夏へつづく日。
更新再開まで大変、大変長らくお待たせいたしました……。
また、今日までの長い間お待ちくださった皆様へ、この場を借りてお礼申し上げます。
今回の7章ですが、一か月少々の期間に亘って更新の予定です。引き続き全力でご用意させていただきましたので、どうかお楽しみいただけましたら幸いです。
それでは、7章を何卒よろしくお願いいたします……!
それは戦いが終わって間もない日の夜。
先の騒動の余波が僅かに残り、しかし落ち着きを取り戻しつつあったレオメル帝国……その帝都の一角で。
夜空の下、リシアがレンへと話しかけていた。
「ねぇレン、今度は一緒に訓練しない?」
「獅子聖庁でってことですか?」
「ううん。この前、私たちが学院の訓練場でしたみたいにってこと」
レン、リシア、フィオナの三人は放課後になってもすぐには帰らず、帝都にいた。公園に足を運び、冷たい飲み物を片手に夜空の下での時間を楽しんでいたのだ。
リシアと話していたレンが、ふと思い出したように唇を動かす。
あの熾烈を極めた戦いから間もない。そうは言っても、学生の三人には忘れてはならないことがある。
「……その前に、中間考査がありますけどね……」
彼の声に、リシアとフィオナが短く息を吐く。
二人は自然と顔を見合わせ、声を落とす。
「……訓練の前に、いつもの部屋で勉強する?」
「そうですね……」
今日まで忙殺される日々を過ごしていたせいか、そのことがすっかり頭の中から抜け落ちていたらしい。
戻ってきた日常にあっても、あまりゆっくりしている暇はなさそうだった。
やがて。
「――――あっ、もうこんな時間ですね」
「ほんとだ……私たちもそろそろ帰らないと」
フィオナの言葉を合図に三人は公園を離れ、再び帝都を歩いた。
大通りに出ると、とりとめのない話を交えつつ――――レンが言った。
「夜になっても、結構暑くなってきましたね」
「最近まで春だった気がするのに、気が付いたらもう夏も目前ですものね」
「去年もいつの間にか夏だった気がするわ。獅子王大祭の準備であっという間に春が終わっちゃったし」
「あー……そんな感じでしたね。おかげで去年は中間考査の時期もずれてましたし」
入学試験も苦労させられたが、入学してからもしっかり生徒を困らせる試験だ。一つ騒動が落ち着いても、落ち着ききれない理由がそこに詰まっている。
エレンディルに帰ったら参考書を開いてみようと思う。
そう、レンは密かに考えを強めると、ぽつりとその思いを口に出した。
「少しくらい、進めておかないと」
それは夏が迫る、ある夜のことだった。
そして――――朝に。
エレンディルのクラウゼル子爵邸で目を覚ますのも、これで何度目だろう。
いつもより早く目を覚ましたというのに、夏の訪れが近づくにつれて日の出も早まり、外はもう随分と明るかった。
レンはベッドの上で身体を起こして軽く伸びをすると、立ち上がり窓の前へ足を運ぶ。
そこで、彼の視線は自分の片腕にそっと下ろされる。
「腕も、もうほとんど大丈夫かな」
いまでこそ痛みはほぼないし、見た目にも違いは目を凝らさなければわからない。
しかし、ウィンデアで戦ったときの名残は僅かに残されていた。そのことを再確認したレンは、ふっと息を吐いてからシャツのボタンに手をかける。
シャワーでも浴びて目を覚まし、朝の身支度をはじめよう。今日もまた、学院での授業が待っているのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから幾日か過ぎて、休日。
国境沿いに設けられた中立都市に、レンはいた。
ここはレオメルに限らず、周辺国の人間も多く通うターミナルとして知られていた。
歩いているだけでも、帝国では見られない異国情緒すら感じられる地だ。レストランでの食事に加え、歩いている人々の服装だって、普段は目にすることができないものばかり。
レンは目立たないローブを羽織り、一見すれば旅人の出で立ちで通りを歩く。行きかう人々の声を耳にしながら、魔導船乗り場を目指していた。
その雑踏に紛れて、彼の耳に届く声。
……魔王教だって言われてた奴らは、ただの族だったってよ。
……ついこの前も襲撃があったが、それに乗じたのか。
今朝、終わりを迎えたばかりの騒動のこと。
ただの冒険者崩れたちだった。剣や魔法の扱いに長けていた一団だったが、たった一晩のうちに壊滅。
依頼が掲出されていた冒険者ギルドにて、その依頼が完遂とされる。
通達を受けた騎士たちが足を運び、賊たちを牢へ運んだという。
いったい誰がそのようなことを成し遂げたのか……冒険者ギルドは特別な機密保持に基づき、騎士たちへは誰が騒動を終結させたのか語らなかった。
詳細は、中立都市を離れて帝国のごく一部の人物にしか知らされないとして。
「――――もう、だいぶ暑くなってきたかな」
周囲の者たちが口にする話題と違い、彼の仕草はとてものんびりとしており、何より彼らしい。
魔導船乗り場に向かうまで度々似た話題を耳にしたが、いずれも彼は気にした様子を見せなかった。
やがてたどり着いた魔導船乗り場に響く案内の声。
『エレンディル行き――――間もなく――――』
魔導船の中に見えたロビーは高級な宿の受付に似た広間が、各国の客人を迎えていた。先ほどの案内を聞いたレンが空いている受付を探していると、同じように周囲を見回していた人と身体が軽くぶつかる。
「すみません! 大丈夫ですか?」
「平気だよ。それと、悪いのはこちらもだから気にしないでほしい」
聞いていて心地のよい声と、どこか少年のような口調だった。
鮮やかな菫色の髪を肩甲骨より少し上まで伸ばした、眼鏡の似合う綺麗な女性。年の頃はレンよりも、五つほど年上のように見える。
女性がぶつかった拍子に落としてしまった本を拾うために膝を折れば、すぐにレンも彼女に倣った。
「汚れてたりしませんか?」
「うん、大丈夫みたい。気を遣わせちゃってごめんね」
数冊の本を手に取って立ち上がると、女性はそれらを胸の前に抱えてにこりと笑った。
「本が好きでね。ここにも珍しい本があるって聞いて来てみたんだ」
「俺も好きですよ。……って言っても、気になったらなんでも読んでみるってだけなんですけど」
「すごく素敵だと思う。私もいろんな本を読みたくて世界各地にある本を探してるから、似たようなものかもしれないね」
「それじゃ、昔から本のために旅を?」
「そう。だって本は――――」
彼女はレンの答えに気をよくした様子で話した。
「唯一、神々の影響を受けない世界の記憶だから」
突然の難解な表現に面食らったレンが目を点にしていると、女性はその様子がおかしくて笑みを浮かべた。
どう答えるべきか迷ったレンが近くの受付が開いたのを見て、女性に「どうぞ」と言って先を譲った。女性はにこりと笑みを浮かべるとすぐに受付へ向かい、手続きを終えてからレンの元へ戻った。
「ありがとう。お互いにいい旅を」
「はい。では、俺はそろそろ」
互いに別々の魔導船に乗る身とあってか、別れの言葉もそれはもう簡素なものだった。
女性はレンに背を向けて歩きはじめたのだが、ふと足を止めてレンを振り向いた。
受付へ向かう彼の背を見て。
「――――まだ少年なのに剛剣使いだなんて、珍しいね」
と、誰の耳にも届かない小さな声で。
それから女性は、今度こそ魔導船へと搭乗した。
一方、搭乗手続きを済ませたレンはしばらく歩いて魔導船に乗り込み、予約していた客室へまっすぐ向かった。
中に入ると、彼はようやくローブを脱ぐ。
やっと息をつくことができる。持っていた鞄と一緒に適当な場所に置くと、知らぬ間に強張っていた身体をほぐすように動かす。
部屋に入って間もなく添乗員が訪れて夕食はどうするか、などサービスに関わる話をすることもあったが、それもすぐに終わって窓枠へ腕をついた。
窓いっぱいに広がる景色が、空へ向かうのにつれて遠ざかる。
その景色を見ながら、今回の遠出のことを頭に思い浮かべて考える。彼の心にはいくつかの感情が生まれたが、どれもすっきりしないものだった。
「……そう簡単にはいかないかー」
窓の外を見ながら、仕方なさそうに呟いた。
今回の遠出は、先の騒動を経てレンが魔王教の情報を集めるためにしていたこと。
たとえば冒険者ギルドで、あるいはラディウスやユリシスと協力して集めた痕跡を追って……とか。
だが、それらしい情報を得ることができなったから、レンはため息をついたのだ。
……彼は気が付くと窓際の椅子に座ったまま寝入ってしまい、窓いっぱいの空は真っ暗だった。
星々は見えるが、これが夜なのか早朝なのか曖昧だ。目を覚ましたレンは腕時計を見て、これが早朝に近い深夜であることをようやく確認できた。
座ったまま寝ていたせいで身体の強張りを感じていると、
『間もなく、空中庭園でございます』
客室にも届く案内を耳にして、また十数分後。
遂に空中庭園へ降り立った魔導船からタラップが伸び、高層階へとレンが足を下ろす。
地上階に比べて少し強めの風で髪を揺らしながら、レンはやっと帰れたことを実感した。
久しぶりの更新となりましたが、ご覧いただきありがとうございました。
また、ここでお知らせを失礼いたします。
『物語の黒幕に転生して』原作7巻が1月17日に発売予定です!
ちょうどweb版の連載が落ち着く頃になるかなと思いつつ、今回も書籍版だけの要素として数万文字の加筆や改稿など、数多くご用意させていただいております。
是非是非、書籍版にもご期待くださいね!
そしてシリーズに関連してのお知らせがいくつかございまして、こちらも近日中にお知らせに参れたらと思います……!
それでは改めまして、7章1話をご覧いただきありがとうございました!
つづく展開も、どうぞよろしくお願いいたします!




