第6食目 お肉美味しいです!&私の意外な能力
「よし。これで必要なものも揃ったな」
「はいそうですね――」
そう言いかけた私の言葉を大きく遮ったのは、私のお腹の音だった。
はっとなって勢いよく隠したものの、サラさんにはバレバレだった。
「何かお昼ご飯でも食べようか」
「うう……すみません」
恥ずかしくてやりきれない。
こんな時のお菓子だろうがと思うが、あれをやるとお腹が膨れてもまたすぐ減るみたいだ。
サラさんが言うには多分お菓子の生成に魔力をぐんぐん吸われてるからと、それで生み出したお菓子摂取は自分自身の魔力還元にはあまり向いてないからだろう。
とりあえず私は先程金欠で食べられなかったステーキ屋さんの近くに行く。
「おう嬢ちゃん。焼きたてあるぜ食ってくか?」
「は、はいぜひ!」
奢ってくれるとは言ってくれたが、これでもう大分サラさんに借金を作ってしまったな。
これはダンジョンで頑張って何とかお返ししなければ。
2人分のステーキを購入すると、私たちは屋外のテラスで食事を楽しむことにした。
「うわぁ……美味しそう……」
夢にまで見たステーキ肉が今目の前にある。
くぅう……肉の跳ねる脂の音がたまらんです。
もう我慢できぬ。早速味わってやろう。
「いただきまーす!」
熱々の肉が口の中で弾けていく。
熱! 家ではいつも家政婦さんがフーフーしてくれたっけな。
王家にいる頃は大体高級な食材とかを食べていたが、こんなにも厚みのあって肉汁ジューシーなステーキは食べたことがない。
悪く言っちゃえば庶民の味、ということになるのだろう。
貴族御用達の風味にすっかり飽き飽きするほど慣れ切ってしまった私なんかには目が覚めるように刺激的な味だ。
美味しい――
味の暴力がこれでもかと襲いかかってくる。
舌が塩と胡椒の虜にされていく。
たっぷり溢れ出る脂が味覚の世界を浸食している。
砂糖に塗れた甘露なんかを貪っていたからか、この絶大なギャップには振り回されっぱなしだ。
「……キミは随分と美味しそうに食べるんだな」
逆にこっちに慣れ親しんでいるサラさんなんかは、当たり前のご飯に感激している変な人にしか見えていないだろう。
美味しいものは美味しいのだ。
感激というのはこんなもの食べたことないという驚きの面でかもしれない。
「私なんかにしてみれば、キミの作るそのお菓子の方が舌がとろけるほどの美味なんだけどな」
「その辺が人による感覚の違いなのかもしれませんね」
「ところでそのお菓子についてなんだが――」
お洒落な木の椅子でサラさんは足を組み替えていた。
「さっきガントツのじいさんがめちゃくちゃ元気になってたよな。アレはキミの魔法がなせる技なのかい?」
「え、ええ。多分そうかも?」
お菓子には生成の際に私の魔力の一部が込められているようであり、言ってしまえば私の魔力をお菓子の形に変え一時的に他人へ譲渡することができるようだ。
「そんな素晴らしい魔法ならば尚のこと見逃せないな。やはりキミと組んで正解だったよ」
サラさんは嬉しそうにステーキをナイフで串刺しにする。
でもそんなに良いもんなのかなぁ。
すぐに疲れちゃうし。
しかしこの美味しいステーキ肉のおかげでだいぶ魔力も回復してお腹もいっぱいになったと思う!
費用対効果は抜群だ。
食べ終えた食器を片付ける際、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。
「助けて! こっちにこないで!」
「誰か襲われてます!」
「裏路地の方かっ」
私たちは声の主がいると思われる裏路地の方角に向かって突き進んでいった。
そこには屈強な見た目をしたゴツい男たちが3人、細身で儚げな女性を囲んでいた。
今にも男たちが女性に恐喝とか暴行とかを働きそうな物々しい雰囲気だ。
「おい! 今すぐその手に持ってるものを寄越しやがれ!」
「痛い目に遭いたくなきゃ金目のモンは置いてけってこったな」
「だ、ダメよ。これはお父さんの大事な――」
女性はひたすら両手で風呂敷包みの何かを隠すように歩いていた。
先回りされた男たちによって逃げ場を失った女性は観念したかのように目を瞑っていた。
「うるせぇ! いいから寄越せってんだよ‼︎」
男のナイフが女性に向けて振りかざされそうとしたその瞬間――
「危ない!」
咄嗟に私はお菓子の木の魔法を発動させ、その凶手を阻んだ。
「なんだぁ!」
なんとか間一髪で女性を守ることはできたが、木の方は一瞬でちぎられ粉砕されてしまった。
「いたいけな女性から荷物を狙うなんて! そんな不届きものはこのわた、私が許しませんよ!」
「……格好いい台詞だけど、せめてもう少し近くにきて言い給え」
私はその場を離脱しかねないほどすごい勢いで退避し、遠くの安全な距離から男3人相手に凄んだ。
案の定サラさんからの冷徹なツッコミが突き刺さる。
そりゃそうだ。でも足の震えが止まらない。
なに慣れないことしてるんだろう自分は。
世に言う物語の主人公たちの「体ががってに動いてしまった」現象だろうかこれは。
強そうなサラさんにあとはパスして、私は女性を物陰から避難させた。
「ちっ! ならまずお前からだ女!」
襲ってきた男のうち髭面の方に対して、サラさんがその攻撃をかわすと真っ直ぐ一直線に左拳のストレートを男の腹部に命中させた。
「ごふっ!」
堪らず胃の中のものを吐き出すようにして、彼は大きく後退した。
「女じゃない。サ……通りすがりの研究員さ」
「ふざけんな!」
やられたものの仇を取ろうと2名の男が迫ってきたが、これをまたノールックで蹴り返して返り討ちにした。
さ、サラさん強ええええええっ‼︎
こんなんダンジョン攻略絶対1人で十分ですやん。
私いたらむしろ足手まといになるぞ。
現役純戦士による、騎士とは程遠いチンピラスタイルは私の心を掴んで離さなかった。
強いこのイケメン。
なんて感心してる場合じゃなかった。
彼らは再びむくりと起き上がると、今度は念入りに3人同時で襲いかかってきた。
「今!」
私は彼らの口元目掛けて生成したばかりのお菓子の塊を投げつけた。
「な、なんだこりゃ……甘ぇ! ……けど幸せぇええぇ」
私のお菓子を食べさせられた屈強な男たちは、かつての勇ましい姿が見る影もないほど骨抜きにされてしまっており、すっかり敵意と悪意は消えてなくなってふにゃふにゃになっていた。
やがて悲鳴に駆けつけた憲兵がやってきて、事情を確認すると彼らを収容所にて送っていった。
ふぅ。私のお菓子にはどうやら「改心」だとか、そういう能力が宿っているのかもしれない。
肉体的に元気な時は効かないと思ったから今投げたが、どうやら効果的面だったようである。
それにしても咄嗟だったとはいえ、よくよく考えてみればとんでもない設定だ。
サラさんがまた興味深そうな目で見つめて、私を高い高いしている。
「ははは! すごいぞマロウ! キミの力は最高だ! なんとしてもキミのその力を把握したい! そしてそれが私の研究によるものであると信じたい‼︎」
「あ、あーはい。うん」
先程助けた女性からお礼をいただくと、私たちはいよいよこの街の外にあるダンジョンへと向かっていった。