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第5食目 ドワーフさんのお店でお買い物

 さて、こうして王の名を奪われし元アレイスター王家の私は、ひょんな事からお助けした女研究者兼ソルジャーの女性サラさんと彼女の目指していたダンジョンに向けて攻略しに出かけなければならない状況にあった。

 まず何はなくとも準備が欠かせない。

 特に私は冒険のぼの字も知らないひよっこなのだから。

 使えるものは総動員するとして――今の私にあるものといえば


 ①スキル『お菓子作り』

 ②装備品・お菓子の服

 ③お菓子の家・Lv1

 プラスアルファで所持金銀貨5枚。


 ……うん詰んでね?

 ダンジョンっていうか、スライムが飛び出す草原でさえ追い返されるレベルだぞこれは。

 冒険者なめてるのか。

 いやそりゃあね。片方めちゃくちゃ強そうなソルジャーさんですけども。

 もう片方がお菓子しか作れないポンコツだとなると、余計こそ攻略の足手まといになるんじゃなかろうか。

 モンスターとか襲ってきたらどうなるこの家。

 私が許可しない限り食い尽くされる恐れとかは無いとおもうけど、一瞬で砕かれてペシャンコにされてしまうぞ。

 後は残った丸腰の私を美味しくむしゃむしゃされて人生終了ゲームオーバーだ。

 それはいかんですよ!

 囮作戦として使えるからサラさんにとっては都合が良くても私にとっては大問題だ。

 入念に出来るだけの準備はして、万全の状態で臨みたい。

 しかしそうゆっくりもしていられなさそうだしなぁ。

 ううむ。今から剣の稽古でもつけてもらうか?

 私、馬術と剣術なら多少の心得はありますよ。


「いや。キミの個性はそんなところになかろう」


 あっさり否定されてしまった。

 別に才能がないとかそういう意味じゃないんだろうけど。


「どちらかといえばこの素晴らしい家を作ったその力の方だろう! なんだこのスキルは。もし良ければ教えてくれないか?」


「あ、え、えっとはい。良いですよ。そんなに良いものじゃないので……」


 聞けば驚くに違いない。

 ハズレもハズレなびっくりスキル。

 うーん。まぁでもこれ使って良かったことと言えばお腹が膨れたことと、サラさんを助けられた事かな。

 私は自分のスキル『お菓子作り』について色々わかっている範囲で説明した。


「……素晴らしい。素晴らしいぞマロウ! キミは100年――いや、1000年に1人の逸材だ‼︎ 最高だぞ!」


 するとめちゃくちゃ興奮気味に、そして嬉しそうにサラさんが叫んだ。


「そ、そうですかね?」


「無から己の魔力のみでここまでの物質を創造できる能力など、他に聞いたことがない。ひと眠りすれば体力を一瞬で回復してしまうベッド! 緊急時の食糧代わりにもなる家具や家そのもの! そして自由自在に移動可能な建築物‼︎ 何から何まで素晴らしいぞ。どうしてそんなに自分を卑下するんだ!」


「い、いやぁその……だ、だってこんなスキル役に立ちそうにないし……黙示録にも載ってないハズレスキルだし……。そ、そのせいで私は家から追い出されちゃったし……神官様からも残念そうな目で見られましたし……」


「そうか。キミをこの世に誕生させてくれた最高なご両親には悪いが、見る目が無いな。むしろそんな家自分から出て行った方が正解だ。それになマロウ。スキルや本人の価値を決めるのは他人ではない――他ならぬ自分自身なのだよ」


 思い出したくない記憶がよぎり、震える私の手をサラさんは力強く握りしめてくれた。

 その手と言葉からは優しい愛を感じ取る事ができた。


「キミは素晴らしい才能を持っている。是非ともキミの力を貸して欲しい」


 すごい、素敵、素晴らしい――。

 そんな事生まれてこのかた、実の親や先生からだって言われたことがなかった。

 ぽろぽろと目から熱いものが湧き上がる感情と共にこぼれ落ちていき、それがサラさんを動揺せてしまった。


「ど、どうしたマロウ。な、泣くんじゃない! 落ち着け!」


「う、うう……すみません。ありがとうございます……」


 鼻声で泣き崩れる私を、サラさんは優しく抱きしめてくれた。


「辛い事もあっただろうが、これからは私が側にいる」


 そうして頭をポンポンと優しく触れてくれるものだから、また一気にどっと涙が溢れてきてしまった。

 彼女の胸元でわんわん泣きじゃくってる間、走ってきたわけでもないのにサラさんは何故か呼吸を荒げていた。

 苦しさが伝わってしまったのだろうか。

 早く泣き止もうと顔を擦り、やがて気持ちを落ち着かせる事に成功した。


「す、すみません。大事な服まで汚してしまって」


 詫びの印に魔法でお菓子『ホットココア』を生成して、2人で飲み干した。


「良いんだよ気にしないでくれ。これは後で大事に取っておくから。……それよりどうだろう。そろそろ物資の買い出しにでも行かないか?」


「え、えぇ。そうですね」


 お菓子の家を人目につかない場所に待機させ、私たちは街へと進んで行った。

 サラさんは追われている身なので、ダンジョン突入以外では変装をしているとのことだった。

 ドレス型の鎧を、今度はスカートを出してドレスに変化させると、頭のてっぺんの結んでいた赤茶色の髪を解いた。

 先程までの男勝りな印象はどこへやら、そこにはお淑やかで異国風の情緒あふれる女性が立っていた。


「人間こんなに変わるものなんですね……」


「よく言われるよ」


 サラさんは屈託の無い笑顔で私にウインクしてきた。

 私も一応……もう服も売っ払っちゃったし、流石に貴族だとは思われないかもしれないけど、万が一という事も考えて彼女に倣って変装してみることにした。

 といってもお菓子のメガネを作成しただけなのだが。

 鏡を見ると、お互い大分違った印象になるんじゃなかろうか。

 これで元の正体を知っているものが見ても、すぐには気付かれないはずだ。

 装いと気分も新たに、颯爽と街へと向かって踏み出していった。




   ◇ ◇ ◇



 辺りはもうすっかりお昼過ぎくらいだろうか。

 おやつとお昼寝には最適の時間だ。

 そんな中、私とサラさんは仲良くお買い物に出かけていた。

 まずは必要物資の買い出し。

 天下のダンジョンに挑むのだから準備は怠ることなくやっていきたい。

 そういう系の道具が集まるのは、カラフルな街並みでもそこそこ目立つ歪な苔色の煉瓦屋根が特徴的なお店だ。

「いらっしゃい」

 そこは風変わりなドワーフさんの構える老舗の道具屋さんだった。

 他の店々とは一線を画する店構えから分かるように、主人は少々変わりもので頑固ものだ。

 大トカゲの尻尾や蛇の抜け殻みたいな変なものを集めて喜んで売り捌いているのだ。

 しかし冒険者といえばまさにココといった感じで、豊富な品揃えに裏打ちされた確かな信頼を勝ち得ていた。

 とりわけ剣や弓といった本格的な武器から、ポーションや毒消し草など冒険に欠かせない必需品が幅広く取り揃えてある。

 サラさんは一応店主さんとは顔見知りのようで、変装していても一発で見抜かれていた。


「なんでぇ。まだくたばってなかったのか」


「ふっ。目的をやり遂げるまでは死ねぬさガントツ。そっちも相変わらず妙なもん仕入れてるってハナシじゃないか」


「ケツの青い若造どもの戯言だ。連中にはこの価値がわかんねぇのよ。……そんでアンタのツレのお嬢ちゃんは何?」


「あぁ。彼女はマロウ。スゴイ才能を秘めているんだ。なので今回ダンジョンに同行してもらおうと思ってな」


「おいおい。神託迎えたばっかの子供に見えるが大丈夫かよ。しかもアンタ一回やらかしたんだって?」


「なぁにありゃ油断しただけだよ。しっかりやって、この子の力を借りれば余裕だっての」


 サラさんは離れて見ていた私の頭を抱えて、押し寄せた。


「へぇー。アンタがそこまで絶賛するとはな。是非一度お目にかかりてぇもんだ」


 店主さんにじっくりとじろじろ見られて、いつになく緊張してしまっていた。

 するとサラさんは突然手をポンと叩いて言った。


「そうだ。マロウ。なんなら今見せてやればいいんじゃないか?」


「えっ、えええ⁉︎ で、でも今はお菓子しか作れませんよ?」


「それでいいんだ。キミがこれまで食べた中で一番美味しいと思ったお菓子を作ってみせろ」


「おっ、なんだなんだ? この老ぼれにも見せてくれるのかい?」


 みんなに囃し立てられたので仕方なく私はお菓子を思い浮かべた。

 美味しかったもの……そういえば誕生日の時に食べたあのケーキはとっても美味しかったなぁ。

 13回目の時は惜しくも食べられなかったけど。

 特に7歳の時に作ってもらった顔まで埋まるほどかおっきなケーキは最高だったなぁ……。


「のわあああっ! な、なんだなんだこのケーキの山はごふっ!」


 目を開けてみると、そこにはかつて見た山のように大きなケーキがどっさりとそびえ立っており、ドワーフの店主さんがズッポリ埋まってしまっていた。


「わあああああっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」


「どうだすごいだろう。彼女はこれまで記憶したあらゆるお菓子を無から創造することができるのだぞ」


 サラさんは得意げにそう言うと、眼前のケーキについた白いクリームを指にすくって舐めた。


「なるほどなぁ……確かにこいつは他に類を見ない珍しい能力だの。……どれ」


 店主さんも身体を生クリームに埋めながら、周囲のケーキを頬張った。


「うおおおっ! こっ、これは……美味いっ‼︎ なんたる美味だ! うひょおおおっ!」


 ドワーフのおじさんは恍惚とした表情で生クリームの海に溺れていた。

 満面の笑みで緩み切った頬は、ケーキの食べかすとチョコレートに塗れていた。


「天にも昇るような気分じゃ……おお見ておくれ。どうやら天使が迎えに来たようじゃ」


 なんだか危ない世界にトリップしている様子だった。

 危険なのでとりあえず近くにあったフライパンでおじさんの頭をバチコンと殴った。


「……はっ! うっかり天国に連れてゆかれるとこだった。いやーありがとうありがとう。こんな素晴らしい菓子を食べたのは生まれて初めてだ」


「あ、ありがとうございます……」


「それにほれっ。なんだかあのケーキを食べたら力が湧いてくるようなのだよ。ふんっ! ふんっ! どうだ! まだまだ現役120年! まさしく全盛期の力――」


 全身火でもついたように盛んに勢いよく動き回っていたおじさんの腰が、『グギィ』という痛々しい効果音と共にくの字に折れ曲がった。


「あーあー。ガントツ。年甲斐もなく無茶すっから……」


「ぐぅうう……まだまだ若え衆には負けんぞ……」


「な、なんかすみません……」


 そんなこんなバタバタありながら、私たちはダンジョン攻略に向けて『毒消し』や『薬草』、『ポーション』などの回復薬を一通り購入してガントツさんのお店を出た。

 全部で銀貨10枚にも上る買い物だった。

 当然私は全財産をはたき、なおかつサラさんに銀貨5枚の借金まで背負ってしまった。

 どうなる私。どうなる人生。

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