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この日の挨拶の終わりに。

この土日は昼、夕方、夜の1日3回更新となります。

「さて」



 ユリシスが一息吐いて、話題を変える。



「レン・アシュトンに伝えておいてくれるかい? 是非、私の屋敷に来てくれって。当家自慢の屋敷で、彼のことをもてなしたいんだ」


「承知いたしました。レンには一言一句違わず――――」


「私はもちろん、娘も彼と会いたがっているからね」


「――――な、なるほど」



 遂にと言うべきだろうか、話題はレンが中心のそれへ変わりつつあった。

 ユリシスは依然として人のよさそうな笑みを浮かべていたが、その腹の内で何を考えているのか誰にもわからない。



 対するレザードもそうだ。彼もまた、ユリシスを立てる言い方を忘れない。

 されど、心の内には静かな闘志が芽生えていた。



「ただ、レンは故郷の村ために頑張っているところですので、すぐに……とはいかないかもしれません」


「なら、こうも伝えてくれるかい? 私で良ければいくらでも相談に乗るとね」


「感謝いたします。ですがアシュトン家の村については、娘とクラウゼル家を救ってもらったこの私が、最後まで責任を持つべきと愚考いたします」


「ははっ、それを言うなら、私も娘を救われているんだよ? それも一度ならず二度までもね」



 二人の声音からは決して剣呑さは窺えない。

 だけど、二人の娘たちにはわかった。父は静かな闘志を心に宿し、一歩も引くことなく静かな応酬をつづけているということを。



 いつからかリシアとフィオナは、互いの親から距離を取った。

 静かな戦いをつづける父の傍を離れて、その姿を見守っていた。



「どうかご安心を。いただいた招待状はレンが持っておりますから、レンが然るべき頃にエウペハイムへ足を運ぶでしょう」


「ああいや、それだけじゃないさ」


「と言われますと?」


「だってクラウゼル男爵が言ったのは、最初のお礼だろう? ほら、私が言ってるのはバルドル山脈での件だからさ」


「おや? それでしたら、先ほどは互いに気が付けなかったことが……と話したと思いますが」


「私とクラウゼル男爵の間の件ならその通りだよ。けどさ、忘れていないかい? フィオナを助けてもらったことへの礼は、また別の話なんだよ」



 二人の話は徐々に熱を帯びつつあった。

 娘たちにとって、そんな父の姿は見たことがない。

 思わず苦笑した彼女たちは互いの顔を見ると、ここにきてようやく、落ち着いて言葉を交わせるようになった。



「その……イグナート嬢」


「フィオナ、でいいですよ」


「え、ええ……では、フィオナ様と。私もリシアで結構ですから」



 二人の父たちとちがって、こちらの二人はぎこちなさが目立った。

 呼び名について語ってからというもの、どちらも口を開くことなく黙りこくった。互いに聞きたいことがあったのに、どうしてかそれが言葉にならない。



 当然、二人が考えていたのはレンのことだ。

 レンに命を救われた者同士、様々なことを考えてしまっていたからだ。



 そうして黙っていたら、先ほどのように夜風が吹いた。

 リシアの髪飾りと、フィオナのネックレスがまた揺れたのだ。



「それって――――」



 すると、リシアが口火を切った。



「星瑪瑙……ですか?」


「は、はい! コレは私の大切なもので……入浴するとき以外はずっと身に着けてるんです。リシア様の髪飾りは白金の羽……でしょうか?」


「そうです。私の大切なものなんですよ」



 いずれもとても貴重な品で、二人にとってのたからもの。

 互いのたからものに触れた二人の表情からは、それを限りなく愛おしく、大切に思っていることが見て取れた。

 相手の表情を見ていると、二人は自然に察しが付いてしまう。



 ……この子も、好きなんだ。

 ……私と同じ、命を救われた者同士。



 それが、口にせずとも伝わっている気がした。



 ……こんなに綺麗な子が。彼のことを好き。



 顔だけじゃない。立ち居振る舞い、それに言葉に節々に漂う礼節にいたるすべてが、彼女たちを心の底から綺麗な少女として成り立たせていた。



 それが、彼女たちにとっての困りごとだ。

 相手を嫌いになれたらどれほど楽だっただろう、と二人を悩ませる。

 もし相手の心が醜かろうと、彼女たちがここでレンを取り合って、浅はかな喧嘩をすることはなかった。

 何故なら、レンを想う気持ちと同じくらいに、彼への敬意を忘れていないからだ。



 命を救ってくれたレンを差し置いて、自分たちが愚かしくも彼を取り合って争うことは論外だった。

 また理性的な話をすれば、喧嘩などしてよい関係にない。



「…………」


「…………」



 二人は冷静だった。

 彼女たちにとって幸いだったのは、本人同士が話すより先に、両親がレンを取り合うかのように静かな舌戦を繰り広げてくれたことだ。



 客観的に、また冷静に物事を考えられたのはそのためだ。 

 そうはいっても、レンに抱く感情のすべてに嘘はつけない。



「――――私の恋は命懸けよ。命を懸けて私を守ってくれたレンのためなら、なんだってできる」



 リシアがいつもの調子で、つい敬語を忘れて思いの丈を口にしてしまった。

 普段通りの口調になってしまったことは通常であれば間違いで、当然リシアだって過ちを自覚していた。

 でも後悔はない。ここで気持ちを口にしないと、駄目な気がしたから。



 だが、はじめて会う――――しかも、不思議な関係にあるフィオナを前に語ったことで、熱と様々な感情により首筋から頬が真っ赤に染まった。



「――――私も、この世界を与えてくれたレン君になら、すべてを捧げられます」



 対するフィオナも、首筋から頬に留まらず耳たぶまで真っ赤に染め上げる。

 二人には、自分自身が口にした言葉に恥じ入るところは一切ない。だがどうしても、本当にどうしようもなく顔中が真っ赤に染まってしまう。



 譲れない気持ち、恋心を真っすぐ伝えることはこうまで衝撃が大きいのか、と。

 リシアとフィオナは顔中を真っ赤にしたまま相手を見つめていた。



 ――――夜風が吹く。

 二人はその風に火照った肌が撫でられて、心地良さを覚えた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 その後どうしたのかと言うと、リシアとフィオナの間に会話はなかった。

 吐露しあった言葉から互いの覚悟と想いの強さを知り、それらを尊重した。できた話はそれまでだ。



 ユリシスとレザードが二人に声を掛けたことで、その話をする雰囲気が消えてしまったからである。



「そうだ」



 パーティ会場に戻る直前、テラスで思い出したようにユリシスが言う。



「念のために聞いておこうと思っていたんだ。クラウゼル嬢、少しいいかな」



 はい、と頷いたリシア。



「クラウゼル嬢は帝国士官学院に通う、そう思っても構わないかい?」


「……いいえ。まだ決めかねておりました」



 思えばさっき、セーラが何か言いかけていた。

 それもあってリシアは、いまのような返事に留めた。



「なら、かの学院の特待クラスを目指したほうがいいだろう。以前なら私もクラウゼル家の考えを尊重したけど、最近は物騒だからね」


「物騒? バルドル山脈の件ですか?」


「そうそう! ああでも、それだけじゃないよ」



 するとユリシスはため息交じりに、面倒くさそうな声で、



「今後数年の間に、派閥争いが以前以上に苛烈を極めるはずさ」



 それにはレザードも眉をひそめ、リシアに先んじて尋ね返す。



「帝都で何かあったのですかな?」


「数日前にね。クラウゼル男爵は、バルドル山脈での騒動の後で、英雄派と皇族派の上位貴族たちが剣呑になってるって話を――――知ってるに決まってるか」


「はっ。同じ派閥内でも意見がわかれて、言い争うことも少なくないと聞きますが」


「その通り。けど、実はそれだけじゃなくなっちゃってさ。私も情報を得たのはつい先日なんだけど――――」



 ユリシスでも聞いて間もない情報、それは帝都でも知る者がまだ少ないということだ。

 彼曰く、知る者がいても両手で数えられるくらい。



「中立派に属する貴族が数人、英雄派と皇族派に鞍替えするらしい」



 それらの貴族たちは、先の騒動で中立派が更なる弱体化を迎えることを危惧して、他の二大派閥へ鞍替えすることを決意したそうだ。



「かねてからの噂が、現実のものとなるのですね」



 当然、レザードは冬から今日までの出来事を耳に入れている。

 彼の力を最大限駆使し、更にイグナート侯爵から聞けた情報から自分なりに行動を起こし、情報戦に負けぬよう力を尽くしていた。

 しかし、いまの話は彼が介入できるものではない。



「貴重な情報、感謝します。力不足を痛感するばかりです」


「私が知って間もない情報だから、知らないのも無理はないさ。こんなことでクラウゼル男爵の価値は揺るがないとも。私がさっき称えたことを、忘れないでくれよ」



 気遣いの意味合いに限らず、レザードが有能であることも事実。

 言い終えたユリシスは再度リシアに顔を向けた。



「だから、帝国士官学院を目指した方が良い。貴族同士の繋がりを深めればこそ、クラウゼル家が選べる選択もおのずと増えるからね」



 本心では両家の繋がりを更に深めたかったユリシスも、大恩あるクラウゼル家に腹芸を仕掛けることはしなかった。

 クラウゼル家のことを考えて、彼らが考える将来を尊重する。

 口にするのは、ユリシスに出来る助言のみ。



「――――本当は、私とラディウス殿下と肩を並べてほしいものだが」



 最後の呟きは誰の耳にも、それこそフィオナの耳にも届かなかった。

 ユリシスは帝国士官学院のことを話して満足したのか、おもむろに腕時計を見た。このあと一時間もすればパーティ会場は別の場所へ移り、夜会が開かれる流れになっている。



「フィオナ、そろそろ帰ろうか。寮まで送っていくよ」


「はい。ありがとうございます」



 イグナート家の二人は夜会に参加しないらしい。

 二人はレザードとリシアにもう一度頭を下げてから、このパーティ会場を後にした。

 


 ――――会場を出てすぐのユリシスが、馬車に乗ってすぐに。



「さて、彼の元へ向かうとしようか」



 御者を務めるエドガーに告げ、夜の帝都を進んだ。


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