この春から最近までのこと。
基本的に夕方や夜の更新を予定していますが、お休みや変更が入る場合はXにて告知の予定です。
来月発売の原作7巻ともども、どうぞよろしくお願いいたします!
迫る試験のための勉強に疲れたレンは、甘めのミルクティーを一杯飲み干したところでようやくノートを閉じた。
「よし……っと」
レン・アシュトン。
母から受け継いだ濃い茶髪と、両親に似た色の瞳。整った顔立ちは中性的で、季節が変わるたびに大人びてきていた。
窓に映る自分を見ると、目線が高くなってきたのもわかる。
彼は椅子に座りながら強張っていた身体を伸ばし、吐息交じりの声を漏らす。
「あれ、もうこんな時間だったんだ」
休むことなく試験勉強に励んでいた影響か、思いのほか疲れていたことに気が付いた。いつもなら夕食をとっていたはずの時間がとうに過ぎている。
試験勉強をつづけようにも、まずは休憩も兼ねて夕食にしておきたい。
レンはそう考えながら自室を出ると、ふと廊下の途中で足を止めて窓の外を見た。
少し前に入学式が終わったばかりな気がしていたが、気が付けばウィンデアでの騒動を経て、もう初夏といえる季節が到来していた。
この季節なこともあり外はまだ明るく、茜色の空が広がっていた。庭園を彩っていた花々も色を変え、瑞々しい緑が目立っていた。
そんな様子にレンが気を取られていたところで、
「レンも試験勉強の息抜き?」
鈴を転がしたような、澄みきった声が届いた。
レンが振り向けば、そこに彼女の姿があった。
「リシアもですか?」
「ええ。集中しすぎて夕食を食べてなかったから、そろそろ休もうかなって」
彼女はレンの傍に足を運び、微笑を浮かべた。
窓の前で立っただけ。それだけでも、二人の間の物理的な距離は以前より若干狭まっているようにも見えた。
「もしかして、レンも夕食がまだだったとか?」
声を弾ませて、さながら歌うように。
蒼玉色の瞳は凛と気品に満ち、白銀に紫水晶を溶かし入れたような髪へ落ちた艶が淡く輝く。
妖精のような可憐さと、類まれな美貌を併せ持つ容貌が聖女の二つ名を表しているかのよう。
それほど愛くるしい少女の問いかけに、
「俺も集中しすぎてたのかも」
とレンは答えた。
「ふふっ、思った通り」
楽しげに笑うリシアは、無意識のうちに自身の魅力のすべてを彼に向けていた。
彼女は楽しそうに言った後で何か思いついた様子を見せ、「ねねっ」と人懐っこい笑みを浮かべた。
「じゃあご飯、一緒に行かない?」
「俺も食堂に行くつもりだったので、それはもちろん――――」
「ううん。そうじゃなくて、外で一緒にってこと」
「えっと……外ですか?」
リシアがレンを見上げたままに。
「ダメ?」
とはいえ、もとよりレンに断るつもりもなかった。
「たまに外で食べるのも楽しそうですし、行きましょうか」
「じゃあ決まり! それで行きたいところなんだけど……大時計台広場の近くはどう?」
「そういえばあのあたりって、最近は新しいお店も多いんでしたっけ」
「ええ。ちょうど大時計台がライトアップされてると思うんだけど、どうかしら」
大時計台といえば、ここエレンディルの象徴とも言えるもの。レンとリシアが引っ越してきてすぐに襲撃を受けたあの場所だ。
周辺の広場には広い自然公園も隣接していて、訪れる人たちの人気を博している。
食後に少し歩けば気分転換にもいいだろう。それに、リシアにしてみれば二人で過ごせる時間だから、それ以上に嬉しいことはなかった。
二人が誰かに一言伝えてから出発しようとしていたところで、ちょうど近くに給仕の姿が見えた。
「あっ、ちょっといい?」
「はい。何かございま――――」
言いかけたところで、給仕は近くにレンがいたことに気付き予想する。
「ご夕食をこれから外で、というところでしょうか?」
「そうだけど……どうしてわかったの?」
「もうすぐ試験ですから、ご夕食を忘れていたのではありませんか? 休憩中にお会いになって、お嬢様からせがまれたものだと」
「そっ……それは間違ってないけど……でも……!」
一から十まで看破されてしまって、リシアは不満そうにも照れくさそうにも見える表情を浮かべる。
どうせバレてるんだし……。
リシアは異を唱えることはなかったが、ややつんとした声で言った。
「そういうことだから! ちょっと出かけてくるからね!」
くすくす笑いながら「かしこまりました」と応じた給仕が不意に、レンに顔を寄せて声を潜ませた。
「お嬢様をお願いいたします」
「ね、ねぇ! 近すぎるってば!」
「お気になさらず。ご当主様へは私からお伝えしておきます、と申し上げただけですから」
「それだけなら、そんなに近づかなくても……!」
やきもきさせられたのか、唇を波線のように結んだ白の聖女。
彼女はとうとう我慢できずにレンの腕をぐいっ! と引き寄せ、互いに外出の支度をすべく歩きだした。
少しして外に出ると、茜色の空は徐々にその色を変えていた。
歩きはじめてすぐに少しずつ暗くなりはじめたが、代わりに祈りの町エレンディルの大通りに立ち並ぶ店の灯りと、街頭から降り注ぐ橙色の灯りが周囲を照らす。
まるで夜の逢瀬のような雰囲気の中、レンの隣を歩くリシアの足取りは軽い。
「大時計台の広場のほうでしたっけ。帝都にあるレストランが支店を出したのって」
「そうよ。メニューは帝都と違うみたいだから、ずっと気になってたの」
「俺も気になってたのでちょうどよかったです。帰りはどうします? 勉強ばっかりですし、気分転換に散歩していくとか」
「ええ。大時計台も楽しみ」
白の聖女はうれしい提案に心ときめかせながら、魔剣使いの少年としばらく歩く。
人で賑わう大通りの片隅にて、とりとめのない話をつづけていた二人はふと……つい先日、帝都で話したことを思い出した。
『……その前に、中間考査がありますけどね……』
『……訓練の前に、いつもの部屋で勉強する?』
『……そうですね』
レンの声にリシアとフィオナが応じた、あの夜。あれから数日しか経っていないとあって、二人があの騒動のことを思い返すのは容易だった。
同時に、そのさらに前に過ごした日のことも頭をよぎる。
これほどいつも通りのエレンディルを見ていたら、それも自然なことだった。
「もうすっかり、あのときのことがなかったみたい。帝都の近くにも魔王教徒たちが現れたのに、少し経っただけでいつも通りね」
「あのときはリシアたちが頑張ってくれましたしね」
「ううん。私たちはクロノア様がエレンディルに来てくださってたから、ご一緒させていただいただけ。レンたちのほうがずっと大変だったでしょ」
魔王教の司祭、その名をオルフィデといった。
かの実力者は魔王教がかねてから動いていたことに関連して、水と風が眠る場所・ウィンデアに隠されていると言われていた水の女神の指輪を求めて暗躍していた。
しかし、それすらも上回る速度で探索を終え、その聖遺物を確保していたレンのおかげで奪取されることはなかった。
一方、その情報を知らなかったオルフィデは、水の女神の力が高まるとされる水の聖日になると再びウィンデアへと足を運ぶべく暗躍した。
レンも知る七英雄の伝説のように多くの企みのもとで動いていたが、それすらもレンやラディウスによって封じられてしまう。
『この物語を描いたのは、貴方でしたか』
水と風が眠る場所・ウィンデアへやってきたレンと対峙するうちに、オルフィデは誰が真の黒幕だったのかを看破した。
「でもあのとき、レンが急にウィンデアに行くって言いだしたから驚いちゃった」
「あはは……あのときは俺も、結構焦っちゃって」
本来であれば、オルフィデの相手は勇者の末裔であるヴェインたちに任せるつもりだった。レンはエレンディルに残り、リシアやフィオナの傍にいようと思っていたから。
それに、七英雄の伝説Ⅱを一周しかできていなかったレンには、すべての情報を確実に網羅できているという自信がなかった。ラディウスたちと協力して調べていた情報もあったけれど、それでも近くで守るべき存在は揺るがなかった。
それにもかかわらずウィンデアへ向かったのは、やはり突然見せつけられた不思議な光景によるものだろう。
『弱かったあなたは選べなかった。あなたは罪深い人ね、レン・アシュトン』
イヴという名の少女。
レンが先の騒動で戦いに行く前に見た夢の中で、そう名乗っていたはず。
夢の中で語られた意味深なこと。いくつものことが気になっていたけれど、中でもレンが気にしていたのは、
……確かレン・アシュトンが、アシュトン家の血に翻弄されてるって言葉。
白の聖女と学院長の惨劇の後、イヴはレン・アシュトンにその血筋が関係しているような言葉で含みを持たせた。
惨劇の真相を気にしていたレンにしてみれば、ようやく得られたといってもいい情報だった。
◇ ◇ ◇ ◇
想像していた以上の美食をリシアと楽しみ、レストランを出て二人で散歩しながらも……レンは再びイヴのことを考えてしまっていた。
大時計台広場に隣接した自然公園を散歩中、考え込む彼の横顔を見たリシア。
「また、例の人のことが気になってるの?」
リシアが勘付いた。
彼女に顔を向けたレンは「すみません」と口にして、こんなときに考え事に耽ってしまったことを謝りつつ苦笑い。
「謝らなくていいの。というか、私だって気になってるんだから。その人が魔王教の教主の妹ってこともあるでしょ?」
イヴと教主メダリオの関係も、レンはあの不思議な光景の中で知らされていた。
「みんな、前より魔王教のことを考えるようになっちゃってるものね」
「魔王教の動きが大きくなってきてるのもあると思いますけど、俺たちが新しいことを知ってるからなのかも」
「確かにそれもかしら」
相変わらず魔王教の狙いははっきりしていなかったけれど、以前も話したように、レオメルを狙うことで魔王の復活に近づく何かがある。
それ自体はレンもリシアもわかっていた。
魔王教の動きが活発化してきたこともあるから、その行動原理が明らかになる日も遠くなさそうだった。
だが、それはそれとして、リシアの視線がレンの片腕に落とされた。
「話が少し変わっちゃうけど、今日は腕の調子はどう?」
「もうほぼ本調子だと思います。オルフィデが残した呪いも、やっとほとんど消えた……みたいな感じですかね」
司祭オルフィデが死に際に放った呪いの力がレンの腕を蝕んでから、まだそう長い時間が経っていない。常人であれば触れただけで命を奪われていただろう呪いだったが、レンはそれにも耐えてエレンディルに帰還した。
想像以上の再生能力をオルフィデが誇った理由は、レンが知る流れとは別に魔王教が神殿への襲撃を激化しており、奪った聖遺物も使ったから。
あの夜の出来事から、このことは明らかだった。
それと、もう一つ――――。
「権能ノ剣がなかったら、もっと大変だったのかしら」
それがあの夜の戦いを優位にすすめたことは勘違いではないはずだ。
『勇者の力ではない! それなのに何故、私の力を否定できるのです……!?』
オルフィデが戦いの途中で口走った言葉により、レンが行使する権能ノ剣の効力も、確証を得たと言えるほどではないが解明に近づいている。
権能ノ剣は、剛剣使いが剣聖にいたった証の戦技だ。
破壊力とは別で特殊な効力を持つが、その効力は使用者によって違いが出る。わかりやすい効力を発揮することもあれば、レンのようにしばらく効力が不明という極めて稀有な例もある。
レン自身、まさか神性を帯びた再生能力にまで影響を与えるとは思ってもみなかった。
「それにしても、レンの権能ノ剣は不思議な力ね」
くすりと可憐な笑みが重ねられる。
「不思議ってことは自覚してますよ、俺も」
「でもいいと思う。神性に作用する力は珍しいし、あの司祭みたいな敵が襲ってくるかもしれないでしょ?」
「そうですね……不思議って言えば不思議ですけど、よかったと思ってます」
間違いなく無駄にはならないから、これからも効力を確かめられる機会があればと思う。
「――――ちょっと話がそれちゃったけど」
リシアがそう言い、レンの腕に目を向けた。
彼の腕に残されていた呪いは、白の聖女の力と黒の巫女の力により少しずつ浄化された。そうしなければ、いまのレンは全身に広がる呪いに苦しんでいたかもしれない。
「もう一度聞くわね。痛みは少しもないの?」
「……ないですよ?」
「……ふぅん、私に嘘をつくんだ?」
実際、極まれに微妙な痛みを感じることはある。一瞬の逡巡すら見逃さないリシアの声には、レンも観念させられる。
リシアはレンの手に指先を軽く押し付け、暖かな光を送り届けた。
今日もアクセスありがとうございました。
また、原作7巻の予約がはじまっております……! 今回もボリューム満点の一冊となりますので、どうぞよろしくお願いいたします!




