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今後のことと。

 クラウゼル家の一行は翌日をエレンディルで過ごす予定だったのだが、わけあって急ぎ、クラウゼルへの帰路に就いていた。

 パーティの夜、ユリシスが各派閥の動きをレザードに知らせて間もない。

 レザードは念には念をと考えて、早急の帰還を決めたのである。



 魔導船に乗った夜、レザードの客室にて。

 レンとヴァイスの二人が足を運んだその部屋の中で、リシアは一人、客室の窓から帝都の方角をじっと眺めていた。



 彼女はいつになく静かで、何か考え込む様子すら見せた。

 それを見たレザードが、腰を下ろしていたソファから立ち上がる。

 彼は皆の茶をはじめていたレンに「任せてくれ」と言い、一人リシアの隣に向かう。



「リシア、何か考え事か?」


「お父様……実は……」



 ぽつり、ぽつりと語りはじめたリシア。

 彼女はパーティでの話を思い返した。



「……イグナート侯爵とセーラが言ったように、私は帝都に行った方がいいのかもしれません」



 パーティで中立派の貴族が何人か鞍替えをすることを聞いてから、その後でまた話に来たセーラから同じ言葉を聞いた。

 それが、リシアの心の中で強い意味を持つようになっていた。



 もちろん、レンもそれらの話について聞いている。

 帝国士官学院を目指すべきということについて、リシアが何か考えているらしい。レザードからそう聞いていた。



「お父様が私の知らないところで動いていたこととは別に、私も成すべきことを成さなければなりません」



 ギヴェン子爵の件までは、ユリシスとの縁で落ち着けることもあった。

 しかし冬の騒動を経て、魔王教という存在が公のものとなったいまでは話が変わる。

 名門に通い文武両道、自らを磨くことのほかにも、貴族とのかかわりで得られる政治力……また、帝都で得られる情報は何よりも貴重である。



「イグナート侯爵の言葉に思うことがあったのだな」


「はい。貴族同士の繋がりを深めればこそ、クラウゼル家が選べる選択もおのずと増える――――この言葉が、頭に浮かんで離れないんです」



 それに最良の選択肢となるのは、帝国士官学院のほかにない。

 リシアは帝都に行った方がいいと口にしたが、事実上、帝国士官学院を目指すと言ったも同然だった。

 懸念される派閥争いの熾烈さを鑑みれば、ごく自然な考えだろう。



(となると……やっぱり俺も他人事じゃいられないんだ)



 ゲームとこの世界が別物で、この世界に生きている者たちがゲームのキャラクタデーはないことは承知の上だ。

 それらを同一視するような侮辱は、レンも好ましくないと思っている。



 一方で彼の心には、以前と変わらずゲームと同じ運命は避けたい気持ちがあった。 

 とはいえ、いまはゲームと違う運命を辿っていると断言できる。バルドル山脈における魔王教の事件が勃発して間もないからだ。

 つまりレンにとって、ただゲーム時代のことを危惧するだけが良いとは言えない。

 想像の及ばぬ何かに巻き込まれることは、今後もあり得ると考えるべきだった。



 もはや村のことだけを考えて行動することは、愚かなことだ。

 これまでの経験でそれを学べない方が嘘だった。

 レンの脳裏に、自分が命懸けで守った二人の少女(リシアとフィオナ)のことが浮かぶ。



(――――魔王教は既に動いてるし)



 やがて魔王教が更に活発な動きをすること知るレンは、「二人を守るためには、自分も帝都やエレンディルに住むのが最善だ」と内心で呟いた。



 これは決して、義務感から生じた言葉ではない。

 レンは二人を命懸けで守り、縁を持った。いまでは純粋に二人の身を案じ、心に宿っていた帝都への忌避感を変化させている。

 根底にあるのは二人の身を案ずる献身なのだ。



 ――――すべては自分のためではなく、守りたい存在のため。

  


 心の中で考えた声が、頭の中に反響する。

 両親を、故郷を――――そして、自分が命懸けで守ってきた者たちを想った。



「ねぇ、レン」



 リシアが窓の外から客室に視線を戻した。

 離れたところから彼女を見ていたレンと視線を交わした。



「レンはその……私が帝都に行くことを、どう思った?」



 不安そうな声音で、僅かに肩を震わせながら。

 両手は胸の前で祈るように重ね、レンの返事を待った。

 自分が帝都へ行けば、故郷をこよなく愛するレンとは離れ離れになる。だがリシアは、自分が頑張ることでレンのためになることも知っていたから、その痛切な感情を抑えた。

 ……恋心にのみ従うことはせず、成すべきことを成すためにも。



 少しでもいい。離れ離れになることをレンが惜しんでくれたら頑張れる。

 リシアが欲していたのは、そうした言葉だけだった。



「仰る通り、帝都に行くことはリシア様のためになると思います。俺も陰ながら、応援しておりますね」



 彼はいつものように穏やかな口調で言った。

 だが、それだけだ。

 リシアはつづく言葉がないことに落胆し、同時に心の中にす――――っと穴があいたような錯覚に陥りながら、それでも気丈に笑った。



「うん……わかった」



 しかし、レンが間髪入れずに言う。



「なのでクラウゼルを離れても、いままで通り俺がお守りします」


「……え?」



 思いがけぬ言葉にリシアがきょとんとした。

 傍らで話を聞いていたレザードとヴァイスの二人も、やはりと思っていたのか微笑みを浮かべて見守った。

 きょとんとしていたリシアが、「レン?」と口にして瞳を震わせた。



「守るって、どういうこと?」


「言葉の通りですよ。そのときは俺もクラウゼルを離れて、リシア様をお守りするってことです」



 いつもの調子で言ったレンと対照的に、リシアは唐突に黙りこくった。

 彼女はそのまま俯いて、そっと歩きだす。茶の用意を終え、テーブルに並べはじめていたレンの面前までやってくると、彼女は唐突にレンの胸板に拳をぶつけた。

 何度も、力なくだった。



「……ばか」



 すると、



「ばか……ばかばかばか……っ! ばーかっ!」



 顔を上げたとき、彼女は大粒の涙で頬を濡らしていた。

 その表情は不満そうで、嬉しそうで、憑き物が取れたように晴れやか。

 レンが「どうしたんですか!?」と慌てて尋ねれば、リシアは「何でもない! 絶対に教えないもん!」と可憐に微笑んだ。

 リシアはそれから喜色に富んだ声で「ありがとう」「嬉しい」とレンに告げた。



「ははっ、リシア、こっちに来なさい。レンが淹れてくれた茶をいただこうじゃないか」



 呼びかけられたリシアはレザードが座ったソファの対面に腰を下ろし、戸惑うレンが茶を並べる姿を嬉しそうに眺めた。



 茶を淹れ終えたレンはまだ当惑していたが、レザードに促されてソファに座る。

 先に座っていた二人から見て下座に座ろうとしたのだが、リシアに「こっち」と妙に力強く言われ、彼女のすぐ隣に腰を下ろした。



「……なぜ俺をここに?」


「考える必要はないわ。そういうものなの」


「なるほど……」



 わからん、けどそういうものらしい。

 レンは考えることを止めて、一息ついた。



 一瞬の緊張が落ち着いたところで、レザードが「レン」と。



「いいのか? レンはクラウゼルや村での暮らしに重点を置いていたと思うが」


「はい。つい最近までは俺もそう考えておりました。ですが、俺も新たに考えないといけないことができたんです」



 とはいえ、とレンが、



(その考え事がなくても、クラウゼルを離れてただろうけど)



 建前や名目は関係なしに、仮にリシアが帝国士官学院を目指すと言うのであれば、彼女の護衛として自分もクラウゼルを離れていただろう、と。

 実際にその場面にならなければわからなかったものの、自分ならきっとそうしたと思った。

 魔王教の脅威を鑑みれば、それ以外の選択をする自分を想像できない。



「きっかけは里帰りを終えてからですが、更に深く考えるようになったのは昨晩からです」



 レンはそう言うと、懐に手を入れた。

 帝国士官学院すぐ傍でユリシスから渡された封筒を取り出し、それをテーブルに置く。

 封筒の表面に書かれたユリシス・イグナートの文字を見た他の三人が、一斉に慌てた顔を浮かべてレンを見た。



「イグナート侯爵とお会いになったのか!?」



 レンは驚愕したレザードに頷いて答える。

 偶然、帝国士官学院の傍に足を運んでしまったことに加え、ユリシスが唐突に現れたことを口にしたレン。それがパーティ会場で話した後だということに、レンを除く三人はすぐに気が付いた。



「話が前後してしまいますが、俺の村でこんなことがありまして……」



 レンは生まれ故郷が発展していたことと、今後も発展することが見込まれる事実を皆に語り聞かせた。

 そして、村の発展に伴って必要となる力が足りないことも。

 文官的な力の欠如を理解したため、外で学びを得る必要性があると考えた旨を口にした。



「レンが言うように、あって損のない力だろう。だが預かった土地の運営はその主一人で行うものではない。私だって幾人もの文官に手を借りているのだぞ」


「ですがレザード様は、一人でも領地経営ができるお力を持ちです」


「うむ。領主は想像の及ばぬもしも(、、、)を危惧し、一人でも文官仕事ができて然るべきだからな」


「であれば、村を預かるアシュトン家も同じではありませんか?」



 レザードは決して「そうだ」とは言わなかった。

 それは正直、村を預かる騎士家の長には荷が重すぎるから。

 だが、「違う」とも言えない話にレザードは腕を組んだ。



「ならばレンは、帝国士官学院を目指すのか?」



 問いかけにレンは苦笑して、そっと視線をそらした。

 まだ(、、)僅かに否定的な様子が見て取れるが、以前と違い頭ごなしに否定することがない。兼ねてより考えていた守るべき存在すべてを思い、またユリシスの言葉にも心揺さぶられてだ。

 彼は未来の選択肢として、かの学院を除外することができなくなっていた。



「レン? イグナート侯爵から貰ったそれと、いまの話は関係があるの?」



 まだ目元を赤く腫らしたままのリシアが言った。

 それを聞いたレンが気を取り直して「ご覧ください」と口にして、封筒の中にある紹介状を披露した。

 リシアにレザード、それにヴァイスもすぐに驚くことになる。その紹介状に書かれていた獅子聖庁の件を知り、皆一様に言葉を失った。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 秋口に差し掛かり、レンはまた一人帝都に居た。

 今回も以前と同じでクラウゼルから別の領地へ足を運び、そこから魔導船に乗るという中々の長旅を経ての来訪だ。

 護衛の騎士は連れていない。

 レザードは付けると言ったけど、レンが強く遠慮したからである。クラウゼル家を守ることに専念してもらったのだ。



 時間は朝の十時だった。

 レンは昼を過ぎた頃にイグナート家の執事である、エドガーと落ち合う約束になっている。



(頑張らないと)



 レンは帝都大通りを外れた路地の一角にある、白い塗り壁の洒落たレストランのテラス席で思った。



 昨年、正騎士がクラウゼルを訪れた際には、聖剣技がレンに向いていないことが発覚した。

 その際彼は、別の流派を一緒に探そう――――とリシアと話したことがあった。

 それなのに自分だけ剛剣技を教わろうとしている事実に、申し訳なさが募る。

 ユリシスはいずれリシアにも紹介状を用意できるといっていたが、彼女に先んじて自分だけ帝都に来ることになった事実は変わらないからだ。



 当然その感情をリシアに伝え、迷っているとも言った。

 まだ暑さが厳しい、真夏のことだった。



『別に、レンが先に覚えた剛剣技を私が教わればいいだけじゃない』



 話をした当時、リシアはクラウゼル家の屋敷でこう言った。



『基本的な剣はヴァイスが教えてくれてるでしょ? 実践的な剣はレンと立ち合えばいくらでも勉強になるわ』


『ですが、俺を介さずに教わることもリシア様のためになります』


『そんなこと言わないで。レンと立ち合いをつづけたおかげで、私は前以上にセーラのことを圧倒できたの。だから、いままでが間違いとは言えないはずよ』



 実際、そうだった。

 レンとリシアに帝国剣術を教えていたヴァイスからみても、リシアはレンと立ち合いを重ねた方が良いと思えた。正騎士に聖剣技を教わる道を進むより、いまのほうが間違いなく強いと確信できた。



 しかしリシアとヴァイスは、レンが言うことも間違えていないと知っている。

 リシアも可能であれば、自分もレンと一緒に剛剣技を学びたいと考えていた。



 だけど、



『お嬢様はまだ、ご当主様から止められておりますからな』



 ヴァイスが言ったように、リシアはある理由があって帝都へ行くことができなかった。



『わかってるわよ……特待クラスの受験のために、これまで以上に勉強しなさいってことなんでしょ?』



 リシアは帝国士官学院を目指すことに決めていた。

 それも特待クラスのため、いまから受験勉強に勤しむ必要がある。

 何せ受験は、翌年の春からはじまるのだ。リシアが今日まで勉強に励んでこなかったわけではないが、今後はより一層努力するに越したことはない。

 


『その通りです。剣を磨くのも重要ですが、帝都へ行くのは往復に時間が掛かり過ぎますので』 


『うん。だから今回は我慢するわ。レンも別に気に病まなくていいの。イグナート侯爵はもしよければ私にも、って言ってたんでしょ? なら私に余裕ができてからでも遅くないわ』



 そうした事情もあって、リシアはレンと共に帝都へ行くことを断念した。

 剣の腕を磨くこと以上に、いまは受験勉強に時間を割くべきと判断されたからだ。


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