春の訪れとともに。
本日2回目の更新です。
このひとつ前にも更新がありますので、お間違いないようお願いします。
レムリアの最初の持ち主は、昔の皇族だ。
皇族から依頼されてヴェルリッヒが作り上げたのだが、その皇族が無理な使い方をしたせいで炉が破壊され、骨組みにも影響を与えるほど破損していた。
それがようやく、試験飛行できる目途が立つまで修理が進んだとのこと。
「立派なもんだろ! これが修理と改良を重ねたレムリアだぜ!」
空中庭園にあるドックの一角で、鍛冶師兼魔導船技師のヴェルリッヒが高らかと。
昨晩、話を聞いて間もないレンがリシアとともにここへ足を運んで、ほとんど修理が済んだレムリアを見に来ていた。
ドックの足元、鉄製の武骨な床の上に立つ二人が言葉を失っていた。
これが空を飛んでいたら、どれほど美しいのだろうと想像させられて。
「春には長距離飛行もできるようになるぜ! 近いうちに試験飛行をして――――って、おい二人とも! なに黙ってんだ?」
「すみません。素直に感動してました」
「私もです。こんなに綺麗な魔導船、はじめて見ました」
二人の反応にはヴェルリッヒが珍しく照れくさそうに鼻先をかき、誇らし気にレムリアを眺めた。
「ああ、すげーだろ」
レムリアの見た目はレンが以前見たときからほとんど変わっていない。
内部はいくつかの部屋に分かれているが、客を乗せる一般的な魔導船よりも小さい。
弾丸に似た形の上部は魚のヒレを思わせる半透明の翼が折りたたまれており、磨き上げられたクリスタルのように輝いていた。はじめは皇族の魔導船として作られたからか、そこにもいくつかの飾りは健在だ。
それらの上部に連なる下部が、帆とセイルがない帆船のよう。
レンが前に抱いた印象、空飛ぶ船と言わんばかりの威容がより磨かれていた。
「見た目とか大きさなんかはあんま変わってねーが、炉の出力に手を加えたことの影響で内部は色々と手を加えてんだ。まずはメインの炉が魔力に対しての感応値が――――それで出力を上げるための係数も計算し直して――――」
彼の説明を理解することはできなかったが、雰囲気でわかったことがある。
このレムリアはヴェルリッヒが言ったようにかなり手が加えられていて、中身は以前と別物と言い切れるようだ。
アスヴァルの角が、そして昨年レンがラグナから貰った龍脈路が。
そこにヴェルリッヒという技師の腕が合わさり、レムリアが更なる力を得て蘇った。
「操縦者は俺で登録しとくからな。こいつを操るのは難しいし、そうしといたほうがいいだろ」
「魔導船って、そういうのも登録が必要なんですか?」
「なーに言ってんだレン、当たり前だろ。姉御の魔導船だってドレイク家の人間以外に、俺様の名前も登録してあるんだ。その辺はしっかりやっとかねーとな」
「わかりました。と言っても、その辺りはレザード様が確認されると思うんですが」
「俺もそう思ってはいるが……実際、どうなんだ? こいつの所有権って」
そんなの、クラウゼル家に決まっている。
レンがそう言おうとすると、リシアが先に口を開いた。
「レムリアは陛下からエレンディルとともに賜ったものですので、所有権は当家にあります」
だが、領地と違い下賜された品という一面も。
「ですが、使用権をはじめとしたいくつかの項目には、レンの名前をお父様の名前と併記すると聞いております」
「らしいです。ちなみに、いまの話を俺ははじめて聞きました」
「私も今朝聞いたばっかりなの。別に秘密にしてたわけじゃないんだからね」
「がーっはっはっはっ! なるほどな! まぁ言いたいことはわかるぜ! レンのおかげでレムリアは直ったようなもんだ。そりゃ、レザードの旦那もそうするだろうよ!」
皇帝から下賜されたものの所有権を簡単に委譲するなどあってはならない。
それでもできる限り、この魔導船はレンのものでもあると明記される。実際、春に使いたいと思っていたレンには丁度よかった。
「試験飛行は近いうちに俺がやっとく。まだ完全に安全か約束できねーから、俺一人でな」
彼はそう、頑なに言い切った。
◇ ◇ ◇ ◇
そんなことが朝にあってから。
空中庭園のドックであったことをリシアがフィオナに話していた。学院にあるいつもの部屋で、レンも交えた三人で。
「もうすぐ試験飛行をされるみたいですよ」
「ふふっ、私も今度拝見したいです。……ところで、」
レンは会話に交じらず、地図と睨めっこしていた。
「んー……」
彼が普段あまり見せることのない、悩んだ様子でペンをくるくる回している。
「レン君はどうされたんですか?」
「多分、ウィンデアへ行くことで何か迷ってるんだと思います」
「ウ、ウィンデア? どうしてあそこに行くんですか?」
リシアがわけを話し、すぐに「そうだったんですね」とフィオナが言った。
二人の声はレンの耳に届いていなかった。
いや、正確には届いているが、言葉として聞いているというよりは、二人が何か話しているなー程度の認識でしかない。
レンは引きつづき地図を見つめて、
「これもラグナさんと相談かな」
そう呟いて、三人でいる空間に意識を戻す。
「お二人とも、どうかしましたか?」
「ううん。なんでもない」
「ええ。なんでもありませんよ」
少女二人に視線を向けられていたことにようやく気が付き、とぼけるでもなく本心からそう尋ねれば、少女たちは笑っていた。
十数分後には、
「おや? 皆、いたのか」
この部屋にラディウスがやってきた。
彼につづき、ミレイも姿を見せる。ケットシーと人の混血である彼女の猫耳はぴんと立ち、尻尾は緩やかに揺れていた。
獅子王大祭のときと同じ面々が顔を揃えると、昨年の春から夏の賑わいが思い出される。
「ん?」
ラディウスがレンの隣の席に腰を下ろそうとしたら、
「地図か。見たところウィンデアの近くに見えるが」
「うん。春になったら行こうと思って」
「……よくわからんが、旅行か?」
ラディウスにも理由を話せば、彼も訳知り顔で「ああ」と。
「恐らくだが、そんな紋章付きを受託するのはレンくらいだろう」
「同じことをラグナさんと話したよ。別に春になってからすぐに予定があるわけでもないし、気になってたこれとだからいい機会でしょ」
「確かにそうだろう。しかし……相変わらず活動的だな、レン」
「まぁ、色々とわかってきたところだしね」
するとラディウスが「悪くないか。しかし、ラグナも先に私へ話してくれたらいいものを」、そんな独り言を口にしたあとで、
「魔導船はどうするんだ?」
「レムリアを使うか、ラグナさんに用意してもらうか考えてたとこ。後は現地でどう動くとか、一緒に相談しようと思ってた」
近いうちに試験飛行されるということを聞き、ラディウスはそれを祝う。
すぐに懐から小さいメモ用紙を取り出し、何か書いてレンに渡した。
「なら、ラグナが泊っている宿を教えよう。帰りに寄ってみてはどうだ?」
「あー……うん。そうする。ちょっと確かめてみたいこともあるし」
レンはそう言い、頭の中で壊れたカギと水の魔剣のことを考えた。
先日は話が急だったし外で召喚するにしても目立つ場所だったから避けていたが、ウィンデアへ行く前に調べても損はないと思って。
「夏か秋かまだわからんが、私が皇太子になったら禁書庫の件も協力できると思う」
「ありがと。期待してる」
あまりにも自然に話をつづける二人に、
「お二人とも。こちらの二人が困惑してるから、ちゃんと説明してあげてほしいんですニャ」
皇太子、言葉の意味を説明する必要はない。
話すべきことは、その皇太子にラディウスがなるということと、すでにレンが知っていた事実。
後者については彼ら二人の関係から想像はつくが、
「まだ知る者は限られているのだが、私はいずれ皇太子になる。しばらくは秘密にしてくれ」
またさらっというのだから、聞く方も驚くばかり。
(ユリシス様、フィオナ様にも教えてなかったんだ)
それは彼女も驚いて当然だろう。
少女たちに目を向けられたレンは彼女たちがまるで、先日の自分に見えた。
皇太子の話はあまりつづけられず、ラディウスが「まだ先の話だがな」と言って、自ら話を区切った。
「俺たちは冬休みの勉強をしにきてたんだけど、ラディウスたちは?」
「ミレイの仕事の件でな。私も暇だからついでに来ただけだ」
「図書館で仕事? 調べ事とか?」
「そうじゃない。あと少し冬休みが終わるだろう? そしてすぐに四年次と別れる日、卒業式がやってくる」
「とゆーわけで、私も学生じゃなくなるわけニャ」
軽く言うが、ミレイがいなくなるのは寂しく思った。
これは仕方のないことだが、気持ちは別。レン、リシア、それにフィオナの三人はミレイと会う機会が激減するはず。
「ま、たまに様子を見に来るけどニャ~」
「ああ。ミレイは私の補佐官の立場上、ただ城で文官をするわけじゃない。春からは非常勤だが、この図書館の職員にも席を置く予定だ。つまり、我々五人の関係はほとんど変わらん。ミレイはたまに学院にもやってくる」
「おー……」
「どうしたレン、気の抜けた返事をして。いや、レンだけじゃないか。そこの二人も少し力が抜けているように見えるが」
「あ、あはは……すみません、私もリシア様も、寂しく思った矢先のことだったので……」
「ええ……またミレイさんとお会いできるので嬉しいんですが……」
「ニャハハッ! でもそういうものニャ! 皇太子補佐になる私がずっと城にいる方が変だからニャ!」
正論を説かれ、三人がそれもそうかと納得。
第三皇子ラディウスと、補佐官ミレイは年の差もあまりないことも都合がよく、城やその周囲の者たちにとっても調整しやすかったのだろう。このくらいの流れは不思議じゃない。
「ミレイさんの仕事の関係って、そういうことだったんですね」
リシアの声だった。
レンがラディウスに話しかける。
「卒業式があって、また少し経ったら入学式か」
「うむ。この時期は必ず忙しくなるな」
また、新たな春が訪れる。
今年はどんな春になるのだろう、レンはそんな思いに限らずちゃんと忘れていない。
「そっか……今年がそうなんだ」
レンとリシアが二年次に進級したその年の、ある日。
帝国士官学院、大講堂にて。
『なっ――――レ、レン!? お前、何をしてるんだッ!』
『見てわかるだろ? 俺はいま、彼女を殺したんだ』
七英雄の伝説で、リシアの遺体を抱えて姿を消す前のレン・アシュトンと、勇者の末裔ヴェインの掛け合い。
レンにとって、すべてのはじまり。
何がなんでも避けなければ、そう強く意識したはじまりの決意。
時期だけの話をすれば、今年それが起こるはずだった。
「レン? 今年がそうって何が?」
彼は自分の顔を覗き込んだ可憐な少女、リシアと顔を合わせて目を細めた。
「気にしないでください。ほんと、何でもないことですから」
まるで自分に言い聞かせるが如く、繰り返して。
そんなレンを見上げ、リシアはくすくす笑いながら「変なの」と言った。
こうして笑っている彼女を見るだけで、不思議と心が落ち着いてくる。
この日の帰り、ラグナにレムリアのことを話したレン。
例の壊れていたカギをもう一度見せれもらうとき、はじめから召喚して腰に携えていた水の魔剣に近づけるも、反応らしい反応は何もなかった。
直接的に、水の女神の魔力が宿っている品でないと駄目なのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇
冬の日々は、瞬く間に過ぎ去っていった。巨神の使いの騒動から、特に時間の流れが速く感じる。
卒業式は、三月に入ってすぐに執り行われた。
帝都にいくつも存在する名門の中でも、帝国士官学院はまた一味違っていた。来賓の数と質が学生の卒業式とは思えないほどで、周辺の警備体制もそうである。
近衛騎士団長や将軍なども出席する厳かな席は学院の大講堂で。
しかしそれでも、最後は卒業生たちの明るい声が響き渡った。
式が閉じられる宣言をクロノアがすれば、卒業生たちは学び舎で暮らしていたときと同じように年相応に、友人たちとの最後の語らいを楽しんだ。退場していく際も在校生の声を浴びながら、泣いていても確かな笑みを浮かべていた。
学院の外では卒業生が、在校生や教員たちも揃って別れの言葉を交わす。
庭園に植えられた木々が宿した花の色。青々とした空の下、数多くの卒業生が巣立っていく。
そんな、光り輝く日の昼過ぎに。
朝から昼まで卒業式が執り行われ、終わってから数十分も経っていなかった頃に。
「な、なぁ! レンを見なかったか!?」
ヴェインが校舎を駆け、今日まだ話すことができていない級友の姿を探していた。
お休み前なので1日2回更新ということで投稿いたしました。
引き続き、書籍版とともに何卒よろしくお願いいたします……!




