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はじめての覚悟。

本日もどうぞよろしくお願いいたします。

(大丈夫……ッ! リトルボアは最初の魔物だッ!)



 強いて言うなら、ゲーム開始時に出る魔物の中でも少し強いくらいの魔物だ。

 しかし前世においても、獣と戦う経験をしたことはない。人間と違う生物の突進を目の当たりにしたレンは、面前で牙を露出したリトルボアを見て首筋に汗を流した。



『ブルゥ――――ッ!』



 リトルボアはレンの首筋を目掛けて飛び跳ねた。

 驚いたレンは慌てて木の魔剣を横に構え、リトルボアの口を猿ぐつわのようにして抑えた。



 しかしリトルボアの勢いを殺しきれず、押し倒されるように地面に腰をつく。



「……ぐ、ぐぅ……ッ!」



 薄汚れた牙が生臭い涎を滴らせながら近づく。

 経験したことのない緊張感に苛まれたレンは動揺していた。直接的な殺意を前に恐怖していたくらいだ。



(負けるもんか……ッ!)



 このままではまずい。

 レンはこうしていても駄目だと自らを律して、リトルボアに抵抗すべく腕を前に押し出した。



「え……?」



 すると驚くことに、リトルボアを押しのけることができた。

 いとも容易く、あっさりと。



(――――そうか、父さんとの訓練で俺は随分強くなっていたんだな)



 驚くままに立ち上がったレンに対し、別のリトルボアが飛び掛かる。

 木の魔剣を構えたレンは、先ほどと打って変わって落ち着いた様子で受けめた。今度は腰をつくどころか、びくともしない身体の強さを以て勇ましく。



「良かった! お前たちなら、俺でもどうにかできる――――ッ!」



 逆にリトルボアを弾き飛ばし、三匹目のリトルボアへ向けて踏み込んだ。



『ブァ――――ッ!?』



 そして、木の魔剣で頭部に一振り。頭部は強い衝撃に耐えきれず押しつぶされた。

 レンはつづけて、背後から迫っていた別のリトルボアへと返す刀で胴体を斬りつけた。分厚い毛皮を断つには至らなかったが、強い衝撃によってリトルボアの胴体が大きく凹む。



『ッ…………』


『ッ……ァ……』



 あっという間に二匹が斃れると、残る一匹は情けない鳴き声を上げて森の奥へ走り去っていく。

 もちろん、レンは追撃を仕掛けない。



 彼は慌てて橋の方に目を向けると、ミレイユがどうしているか確認した。



「レン!? そ、そんなに強くなっていたなんて……っ!」



 彼女はロイに肩を貸して歩いていたが、体格の差もあってあまり進めていなかった。



「こっちはもう大丈夫です! 俺も肩を貸しますから、急いで父さんを屋敷に連れて行きましょうッ!」



 息子の強さに戸惑っていたミレイユも、その息子に強い口調で言われてハッとした。慌てて前に歩きはじめるも、やはりロイが重くて思うように歩けない。



 しかし、レンが力を貸したことでようやく余裕が生まれた。

 いや、むしろレンが一人でロイを背中に担いだ方がいい。

 身体能力UP(小)の恩恵は、この程度の体格差を無にしていた。



(召喚しておいて良かった)



 ロイを背中におぶさったレンが僅かに落ち着いた。

 実は今回、何が起こるかわからなかったから、屋敷を出る前に木の魔剣を召喚して、先に腰に携えていたのだ。



 おかげで父の命を救えたと思えば、自画自賛したいくらいだ。



「レン! 私はこのままリグ婆を呼んでくるから!」



 畑道に入ると、ミレイユはそのままレンと別れて歩きはじめた。



「リグ婆……?」


「リグ婆は薬師のスキルを持っているから、きっと力になってくれるわ!」


「わ、わかりました!」



 帰り道は寂しさを覚えることがなかった。

 ロイのことを心配するあまり、それどころではなかったのだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 空の端が瑠璃色に染まりはじめる。

 一睡もできなかったレンはその様子を見て、もう朝が近いことを悟った。



「あれ……リグ婆?」



 自室の窓を開けて外を見ると、ロイの治療に専念していたはずのリグ婆が疲れ切った様子で外に出てきたところだった。

 レンはその姿を見るや否や、慌てて部屋を飛び出して屋敷を出る。



「リグ婆ッ! 父さんはどうなったの!?」



 傷の具合がどうなのか、どうなったのかという話をレンは何一つ聞いていなかった。

 治療をするために邪魔になるという理由から、ミレイユですら部屋から出るように言われていたのだ。



「ああ坊ちゃん……ちょうどよかった」



 すると、リグ婆は踵を返してレンの下に近づいてくる。



「旦那様でしたら、ひとまず落ち着いていただくことができました」



 つまり、ロイはまだ起きていない。



(そりゃそうか……あんな大けがだったんだから……)



 昨晩、屋敷に戻ってベッドに寝かせた際にどれほどの傷か確認した。腹部は横に深々と切り裂かれていて、内腑が押し出される直前だった。

 全身の骨がいくつも砕けており、歩くのが困難だったことも想像できた。 



 ロイは橋まで戻るためにも、死力を尽くしたに違いない。



「でも……父さんがリトルボアにやられるなんて……」



 信じられないと言わんばかりに呟いたレンの前で、リグ婆は静かに首を横に振った。



「じゃ、じゃあ違う魔物ってこと?」


「そうでしょうね……。ですがこの辺りの森にはリトルボアや大きな虫のような魔物ばかりですから、どんな魔物のせいなのかリグ婆にもさっぱりです」



 困ったように俯いたリグ婆を見たレンは考えた。

 もしかすると父さんの傷は、例のDランクの魔物によるものではないか――――と。



(この村の近くに現れてしまったんだ)



 それも、森の中に入ってあまり深くない場所で。

 ロイは辺りの森を知り尽くしているだろうし、無茶な場所までは足を踏み入れないはず。だから比較的村の近くに現れた、こう思った。



「だけど、ありがとう。リグ婆」


「いえいえ……。さてと。リグ婆はもう帰って休みますけど、夜にはもう一度様子を見に来ますから。何かあったら遠慮なく呼んでくださいな」


「わかった。今日は本当にありがとう!」



 屋敷を去るリグ婆の足取りは疲れを感じさせた。いつも散歩中に会う彼女と違い、ゆったりとしていて足取りが重い。



 朝までずっと頑張ってくれたようだ。

 レンは彼女の背に向けて頭を下げて感謝してから、屋敷の中へ戻っていく。



(後で森に行かないと)



 血の匂いでDランクの魔物をおびき寄せないように、橋の傍に残してきたリトルボアの死体を取りに行かなければ。



(それと、無理を言ってでも魔物の名前を聞かないと)



 父が倒れてしまったいま、戦えるのは自分だけ。

 まだ未熟な七歳児だが、スキルがあることが幸いしている。



(俺がやらないと、村の方にも来てしまうかもしれないんだ)



 森の中でも比較的村に近い場所でその魔物が現れたのならば、特に餌となる弱い魔物たちを狩っておく必要がある。

 これらのことを考えながら歩いていたレンが、やがて両親の寝室にたどり着く。



 扉をノックしてミレイユの返事が届いてから、ドアノブに手をかけて中に入った。



「…………父さん」



 両親の寝室に入ると、大きなベッドの上にロイが寝かされていた。

 その姿は、真っ白でない薄汚れた包帯が全身に巻かれていて痛々しい。顔を見れば目は閉じられていたが、胸元を見れば呼吸に合わせて上下していた。



 レンはそれを見て、父が本当に生きていると実感して僅かに緊張をほぐした。



「この人が起きたら教えてあげないとね。レンが居てくれたから私たちは助かったんだ、って」



 そう口にしたミレイユはベッド横に置かれた丸椅子に座っていた。



「あはは……俺もいっぱいいっぱいでしたけどね」



 苦笑して言ったレンは気が付く。



「その羊皮紙って、ヴァイス様が持ってきた羊皮紙ですか?」


「ええ。そうよ」



 ミレイユが膝の上に置いていた羊皮紙を見たレンは、おもむろに手を伸ばす。

 いつもなら許可を得てから行動するレンも、今回はミレイユに尋ねることなくその羊皮紙を手に取った。



(ッ…………嘘だろ)


「多分、その魔物にやられちゃったのね」


「え、ええ……そうだと思います……けど……」


「けど……?」


「……いえ。なんでもありません」



 驚きの表情を浮かべたレンは心の内で疑問を抱く。

 何故、どうしてこの魔物がこんな場所に? 

 想定していなかった魔物の名前を見て、彼は内心を慌てさせた。



(――――シーフウルフェン(、、、、、、、、)だったなんて)



 シーフウルフェン。

 外見は真っ白な毛皮をした狼のような魔物で、尻尾が四本、目が六つもある。体長は大人の男性を四人ほど並べたくらいで、それなりだ。



 大きな特徴は二つあって、一つは速度が尋常じゃないということ。

 もう一つはシーフと名につくだけあって、相手から何かを盗むことに長けているということ。こちらに関しては風魔法を器用に使いこなすことで、全身に纏った風を見えざる手が如く伸ばして盗むのだ。



 出現確率はゲーム時代も低く、エンディングまでいっても出会えないのが普通だ。

 とはいえ戦って弱いわけではなく、Dランクの中位から上位の実力を秘めている魔物だ。倒せばレアアイテムをドロップするから、倒す価値は十二分にある。



(問題は強いってことだ)



 そりゃ、レンだって倒せるものなら倒したい。

 だが昨晩はじめてリトルボアを倒したレンにとって、シーフウルフェンは荷が重すぎた。



(…………駄目だ。戦えない)



 何度考えてみても倒せる気がしなかった。

 そうはいっても無視はできない。



 予想が確かなら、シーフウルフェンは橋からそう離れていない森に現れたのだ。村に現れるのがそう遠くない未来であることは想像がつく。



(どうにかして村から遠ざけないと)


「レン……? 黙っちゃってどうしたの?」


「あ、えっと……迷っていました」


「迷っていたって、まさか森に行くつもりじゃないわよね?」


「そのまさかですよ。戦えるのは俺だけですから」



 当たり前だと言わんばかりの声色に対し、慌てたミレイユは丸椅子から立ち上がった。



「だ、駄目よ! レンにはまだ危ないわ!」


「でも俺、リトルボアを三頭同時に相手して勝てましたよ」


「それでも駄目っ! お父さんを襲った魔物が現れたらどうするの!? お父さんに勝てないレンには危ないに決まってるわ!」



 至極まっとうな意見だった。

 レンもその正論を前に「うっ」と押され気味になったが、諦めるつもりはない。



「母さん、でも今はすごく危ない状況なんです」


「……何が言いたいの?」


「いくら父さんでも、危ないことに対して無茶はしません。だというのにこのシーフウルフェンに襲われたのだとしたら、シーフウルフェンが予想以上に村の近くで現れたということになりませんか?」


「それは――――っ」


「迷っている暇はありません」



 それに。



「アシュトン家に生まれた俺には、父さんと同じくこの村を守る義務があるんです」



 息子の言葉にミレイユは遂に黙りこくった。

 その姿を見たレンの心が痛んでしまう。



 だが撤回はしない。アシュトン家に村を守る義務があることは、男爵家の騎士団長であるヴァイスも口にしていたのだ。

 当主夫人であるミレイユにも、その言葉が正しいことはよくわかる。



「村の皆を連れて逃げることも考えましたが、村の外で魔物が現れるのは間違いありません。ですが結局のところ、そこで戦えるのも俺だけなんです」



 だったら村にいた方が安全だろう。

 男爵の増援が到着するまで、レンが村からほど近い森の中で魔物を狩る方が、まだ現実的であった。


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