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摩天楼の戦い【中】

 突然現れたレンたちを見て、ひとりの男が声を上げる。



「――――おやァ?」



 庭園の最奥には黒曜石で作られたような石板、あるいは石碑が鎮座する。周囲を色とりどりの花々に彩られた、どこか神秘的な場所だった。

 いま、その鎮座したものの前に立っていた者が声を上げたのだ。

 他の者と同じく漆黒のローブに身を包んでいたその男は、手に豪奢な杖を一本持っている。



 僧兵が如く髪が剃られた頭皮には、複雑な文様の刺青が施されていた。双眸は白目がなく、代わりに黄金色が黒目を囲み、その黄金には赤黒い紋様が浮かんでいた。やせこけた顔立ちにそのギョロッとした目が、爬虫類のようだった。背はレンの倍とはいわずとも特筆すべき高さを誇り、なのに猫のように背を丸めて歩く姿が異様ですらある。



「おやおやおやァ……? まさかと思いましたが、第三皇子ではありませんかァ」



 呼吸を整え終えたラディウスが、疲労しきった足に鞭を打って歩いた。

 彼の前を獅子聖庁の騎士たちが歩き、その隣をレンが歩く。



「……レニダス司教(、、、、、、)



 ラディウスが口にした名を、レンは知らない。



「おォ! まだ私をお覚えだったのですか!」


「忘れるはずがないとも。帝都大神殿で司祭を務めていたそなたを、どうして私が忘れようか」


「ほっほォ……光栄にございます。帝都を離れて五年になると言いますのに、まだ私をお見知りおきだったとはァ」



 話を聞くうちに、レンも状況を理解しつつあった。

 気になるのは、そんな人物が何故、魔王教徒になっているのかだ。

 その気持ちを代弁するようにラディウスが言う。



「主神エルフェンに仕えていたそなたは、聖地にも名が知れた聖者だった。なのになぜ、その身を魔王教などという下賤な身へ落とした」



 すると、



「――――下賤? 我々が?」


「ああ。魔王に与する自らの立場、理解していないわけではあるまい」



 呆気にとられたレニダスが、丸めていた背をまっすぐ伸ばした。

 やはりこの男はとんでもなく背が高い。恐らく、純粋な人に限らず他種族の血も引いているからなのだろう。



「私は気が付いたのですよォッ! 本当に愚かなのはエルフェンだとねェッ!」


「……何が愚かだというのだ」


「言うに及ばず! 魔王を愚かと一蹴したラディウス殿下には、その尊さを説くべきとも思えませんなァッ!」



 いくら問いかけようと、レニダスは語ろうとしない。

 逆に魔王教徒らにラディウスとレンを威嚇させ、レニダスはニタニタと笑いながらゆっくり歩いてきた。



「殿下ァ……不思議なことに、大時計台の魔石が古いままなのですよォ……なぜです?」


「もうわかっているだろ。我らが貴様の企てを悟り、待ち構えていたからだ」


「……でしたら、何故なのですゥ? 名高きミリム・アルティアが作りあげた守りの力、それも見あたらないのはどうしてでしょう……?」


「ほう、気が付いたのか」



 守りの力がない?

 リシアから聞いていた話と違う内容に、レンが眉をひそめた。



「だが言うには及ばぬ。魔王に与する愚かな男には、その理由を説くべきとは思えん」



 レニダスの言葉を借りてラディウスが言えば、レニダスはピタッと立ち止った。レニダスを囲むようにしていた魔王教徒たちも、同じように立ち止っていた。



「――――いいでしょう。殿下を教主様の元へお連れして、そこで聞けばよいだけのこと。これはこれで都合がいい」



 教主? とラディウスが眉をひそめた。



(……アイツか)



 レンが教主の言葉に対してあることを思い出していると、だった。

 レニダスが腕を上げて指示を出したのをきっかけに、彼の部下と思しき魔王教徒たちがじりじりと彼我の距離をつめる。それを見て、共にやってきた獅子聖庁の騎士たちが前に出た。



 対するレニダスもそう。

 魔王教徒らに守られながら、不敵に笑っていた。



「殿下、ここにいる者らは下に居る者よりできるようです」



 一人の騎士が言った。



「そのようだ。だがそれでも、生け捕りを優先してくれ」



 難しいことを簡単に言い放つラディウスには、ただ言い放つだけの無責任な立場であろうという思いはない。

 彼はこの作戦に参加した皆と共にあった。



「皆、もし死ぬことがあれば私と共にだ。それに不服がなくば――――獅子王より受け継ぎし剛剣を見せよッ!」



 その檄は剛剣使いにとっての誉れである。獅子聖庁に勤める騎士たちにとって、皇族が命を共にするという言葉に昂らぬ者は皆無であろう。

 騎士たちは咆えた。剣を抜き、覇王の騎士のように突進した。



 剣と剣がぶつかり合う音。空を割く風魔法の音。

 魔法による炎が舞えば、辺りの景色を歪ませる。精緻に整えられていたはずの屋上庭園が、瞬く間に戦場へ変わった。

 ラディウスはその様子を見ながら、レンに声を掛けた。



「レン」



 淡々として、静かな声だった。



「私はそなたに謝らなくてはならないことがある」


「俺に?」


「ああ。私の力は覚えているだろう? ……それと、次に私と握手を交わしたことをだ」



 そう言われ、レンはラディウスが言いたいことを悟った。



「魔法的防御の力を秘めた防具をしていれば、私の力もひどく鈍る。先日のレンはそれをしていなかったから、少しだけそなたの力を覗き見かけてしまった」



 しかし、忘れてはならないことがある。

 ラディウスがレンの力を覗き見てしまったのは偶然だった。最初から覗き見ようとして握手を交わしたのではない。あのとき彼は、素直に握手を交わしたいと思っていた。



「見かけた、ってことは見てないのか」


「ああ。そなたの力を見通すことが怖かったのだ。握手をしてすぐ、私が知る何とも違う……人の世の次元にない力を垣間見た気がした」



 魔剣召喚についてだと思われるが、ラディウスはそれらを理解できなかった。

 理解できたのは唯一、レンの力のすさまじさのみ。ラディウスが言ったように、その力が人の世のそれにない力である――――そう思わされたということ。

 だが、



「私はレンの力を理解しきれなかったおかげで、別のことを理解できた」



 騎士と魔王教徒が戦う中で。

 二人は最奥のレニダスが大時計台の装置に手を伸ばしたのを見た。



「以前、クラウゼル領から天を穿つ光芒が生じたことがあった。ギヴェン子爵が起こした騒動と同じ頃の話だ」


「…………」


「あの光は帝都はおろか、天空大陸にも届いた。エルフェン大海を超え、西方大陸においても観測されたと聞いている」



 ラディウスがレンを見た。

 レンもまた、ラディウスを見た。



「話は変わるが、ユリシスもまたそうだ。いまなお娘の力をひた隠している。力をあけすけにすれば弱点を晒すも同然だからわからないでもないが、それにしてもユリシスの振る舞いは気になっていた」


「……ああ」



 半歩、二人の距離が狭まった。

 戦う騎士たちを傍目に、ラディウスはこの話は譲れないと言いたげに。

 それも騎士たちの強さを信用してこそで、彼らが魔王教徒らを圧倒しているのを見たからだ。



「バルドル山脈は未曽有の被害に見舞われた。それがすべて魔王教による仕業とは思えん。あのようなことができるなら、奴らは最初から帝都を狙っていただろう。であればこそ、あれは別の者が引き起こした災害に外ならぬ」



 戦いの音を聞きながら、猶もつづけられる。

 第三皇子が至った、その答えまで。



「――――たとえば、バルドル山脈に眠るとされていた、赤龍・アスヴァルなどだ」



 もはやレンも言葉にしないだけ。

 ラディウスがすべてを悟ったことは、変えようのない事実であった。



「仮にアスヴァルが復活したのなら、すべての整合性が取れる。ユリシスが隠さざるを得ない力を奴の娘が持っていたとすれば、すべてが繋がる」


「いいや、取れてない」


「ほう、何故だ?」


「じゃあ誰がアスヴァルを倒したんだ。アスヴァルは伝説の龍。七英雄が力を合わせてようやく戦えた相手なんだぞ」


「……そんなの、決まっておろう」



 ラディウスは片手に握り拳を作り、レンの胸元に押し当てた。



「レン、お前だ」



 確信めいた声音だった。



「そなたがユリシスの娘と共にあのバルドル山脈を脱し、いまこうして生きていることがその証明だ。ギヴェン子爵の件然り、そなたがすべての鍵となっている」



 レンは答えなかった。

 安易に答えていい問題ではなかったから、彼はラディウスから目をそらし、庭園の最奥にいるレニダスを見た。



「答えたくなければ、もう聞かん」



 が、そこでラディウスが引いた。

 あっさり、急にだった。



「しかしレン、そなたがこれまでの大敵に対し、命懸けでその死地を乗り越えて来た。これは否定できないはずだ」


「――――だとすれば、どうするのさ」


「どうするというわけではない。だが今宵、レンはこれまでと違う戦いを見せるはずだと思っただけのこと」



 レンが再びラディウスを見た。

 今度はラディウスがレニダスを見てしまい、レンと視線が交錯しない。その代わり、ラディウスの横顔は涼しげだった。



「これまでのような死闘は要らん。そなたが成すべきはそなた自身が申した通りだ。今度はそなたが、敵を蹂躙する戦いとなる」



 レンは確かに言った。



『――――一切の敵をねじ伏せる、そんな獅子になるよ』



 これは、いままでの戦いと違うことになることの証明だ。

 すべてレンが蹂躙されてきたとはいわない。彼は命懸けで勝利を収めてきたから、最後に勝ったのはレンだった。



 だけど、今回の戦いにそれは不要だ。

 レンに求められており、レンが成すべきはその力を示すこと。



「エドガーは言っていたぞ。レンは剛剣技こそ自分に劣るが、命のやり取りをすればその結果は想像できぬとな」


「光栄だよ。あのエドガーさんにそう言ってもらえるなんて」


「もう謙遜も要らぬ。だから、レン」



 ラディウスは二人の騎士を自分の傍に呼び戻し、レンに告げる。



「獅子になると言い放ったその真の力で、我らを刮目させてくれ」



 求められるは、レニダスの生け捕り。

 レン自身、そうするつもりでここに来たし、何が何でもそれを成し遂げるという命懸けの覚悟もあった。

 ラディウスに告げられてすぐ、レンが一歩、また一歩と前に進んだ。



「私を導いてくれるか? 戦友(レン)


「ああ。俺が戦友(ラディウス)を導いてみせる」



 ふとした瞬間、だった。

 先で戦う騎士も魔王教徒も、近づく圧に気を取られその手を止めた。圧の根源たるレンが一歩ずつ近づくにつれ、戦況が瞬く間に変化していく。

 騎士たちは何かを悟り、ラディウスの元へ引き下がる。レンを邪魔しないためにもだった。

 魔王教徒らは互いに距離を詰め、剣を構え杖を構えた。



「――――殺せ」


「――――殺せ」



 魔王教徒たちの声。

 風、炎、氷。多くの属性魔法がレンに牙を剥く。

 それらすべてがレンに肉薄しようとしたその光景を、ラディウスはまばたき一つせず見守った。同じように、騎士たちにも心配した様子はなく、彼らはレンがエドガーに試された日とのことを思い返した。



(赤龍の力とは、程遠い)



 こんなの、怖くない。たとえ物理では断てない魔法を前にしても、一切が恐れを抱かせるに力不足だ。

 レンは鉄の魔剣を悠々と持ち上げ、空を見上げ――――



「今日は――――星が良く見える」



 そんな言葉を口にして、横薙ぎ一閃。

 暴風、あるいは嵐。

 横薙ぎにより生じた風は圧の波と化して、押し寄せる魔法の束にその威を示す。次に生じたのは、魔法が破壊されたことによって生じた閃光である。



 一瞬だけ目を閉じたラディウスと騎士たち……彼らが次に目を開けると、視線の先にはレンが二本の剣を手に立っていた。

 ラディウスは身震いするような思いだった。

 先ほどの戦技はまさしくそう、



「――――ははっ。星殺(ほしそ)ぎを扱う少年など聞いたことがないぞ、レン」



 昨夏、エドガーがレンに披露した剛剣における戦技(アーツ)だ。

 それを用いること即ち、剛剣使いの中でも剣豪級に値する。

 言い換えれば、他流派における剣聖級だ。ゲームではリシアが至った剣聖と同等となる。



 もちろんラディウスはレンの急速過ぎる成長に驚きを隠しきれていない。

 だが、実際どうだろう。確かにレンは尋常ではない速度で剛剣使いとして成長しているが、それ以前の努力や経験を考えれば、このくらいの成長速度は当然ですらあった。



 常人には経験できない死闘をレンは幾度と繰り返し、常人では耐えられない鍛錬を積み重ねた。それらは、彼が幼い頃からだ。

 培われた資質とその技が、剛剣技の中で大きく花開いたということ。

 それまでの努力と命懸けの戦いあってこそ、レンはその成長速度を誇った。



 ――――レンの手に、力が込められた。



「お前たち程度の魔法なら、俺に届くことはない」



 殺げる。例外なく。

 恐れをなした魔王教徒らが魔法を連発してみせるも、一切がレンに届かない。

 ふと、レンが風のように駆けた。



「――――ホ?」



 情けない声を上げたレニダスへ向かう、鉄の魔剣の切っ先。他の小物を先に相手どるする必要は一切なく、敵の頭領から落としにかかった。

 前座なんて不要だ。

 いまのレンには、自ら意志に基づいて振る舞えるだけの力があった。



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