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特殊依頼。

 ミレイが言う。



「魔道具職人の工房での件でしたら、既に騎士たちが――――」


「わかっている。ただ私も調べておきたいだけだ。あくまでも私の手の元で、私が動きやすいようにな」


「ニャら何も言いませんのニャ。では私が殿下の代理人として、ギルドに出向いて依頼を出せばいいわけですニャ」


「当然、私の名も伏せてだぞ」


「存じ上げておりますニャ。殿下の息がかかった商会の名を使って、いっそのこと特殊依頼として出そうかと思いますニャ」


「そうしてくれ。その商会も盗みの被害を遭ったための調査と銘打てばいい」


「得られる情報は何でも欲しい、って感じですかニャ?」


「ああ。何をするにしても情報と手が欲しい」



 ミレイはすべて応じ、ラディウスの願い通りに計らうと言った。

 彼女はつづけて尻尾を揺らした。

 慣れた口調で、じゃれつくような声色で言う。



「どーせすぐに、盗賊の諸々を殿下一人で看破しちゃうんじゃありませんかニャ?」


「そうなったらそれでいいし、私が気づけないところで気になる情報が見つかったら、それに越したことはないからな」


「ふむぅ……かしこまりましたニャ」



 異を唱えるようなことは一つもない。

 主が言うことを受けて、ミレイは自分が成すべきことを瞬時に整理した。



「それじゃ私は、いまから支度に取り掛かりますのニャ」



 彼女はラディウスの部屋を去ろうと彼に背を向ける。

 だがすぐに、もう一度彼のことを見直した。



「そういえば殿下。殿下が昨年開発したポーションの増産体制が整ったそうですニャ。今後、順次国内のいたるところで発売されると聞いておりますニャ」


「朗報だな。また何かあったら教えてくれ」


「はいですニャ! それじゃ、私は今度こそこの辺で!」



 ミレイが立ち去った後で、ラディウスがバルコニーの手すりに上半身を預けた。

 見下ろせば遥か下に大地がある。落ちれば間違いなく命を落とすだろう高さに居ながら、彼は一切の恐れを抱くことなく帝都を見渡した。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 翌々日、レンは朝から屋敷を発ちギルドへ向かった。

 別に獅子聖庁の騎士に言われたからというわけではない。いまになって気が付いたことの一つなのだが、レンは新たに金を稼ぐ必要があった。

 帝国士官学院の受験費用や、合格してからの授業料をはじめとした諸費用のためだ。



 これまでも金を貯めてこなかったわけではないが、レンはこれまで同様、村への仕送りもするべく励んできた経緯がある。

 今後もそうするために、偶には狩りをしておこうと思ったところ。



 足を運んだエレンディルの冒険者ギルドは、クラウゼルのそれと大きく違う。

 まず、建物そのものが数倍は大きく、出入りする冒険者の実力もこちらの方が上だ。彼らの装備を見ていればそれがわかる。



 町の近くに強い魔物は現れないが、魔導船や魔導列車で移動する。

 そのため、大都市のギルドは活動の拠点として都合が良かったのだ。



(……んー)



 レンはギルド内を歩きながら考える。

 その中はクラウゼルと同じく酒場や食事処も併設されており、この時間から多くの冒険者で賑わっていた。



 しかし意外と、レンの姿は浮いていない。

 こちらのギルドではクラウゼルのそれと違って、レンと同年代くらいの少年少女も多く居た。



 小遣い稼ぎの簡単な仕事を欲してか、あるいは家計のためか。

 レンはその賑わいの中を歩き、依頼書が張られた掲示板まで足を運んだ。何となく、気が向いたので見てみようと思って。



 板張りの掲示板に、真新しい依頼書が一つあった。

 レンはその依頼書に顔を近づける。



(これ、特殊依頼か)



 つい先日、獅子聖庁で話して間もない特殊依頼の依頼書だ。

 依頼主の欄には、『アーネヴェルデ商会』とある。商会に所属する魔道具職人の工房に盗みが入ったため、その盗賊の情報を探ってほしいというものだ。

 僅かな情報でもいいから、盗賊たちの情報が欲しいと記載されていた。



「それ、気になりますか?」



 レンの隣にやってきたギルド職員の女性が声を掛けた。



「えっと……少しだけ」


「良かった! ではご説明させていただきますので、どうぞカウンターへ!」


「え? あの――――え?」



 すると、レンはその職員に勢いよく腕を引っ張られてカウンターへ一直前。また強引だなと思いつつ、特に抵抗しなかったレンはそのままカウンターへたどり着く。

 すぐに彼の対面にやってきた職員が、レンを逃がすまいと口を開いた。



「報酬金はこちらです。着手金、情報提供料、貴重な情報に対する特別報酬、あとは――――」


「待ってください! 急すぎますってば!」



 この勢いの強さにレンは待ったをかける。

 今更だったかもしれないな、とため息を漏らして。



「どうしたんですかいきなり! 急に引っ張ったと思えば、よくわかりませんが唐突に売り込んできましたけど……」


「し、失礼いたしました! 実はちょっとわけありで……我々としては、是非お受けしていただきたいんです。ここだけの話、報酬もちょっと上乗せしますから!」


(――――なんかやだなぁ……)



 ものすごく訳ありな気がしてしまう。

 ただでさえいきなりだというのに、そこからギルド側で特別に報酬を上乗せするなんて、普通であれば考えにくい。

 レンは思わず、半歩後ずさった。



「おおおお、お待ちください! これには訳がありまして!」


「……一応聞きます」



 はぁ、と何度目かわからないため息が漏れる。



「まずはじめに、アーネヴェルデ商会についてはご存じですか?」


「知ってます。陸運や海運をはじめとした交易はもちろん、新しいポーションを開発したり、他にも解毒薬をはじめとした薬も、過去にない新薬として売り出している商会だったかと」



 新興商会においては、間違いなくもっとも勢いのある商会だろう。

 売り出されるポーションには、レンも七英雄の伝説時代に世話になった。



「おや、随分とお詳しいですね」


「ありがとうございます。それで、そのアーネヴェルデ商会がどうしたんですか」


「……実は」



 彼女が言うには、依頼を張り出してからというもの、依頼を受ける者が二人しかいないそう。

 まだ張り出して間もないと言われればその通りではあるが、それにしても、だ。

 いつもならあるはずの、冒険者からの問い合わせすら数える程度だと言う。

 相手方のアーネヴェルデ商会からは人数に制限を設けられていないため、ギルドとしてはなるべく大人数を希望しているはず、と受け取っている。



「我らエレンディル支部も、アーネヴェルデ商会にはよくしていただいておりまして」



 主にポーションを卸してもらう際に他より融通してもらったり、その他の交易品についてもギルド側から売る際に世話になっているようだ。

 そのため、エレンディル支部としても相手方の希望に応えたいところである。

 しかし、まだ二人しか受けていないことから、相手方に面目が立たぬと困っていた。



(茶を濁そう)



 事情はわかるが、レンは特殊依頼を受けるつもりがない。

 さっき、どちらとも取れる返事をしたことに後悔しながら、レンは「俺みたいな子供じゃなくて、大人に頼んだ方が良いと思います」と答えた。



 だが、ギルド職員は笑っていた。



「――――鋼食いのガーゴイル」



 レンの眉が吊り上がった。



「先日、こちらのギルドにいらした際に色々ご確認なさっておいででしたよね。その際、我々にもレン様の情報が入りました」


「……なるほど。そういうことでしたか」


「ですので、我々としてもレン様が興味を持ってくれたら喜ばしいと思っていたのです。先ほどお声がけしたのも、それが理由でございます」



 こうなってしまえば、ただ面倒くさいと言うだけで断るのも違う気がした。

 観念したわけではないのだが、レンはそれまで以上にしっかり話を聞くべく、居住まいを正して職員に尋ねる。



「ではご理解いただけてると思いますが、俺はクラウゼル家に仕える騎士の倅です」


「はい。こちらとしてもそのお立場を侵すようなことは致しませんし、そのようなお願い事は致しません。すべての中立であるギルドの者として、お約束いたします」


「――――じゃあ、つづきをお願いします」


「かしこまりました。アーネヴェルデ商会からは、次のように伺っております」



 盗みに入った者たちは、金品に目もくれず書類ばかり盗んで姿をくらました。

 アーネヴェルデ商会の大目標はそれらの書類を取り返すことで、依頼を受ける者には盗賊の情報を探ることを求めている。



 現状、盗賊が逃げた先は見つかっていない。

 だがアーネヴェルデ商会は、盗賊の手掛かりに『数人から十数人以上の犯行』である、と確信しているようだ。



「相手の人数を確信してるのはどうしてです?」


「痕跡からだそうです。強固な防衛設備がある工房に侵入されたことから、相手は盗みに長けた者が数人いると思われるらしく……」


「それ、逆に物凄い手練れが一人の可能性はないんですか?」


「恐らくございません。ほぼ同時に、他の商会が保有する工房でも盗みがありましたので」



 それから逆算した規模であることを、ギルド職員が示唆した。



「では最重要な話ですが、盗賊の情報を探るための手掛かりは――――」



 どこを探せばいいのかまったくわからないのであれば、難を極めることは必至。

 その手掛かりが一つくらいあるだろうと思っていたレンの前で、ギルド職員が首を横に振った。

 レンに至っては項垂れかけてしまう。



「……俺が何の情報も得られなくて、アーネヴェルデ商会に何か言われることはないですよね?」


「ご、ございません! 今回の依頼は違約金もありませんし、アーネヴェルデ商会と言えど、我らギルドを介した件で問題を起こすはずはございません!」


「ならいいんですが……」



 安請け合いするのもどうかと思うが、レンは報酬その他より気になることがあった。



(こういう事件の情報は、知っておいて損がないし)



 いまやエレンディルに住んでいるということもあって、依頼を受けても損は無いと思った。情報を得られなかった際の問題事の心配もないなら、なおのことだった。



「あと最後に教えてください。今回はどうして依頼を受ける方が少ないんですか?」


「……駆け出しの方には難しいですし、実力のある方たちはもっと稼げる仕事をしてしまいますから」


「後者の方たちは、別の場所で狩りをしてた方が儲けられるってわけですね」


「仰る通りです。依頼内容が調査に寄っていると、どうしてもこのような傾向になりますね」



 彼女の返事を聞いたレンは「諸々理解できました」と肩をすくめた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 結局、例の特殊依頼を受けることにした。

 報酬金目当てではなく、自分も情報を探れる機会があるのなら――――という思いからだ。



 バルドル山脈での魔王教の件も鑑みて、レンがここで気にならない方があり得ない。

 なのでレンは、特殊依頼のことを考えながら山道を歩いていた。



 また、一応レザードにも今回の特殊依頼のことは聞いている。

 相手が大商会のため、父がクラウゼル家に仕える騎士である彼には無視できず、レザードに尋ねることにしたのだ。

 レザードは「問題ない」とレンの自由を認めた。

 レンのことを信用し、気にするなと笑っていた。




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