皇子の前でも鮮烈に。
この辺りの地形は事細かに把握している。
隅々まで探索したレンにとって、いくつかの情報があれば盗賊団のアジトと思しき場所を考えるのは容易かった。
被害に遭った者の場所、大地魔法、隠れるにちょうどいい場所……秘密裏に帝都を脱し、今日まで姿をくらました奴らの場所に、レンは一つ目星があった。
この周辺には、昔生息していた魔物の巣がある。山の中にあるそれは、フォレストワームの大穴と呼ばれる場所で、アリの巣状の地形だ。
(大地魔法を使わないと入れない隠しマップ……もう、そこしかないだろ)
諸々を鑑みてたどり着いた結論に向けて、レンはイオを更に風のように走らせた。
イオはイェルククゥから奪ったとき以上に旺盛で、疾い。魔物の血を引く馬であるイオは、瞬く間に目的の小高い山へレンを誘った。
僅かに残雪が散見される山の片隅で、レンがイオから降りた。
ほぼ直角の山肌を前にしたレンが、石と土のそれに手を当てた。ここで大地魔法を用いることにより、七英雄の伝説時代は地形に変化をもたらすことができた。山の中に縦横無尽につくられたフォレストワームへの入り口が現れるのだ。
フィレストワームはクラウゼル東の森に居たアースワームと似て非なる魔物で、こうした山に巣を設ける魔物だ。強さ自体はアースワームとより若干強いが、いまはこの辺りの個体が全滅したため生息しない。
ここにあるはずの巣は、過去の名残でしかなかった。
では、大地魔法を扱えないレンがどのようにして地形に変化をもたらすのか、課題はこれだ。
「お」
幸いなことに、盗賊団の者が大地魔法を用いたと思われる痕跡があった。
地形は自然に溶け込むよう見事に偽装されているが、触れてみるとその表面が他の場所の表面と違い柔らかい。砂利がさらさらっと落ちてきた。
おかげで。鉄の魔剣や大樹の魔剣を用いた力技に頼らずに済む。
レンは鉄の魔剣を抜き、山肌に向けて縦に一閃。これは力技と違うのかと思わないでもなかったが、この一閃で山肌に丸い形の穴が開いたことから、レンの中では力技に値しなかった。
「イオはどうしよっか」
「ヒヒン」
外に置いていくのも危ないと思った。
そこでイオがついて行くと言っているように嘶いたため、レンは手綱を引いたままフォレストワームの巣に足を踏み入れた。
中は広く、大人が十人は並んで歩けそうだ。
レンが知るこの空間は真っ暗闇だったはずなのに、等間隔に並んだトーチに火が灯されていた。
「やっぱここか」
宝箱などがあった記憶が残されているのに、その形跡もない。代わりに何者かが生活していたような痕跡はいくつも見つかった。
猶、イオはつまらなそうに欠伸をしている。
「眠い?」
「……ブルゥ」
どうやら眠いのか、退屈なようだ。エレンディルに帰ったらブラッシングをして休ませたいところである。
レンはイオと語らいながら辺りを見渡す。フォレストワームが掘ったこの巣穴は先ほども感じたように広く、表面が磨かれたように滑らかだ。やや不格好ながら円状の空間が縦に横に、斜めに繋がる巣穴には丸太を並べて固定しただけの簡単な階段がある。
その階段を進んでいると、ふっ――――と冷たい風がレンの首筋に。
更に背後から、誰かがその冷たい風を防がんと剣を抜き迫る音も聞こえた。
レンはそのすべてが肉薄するより先に、死角を取っていた者を見た。目が合うと思っていなかったその存在は、薄汚いローブを来た男だった。
「な――――っ」
するとレンは、容赦なく大樹の魔剣を構えた。
男のみぞおちに、大樹の魔剣の石突を突き付ける。
「かっ……あ……ぁ……」
レンには何も言うことがなかった。
ただ、急に現れた男がレンに一瞬で反応されて、いとも容易く意識を奪われたという事実だけ。
「やっぱり、盗賊団っぽいな」
呟いたレンが次に見たのは、背後から迫ろうとしていた別の男たちだ。
その男たちは、レンが平原で言葉を交わしたアーネヴェルデ商会の剣士たちだった。
彼らは一様に唖然として、いまレンが見せた強さにまばたきを繰り返している。
「平原からずっと俺を追ってましたけど、やっぱり心配だったんですか?」
「ッ――――き、気づいていたのか?」
「ええ。無害そうだったので放置してただけです」
レンはそう言うと、奥へ進んでいく。
「一緒に来てくださるなら、そいつは任せます」
「あ、ああ……承知したが……」
アーネヴェルデ商会の剣士を自称した、実は近衛騎士たちが顔を見合わせた。
レンを追っていたのは四人で、その三人のうちの一人が懐から魔道具の錠を取り出し、それを盗賊団員の手に嵌めた。
次に完全に身動きが取れないよう確認し、二人を残してレンの後を追う。
残った二人は後ろを警戒してくれるらしい。
「一つ聞きたい」
レンを追った近衛騎士が言った。
「なんですか?」
「なぜこの場所を見つけ出せたのだ?」
「俺、冒険者なのでこの辺りの地形も詳しく調べてあります。この辺りの地形に違和感があったことを思い出して、先ほど聞いた情報と照らし合わせて探しに来たんですよ」
近衛騎士たちはレンの素性を探るような様子すらあった。
そんなことはレンも知っている。自分が逆の立場だったら、その者が盗賊団員の仲間の可能性を考えて不思議じゃない。
だからレンは、彼らを安心させるための言葉を口にする。
「ギルドに問い合わせていただければ、俺の素性はいくらでも知れると思いますよ」
そう告げると近衛騎士たちは黙り、何も言わなくなってしまった。
十数分と経たぬうちに、先頭を歩くレンが開けた場所に足を踏み入れた。
ここにも壁沿いにいくつものトーチが等間隔に並び、どこかから届く風で不気味に揺れる光が辺りを照らしていた。
そのレンを襲う影が、十数。
いたるところから飛び出してきた盗賊団員が、レンを縦横無尽に襲わんとしていた。
「イオ、ちょっと離れてて」
されど慌てず、いつも通りのレンがイオの手綱を手放し遠ざける。
ラディウスの命を受けていた近衛騎士たちは剣を抜くも、経験したことのない感覚に浸り足を動かせなかった。あるいは動かす必要がないと確信していた。
大樹の魔剣を手にしたレンがゆっくり動く。迫りくる盗賊団員たちを前に彼は呟く。
「よかった」
その言葉に、どのような感情が隠れているのか定かではない。
だが近衛騎士たちは、すぐにそれを理解する。
……かはっ
……ぐ、ぁ……
……ッ!?
迫る盗賊団員は一人ずつ、レンの手により難なく意識を刈られていく。
警戒されていた大地魔法の使い手が後衛に、その者が魔法を行使しようとしたところで、とうとうレンの方から前に踏み込んだ。
風のように駆け、一瞬で距離を詰められた魔法の使い手が、
「――――え?」
情けない声を漏らすと同時に、大地魔法を面前に行使。
レンの力が、それを嘲笑うかのよう。
自然魔法によるツタが何処からともなく現れて、対する男の両脚を縛った。慌てふためく男が手にした杖を振り、大地を更に隆起させてレンに抵抗を試みる。
だが、男の魔法がレンに届くことはなかった。
レンの方が疾く、男の身体に剣の衝撃を送り届けたからである。行使されていたはずの魔法も、それにより力を失い、ただ不規則に隆起した地面と化した。
……すべてが、特筆すべき早業だった。
「運ぶの、手伝ってもらえますか?」
近衛騎士たちは、レンが安堵していたということを知った。
よかった――――そう口にしたのは、盗賊団員は彼が難なく対処可能な戦力であることに、心を落ち着かせた声だったのだろう、と。
彼らは盗賊団員を捕縛しながら、次のように言葉を交わす。
「相手もそれなりの実力者ぞろいだったはずだが、これはいったい……」
「……はっきりしているのは、あそこにいる彼が更なる実力者だということだ」
「ああ……狙いはみぞおちに首根。殺すことなく生け捕りにしてしまうとは」
二人の声がレンの耳に届くことはなかった。
四人の近衛騎士が二人、あるいは三人。
レンも同じく盗賊団員をフォレストワームの巣の外へ運んだ。
そこには近衛騎士ではなくて、正騎士が幾人か足を運んでいた。この山のふもとに盗賊団を移送するための荷馬車を運んできたという。別行動していた近衛騎士が呼んだらしい。
◇ ◇ ◇ ◇
悉く気を失った盗賊団員が運ばれる様子は、異様ですらある。
それらは、ラディウスの天幕がある平原へ向かい、そこからエレンディルへ向かうための街道を進むこととされる。
すべての報告を聞いたラディウスが天幕を飛び出した。
そこには移送されてきた盗賊団員全員の姿と、傷一つ負わず帰ったレンの姿がある。
唖然としたラディウスが近衛騎士から話を聞こうとした、その刹那だった。
「アアアアァアアアアアッ!」
荷馬車に収容され、身動き一つとれないよう隙のない拘束状態にあったはずの盗賊団員が、耳を差す絶叫を上げて飛び出した。
目が血走って、皮膚が赤黒く変色していた。
腕に黒い魔力を纏い、騎士から奪った剣を掲げてレンを――――その先に居るラディウスを狙いすます。
「な――――っ」
驚嘆し、それでも近衛騎士に指示を出そうと口を開くラディウスだったが……。
彼の前方にて。猶もイオに乗ったまま、様子を伺っていたレンが馬上そのままに鉄の魔剣を抜き去って、揚々と構えた。
(やっぱり、魔王教絡みか)
魔王教徒に授けられた魔王の力が、暴走している。
いざとなったらあのように暴走するよう、首謀者たる魔王教徒に仕組まれていたことが想像できた。
近衛騎士たちがレンを庇わんと迫る。
やはり近衛だ。彼らは俊敏に陣形を組み、ラディウスはもちろん、レンのことも絶対に守れると言い切れる防衛体制を整えた。
実力の面から見ても、いくら暴走したところで近衛の方が数段上の実力である。
それでも迫る、捨て駒とされた盗賊団員。
馬上のレンが「同情はしない」と冷淡に、でも心を痛めた声でうつむき気味に言った。心の中で、やはり気にしておいて正解だったと自分の判断を称えながら。
振り上げられた鉄の魔剣に、それを握りしめた彼の手元。彼を守るべく立ちはだかった近衛騎士が、つい振り向いた。背後に控える馬上のレンから感じた、無視できない強烈な圧に対してである。
そして、振り下ろされるのを見た。
放たれた剣圧が、近衛騎士の真横を通り過ぎた。
剣圧が過ぎ去った方向に向けて振り向けば、捨て駒とされた盗賊団員が倒れている。まだ息はあるようだが、起きる様子は皆無だった。
なんてことのない、ただの剣圧。
その圧の根源に宿りし魔力の波動は、ある特殊な流派によるものだ。
ラディウスはそれを目の当たりにして、息を呑んだ。
「……なんということだ」
レンが振り向かなかったから、ラディウスは彼の顔を窺い知ることはできない。しかし年齢が自分とそう変わらないことはレンの体格と声、雰囲気からわかった。
なのに、先ほどの洗練された剛剣技の強さは何なのか。
レンは驚く皆に振り無ことなく、イオの手綱を引いた。
「俺は先にエレンディルへ帰ります。今回の話を報告しなければならない方がいるので、何かあればギルドへ連絡してください」
先ほど、鮮烈な力を見せた少年が立ち去っていく。
言葉を失ったラディウスがどうにか正気を取り戻して近衛騎士に命じ、レンに倒された男を再度捕縛した。近衛騎士たちは命令を下される直前に自分から動こうとしていたけれど、その顔にはやはり動揺が見える。
「殿下」
と、一人の近衛騎士がラディウスに語りかけた。
「間違いありません。剛剣使いです」
「……ああ、私もそう思う」
ラディウスの声は、平原を撫でる風に染み入った。
その後、異変をみせた者はいなかった。皆、レンがこん睡させたままで、目を覚ますことすらない。
恐らく先ほどの男が、リーダー格だったからなのだろう。
レンが倒した男は、大地魔法の使い手だったその男だ。
――――バルドル山脈に現れた二人組のように、魔王教徒がもたらす力に耐えられるだけの力はなかった。
でも、暴走して捨て駒にならできる。
つまりは、そういうことだったのかもしれない。