光の先に。
明日も夕方~に更新予定です!
今年最後の更新となりますが、是非お楽しみいただけますと幸いです!
引き続き、書籍版と一緒にどうぞよろしくお願いいたします!
瞼を下ろしてからはあっという間だった。
何時間も経ち、カーテンから入り込む光がレンの覚醒を促す。
獅子聖庁で訓練をした日の夜も熟睡できるが、この日はいつもより深く眠れた気がする。時計を見れば予定していたより早い時間だ。
「……早いけど、準備してゆっくりしてようかな」
リシアとフィオナが気になるレストランが外の通りにあるから、そこで朝食をと約束していたのだ。
レンはしばらくして、客室を後にした。
約束していた食事を終えてから、三人で涼しいうちに散歩でもと目的もなく通りを歩いていた。
今日はどうしよう。行っていないところを見に行ってみてもいいし、素直に休暇として宿でゆっくりしていてもいいのだが……。
三人がそんなことも話しながら歩きはじめて、橋の手すりから湖面を眺めながら流れる水の音を聞いていた。
レンがその音を聞きながら言う。
「どこかお店に入って話しますか?」
「そうね……ここにいてもいいけど、まだ行ってないお店もあるし」
「じゃあ、昨日二人が話してた店とかがいいですかね」
話しながらレンが橋を離れようと足を動かし、時をほぼ同じくして。
徐々に人の姿が増えはじめたこの地の空へと――――
「――――あれは」
突然、青白い光線が虚空を迸る。
それが天まで穿とうとする勢いで生じたのは、星域の門の方角からだった。
◇ ◇ ◇ ◇
その十数分前、星域の門前の広場――――。
ヴェインはセーラとカイトと朝の散歩をしていたところで、先日の女の子と再会した。
先日、カイトが射的でぬいぐるみを取ってあげた子だ。
彼女はヴェインたちを見て駆け寄ったのだが、その子の父親は慌てた様子で言った。
「も、申し訳ありません! 先日はどなたかも知らず無礼な真似を……! こら、お前もきちんとお辞儀をしなさい!」
「お兄ちゃんおはよう! この前はありがとう……ございました!」
「こ、こら! 言ったとおりにご挨拶を……!」
どうやらカイトたちの素性を後から知ったらしく、随分と慌てた様子である。
しかし、子供はどれほどの貴族なのかということもあまり理解できていなかったようで、父の言葉にはぴんと来ていないようだった。
三人だって、かしこまったりへりくだった態度は求めていない。
「俺たちなら平気だぜ。だから気にしないでやってくれよ」
女の子の前で膝を折ったカイトが笑みを浮かべ、彼女と目線を近くした。
普段よりも穏やかな彼の声。
「おはよ。この前のぬいぐるみはちゃんと持って帰ったか?」
「うん! 宿のお部屋で一緒に寝たの!」
「そりゃよかった。大事にしてくれよな」
「カイト? ぬいぐるみって何の話?」
「男女別々で遊んでたときに出店でな。この子が欲しそうにしてたから射的で取ってやったんだ」
「へぇー、いいとこあるのね」
得意げに笑ったカイトの声に、女の子も楽しそうに笑っていた。
「んで、今日は朝から散歩か」
「そうなの! お父さんが朝は涼しくて気持ちいいよ~って言ってたから!」
「ま、そうだな。このくらいなら――――」
上機嫌なカイトがその言葉を言いきるより先に。
不意に彼は何かの気配を感じ取り、突然口を閉じた。
次に彼は立ち上がり、周囲をきょろきょろと見渡した。
周りに変化なんて何一つない。けれど、彼につづいてヴェインとセーラも周りの様子を気にしはじめる。
すると、女の子が恐る恐る問いかける。
「――――お兄ちゃん?」
「……ちょっと待っててな」
女の子を見下ろし笑みを向け、次にカイトが見たのは星域の門……そのさらに奥。
彼は女の子とその父を庇うように前に出ながら、仲間たちに告げた。
「ヴェイン、セーラ」
「わかってます」
「大丈夫。あたしたちも感じ取れてるわ」
何かが変。
それ以上の言葉では言い表せない違和感の正体……それは、
「何よこれ…………空気に混じってる魔力が――――!?」
言い切るより前に……突如、息苦しさすら感じる強大な圧が生じた。
三人はすぐさま圧に向けて立ち向かいながら、星域の門へ向けて各々が構えを取った。
漂いはじめた圧を他に散歩している者たちも感じ取り、広場がざわつく。
それは、数秒としないうちに訪れた。
星域の門の前にある水場を漂う魔力が、いままでになくまばゆく輝いたかと思えば――――天空を穿つ強烈な光が星域の門より奥から放たれたのである。
星域の門が似た光を放ちだし、ヴェインとセーラが剣を抜いた瞬間に爆ぜようとして……。
その寸前に、七英雄の末裔たちが声を発した。
「っ……セーラ! みんなを守らないと!」
「ええ!」
飛び散る瓦礫が、また門が爆ぜた際に溢れ出た衝撃波が人々に届く前に。
二人が剣を手に防ぐ横で、カイトが大地を蹴って二人の前へ踏み込んだ。
「こういうのは、俺の役目だろ!」
石畳に力強く拳を落とすと同時に、光に満ちた巨大な魔力の壁を張り巡らせる。
衝撃波や瓦礫を逃すことなく防ぎつつも、さらに生じた異変に彼らは眉をひそませた。
だが、まだ終わっていない。
立てつづけの異変は、広場の石畳のさらに下からも生じようとしていた。
星域の門から、三人が一斉に距離を取った。
ここで過ごしていた人々を守らなければ。七英雄の末裔たちがどうにかしようと足を動かした――――そのとき。
風が、セーラの横でその軽やかな声と共に訪れた。
「――――いまの、どうなってるの?」
少女の声。
すぐさま強烈な冷気が前方へ駆けて、白風を伴った剣圧が吹き荒れる。
つづく二色の波動をもって異変が落ち着くと、セーラたちはいま現れたばかりの三人の姿を視界に入れた。
「……ありがと。おかげでみんな無事みたい」
彼女が視線を向けた先にいたのは、レンをはじめとした三人だ。三人は少し離れた場所にいたが、異変を察知してすぐに駆け付けた。
「ええ。それはよかったけど――――」
「この状況……星域の門のことなら、あたしたちもわかってないわ」
二人が話す横を歩くレンの隣にはフィオナがいた。
何があったのかと警戒心を高める彼ら二人は、星域の門が健在だった頃の前方にあった水場を見た。
絶えず湧き出る水は変わらない。
しかし、行き場を失った水が石畳に流れ出ている。
レンは膝を折ると、足元の石畳を伝う水に触れた。水に触れていると、昨日までと違う妙な魔力を感じる。
フィオナも同じ感覚だったのか、
「……何か、変です」
指先から伝わる違和感が口をついて出た。
「俺たちでここにいる人たちを連れて、急いで離れないと」
「ええ。いますぐにでも――――」
フィオナが言い終える前にはじまった。
石畳がところどころ砕け、地中からまばゆい光が漏れ出す。大きな揺れを催せば人々の悲鳴を誘って、レンたちの表情を一変させた。
レンはヴェインを見て頷き合い、言葉はなくとも為すべきことを共有。
だが――――新たな異変は、地形の変化だけではなかった。
誰より早くそれに気が付いたのはレンだ。説明している暇はない。彼は前方へと勢いよく踏み込んで、異変の中心……水が流れ出るそこへと近づいた。
一瞬遅れて他の面々も動きはじめたのだが、
「来たら駄目だ!」
レンが叫んだ、そのとき。
彼を囲むように広場のほぼ中心部の石畳が球状に隆起。彼はリシアとフィオナを僅かに振り向くと、
「――――!」
何かを口走った。
広場の地面を崩壊させながら生じた一筋の光はどこまでも迸り、たちまちのうちに天へと届く。伴ったのはいままでにない衝撃波と、触れた者の体力や魔力を瞬時に奪い去る強力な異能だ。
その光が広場に広がっていく直前、レンはミスリルの魔剣に二色の波動を纏わせ、それを大きく振り上げる。
波動と光。
少年はその背に、白銀の魔力と凍てつく氷の存在を感じながらまばゆい光に包まれた。
◇ ◇ ◇ ◇
それは誰か、レンが知らない人の声。
意識を失っていた彼が聞いた、誰かの声。
『また、来ちゃったんだね』
レンはいまの声が、とても近くから聞こえたような気がした。
眠っているのにはっきりとしている。
聞いたことがあるような……でもそうではないような、不思議な声だった。
だがその声はすぐに消える。その後で聞こえてきたのは水が流れる音と、それに交じった微かな地響きだ。
それらの音を聞き、レンは指先を小さく動かした。つづいて瞼が動きはじめると、ゆっくりと上半身を起こす。
「――――ここは」
見たことがない場所だった。
視界すべて、石造りの迷路のように入り組んでいる。周囲は複雑に階層が分けられていて、流れる水が各所に見られる。
一見すると地下水路のような場所かとも思ったのだが、それにしては広大すぎた。
各所に見られる見事な彫刻や、最下層からほとんど地上の層へと伸びた柱。どれもレンが先日足を運んだ帝都の神殿が立ち並ぶ区画を思わせる。
たとえるなら、地下に存在した巨大な神殿である。
(それに、さっき聞こえた声は……)
誰の声なのかわからないが、いまは深く考える余裕がない。
考えるべきは、この状況に陥るに至った経緯だ。
……確かさっきまで星域の門がある広場にいて……。
……急な異変に対処していたはずなのに。
あのときのことを懸命に思い出しつつも、レンは手元の時計を見た。
あれからそう長い時間は経っていない。それはレンがこの地下に落ちてからまだ間もないことを示していた。
目を覚ましてから時間が経つにつれて記憶も鮮明になってくる。レンがあの暴発を防いですぐ、広場が崩壊したのだ。リシアにフィオナ……ヴェインたちも懸命に力を尽くしていたけれど、誰より早く動けたレンは、皆を遠ざけるように自らが先陣に立った。
ここにレン以外に誰もいないことから、皆を守れたことはすぐにわかった。
立ち上がると、考えを整理するためにもわざと声に出す。当然、それに応える声はなかったが。
「どうして気を失ってたんだろ。頭に何かぶつかったわけでも、魔力を使いすぎたわけでもないのに……」
ただ、権能ノ剣を懸命に行使しただけ。
こんなことで意識を失うほどレンはやわじゃない。彼自身、自分の限界がどのくらいなのか理解していたから疑問が残る。
それらの前提を覆す要素があるとすれば、一つだけだ。
「もしかして、あの光が?」
少しでも触れると、身体中から力が抜けていくような感覚だった。
レンと違い、リシアが地上で用いていた戦技は星殺ぎだ。星殺ぎは剛剣使いとして剣豪級に達したことを証明する高度な戦技で、魔法をかき消すという特異なもののはず。
だが、あの光はそれでも消せなかった。レンはそのことを確かに覚えている。
それが意味するのは、あの光が魔法によるものではないということ。
「だとしたら、魔道具の力とか――――」
たとえばあの光は、魔道具や聖遺物をはじめとした何かから作られたもの。それにしてはあまりに強大な異能だし、もたらした影響の規模が大きすぎる。
……いいや。少しだけ、昨日の癒やしの力と気配が似てた。
……でも、それだと矛盾する。
あの力でレンも癒やしを得たのだが、それがどうしてあのようなことになるというのだろうか。
疑問は深まるばかりだったが、ここで答えを見出すのは難しい。
「みんながどうしてるのか、様子を見たいところなんだけど……」
広場が崩壊したのだから見上げれば外が見えるはずなのに、落ち着いて見上げても外の光は一切ない。
代わりに見えるのは、遥か上の空間に光る濃霧だ。
光る濃霧は地上で相対した光に酷似している。触れることは避けたいし、さらに地下から破壊するというのは周辺への影響が大きそう。
……あの光を俺が抑えられたから? だから、いまは落ち着いてるのかな。
だとしても、手を出さないほうがよさそうな気がしてならなかった。
目を凝らせば凝らすほど、見たこともないほど濃密な魔力である。下手に刺激して、再び地上を破壊するようなことがあれば――――
「……別の出口を探さないと」
レンは感覚を研ぎ澄ませると、微かにではあるが風が通っていくのを感じ取った。
立ち上がった彼はもう一度身体に異常がないことを確認して、その道へと歩を進めはじめる。
目を覚ましたときにも考えたことだが、やはり神殿のような空間だ。
上下にも入り組んだ複雑な造りもあって迷路の印象が消えたわけではなかったが、それ以上にここが神殿なのかもしれない、と考える時間は増えていた。
水の音と僅かな地響きに、一人分の足音を重ねる。
明るいとは言えなかったけれど、例の光で足元が見えないわけではない。
階段を上りながら風の流れを探っていたとき、踊り場でレンは足を止めた。
彼がその石畳の上に立つと、それまでなかった紋章が淡い光とともに石畳に浮かび上がったのだ。
これは……と。
驚きながらも見覚えがあると思っていたら、少し前のことを思い出した。
「この紋章……!」
ミューディの隠れ家で目にした、遊戯の神ミセルのものに違いない。
それに気が付いたレンが今度は階段を抜けた先にある大きな扉に目を向ければ、そこにも同じ紋章が浮かび上がっていた。
今日もアクセスありがとうございました。




