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物語の黒幕に転生して~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~(Web版)  作者: 俺2号/結城 涼
七章・白銀が奏でる。

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272/288

古き場所、星域の門。

少し長めの更新です……!

引き続き、予約受付中の7巻もどうぞよろしくお願いいたします!

 それから十数分歩いて入店したのは、ちょうど席が空いたレストランだ。

 彼らが歩いていた湖沿いの通りに面していて、ほとんどがテラス席になった開放感に満ちた造りに惹かれて足を踏み入れた。



 値段も高すぎることはなく、レンたちのように若者の姿も多い。けれど洒落た店構えは確かな高級感を漂わせる。

 丁寧に整えられた生け垣に挟まれるようなテラス席に座ると、広がる景色の影響もあって、特別なもてなしを受けているような感覚に浸れた。



「二人はどうします?」


「気になるのはたくさんあるんですが……私はこのお昼のセットにします」


「じゃあ、私も!」



 席に着いてすぐに昼のセットを注文し終えるや、グラスに入った冷たい果実水がはじめに用意される。

 暑い日ということもあり、料理より先に持ってきてくれたのだろう。

 クルシェラに来て、はじめて身体を落ち着けられたからか、



「なんか、久しぶりにゆっくりできてる感じかも」



 湖を見ながらレンが言った。



「私も同じ気分。クルシェラはすごく賑やかだけど、気持ちが落ち着く感じ」


「こないだまで試験勉強で大変でしたもんね。打ち上げってわけじゃないですけど、やっと終わったー! って気持ちになれますし」


「俺たち、打ち上げとかしてなかったですね」


「そうね……考えてみたら確かに」



 今年は試験前から多くのことに奔走していたから、ようやくの晴れやかな心地。

 三人は誰から言うわけでもなく、しかし示し合わせたかのようにグラスを手に取った。

 ようやく――――いまここで改めて。



「ここ二か月くらい、お疲れさまでした」



 試験に限らず、ウィンデアに関連したすべてのことに。

 レンが言えばリシアとフィオナもつづき、



「ええ、お疲れさま」


「ふふっ、お疲れさまでした」



 三人はグラスを軽くこすり合わせ、心地よい音を奏でた。

 やがて届いた食事を楽しむレンが「来てよかった」と改まった声を漏らしたのを聞いて、白の聖女が「早くない?」と笑う。



 岸辺から届く水の音にも耳を傾けて、日陰となったテラス席に吹く涼しい風を感じて。ただ食事をしているだけなのに、全身が洗われるような感覚に浸りながら。



「しばらく参考書は見たくないかも」


「私もです。四年次になったら特に分厚くなっちゃって……」


「フィオナ様は試験の感触とかどうでした?」


「一応……いつも通りでした。おかげで学院では眠くなっちゃって、寮から通ってなかったら、大変だったと思います」


「……私は帰りの魔導列車の中で何度か寝そうになってました」



 だが、しばらくあの時間がやってくることはない。

 少なくとも、数か月後(期末試験)までは。



「レン、午後からどうする?」


「部屋でゆっくりしてもいいですし、二人が行きたいところがあったらそっちでもいいと思います」


「私たちじゃなくて、レンの用事を優先してってば。今日は仕事がないんだし」


「そうですよ。ゆっくりしに来たこともそうですけど、それが一番大事ですから」



 宿る癒やしの力を求めてというのが、帝都から遠く離れたこの地を訪れた大きな理由の一つ。



 古くからこの地に宿る癒やしの力の正体は、古の時代に棲んでいた精霊の力の名残であるという。大気や水といった自然に溶け込んだその魔力に宿るため、クルシェラにいるだけでも影響を受けられた。



 しかし、より強くその影響を受ける方法があって――――。

 レンが湖へと視線を向けた。



「癒やしの効力って、湧き出る水に近いほうが効力が高いらしいです」


「湖の水と違うの?」


「湖のほうだとそうでもないみたいです。あっちにある……湖に繋がってる水の流れがあるじゃないですか。その上流に行けば行くほどいいそうです」



 湖からより緑が多い周辺の地形へと少女たちが目を向けると、周囲を取り囲む丘陵地帯が見える。そこには巨大な橋が重なるように造られた部分が周辺の地形に繋がっていた。



 そのうちの一つが丘陵地帯と通じる水の流れに隣接している。その水流は湖に通じるところからすでに整えられていた。湖の片隅には先へと向かう水流に沿って水門やアーチの飾りが設けられ、さらにそれが丘陵地帯へとずっとつづいていた。



 特に水門とその付近は、石造りの表面に刻まれた美しい文様。

 神殿や城に通じていそうな目立つ威容を誇っていた。門そのものだって、エレンディルの屋敷と比べて高さも規模も数倍では利かないほど巨大だ。



 だが、そこはいま――――



「水門のほう、人の数がすごくないですか?」


「……俺たちがいるところからでもわかりますよね」



 フィオナが話をしていたところ、食器を下げに来たウェイターにレンが問う。



「あっちの水門の近くって、いつも混んでるんですか?」


「普段はそれほどではございませんよ。祈りの夜々を目前に控えていることに加え、やはり夏場はクルシェラ一帯が賑わいますので」


「ですよね、有名な避暑地でもありますし」



 ですが、とウェイターがつづけた。



星域の門(、、、、)の周囲は、明日にでも落ち着く頃かと」



 あの水門、そんな名前があったんだ。

 声に出すことなくレンが頷いた。



「どうしてそんなにすぐ落ち着くんですか?」


「皆様、他の場所を観光されますので。ここからも見えますように、巨大で見事な歴史ある水門ではございますが、クルシェラには観光名所が多く……」



 リシアとフィオナがすぐに気を引かれたように、帝都で評判の店も数多く立ち並んでいるのだ。避暑地としての側面も強く、観光客にとって水門が一番の目的地にはならない。



 ウェイターが立ち去ってから、レンたちは程なくして席を立った。

 早めの昼食とも、遅めの朝食ともとれる食事を経て……。癒やしの力が色濃く宿る水があるという場所を、星域の門以外にもいくつか見繕ったのだが、



「空いてくるのはどこも夕方以降らしいです」



 カウンターで支払いをする際、何の気なしに店員に問いかけてみたところレンはそんな旨の返事を聞いていた。



 いま二人に話をしたレンは腕時計を見て、まだ昼にもなっていないことを確認。

 見繕った場所の多くが観光名所に含まれているから、いまはどこも混み合っている。下手をすると、夕方まで並んでようやく……くらい。

 レンが陽光に目を細めて言う。


「何時間も外で待ってたら、身体を休めるって感じじゃなくなりますね」


「行くなら夕方過ぎからのほうがいいと思います。きっと、午後になったらもう少し暑くなるはずですし……」



 腕を癒やす代わりに、夏の暑さに負けてしまうのでは意味がわからない。

 少ししたら空いてくるのなら待てばいいだけなのだ。たとえば、買い物をしたり観光をしてみたりとか。

 だがまずは、宿に荷物を置くところからだろうか。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 昼を迎える前――――

 宿で受付(チェックイン)を済ませたレンが客室に足を踏み入れて呟く。



「……ラディウスありがと。おかげでゆっくりできそう」



 改まって呟いてしまうのも無理はない。エレンディルはもちろん、帝都やエウペハイムに宿泊したときとも違った空間に迎えられた。

 白を基調とした部屋に広がる、湖を中心とした景観を一望できる一面の窓。鮮やかな緑と湖の青と、都市を象徴する巨大な橋など。



 荷物を置いてテラスに出ると、数分ほど堪能してから部屋の中へ戻る。

 腰に剣を携え、財布などの小物をいくつか持つだけの服装で部屋を後にして、魔道具の昇降機により地上階へ戻った。



 広いロビーの中央にある、縁がベンチを兼ねた大きな噴水。

 そこに腰を下ろしていた少年の傍へ行くと、



「お待たせ、ヴェイン」


「ああ、じゃあ行こうか」



 レンはそこにいたヴェインと共に宿を出た。

 昼食を一緒にとったリシアとフィオナの姿はない。彼女たちは向かい側にある宿へ向かっているはずだ。



 どうしてこうなったのかというと――――。

 食事を終えた三人が宿の近くを訪れたとき、向かい側の宿から見慣れた七人が現れたところだった。ヴェインをはじめとした七英雄の末裔たちは宿で食事を終え、いまからクルシェラを見て回ろうとしていたのだ。

 話をしていたその際にセーラが提案。



『一緒に行く?』



 星域の門へ行ってみるのは、夕方を過ぎてからに決めた。

 それまでは観光したり買い物をしたり……そのくらいしか予定していなかったから、断る理由はない。



『ヴェインたちは行きたい場所があるって言ってたから、あたしたちは買い物とかどうかなって話してたの。有名なお菓子のお店とかも見に行きたいし』



 リシアとフィオナが気にしていた店もその中に含まれる。

 それを聞き、今度はレンが提案。



『じゃあ俺はヴェインたちと行ってきます。せっかくクルシェラに来たんですから、二人にも楽しんでほしいですし』


『でも……』


『あのねリシア、レンの気持ちも汲んであげたら?』


『……わかってるけど』


『わかってるならいいじゃない。レンだって、クルシェラに来て二人がゆっくりできなかったら微妙な気分になっちゃうと思うわよ』



 セーラは次にフィオナへと顔を向けた。



『イグナート様もよければ一緒に行きませんか? 改めて、試験のときのお礼もしたいですし!』



 フィオナもレンのことを気にしていたけれど、レンの気遣いを蔑ろにしたくなかった。



『ええ。ご一緒させていただいてもいいですか?』



 リシアは当然として、フィオナも七英雄の末裔の少女たちと話したことは多々ある。昨年からその機会は特に多く、セーラやネムから頼られることもあった。

 女性たちだけのほうが、気兼ねなく楽しめる店もあるかもしれない。

 レンにしてみても、二人が楽しんでくれたらという気持ちが強かったから……という経緯。



 七英雄の末裔にはヴェイン以外に二人の少年がいる。

 カイト・レオナールに、偉大な聖者の血を引くスコール・メルデーグだ。

 スコールはウィンデアの騒動の際、広い地形ごと包み込む巨大な結界を発動させるなど、まだ一年次でありながら存在感を発揮したばかり。その細めの体格に、七英雄の勇気を宿した少年だ。



 だが、彼ら二人の姿はいまここにない。



「あれ、レオナール先輩とメルデーグさんは?」


「さっきまでいたんだけど……カイト先輩が何か気にして外に行っちゃって」


「……何が気になったんだろ」



 レンもその対象が気になってヴェインと一緒に宿を出れば、外で見たのはカイトが大きな荷車を前に目を輝かせる様子だ。

 荷車を引くのが翼のない小型の竜種であることもそうだが、荷車に乗る品々に気を取られていたようだ。



「なぁアシュトン! 獣人族の武器だってよ!」



 獣人族はその体躯が純粋な人の倍もあることも珍しくない。たとえばミレイが血を引く猫の特徴を孕んだケットシーもその一種だが、小型の獣人である。



 荷車に載せられていたのは、レンたちの身長とほぼ同じくらいの武器の数々だ。

 異国の地から持ち寄った先がレオメルでは売れるかどうかわからないが、一定の需要があるのかもしれない。



「カイト。アシュトン先輩が獣人族の武器に興味があるとは思えませんが」



 スコールが呆れ半分に告げたが、レンはその予想を裏切った。



「店主さん、獣人族のってことなら紋様鋼ですか?」


「これはお目が高い。仰る通り、これらの品は西方大陸でのみ発掘され、加工される特殊なものでして――――」


「……ご興味、あるんですね」



 スコールは微妙に驚きつつも小さく笑い、レンとカイトが商人と話す様子を傍で眺めた。

 やがて商人が立ち去ったところで、そろそろ出発しようと皆が歩きはじめた際に。向かい側の宿の入り口を見て、ちょうど外に出てきたリシアたちと視線を交わして。



『行ってらっしゃい、レン』


『また、夕方に』



 彼女たちが笑みと身振りを交え、唇の動きだけで。

 広い通路を挟んで、レンもまた。



『じゃあ、またあとで』



 日差しはまた一段と強くなってきた気がするけれど、頬を撫でる風は涼しくて心地よかった。

 特に彼がいた場所は、巨大な湖にも隣接していたこともあって。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「んー! 試験終わりにクルシェラとか最高だな!」



 背をうんと伸ばして笑ったカイト。

 偉大な聖者の末裔がその隙をついた。



「次は期末試験ですよ」


「ぐぉっ! せっかく一息つけたって思ってたのに……そりゃねーぜ、スコール!」


「ああ……すみません。決して嫌がらせのつもりではなくて……」


「カイト先輩が気を抜きすぎないように、むしろ気を遣ってるんだと思いますよ」


「そうなんですが……いえ、不要なことを言った僕が悪いですね」


「ちなみにレオナール先輩は試験どうでした?」



 そこでレンが会話に交じれば、カイトは得意げな表情でニッと笑った。



「俺か? 俺はまぁ……ここだけの話なんだが、見事にギリ母上の指示があった数字の上だぜ。ギリギリな!」


「おおー……」



 気になるところはいくつかあるものの、カイトが嬉しそうにしているなら無粋はすまい。レンはそう思った。



「しっかし、こういうのもいいな」


「何がですか、カイト?」


「見ての通り、男だけで町歩きってのも悪くないだろ? そのほうが気兼ねなくできるときだってあるしな」


「気持ちはわかりますけど、みんなで外に行ってもカイト先輩はいつも同じじゃないですか」


「んなことねーだろヴェイン。……なぁ、俺っていつも同じか?」


「はい」



 勇者の末裔の即答を聞くと、カイトは次にレンに顔を向けた。



「アシュトン?」


「いつも通り、みんなを明るくしてくれますよね」


「なんだよ! そういうことか!」



 物事の多くが言い方によって結末を大きく変えるということを、レンはつくづく実感した気になりながらも問う。



「これからどこに行きます?」


「魔導船乗り場のほうに行ったら、いろんな店が集まってる大きい建物があるんだ。そこに行って泳ぐための買い物とかだな」


「ってことは、クルシェラにいるうちに泳ぐんですね」


「おう。っていっても時間が空いたらなんだが、今年はスコールに泳ぎを教える予定なんだ」


「……えっ、そうなの?」



 レンは予想外の言葉に驚いた表情を隠すこともせず、思わずスコールに顔を向けて尋ねた。 



「不本意ながらお願いしたのです」


「ウィンデアの件で思うことがあったらしいぜ。もし泳ぐ必要のある場所に行くことがあれば、自分は仲間の足枷になるってな。んなの、俺がスコールを担ぐからいいって言ったんだけどよ」


「担いでくれるのはありがたいのですが、自分で泳げるのに越したことはありません」


「ま、そらな。ヴェインは泳げたよな?」


「多分、人並みにはですかね」



 生まれ故郷の村で川遊びなどの経験も豊富。七英雄の伝説では選択肢によって、ヒロインたちに泳ぎを教えるシーンもあったヴェインだ。



 一方で、レン。

 巨神の使い(ワダツミ)と戦う最中に海水を浴びることもあったが、さすがに泳いだとは言えないだろう。とはいえ、村で過ごしていた頃は父のロイを手伝って川で仕事をすることもあったから、完全に無縁ではない。



「ところでスコール、お前、不本意ながらって言わなかったか?」


「カイトに教わることがじゃないですよ。自分がどれほど貧弱か再確認させられそうなので、それについてです」



 運動が得意ではないことを話す際、聖者の末裔は深いため息を伴った。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 ――――そして、同じ頃。

 レンたちとは正反対の方角へ歩を進めていたのが、リシアとフィオナが加わった六人だ。こちらもレンたちと同じく多くの店が集まった建物を目指していた。



「こらリズ! 待ちなさい!」


「ふっふっふー。私が懇意にしている工房の新作ローブを見られるんです! 急がないと!」


「わかってるから一人で行かないの! 私たちもいるんだから待ちなさい!」


「私としても待ちたい気持ちはやまやまなのですが、足が勝手に動くんです!」


「はぁ……相変わらず都合のいい足ね」



 先を歩くリズレッドとシャーロットを追うように、四人が話しながら通りを歩く。

 突然、セーラがぽつりと話しはじめた。



「あたしの周りにいる美人って、口を開くと癖が強い人が多い気がする」



 その視線の先にいる、シャーロットを見ての言葉であった。

 リシアがその声に言葉を返す。



「急にどうしたの?」


「だってあたしの一番近くにいた美人って、お母様以外だとシャロなんだもの。シャロは口を閉じていたらとんでもなく高価な宝石みたいだけど、口を開いたら――――」


「口を開いたら?」


「ウザ――――陽気すぎるでしょ?」



 どうやら合流するまでに何かあったらしい。セーラの目からそれが伝わってくる。



「……いま変なこと言いかけなかった?」


「気のせいよ」



 幼い頃からの知り合いということもあり互いに遠慮がない。

 先を進むリズレッドの足取りを落ち着けることに成功したシャーロットが、後ろを歩く少女たちに近づいた。



「失礼ね。ウザ絡みする相手はきちんと選んでるんだけど。だからセーラとかにしかしてないんじゃない」


「あたしとしては、その相手に選ばれてることだけが不本意かしら」


「そんなこと言って。本当は嫌いじゃないくせに」


「……ね? 口を開くとこうでしょ?」



 リシアはフィオナと共に、何とも言えない苦笑を浮かべるにとどめた。

 すると、今度はシャーロットが二人の苦笑を見て口にする。



「でも、口を閉じてても開いてても、可愛い人っているのよ」



 敢えて誰のことを指しているのかまでは口にせず。

 しかし、その対象が二人であることはわかりきっていた。

 シャーロットは二人に可憐なウィンクをしてみせると、上機嫌に鼻歌を歌いながら再びリズレッドの隣へと向かっていった。



「ごめんなさいイグナート様、シャロが変な絡み方をしちゃって」


「い、いえいえ! 嫌なんて思ってませんから!」



 あまり面識があったと言えるほどの関係性はなかったフィオナとシャーロットだ。

 学院の外でもパーティなどで顔を合わせる機会はあったけれど、先ほどのように接したことなんて一度もない。

 しかし、この面々にもなれば誰かを介しての話もできるから、居心地の悪さはおろか、話しづらくなるような感覚だってまったくなかった。



「ところでさ」



 ニコニコしながら様子を見ていたネムが口を開く。



「二人は湖とか宿のプールで泳いだりしないの? あの宿って確か、屋上におっきなプールとかレストランがあったよね」


「いまのところその予定はないかしら」


「そうですね。お仕事のこととかしか考えていなかったので」



 二人にとっては言わずもがな。父の名代としての仕事などより、レンの腕のためになると聞いた癒やしの力に触れるほうがずっと大切なことに違いはない。

 かといって、クルシェラでの予定がすべて埋まっているわけではなかった。



「えー! もったいないよ! せっかくクルシェラに来たんだよ? 夏休みなんだし、イグナート様も泳ぎたいって思わないんですか!?」



 しかしフィオナもそのつもりはなく、「ええ……考えたことはなかったです」と言った。するとネムはすぐに別のことを気にしてみせる。



「ちなみにリシアちゃんってさ、泳げるの?」



 泳げない、ということはないと思う。

 昨年はローゼス・カイタスで剣魔と戦い、時の檻の封印が解けてからレンと地底湖に落下したことが脳裏に浮かぶ。レンがリシアを強く抱き寄せ、リシアも彼に身体を預けながら外の川へ脱した過去があった。



『べ、別に泳いだ経験がないだけだからね!』


『と、とりあえず、俺に掴まっていてください!』



 あのときはこんなやり取りもあったが、リシアは落ちてくる瓦礫を神聖魔法で防ぐことに尽くしていたのだし。



「大丈夫だと思う。……きっと」


「そっかそっか。イグナート様は泳げますか?」


「ええ、少しなら」



 幼い頃に器割れという症状で寝たきりだった少女は、レンのおかげで得られた薬で身体を動かせるようになった。リハビリの際に屋敷に造ったプールを使うこともあったから、泳ぎの経験はむしろここにいないレンよりある。



「だけど本当に少しだけですよ。軽い運動のためにプールを使ったことがあるだけですから」


「あははっ、ネムも同じですよ~! ってことは……アシュトン君も泳げるのかな」



 ってことは、と言葉を繋げた理由はまだ不明だ。

 不明ながらも、ネムの疑問に答えるのはリシアだ。



「レンは村にいたときに川に入ったことが何度かあるはずよ」


「川ってことは、水遊びとか?」


「ううん。村に一つだけある橋を修理するときとかみたい。他には、お父君の手伝いで魚を捕ろうとしていたときとか……。仕掛けの用意中に足を滑らせちゃったこともあるって笑ってたけど……ちゃんと危ないわよね」



 はぁ、とため息を交えて。

 レンらしいと思いつつ、フィオナはしっかり「ほんとに危ないですね」と息を吐く。



 リズレッドの買い物を終えて向かったのは小物が並ぶ店や、文具の店……。

 途中で休憩がてら気になったカフェに足を踏み入れることもあれば、石鹸などの品々を扱う店へと寄ってみたり……。



 気付けば、男女に分かれてからしばらくの時間が経っていた。

 男女別々で町に繰り出していたが、そろそろ宿へ帰ろうと六人が足を動かす。その途中、皆の前で馬車が停まったと思えば、セーラたちを知る貴族が顔を見せたのだ。



「これは皆様!」



 まだ若い男性で、英雄派に属する貴族の一人。

 彼が口にした言葉によって、帰り際になって心に苛立ちを覚させられることになり――――




 ◇ ◇ ◇ ◇




 時は遡り、およそ一時間前である。

 男女分かれてクルシェラで過ごしはじめて少し経った頃、少年たちがいた場所は、



「うがぁーっ! 当たんないって!」



 町の片隅にあった遊戯の屋台だ。

 水の球を飛ばす玩具の魔道具を使って、いくつかの的へ当てれば賞品がもらえる。カイトが十回目の挑戦に失敗して頭を抱えていた。



「スコール! 頼む!」


「僕ですか!? 射撃なんてしたことありませんよ!?」


「俺だってなかったって! けど、俺よりは上手そうだろ!」


「……そこまで言うのなら、一度だけですよ」



 スコールの結果は、カイトよりはまし程度。何度か挑戦してみたがやはり上手くいかなくて、スコールも珍しく悔しそう。

 レンとヴェインが笑いながら見ていると、カイトが再び挑戦の意を示す。



「店主さん! もう一回やらせてくれ!」


「はいよ。頑張ってね」



 この遊戯の難しいところは、ただ的を狙えばいいわけではないことに尽きる。明らかに小さい子も遊べるような雰囲気を漂わせているくせに、的がちょこちょこ動くのだ。

 しかし、カイトがとうとう動きの傾向を見抜けたようで、



「――――よっし! やっとうまくいったぜ!」



 遂にすべての的に的中させて、大きな身振りを含めた喜びの声を上げる。

 店主も楽しそうに笑い賞品をカイトに渡した。

 カイトが両腕で持っても抱えきれない巨大なぬいぐるみで、その見た目は恐らくリトルボアを可愛らしくしたものだ。

 カイトはぬいぐるみを手にすると白い歯を見せて笑い、



「ちょっと待っててな」



 レンたちにそう告げて近くを離れていく。



「ほらよ、やっと取れたぜ」


「ありがとう! お兄ちゃん!」


「いいっていいって。けどでかいから落とさないようにな。父さんに持ってもらったほうがいいぜ」


「うん! 大切にするね!」



 この遊戯に挑戦することになったきっかけは、賞品のぬいぐるみを欲しそうにしている女の子を見つけたことだ。しかし高難易度の射的がその対象だったから、カイトが使命感に駆られて張り切ったのだ。

 少女とその父親が何度もお礼を言ってから立ち去ると、カイトは満足げに言う。



「そんじゃ、俺たちも行くか」


「ですね。もうすぐ、リシアたちも帰ってくると思いますし」



 男女別で町に繰り出してから、思っていたより時間が過ぎている。

 はじめはクルシェラの片隅にある釣り堀に行ってみたり、香ばしい煙を放つ屋台の前で足を止めてそれを楽しんでみたり……。

 思い返してみると、同性で集まった少年たちらしい楽しみ方だった気がする。



「普段はこんな遊び方しないしな」


「新鮮でしたね。何かこう……年の近い男性だけで遊ぶって、こんな感じなのかって思いました」


「ま、いままでなかったメンツだしな。別にいつもの七人で遠慮してるってわけじゃねーけど、男同士だから楽って部分もあるしよ」


「カイト先輩って、そういうとこ気にしてたんですね」


「おいおい。まるで俺がそういうのに無頓着みたいに言うなよ」



 カイトがヴェインの脇腹をつついていると、レンは視界の片隅に朝も見た景色をとらえた。

 湖から丘陵となった地域へと向かい、さらにその地形に生い茂る森の奥へと向かう水路。その入り口である水門だ。



 名を星域の門。

 四人が歩く通りからはそれるが、レストランで見たときより近くに見える。

 その存在感はあまりに大きく、壮大で――――厳か。

 ただ目を向けるだけ。それなのに心まで釘付けにされたかのよう。



「あれが気になるんですか?」



 スコールがレンの横顔を見て問いかけた。



「星域の門っていう名前も今日知ったくらいだから、どんな場所なんだろって」


「あの水門の先には、神殿へ通じる道もあるそうですよ。ただ、どの神を祀っているのかわからないそうなのですが」


「どんな神殿なの? それって」


「僕が知る限りだと、神秘庁の調査でもわかっていない古びた神殿なんですが」



 この地を流れる癒やしの力を持った水は、湖に到達する前にさらに上流から訪れる。その古びた神殿から水が流れているわけではないが、星域の門の奥をくぐって奥へと進むことで、水源と神殿の両方がある地が待ち受けるそう。



 クルシェラは古の時代に棲んでいた精霊の力の名残で、癒やしの力が大気や水に宿っている。それ故、古い神殿で祀られる神と何かしらの関係があるかもしれないといわれていたのだが。



「祀られているのは少なくとも、癒やしの力を持つ神々でも再生の女神でもないそうです。そのくらいしか判明していないようですが」


「へぇー、そんなに情報がないんだ」


「普通だったら、仕えてきた聖職者たちの記録とかはあるんじゃねーのか?」


「いえ、実はそうした記録のない神殿も珍しくありません。大陸の戦時中の影響だったり、魔王軍の襲撃により消えた情報も数えきれませんので」


「あーなー……考えてみたら、そんな話も前に聞いたことあったな」



 水門の先に待つ道は、奥へ向かうにつれて深い霧に覆われている。魔物が現れるわけではないが、その見通しの悪さから普段は足を運ぶ者はいない。

 スコールがそれを話すと、カイトがヴェインに顔を向けた。



「そういや、どっかの神殿で似た話を聞いたんだっけか?」


「前に帝都大神殿で聞きませんでしたか? それに神秘庁が調べて判明してないのなら、わからなくて当然ですよ」


「ま、そりゃそっか」



 話している間にも宿に近づいていた。



「星域の門という名前も、この地がどこよりも星が美しく見えることからだそうです」



 祈りの夜々にも関係して、この地だけの特別な夜空を星域と表現するようになったという。



「ですので星域。その地の水門ということが由来のようですね」



 別行動中の六人もそろそろ戻ってくるだろうかとレンが思っていると、ちょうど通りの反対から歩いてくる彼女たちの姿を目にした。



 

今日もアクセスありがとうございました。

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