◇ ◇
いつの間にか頭の痛みは消えていた。
それどころか、全身を支配する消耗の一切を感じられなかったことが不思議でならない。
レンは意識を失う寸前に無意識に閉じていた瞼をゆっくりと動かすと、瞼越しに届いていた暖かな光の存在に疑問を深めた。
ミセルの神殿の最深部という場所にいたはずなのに、どうして。
彼が瞼を開くと同時に訪れたのは、予想していなかった光景で――――。
「……大丈夫?」
顔を覗き込んでいる少女、リシア・クラウゼルの顔がとても近くに。
周囲は見慣れた帝都の景色で、学院から一番近い駅の外の通りだった。
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