変わらず忙しそうな友人と。
原作7巻が1月17日発売です!
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最初の授業の前だからか、学院の食堂に連なったテラス席にいるのは二人だけ。
試験対策に勤しむ生徒の多くが教室か、図書館などで朝の自習をしていた時間帯だった。
第三皇子ラディウス・ヴィン・レオメルが、ミューディの隠れ家のことをレンと話そうとしていた。
ラディウスが一つ年下の親友を案じた様子で言う。
「私も隠れ家の件は聞いているが、大丈夫だったのか?」
整えられた銀髪と、涼しげな色香を漂わせる瞳。凛々しい顔立ちは威厳と品格を持ち合わせていた。
次期皇太子として、これ以上ないほどふさわしい彼へとレンは、
「微妙に本調子じゃないけど、特に気にならないかな」
と軽く言い放つ。
「それにあのときは俺も行くべきだったと思う。あれで迷って鍵が動かなくなってたら、ウィンデアに言った意味がなかったし」
「そのことなら、私もラグナから聞かされたときに考えた。突拍子もなかったが、致し方なかったことも理解できる」
「そうそう。おかげで資料っぽいものは持って帰れたしさ」
もしそれすらできていなかったら、ウィンデアへ行ったことも徒労に終わっていただろう。
「地下室では随分な仕掛けがあったそうだが」
「リノ・アーケイの魔法の偽物とかのこと?」
「ああ。作り物とはいえ、星殺ぎで対処してしまったことにも驚かされるが」
「……作り物じゃなかったらどのくらい強かったんだろ、って思うけどね」
「それもそうだ」 と、テラスのテーブルに置いていたティーカップを手に、ラディウスは上機嫌に口元を緩ませてみせた。
「ウィンデアの騒動からそう経っていないというのに、相変わらずだな。英雄派の賑わいに負けじだ」
というのも。
ラディウスの同級生には七代英爵家が一つ、ロフェリア家に生まれたシャーロットという令嬢がいる。彼女は異性の目を惹く早熟な身体つきと、美貌の言葉が誰よりも似合う嫣然とした少女だった。
水と風が眠る場所・ウィンデアでは、そのシャーロットにとって――――また英雄派にとってまた一つ大きな発見があった。
ロフェリア家の祖先が用いた風王弓という弓が見つかり、シャーロットを新たな主に定めたのだ。
それに昨年はカイトの祖先が用いた装備も見つかったし、春にはヴェインが勇者ルインの末裔であることも明らかになった。英雄派はこの春に劣らない活気を他派閥へ見せつけている。
「英雄派の盛り上がりは基本的には歓迎できる。英雄の子たちの活躍で民が勇気づけられているのだから、私としても頼もしく思う」
「早ければ、今年中に皇族派のほうが勢いが強くなりそうな気がするけど」
「私のことか?」
「うん。ラディウスが皇太子になるって正式に発表されたら、英雄派に負けないくらい賑わいそうじゃん」
当然だが、周囲に人の目と耳が一切ないことを確認しての会話だった。
「夏が終わったら、正式に皇太子になるんだっけ」
「前も言ったが、早ければな。多くのことが正式に決まれば、夏の終わりにでも私のことで民に知らせが届く」
「……聞いてるだけで、また忙しくなりそうな感じがしてきた」
「親族との面倒なやり取りは済んだからもう心労はない。それで十分だとも」
自嘲気味に言ったラディウスが「そういえば」と呟いてから話す。
「大霊廟での儀式は覚えなければならないが」
帝城にある巨大な地下空間。
その長い回廊の左右には歴代の皇帝の墓標が並び、最奥に獅子王の墓石が待っているという。
「大霊廟――――」
「レンも大霊廟のことは知っているだろ?」
「うん。歴史の授業で習ったくらいのことならね」
大霊廟は管理する数人以外は皇族しか足を踏み入れることが許されず、その皇族たちもみだりに足を踏み入れることが叶わない特別な場所だ。
また、帝国随一の封印と結界が施された聖域でもある。
ラディウスが皇太子になった暁には、獅子王の墓前ですべき儀式があるそうで。
「儀式と言っても、新たな皇太子が獅子王へ挨拶に行くだけのものだ。獅子王の墓石の前に立ち、礼を尽くすための時間と言えばいいか」
「へぇー……そういう儀式があるんだ」
「それと、墓石の前に置かれた獅子王の剣の一部にもな」
レンはそれを知らなかったから、興味深そうに耳を傾けた。彼の気持ちを知ってか、ラディウスは敢えてやや説明口調でつづける。
「剣が一部しか残されていないのは、使い古されてしまったからとも、聖グリムドール剣章の由来となっている側近、騎士グリムドールとの訓練において砕けたとも言われている」
「あの、念のために聞くんだけど――――」
「儀式のことを含めて機密というわけじゃない。レンも今年の授業で習うはずだ」
「――――ならよかった」
しばらくすると二人は席を立ち、徐々に人が多くなってきた校舎の中を歩いた。
互いの教室へ向かう途中でも話はつづく。
「話は変わるが、ウィンデアの件を白龍姫に共有したときのことだ」
白龍姫、ルトレーシェ。
不思議とレンに手を貸す彼女の名が出たことで、レンが隣を歩くラディウスに顔を向けた。
「レンも戦ったそうだと話したら、やはり興味があったようで普段と反応が違っていた」
「……」
「レン?」
「っと、ごめん。また話しに行ってみたいなって思ってたとこ」
ルトレーシェの振る舞いはいくつも気になる点がある。レンがウィンデアへ行くきっかけになった紋章付きだって、彼女の助言が大きく関係していたからだ。
少なくとも彼女は敵ではないし、理由は不明でもレンを気にかけている事実は変わらない。最近は会えていなかったから、顔を合わせて話がしたい。
ラディウスもいくつかの事情を知っており、レンの気持ちを汲み取れた。
「最近は時折、戦神の神殿に行っているようだ。時間があればレンも行ってみるといい」
「ありがと。そうしてみる」
会えるかわからないけれど、近いうちに顔を出しに行きたい。
もし会えない日がつづいてしまったら、ラディウスに話を通してもらうことも選択肢に入れなければ。
教室の前に行くと、レンは半分開いた扉から見えた光景に気を取られた。
そこにはセーラ・リオハルドが机に突っ伏していた。先日、図書館で見せたように試験対策で疲れきった様子を見せてしまっている。
レンはいま、同じく扉の前にやってきたばかりの少年と顔を見合わせて笑みを繕う。
「や、レン」
「おはよ、ヴェイン」
勇者ルインの末裔、ヴェインという少年だ。
途絶えたとされていた勇者の末裔として昨年から名を馳せはじめ、ウィンデアの戦いでは仲間の誰より勇敢に戦った。
二人は同時に教室に足を踏み入れると、レンはセーラを近くの窓の前で見守っていたリシアの隣へ向かった。
一方、ヴェインはセーラの傍に行き話しかけた。
「セーラ、昨日話してたことなんだけど、今日はカイト先輩の屋敷で勉強をしようってなってて」
「そう……いってらっしゃい、私も学院で頑張るわね」
彼らが話しているすぐ近くでは、レンとリシアも言葉を交わす。
「ねね」
リシアがレンに若干顔を寄せる。
春先から変わらず異性を羨ましく思わせてやまないその距離感。それは意外にも、無意識の産物だ。
「放課後に勉強会をしようって話してたの。ネムはさっきどこかに行っちゃったけど、みんなでしたいって言ってて」
リシアたちが勉強会をするなら、さっきラディウスから聞いたばかりだし、
(それなら、神殿に行ってみてもいいかな)
戦神の神殿を見に行ってみてもよさそうだ。
「ちなみに、勉強会はどこでするんですか?」
「図書館になると思う。私が廊下でフィオナ様と話してたら、ふらふらしてるセーラをネムが連れて歩いてたんだけど……」
「そそ! セーラちゃんが困ってるのを見て、イグナート様が提案してくださったわけだよ!」
気が付くと隣に立っていたネムの声に、レンとリシアが同時に彼女へと顔を向けた。
シャツの上に、フード付きの上着を羽織った姿。腰に携えたベルトにいつも工具や魔道具をぶら下げている快活な少女――――それがネムだ。
彼女は存在感のある胸元を張るように自信満々に、そして自慢げな表情を浮かべて言う。
「それで、ネムもお願いします! って即答しちゃったのさ」
「ってことは、四人で勉強会なんですね」
「そーゆーこと! ってか、アシュトン君も一緒に勉強しない?」
「えっと……俺は参考書とかを見に行きたいので、それが終わったらまた学院に戻ってこようと思います」
それをはじめて聞いたリシアが小首を傾げた。
「そうなの?」
「最近の授業は大変ですしね」
「りょーかい! それじゃ、今日もがんばろーねーっ!」
レンは再び明るい声で言ったネムが離れていくのを見ながらリシアに言う。
「――――っていうのは半分嘘なんですが」
「そんなことだろうと思ってた。でも、本当の用事って?」
「戦神の神殿に行ってみようと思ってます。ラディウスから、ルトレーシェがいるかもしれないって聞いたので」
春先からレンがルトレーシェと何度か話していたことは知っていたし、彼女がアシュトン家のことについて何か知っていそうなことも耳にしている。
ウィンデアの騒動が終結してから一度も話していないから、ということも理解できるが……。
「……むぅ」
リシアはレンが教室の様子を眺めはじめたところで、彼の横顔を見ながらそんな声を漏らした。
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