町の外の平原で。
――――翌日、エウペハイムのイグナート侯爵邸では興味深い話がなされた。
ユリシスも当然のようにラディウスと同じ予想をしており、むしろユリシスの方が早く動いて解呪使いがいるか探っていた。
結果、ある商会に一人の解呪使いが居た。
該当の解呪使いは五年前にその商会入りした者で、仕事熱心な男だったのだとか。
しかし、先の事件からすぐに帝都を離れて、どこかへ姿をくらましていたという。
それみたことか、と騎士をはじめ多くの者たちが捜索していたのだが、
「エドガー、結果を」
イグナート侯爵邸における、ユリシスの執務室でだった。
名を呼ばれたエドガーが「はっ」と頭を下げ、ラディウスに語る。
「その男は帝都を離れ、帝都から魔導船で二日の地におりました」
「おりました、ということは、既にその地にはいないのだな?」
「はい。殿下が仰る通りです」
「ではどこに逃げた? そなたのことだから、それももうわかっているのだろう?」
「それでしたら――――」
燕尾服の紳士は一度、主を見た。
主が頷いたのを見てつづきを語る。
「男は、当家の地下におります」
該当する男は騎士より早く、ユリシスの手により既に捕縛されていた。彼は彼で秘密裏に動き、事に当たっていたのである。商会が保身に走り報告が遅れたにもかかわらず、まったく関係ないといわんばかりに。
「なんだ。もう捕まえていたのか」
「もちろんです。既にいくらかの尋問もして、盗みの経緯や盗んだ品も確かめてございます。主の命により、それらの品々と盗まれた品に相違がないことも確認いたしました」
当たり前のことだった。
ユリシスはラディウスの予想通り既に多くを調べており、予想外にも既に重要人物を捕縛していた。
そんなそぶりも見せず、あっさりと成し遂げたユリシスには恐れ入る。
「つくづく、そなたたちが味方で良かったと思う」
「ははっ! 誉め言葉として頂戴いたしましょう! ……それから念のために申し上げますと、今日にでも報告するつもりだったのですよ。隠すことでもありませんからね」
「ああ、だろうさ。それで盗みの目的は聞けたのか?」
「金ですよ。ある者に取引を持ち掛けられたようで、そのために多くの手引きをしたと言っておりました。そのある者ですが、盗賊団員でしょう」
「……金のためだけに、あれほど大きな事件を引き起こしただって?」
「愚かしいほどの浅はかさをどう処するかは、帝国法に任せます。我々が気にするべきは、取引を持ち掛けた者の目的でしょうからね。――――エドガー、例の資料を殿下に」
「はっ」
あらかじめ用意していた資料をラディウスに渡せば、聡明な彼はすぐに多くを理解した。
「盗まれた書類に共通点があるな」
ユリシスが頷く。
「帝都やエレンディルに設置された魔道具の情報、それが共通点です」
商会をはじめ、魔道具職人が個人で請け負った魔道具の情報が載った書類ばかりが盗まれた。
これらの情報をかき集めていくと、不思議と町中に設置された魔道具の情報ばかり目立つようになった。
「警備の隙を探しているのか?」
「わかりません。ですが気にする必要はありましょう」
「それで、盗まれた書類はどうなっている」
「解呪使いの男は持っていないようですね。そもそも盗みには関与しておらず、解呪を用いて協力しただけのようですから」
付け加えるならば、男はその仕事をこなした後で殺されかけた。
相手からしてみればごく普通だろう。自分たちの情報を外部に出されないためにも、用が済んだら殺してしまう方が自然に思う。
男は着手金として多くの金を受け取っていた。
残る金を受け取ろうとした際に、危険を察知して逃げたと供述している。
「その生存本能だけは讃えてやるとしよう。だが、同情の余地はない」
「では、後のことはお任せしても?」
「構わん。私が帝都の牢へ移す手はずを整える。後のことはそうだな……ひとまず、そこに魔王教が関わっているかを確かめたい」
「同感です。次の段階はその調査ですね」
「面倒なことだが、魔王教がかかわっていればこちらも黙ってはいられまい」
一つ目の話が落ち着いてから、今度は次の段階へ。
話が進む中でエドガーが淹れた茶が二人の前に置かれ、閑話休題。
数分の休憩を挟んだ後に再開した話の中で、ユリシスは「ところで」と態度を変えた。浮かべた笑みの奥に化け物じみた圧を感じさせる、そんな笑みだった。
一方のラディウスは怯むことなく、ただ平然と答える。
「なんだ」
「殿下のお考えを聞きたいのです。仮に魔王教が関わっていたとして、殿下はどうなさるおつもりですか?」
「決まっている。一人残らず捕縛して、情報を搾り取る」
「ああいえ、そんな普通のことを聞いているんじゃありません。いまのは当然のことではありませんか」
「であれば、何が聞きたいのだ」
二人のカップが同時にその手を離れ、テーブルの上に置かれた。
部屋の中でカチャン、という音が滔々と響く。
「対処する、本当にそれだけでよいとお考えですか?」
剛腕が口にした真意を瞬時に悟ったラディウス。
「意地の悪い問いかけをするじゃないか」
「これは失礼を。ですが、私のとっては重要なもので。殿下の牙がどれほど磨き上げられているものか、私も判断しかねているのですよ」
「愚問だ。私は第三皇子なのだぞ」
ラディウスは立ち上がった。
「――――今度は我らから仕掛けるべく、動きたい」
覇気すら感じられる声音で言い放った。
まさしく、ユリシスが臨んでいた最高の答えだった。
「魔王教が関わっていると確定になった際は――――よろしいのですね?」
「私は獅子王の末裔だぞ。牙をむく愚か者がいるのならその牙を砕き、群れをなす獣の棲みかすら潰そう。レオメルに仇成す者は、誰一人として許すつもりはない」
自らの手でドアノブを握り、外へ向かいながらつづける。
「ユリシス、バルドル山脈での借りを返すぞ」
そう言い残して、今度こそユリシスの部屋を後にした。
ラディウスを外まで送るべくエドガーもこの場を離れ、一人残ったユリシスが笑う。
彼は盗賊団に魔王教が関わっていると確信していた。
これまでの情報だけでは明らかにその答えにたどり着けなかったのに、彼の本能と、彼が言う勘がそう訴えかけていた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、屋敷にレンの依頼が完遂となったという連絡が届いた。あの後すぐ、ラディウスが帝都に戻って間もなくギルドへ通達されたのである。
そこにきての依頼完遂の連絡は、レンを強く唖然とさせた。
あれだけで? とレンは不思議に思うも、相手が完遂と判断して、ギルド側もそれで大丈夫だと言ったのであれば、もう彼に言えることは一つもない。
(アーネヴェルデ商会の方で、重要な手掛かりでも手に入ったんだろうな)
運が良かったのだ、と盗賊騒動に進展があったのだと思い喜んだ。
無事にギルドランクも昇級して、いまではⅮランクだ。
ギルドを出たレンは、眩い陽光を見上げて目を細める。
一度屋敷に戻って荷物を置き、イオを連れて狩りにいこう。そう思った。
◇ ◇ ◇ ◇
エレンディルを出て数十分進めば、緑豊かな草花が広がった平原がある。最近、雪が解けてやっと新たな命が芽吹きはじめていた。
その平原は、行商や冒険者で賑わう場所だった。
エレンディルまで馬で一時間ほどの距離にあって、休憩するのにもちょうどいい。
また、旅人や冒険者、それにすぐ傍の街道を進む者が立ち寄れるよう、野外で肉や野菜を焼く簡素な屋台もあった。それがまた、香ばしい香りを漂わせるのだ。
そこにたどり着いたレンが、違和感を覚えた。
普段なら和気あいあいとしているはずのここに、不穏な空気が漂っている。
行商や屋台は店を開けているけれど、腕組みをして何か話し合っている冒険者たちと、商人たちの護衛をしていたと思しき者たちが語り合っている。
一度屋敷に帰り、イオに乗ってここまできたレンが彼らに近づいた。
「大地魔法使いがいるぞ」
「間違いない。例の盗賊たちだろうよ」
気になる単語を耳に入れ、レンはイオから降りて更にそこに居た者たちとの距離を詰めた。
「怪我人は?」
「なんだったか忘れたが、どこだかの商会の護衛が数人だ。ひどいもんだぜ……片足が押し寄せる石と土にがんじがらめにされて、骨が粉々に砕けたってんだからよ」
「急いでエレンディルに連れて行った方が――――」
「それもそうだが、避難させた方がいい。あの犯罪者共は容赦しないぞ」
「わかっている。近隣に居た冒険者に協力を仰ぎ、街道周辺はもちろん、外に出た若手冒険者たちにも注意喚起をしたところだ」
レンはそれらの話を聞きながら、多くのことを考えた。
(あんなに尻尾を掴ませなかった盗賊団が、ここにきてどうしたんだ)
それまでは特筆すべき警戒心を誇っていたはずなのに、急だった。
話をしていた者たちの傍までやってきたレンは、彼も冒険者として問いかけた。
どこで何があったのか、それをだ。
「ああ……つい数十分前だ。街道外れの道を進んでいた商隊が襲われたのさ」
相手は三人で、商隊は雇っていた冒険者たちのおかげで難を逃れた。数人が小さくない怪我を負ったため到底無傷とは言えないが、全滅は免れた。
状況は不利だったが、偶然居合わせた者たちの助力を得てどうにかなったのだとか。
「相手が盗賊団だと確信できる情報はありましたか?」
「ないが、最近の状況から鑑みるにそうとしか思えないだろ?」
「だな。ただでさえこの辺りは野盗すら十数年に一度くらいしか現れないってのに、こんなことをしてくるとあったら……な」
レンも確かにと頷けたものの、できればもっと情報が欲しい。
それは欲張りかもしれないが相手を盗賊団と決めつけるのも不用心な気がして、別の存在も気にしながら眉をひそめた。
「ありがとうございます。俺も気を付けます」
礼を述べ、集まっていた者たちの傍を離れた。
レンが辺りの地形に目を向けて、探るべきは――――と考えてイオに乗る。
少しだけイオを歩かせて、行こう! と走らせようとしたところで、
「君」
そのレンに声を掛けた男が居た。
男は清潔感溢れる白いシャツに身を包んだ背の高い男で、細身ながら筋肉質であることが見て取れる。彼は革製のテント、あるいは小さな天幕ともいうべき場所の傍に居て、辺りには彼の仲間と思しき男たちが何人も居た。
立ち居振る舞いから、剣士であることがわかる。それも熟練の剣士であることが。
「はい?」
返事をしたレンがイオを止め、馬上から男を見下ろした。
「先ほど、危険であると聞いたはずだ。それなのに町へ帰ろうとしないのは見過ごせない」
「えっと……お気遣いいただき嬉しいのですが、貴方は……?」
「失礼。私はアーネヴェルデ商会に所属する剣士だ。周りにいる者たちもそうだ」
アーネヴェルデ商会? とレンが首をひねった。
どうも最近は縁があると思い、どうして彼らがこんなところに居るのかとも考えながら、いずれにせよ自分も挨拶せねばと口を開いた。
「俺はレン・アシュトンと申します。皆さんはどうしてここに?」
「訳あってとだけ。そんなことよりも君のことだ。危ないから、町に帰りなさい。怪我をすることになるぞ」
「ええ……その可能性もありますが……」
レンに帰る気があるかというと、皆無だった。
心の中ではもう、ある思いが産声を上げている。献身と怒りが入り混じったそれだった。
相手が誰であろうと守る! なんてことは口が裂けても言えないが、耳に入れて間もない事件のことは無視できなかった。
――――守るべき存在に脅威が届く前に、俺もできることをする。
この言葉が心の中で幾度と響く。
事件がエレンディル近郊で起こったこともそう。仮に相手が盗賊団とするなら、その盗賊団がどうして急な行動を取ったのか疑問は残る。しかしそれとは別に、レンはレンの場所を守るために必死なのだ。
商隊の護衛に手を出した者たちが出没して間もないいま、情報を得るためにも時間を無駄にしたくない。だからいまここで、自分が動くべきと判断したのである。
重傷を負った者のことも鑑みて、その危険はできるなら排除したい。
当たり前だ。レンがこれまで歩んできた人生を思えば、彼が目に見えた脅威から目を反らすはずもなかった。
「お気遣いいただきありがとうございました」
レンはそれだけ言い残し、アーネヴェルデ商会の者と言った男の前を去ろうとした。
「それと、依頼達成のご連絡ありがとうございました。おかげでギルドランクもあがったので、こちらとしても有難かったです」
すると――――
「我らの依頼を受けた、だって?」
「え、ええ。つい先日のことですが」
なぜか男が唖然とした声を漏らした。
男は何か言いかけたけど、すぐに「待っていてくれ」と言ってレンの前を去る。
先ほどの、革製のテントの中に入っていき、すぐに戻ってきた。
「いまの話について、我らの主君が聞きたいことがあると仰せだ」
「……は、はぁ」
主君とはまた大きく言ったものだ。
アーネヴェルデ商会の幹部でもいるのだろうと思ったレンは、仕方なくまた
イオから降りて、手綱を引いて革製のテントへ近づく。