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五日間の訓練を終えてから。

書籍版1巻が8月17日に発売です!

「レン様、これをどうぞ」



 今日のためにエドガーはある物を用意していた。

 彼はポケットに手を入れて、すぐに小さな小瓶を取り出した。小瓶はコルクで蓋をしたあり触れたもので、中には丸い水晶玉が一つ入っている。

 その小瓶を手渡されたレンは、カラン、と水晶玉を転がした。



「これは?」


「どこにでもある小瓶と、魔力に反応する特別な水晶玉です。レン様には、日々の訓練でその水晶玉を壊していただこうかと」


「……念のために聞くんですが、蓋を開けて壊すのは駄目なんですよね?」


「もちろんです。外から魔法なども用いず、手のひらに持って破壊してください。小瓶を壊すのも駄目ですよ」



 そんなマジックみたいなことをしろと言われても、レンにはさっぱりだ。

 しかしエドガーが言うには、これは効率のいい訓練なのだとか。



「研ぎ澄まされた魔力を自由自在に操り、手のひらを介して、小瓶を貫き水晶玉を破壊する。それは剛剣技における魔力の扱いとよく似ております。先ほど申し上げた、剛剣技の才のことですな」


「魔力って、誰にでもそんな使い方ができるんですか?」


「いいえ、魔力のみではそうした効力はございません。ですので特別に加工した水晶玉を中に入れることにより、魔力の扱いの熟練度を測るのです。これもレン様にとって、良き訓練となりましょう」


「中の水晶を破壊できなかった場合は、剛剣技の才能がないってことですね」



 レンが小瓶を手のひらに持ってみる。

 魔力、魔力……声に出さず意識してみるが、小瓶の中で水晶玉が割れる気配はない。

 水晶玉に変化が訪れないことに少し不安を覚えたのか、レンはついエドガーを見た。



「ご安心を。時間が掛かって当たり前なのです。私も中の水晶玉に傷を付けるのに苦労しましたから」



 エドガーの場合、若き日に水晶玉の表面に傷を浮かべるのがやっとだったそうだ。

 この訓練はすぐに身を結ぶようなものではなく、日々努力を重ねて結果が出るようなものである。



(そんなの、どんなことも一緒か)



 レンはそう理解しつつ思うことがあった。

 では今日は何をするのか。

 明日は、明後日は? せっかく帝都に来たのだから、レンとしてはもっと多くを学んでおきたい。

 レンは剣を振るために脱いでいた上着のポケットに、先ほどの小瓶を入れた。



「本日の座学はこれまでとし、別の訓練場にて剛剣技の強さを披露いたしましょう」


「た……助かります!」



 実際に剛剣技を目の当たりにできるなら、収穫がないとはならないはずだ。

 ともあれ今日はまだ初日だから、急く必要はないのかもしれない。でもレンが喜びを覚えたのは当然のことである。


「剛剣技の神髄はその破壊力。何か的となる物がある訓練場へ移ります」


(ああ、その的に使うことで俺に見せてくれるんだ)


「……レン殿?」


「ッ――――すみません。ちょっと考え事をしてしまって」



 ふとレンが考えたのは、やや強引な提案である。

 もしかすると、エドガーに迷惑をかけるかもしれない。そう思いながら、一つでも多くの収穫を得たいと考えていたレン。

 彼にしては珍しく意を決して、強くその希望を口にする。



「剛剣技を実際に受け止めたときの感覚も知りたいんです。よければ、俺に向けて剛剣技を使っていただくことはできませんか?」


「……ふむ」



 エドガーは迷っていた。

 何せ、レンは彼が仕える家の大恩人で、怪我をさせるわけにはいかない。



「お願い、できませんか?」



 もちろんエドガーもレンの人となりは聞いているし、この短い時間でどういう人物か少しずつわかりはじめていた。

 それにもかかわらず、頑固に頼み込んだレンにはエドガーも思うことがある。

 レンは恩人だ。

 恩人の願いに応えられず、何が侯爵家の執事かと。



「――――かしこまりました」



 頑固で折れないレンにエドガーも諦めて、苦笑を浮かべて頷いた。



「レン様がお強い理由がわかった気がいたします。では僭越ながら、剛剣技を披露いたしましょう」


「ありがとうございます! ……そういえば聞きそびれていたんですが、エドガーさんは、剛剣技でどれくらいの等級だったんですか?」


「ふむ……お恥ずかしい話ですが、見ての通り老いた身です。若き日と違い、いまとなっては執事が本業ですので、現役時代とは同列視できませんが――――」



 エドガーは腰に携えていた剣を左右の手に、



「――――私は、剣聖でございます」



 刹那、レンは嬉しそうに頬を緩めた。

 まさかエドガーが、それほどの実力者だったとは。



(多くを学べそうだ)



 やがてレンは不敵に笑った。



「先ほどのエドガーさんのように、今度は俺が受け止めても構いませんか?」


「問題ありません。では、剛剣技の基礎とも言える普通の剣戟(、、、、、)でお相手します」



 戦技は使わず、剛剣技特有の力だけを使うということ。

 しかし、剣聖級の者が使う普通がどういうものか――――レンはその力を、身を以て体感する。



「参ります」



 鋭い踏み込みに一瞬、レンはエドガーの姿を見失いかけた。

 気が付けばレンの面前に居た老紳士は、レンが構えた訓練用の件に向けて、自身が手にした剣を横薙ぎ一閃。

 受け止めたレンの腕に、経験したことのない感覚が迸る。



「ッ――――!?」



 これが、実際に受け止める剛剣技の力か。

 受け止めたはずの腕に留まらず、強烈な痺れが腕から胸元へ、そして足へと。

 ほんの一瞬で全身へ駆け巡り、レンの身体から力を奪った。何十分も身体を動かした後のような倦怠感が、あっという間に全身を襲った。



(間違いなくかなり手加減してる……なのにこれって……ッ)



 たった一撃でこの消耗。

 膂力で受け止めたことによる疲労なんかじゃない。身体の奥底から力が失われていくような感覚に、レンはどうにか堪えつづけた。



「ご無理はなさらぬように!」


「はい! でも、まだまだいけますッ!」


「……ふふっ、何と我慢強い」



 エドガーの連撃がレンを襲った。

 それを受け止めるたびに、レンの身体中から力が失われていく。

 目の当たりにした獅子に睨み付けられ、気力ごと奪われていくような感覚には、この訓練場の壁や床も揺れていた。

 ひしひしと、空間そのものが悲鳴を上げているようにも思えてきた。



 剣と剣がぶつかり合うたびに響く、金切声に似た金属音。

 レンはさっきのエドガーと違い、対する剣戟を微動だにせず受け止めることはできなかった。



(くっ……この……ッ)



 一太刀受け止めるごとに大きく後退して、あっという間に壁際に近づいていた。

 エドガーの剣は、それほどの力を秘めている。

 だが、強いだけではなく洗練された業も感じさせた。



 やがてエドガーは、レンに膝をつかせる気で剣戟を放たんと意識した。

 その剣戟は、それまで以上に力を込めるつもりで。

 それを悟ったレンは歯を食いしばり、その手に懸命に力を込めた。



(諦めるな……ッ! 一度くらい、ちゃんと受け止めてみせろよ――――レンッ!)



 エドガーはレンに怪我をさせないため、でもレンの期待に応えるために調整をしていた。

 それでもかなりの力を込めていたし、外の騎士が受け止めてもそれなりの消耗になる一振りにしたつもりだった。

 レンならそれでも怪我をしない、そう確信したからこその一振りだ。



「はじめてなのに、これほど耐えられると――――」



 だが、そのときだった。

 エドガーは、自身の目を疑った。



「なっ――――!?」



 消耗していたレンがその一振りを受け止めきったことすら驚嘆に値したと言うのに、不思議とエドガーの手もしびれを催していたから。

 だが、レンは決して押し返してなどいない。

 これまで同様、ただ受け止めようと必死だっただけだ。



 驚嘆に頬を染め上げたエドガーがレンの顔をみたとき、エドガーは僅かに身震いした。迫力……あるいは覇気だ。

 レンの双眸に見つめられるだけで、エドガーは得体のしれない強烈な圧に全身を覆われた気がした。



「……お見事。さすが、英雄と呼ばれるお方です」



 エドガーは表面上はレンを称え、そのレンが疲れ切った様子で床に腰をついたことで微笑んだ。

 しかし忘れられない。先ほどの一振りを受け止めたレンが見せた顔――――特に力強い瞳に気圧された自分が、いつの間にか手元の痺れに驚いていたことを。



「す、少しくらい意地を見せないと恥ずかしいですから……」



 レンはそう言い、地面に腰をついた。

 疲れ切った様子の彼は顔や首筋に大粒の汗を浮かべ、荒んだ呼吸を整える。

 そこには、エドガーがさっきみた迫力は少しも残っていない。



「私が思う以上に、レン様は末恐ろしい力を秘めておいでなのかもしれませんね」


「え? 何かいいましたか?」


「いえ、お気になさらず。――――今日は初日ですし、このくらいに致しましょう。湯を浴びた後で宿へお送り致します」


「ありがとうございます。それで、湯はどこで……」


「この訓練場を出てすぐ左に湯を浴びられる場所がございます。もう少し休憩してからご案内致しましょう」



 しかし、レンは話を聞いてすぐに立ち上がった。

 足元はややふらつき、頼りなさが感じられた。それでもレンは短い休憩を経て、手を借りることなく自分一人で歩きはじめる。



「レ、レン様!?」



 手を貸そうとしていたエドガーにとって、至極当然の驚きだった。



「まだちょっと大変ですが、もう歩けるので大丈夫ですよ」



 するとレンは、巨大な石の扉も自分の手で開けてしまった。

 本来であれば彼の後を追い、手を貸すべき立場にあったはずのエドガーは驚きで動けず、唖然とした表情を浮かべたまま立ちすくむ。

 石の扉が閉まったところで、エドガーの頬が自然と綻んでいく。



「……主、レン様は表舞台に引きずり出されたわけではないようです」



 呟きの後でジャケットを羽織り、



「彼は表舞台に出るべくして姿を見せた――――それに」



 いま一度、先ほどレンが見せた力強い瞳を思い返して。

 エドガーは、静かに笑った。



「先ほどの姿ははまるで――――」



 獅子聖庁の外で、午後の三時を知らせる鐘が鳴る。

 エドガーの呟きは、その鐘の音にかき消された。

  



 ◇ ◇ ◇ ◇




 二日目、三日目――――と、瞬く間に時間が経つ。

 遂にはレンが帝都に滞在する最終日となる、五日目の朝が訪れた。この日はクラウゼルへ帰る支度もあるため、剛剣技の指南は午前中に限られる。

 その指南を終えてから、二人は今後のことを語り合っていた。



「今後は剛剣技特有の魔力の練り方と、その使い方を学ぶことを忘れずにいてください。あの小瓶の中にある水晶に変化が訪れる日も、そう遠くないことでしょう」


「……だと良いんですが」


「ふふっ、信じてください。間違いなく、レン様にはその資質がございます」



 通い慣れつつある訓練場で、最終日に嬉しい言葉を聞けたとレンが笑う。



「また、レン様さえよければ今度も私が指南致します。それに獅子聖庁の最奥には、吹き抜けが広がる一番大きな訓練場もございます。主の許可がありますから、そこで騎士の訓練に混じることも可能でしょう」


「いいんですか?」


「もちろんです。今後の予定はレン様も色々お考えでしょうし、いつでも私にご連絡ください」


「普段のエドガーさんって、エウペハイムにいらっしゃるのでは? そうなると、お呼び立てするのは申し訳ないんですが」


「最近は半々です。帝国士官学院の寮にはフィオナ様がおりますから、私は帝都とエウペハイムを往復しております」


「た、大変ですね……」


「いえいえ。魔導船と魔導列車に乗るだけですよ」



 エドガーはニコッと品のいい笑みを浮かべた。

 実際のところ、エウペハイムは帝都に次ぐ大都市でもあるため、その町の片隅に魔導船乗り場がある。クラウゼルに住まうレンと比べれば、移動する距離はまったく違った。



 その話が終わってから、



「今日まで技術的な指南のほか、立ち合いを交えた実践的な指南をつづけて参りました。本日はもう時間がありませんので、最後に一つ、剛剣技の戦技をお見せしましょう」


「ッ――――本当ですか!? 嬉しいです!」


「喜んでいただけたようで光栄です。では、何をお見せしましょうか……」



 エドガーは迷った末に、一人納得した様子で「少々お待ちください」と言って訓練場の外に出て行った。

 数分と経たぬうちに戻った彼は、獅子聖庁の騎士を一人連れている。



「彼は風魔法持ちでしたので、少々手伝いをしていただこうかと」


「よろしくお願いいたします。……レン殿でしたか? 我々も、貴方の将来に期待しておりますよ」



 その騎士は、ここ数日いつも獅子聖庁の番をしていた騎士だった。

 お世辞だろうと思いながら、レンは素直に礼を口にした。

 すると、その騎士はエドガーに言われるがまま訓練場の奥へ向かって、剣を抜く。次にエドガーがレンに振り向いた。



「伝承において獅子王は、幾多の戦場に赴くも不敗を誇り、相対した魔法使いたちを前にしても引くことなく、数多の魔法を受け止めました」



 魔法を相手にした戦いでは、それは明らかな悪手。

 だが、獅子王はそれを可能にした。

 なぜなら、それを可能にする剣技を編み出していたからである。



「お願いします」



 エドガーが騎士に言い、その声を聞いた騎士が剣を大きく振り上げた。

 雄々しく咆えた騎士が剣を振り下ろすと同時に、強烈な風が刃と化してレンとエドガーの下へ近づいた。



 それに対し、エドガーは抜身の剣を横薙ぎ。

 押し寄せる風はその横薙ぎに切り伏せられ、ただの強風となってレンの髪を撫でた。



(いまのは――――ッ)



 レンにはその光景に見覚えがあった。



「魔法に対して、同じ程度の衝撃を与えて相殺することはよくあること。ですが、剛剣技は相殺するのではありません。魔法を斬る戦技も持ち合わせているのです」



 それこそ練度次第ではあるが、剛剣技の使い手は魔法にすら斬撃によるダメージを与え、魔法をかき消したり、熟達した者であればいまのように無効化することだってできる。

 相手との実力差も大きく影響するが、それにしても破壊的な戦技である。



 いまの戦技の名を、



「――――星殺(ほしそ)ぎ、ですね」



 その名の由来は、獅子王が魔法を星と表現していたからだ。

 当時は夜空に浮かぶ星も、何らかの魔法によるものだと考えられていた。それに関連して、魔法を切り伏せることからそう名付けられたのだとか。



「驚きました……戦技の名前までご存じでしたか」


「ええ。ちゃんと勉強していたので」



 実際にはゲームで何度も目の当たりにして、何度も泣かされたからだ。



「レン様もすぐに、星殺ぎを駆使できるようになるでしょう」


(……星殺ぎって確か、剛剣技における剣豪級の証明だったような)



 ともあれば、その他の流派で剣聖級の扱いだ。

 だが、七英雄の伝説で聖女リシアが聖剣技における剣聖級だったことを鑑みれば、そう遠くないのかもしれない。

 もっとも、ゲームと同一視せずともリシアは紛れもない天才だから、そう簡単には断言できない。



 しかし目標は高く持つべきだ。

 レンは「頑張ります」と苦笑して言い、五日目の指南を終えた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 その翌々日、エドガーはエウペハイムにあるイグナート侯爵邸に帰った。

 彼の帰宅を待ちわびていたユリシスは彼を出迎えると、自慢の庭園に連れて行きレンの話を尋ねはじめる。



「レン・アシュトンはどうだった?」



 エドガーの頭の中に、称賛の言葉がいくつも思い浮かんだ。

 だが、そのどれもしっくりこない。レンに相応しい称賛の言葉は何かと頭を捻った。

 そうしていると、彼ははっとした表情で思い出す。

 レンに剛剣技を指南した初日、最後の一撃を受け止めたレンに覚えた衝撃を。



「まるで、獅子(、、)のような力強さを感じました」



 言葉通りの受け止めれば雄々しい、などの印象だろうか。

 だが、剛剣技を扱う者にとってはそうじゃない。獅子というのは、彼ら剛剣使いの間で暗黙の了解とも言える強い意味を持つ。



 他者を評価するため、決して安易に使ってはならない。

 即ちそれは、剛剣技の開祖たる獅子王の強さである。



「エドガーほどの剛剣使いを以てして、獅子と表現するのかい?」


「はっ。レン様が私に向けた双眸に宿る強さは、間違いなく獅子のそれでございました。その強さを獅子と表現せず、どう表現すればよいか私には判断できません」



 エドガーの声音は本気を感じさせる。

 最初から疑う気はなかったが、ユリシスは感嘆を極め身震いした。



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