星域の門とつづく道へ。
本年も大変お世話になりました!
web版については長らくお待たせしてしまいましたが、いつも温かなご反響をいただき心より感謝申し上げます。
来年ですが、『物語の黒幕に転生して』は1月17日発売の最新刊の他にも、すでにいくつかの企画が決定しております。こちらも、年が明けた頃から少しずつお知らせに参れたらと思っています。
重ねて、いつもシリーズをご愛読いただきありがとうございます。
これからもお楽しみいただけるよう全力で駆け抜けて参りますので、引き続き何卒よろしくお願いいたします……!
風はこの先……扉の奥へと向かっている。外に通じているようだ。
扉の前に足を運んで触れたが、何度押しても引いても開く様子がない。
この状況で扉を傷つけないようにと考えることはなく、レンはミスリルの魔剣を構えた。
だが、振り下ろそうとしたその寸前――――。
レンの脳裏をふと、ミセルの紋章の傍に添えられていたあの言葉がよぎった。
ラグナ曰く、竜言語と呼ばれる特殊な言語だった。
しかし、それがどういう意味なのかをレンはラグナから聞かされている。
確か、
「……『望めよ、謳えよ、ミセルの遊戯を』」
レンが思い出しながら何となく呟いたとき――――彼の行く手を遮っていた扉が鈍く光り、静かに開かれた。
なぜその言葉がミューディの紋章と共にあったのか、レンはいま理解した。
それはこの扉を開けるために必要だったのだろう。ミューディが得たその言葉を、長いときを経てレンが手にしたのだ。
「まさか、こんなところで助けられることになるなんて」
苦笑を浮かべ、その先へと歩を進めた。
扉が開かれてからそうだったのだが、この先から風の流れをより強く感じる。
一秒でも早く外へ出なければ。その思いに駆られたまま先へと向かうレンの周囲は、徐々にその景色を変えていた。
ところどころ苔むしていた石材は姿を消していく。
扉の先に隠されていた回廊や階段を駆け上がったレンを迎えたのは、それまで以上に神殿らしさを感じさせる意匠である。
そこに広がる光景は、古臭くとも荘厳でまさしく神殿そのものだ。
壁や床、天井を満たす磨き上げられた石材。壁には等間隔に大きな宝石が埋め込まれ、それが内部を照らす明かりを担っていた。
ここまで来れば、レンは心の片隅にあった自身の予想が正しかったと思いはじめていた。
……レオナール先輩たちとも話してた、あの神殿?
……そこが遊戯の神を祀っていた……ってことなのかな。
地下で見た紋章とレンが口にした言葉により開かれた扉から、そう考えるのが自然なことだろう。
それとは別に、レンが現れたことであの紋章が浮かび上がった理由はわかっていない。
神秘庁などの調査でも浮かび上がっていたのなら、すでに神殿で祀っているのが遊戯の神か、その神に関係している予想くらい聞けたはずだ。一切そうした話がなかったことから、レンはあの紋章が神秘庁の調査などで見つかっていなかったことを察した。
「……いまは、考えてる場合じゃない」
また、考えられるだけの余裕もなかった。
もしかして、先ほどの光はここに関係があるのだろうか。いくつかのことを考えながら歩くレンは、神殿内の回廊に足音を響かせた。
再び駆け出し、レンは広間に足を踏み入れる。両階段で足を踏み入れられるそこは、レンが来た反対側にも同じように回廊が通じているようだった。
レンがその両階段に足を下ろした、そのとき。
『お心のままに』
『猊下。我々はこれで』
広間の奥から男たちの声が聞こえ、
『ありがとう。皆はすぐに外へ』
女性の声がつづいた。
それまで広間の先にあった扉の前でレンに背を向けていた彼女が……ふと。
たったいま、レンが来たことを悟って振り向いたのである。
目が合った二人は相手の声は聞こえなくても、互いに何を口にしたのかを理解し合った。
「……君は」
「……貴女は」
だが、女性はすぐに扉に手をかざしてそれを開く。青白い光を孕んだ霧が足元へ広がるのを見て迷わず進めば、レンが踏み込む間にも女性は扉の奥へと姿を消した。
扉は閉じられ、広間に残されていた男たちがレンを見上げて。
「何者だ」
「ああ。俺も同じことを聞きたいって思ってた」
間を置くことなくそう答えると、レンは階段を下りていく。
一段、また一段とゆっくりとした足取りだった。
しかし、男たちはそんな足取りに隠れた覇気を悟ると、眉根を寄せたり身体に力を込めながら様子を窺っている。
……あの光と無関係なはずがない。
……ただの賊? それとも……。
まだ確証はなかったけれど、予想はある。あの規模の騒動を引き起こせるのがただの賊だなんて、そんなはずがないと思っていた。
それに、さっきの女性は――――。
「そこを退いてもらう」
「愚かなことを」
「どうやってここに来たのかわからんが、邪魔はさせない」
すると、男たちの中から一人が前触れもなく前へ踏み込んだ。その男は風を置き去りにすると、レンの眼前で二本の剣を抜き振り上げる。
「たった一人でこの距離……油断がすぎるな!」
そのとき、レンは一瞬目を見開いた。男が膂力を以てレンを排除しようとした際、身体に宿した魔王教の刻印が確かに力を発揮したのを見逃さなかったのだ。
男は完全に先手を取ったと思っていた。
しかし、男は目の前の少年と目が合っていたことに気付く。それは、いまの動きが見切られているということ。
「魔王教のことは、絶対に逃がさないって決めてる」
「馬鹿な!? まさか、この疾さを……!?」
返事より先に届いたのは、ミスリルの魔剣による一振りである。
男が振り上げていた剣でかろうじて防ぎきれたのも束の間。二本の剣がどちらも瞬く間に砕け散る。
剣の欠片が砕け散る先、少年の鋭い双眸を見たのを最後に男は壁に全身を強打。身体の内側から空気が一瞬で抜けた感覚につづき、苦し紛れの呼吸を一つ二つ挟んで意識を失った。
魔王教であることを理解したレンの冷静な声が空に溶ける。
(だけど、いつもと違う)
魔王教徒が杖や剣を携えていることは珍しくもない。
が、佇んでいるだけでわかるその強さに、騎士服にも似た格調高きそれ。
レンの脳裏に思い浮かぶのは、バルドル山脈にてカイとメイダスを相手にしたときの光景だった。レンが思うに、この地においてこれほどの人員を用意する価値があるということ。
たとえば、バルドル山脈でフィオナたちを標的としたように。
魔王教徒らはレンが考えている間にも、目にも留まらぬ速度で彼の死角を奪おうとした。剣を抜き、魔法を構え、ある者はいつの間にか弓を構えて。
剣豪級。それも上位の実力を秘めているであろう一人が誰より力強く、レンの眼前へと迫る。
魔剣使いの少年は冷静に理解を深めながら、一閃。
魔法は雲散。剣戟すら届かず。
「……貴様は、何故ここまで――――」
教徒たちが砕けた石畳に身体を横たわらせたのを見て、レンはすぐに扉の前へ駆け寄り手をかざした。
周囲に何かないかと探るが……そこには何も見当たらない。
「見逃すわけには……!」
この奥へと向かった女性が何をするのか。星域の門で起きた異変を思い出し、嫌な予感をさらに募らせながら考えた。
やがて彼の脳裏に浮かんだのは、ある魔剣の力で――――
◇ ◇ ◇ ◇
残されたリシアとフィオナはすぐさまレンを探し、崩壊した広場の中心に意識を向けた。そこには砕けた瓦礫が浮かんだ水草のように点在し、周囲は光の波に満たされていた。
あの光には触れるべきじゃない。
リシアとフィオナはそのことを本能で強く感じ取りながら、しかし恐れることなく崩壊した広場の中心部に近づく。
幸い、ここにいた人々は守りきることができていたのだが。
「いまの、見た?」
「ええ。崩壊したとき、地下に広い空間があるのが見えました」
一瞬だったけれど、確かに存在していた。
確実に人の手が入っていると断言できるだけの広大な空間だったことを二人は忘れず、そのことを強く意識した。
だが、それよりずっと二人の心に残されていること。
あのとき、二人を振り向いたレンが口走った言葉のことだ。
『ここから逃げて』
轟音で彼の声は届かなかったが、唇の動きと彼の様子からそれがわかった。
「……逃げてって。そう言ってたんですよね」
フィオナとリシアは、言いようのない感情を静かに共有した。
レンの思いを汲み取れても、その願いは聞けない。何度も彼に助けられているのに、自分たちだけここを去る……そんなことは絶対にできなかったし、したくもない。
一方、彼女たちは周囲の様子にも目を配った。
レンが守ったのにそれをしないはずもない。すぐに避難誘導をしなければと思っていると、そこへ伯爵家の騎士たちがやってきたのである。
「皆様! 急いでこの場を離れてください!」
「魔導船乗り場のほうへ! 早く!」
ヴェインたちも協力している状況を見て、リシアは民を任せて大丈夫だと理解した。フィオナも同じく、ここですべきことがある者たちがいることと、自分たちがすべきことを思い浮かべる。
「二人とも! レンは!?」
すぐにセーラが二人の元へ。
まさか、と思った。
レンの姿がここになく、恐らく地下に落ちていってしまい、その穴がこんな光景で満たされていた事実に。
だが、リシアとフィオナの顔に悲愴感は見えない。二人が浮かべていたのは、七英雄の末裔ですら心揺さぶられる勇敢なそれだ。
一言も答えず光の波を見つめる二人とセーラの傍へ、一人の騎士が足を運ぶ。
「お三方も早く!」
急かされるも、リシアは尋ねた。
それは誰もが耳を疑いそうになるほど、あまりに落ち着いた声で。
「……この広場の地下って、どこに繋がっているの?」
「い、いまはそのようなことを――――ッ!」
「いいから教えて。お願い」
「お願いします。この地下はどこに通じているのですか?」
凛と美しく、どこまでも清らか。
清廉の言葉がこれ以上なく似合う二人の表情と声に、騎士は思わず気圧されて答えたのだ。
「こ……この地下にあるのは、獅子王の時代に使われた地下通路です! 戦時中の物資の保管や、周辺の地への移動に使われたものでして……古代の地下建造物にも通じています!」
現代では最低限の管理のみがなされた、古い場所であるそう。
古代の地下建造物? 気になるがそれよりも聞くべきことが一つある。
「一番近い出入り口はどこ?」
出入り口はほとんど封鎖されており、残されている出入り口は数少ない。
そのうちの一つ……一番近い出入り口だが。
「星域の門につづく道を、それることなく進んだ先でございます……!」
「そう……じゃあこの先ってことね」
「教えてくださってありがとうございました」
淡々と答えながら、跡形もない星域の門の先の道に目を向けた少女たち。
石造りの水路に加え、それを挟むように造られた同じ石造りの道が左右にある。周囲を鬱蒼と生い茂った木々に囲まれた、どこか神秘的な道だった。
二人は広場の中心部を避けるように歩きはじめた。迷うことなく星域の門の先へ向かい、その先の景色を視界に収める。
「ま、待って! リシア!」
親友が何をしようとしているのかなんて、見ていればわかる。でも、やめるべきだ……なんて思ってもみなかった。
セーラ、ヴェイン、カイト……誰もがレンを案じていたし、彼らだってレンがいまどうなっているのかと思うと不安でたまらない。
だが、誰しも成すべきことがあるのだ。
背に届くセーラの声に、白の聖女は振り向いて。
「セーラたちは町をお願い。七英雄の末裔として、するべきことをして」
「私たちも、すぐに戻りますから」
ただ一人のために、いまこの地にいる戦力をすべて割くことはできない。
けれど、その一人がどれほど大事なのか――――彼がリシアとフィオナにとって、どれほど大切な存在なのか。
それはまた、別次元の概念ですらあったから。
――――二人は間もなく駆け出した。
何か言おうとしていたセーラたちに、その隙を与えることなく。
この先へ向かうことで予期せぬ危険が生じる可能性なんていくらでもあった。そんなの二人にもわかっていたのだが、足は止まらない。
「もし、さっきのが人の手によるものだったら、この先で誰かが待ち伏せてる可能性もあると思いませんか?」
「別に。関係ないじゃない」
自然に囲まれた道を進みながら、リシアが即答。
「待ち伏せされていたのなら、戦えばいいだけよ」
「ええ。私もそう考えてました」
「よかった。じゃあ迷う必要はないわね」
だが、何故このような状況に陥ったのかが疑問だった。
あれほどの騒ぎだ。思い当たるのは魔王教なのだが、いままでこれほどの騒動を引き起こしたことがあっただろうか。魔王教が関与していたら、もはやエウペハイム近海が襲われた際にも勝る騒ぎである。
「魔王教だとしたら、私たちが想像してる以上の目的でもあるのかしら!」
「あの光は魔法とかじゃなかったですものね! むしろこの地の力のようにも感じましたし……!」
「魔王教が聖遺物の力を利用してたことにも、似てるってことなのかも……!」
「この先に神殿があるそうですから、無関係じゃないかもしれません!」
レンが相対したオルフィデのように、たとえば司祭などによるもの。
そうなれば例外なく強敵だが、そんな予想はいまさらだった。あんな力を行使した時点で、ただの魔王教徒なわけがないのだ。
「だけど変よ! さっきのは、星域の門が一度異変に見舞われたくらいにしか見えない! 仮に魔王教なら、あれで終わるはずがない!」
「別の目的があるのかもしれません! たとえば……町中の神殿を襲いに行くとか……!」
「だったらわざわざ星域の門に来る!? あそこから神殿はすごく遠いのに――――」
リシアが言い終える前に彼女が……そして、フィオナがたどり着く。
懸命に足を動かしながらも、ある一つの推測へと。
「――――星域の門は、どこかが影響を受けたせい?」
駆け巡りながら、同じ言葉を共に発した。
その推測が正しかったとすれば、異変はまだ終わっていない。
改めまして、本年も大変お世話になりました!
来年も『物語の黒幕に転生して』をどうぞよろしくお願いいたします。




