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第4食目 変なお姉さんと私

「ここはどこだ。キミは誰だ。なぜ私はここにいる!」


「えっ、えっ、あ、あのえっと……」


 助けた褐色肌が眩しい女性に、突然腕を掴まれ私は怒涛の質問攻めにあっていた。

 とってもハスキーなお声の、『イケメン女子』というべきカッコイイ系の女性だった。

 きりりとしたお眉に凛とした整った顔立ち。

 異国風の半袖ドレス風の鎧から見える細い腕は、しなやかだが筋肉が詰まっているようで、歴戦の勇士たる雰囲気を醸し出していた。


 と、とりあえず疑問にお答えしないと、

 えーと。たしか私は『誰』かだったな。うん。


「あ、あの私は――」


「なんだこの甘い香りのする家は。新手の魔法か何かか? もしかしてキミが作ったのかい?」


「あ、うん。はい……」


 私の用意した回答を挟む機会も隙もなく、褐色のイケボ女性は更なる興味関心に移っていた。

 彼女は周囲を忙しなく見渡し、目をキラキラと輝かせていた。


「実に興味深い‼︎ 私が倒れていた先ほどまでこんな家は無かったところを見ると、空間移動魔法の類いか。いやそれとも自立思考型のゴーレムか。素晴らしい。素晴らしいぞ! でキミは!」


「あ、はい私はアレ……いやマロウです。ただのマロウ」


 いっけね。うっかりアレイスター王家の名を語るところだった。

 今の私は追放された身。あの一族とはもう一切関係がないのだ。

 不必要な情報を与えて混乱させるべきではない。


「そうかマロウか。私はサラ。サラ・アンゴラスという者だ。とりあえずよろしくたのむ」


「よ、よろしくです……」


 サラさんはそう言うと、私に向けて握手を求めてきた。

 すかさず手を出して握り返す。

 今度は優しい感じだった。

 私の小さな手が彼女の大きな手のひらに埋もれると、にっこりと満面の笑みを向けてきた。


 どうやら悪い人じゃ無さそうだけど……。

 こう言っちゃなんだけど、すごく変な人だなぁ。


「私の命を助けてくれた事、まだ礼を言ってなかったな。すまない。ありがとうマロウ。キミは命の恩人だ」


「いえいえそんな。あの……サラさん?」


「サラでいいぞ」


 ええー。でもどう見ても私より年上な方だし。

 それに親しき仲にも礼儀ありな私が誰かを呼び捨てにすることなんてとても……。


「呼び捨てで構わないのだぞマロウ。で、どうしたのだ?」


「その……すごく傷ついていましたけど、何してたんですか? 例えばその、職業とか……」


「ああその事からか……。まぁ見るからにキミは私の追手ではなさそうだし、教えちゃおう」


 サラさんは腰に手を当ててバッと決めポーズを取った。

 なんだろう。でも戦士さんとかでしょう。


「私は――」


 100%戦士! 絶対イケメン女騎士!


「研究員」


「ええええええっ⁉︎」


「――兼純戦士(ソルジャー)だ」


 また床にずっこ抜けるかと思った。

 な、なんだそれ。

 とりあえず「お前のような研究員がいるか!」と心の中でツッコんだ私は無駄にならなかった。

 純戦士(ソルジャー)とは簡単に言うと野良の戦士のことだ。

 この国では通例剣で戦う人間は何かしらの組織や国家に属する『騎士(ナイト)』と呼称され国民から親しまれている。

 小さい頃に読んでもらった絵本に登場するのもこの『騎士(ナイト)』だ。いわゆる国家公務員みたいなものだ。

 国から、組織から認められた者だけが『騎士(ナイト)』として名乗り剣を振るう事が許される。男の子がなりたい職業歴代ナンバーワンだ。


 それに対して『純戦士(ソルジャー)』とはどこにも属さず縛られず、無法者のように剣でドンパチ戦り合い、規則の代わりに定められた戦士間での弱肉強食の掟を信条に、日夜サバイバルに明け暮れているちょっとグレーな人達の事を指す言葉だ。

 もっと砕いて言えば、資格があるのが『騎士(ナイト)』。

 ないのが『純戦士(ソルジャー)』だ。

 若干の齟齬(そご)こそあるが、大体こんな認識で間違いない。

 そうか。やけに強そうだと思ってたけど『純戦士(ソルジャー)』だったのか。

 まぁ『騎士(ナイト)』って感じには見えないもんな。

 しかし兼業でまさかの研究員って。

 ギャップありすぎでは?

 と思ったが、最初にこの人が興味を示したこの家を見た時の反応は、いかにも研究員っぽかったな。


「まぁ正式に研究員だったのは昔の話さ」


 あまりのその見た目と職業の格差に驚いている私に、サラさんは怒る事なく丁寧に説明してくれた。


「昔? 今は辞めちゃったんですか?」


「当時の同期たちと研究方針でちょっと揉めちゃってな。嫌気がさした私がそのグループを抜け出して今は好き勝手に研究してるだけさ。本業はどっちかというと純戦士(ソルジャー)だな」


「そう……だったんですね。……ということはじゃあその――怪我は追手に?」


「いや。これは違う。ふふっ。私が連中相手に遅れを取るはずがなかろう。日がな試験管や日誌が恋人のようなもやしどもだぞ」


 がはがはと見てるこっちが気持ち良いくらいにサラさんは大笑いする。


「ダンジョンで少しばかり無茶やってな……。ランクCの毒蛇だったからと油断してしまい、先手を許したばかりかこのザマさ。全く情けないったらありゃしない」


 その話をしていてると、笑顔だったのが悔しさと怒りに満ちたちょっと怖いものになっていった。

 こ、この人を怒らせたらお菓子にされてバラバラに食いちぎられるかもしれない……。

 ぷるぷる部屋の隅で震えていると、サラさんはまたゆっくりと微笑んできた。


「なぁなぁ。そういえばキミ、冒険者?」


「い、いえ」


「じゃあ研究者…‥でもなさそうだしなぁ。うーむ。見るからにその品のありそうな肌ツヤと滲み出る高貴な雰囲気……」


 ぎく。

 ま、まさかこの人、もう私の正体に気がついたのか?

 仕方ない、と覚悟決めて目をぎゅーっと瞑っていた。


「もしかして学園生か?」


「えっ?」


 学園生――というのは私がつい最近まで通っていた『オーロランド学園』の生徒を指す言葉だ。

 単なる「学校」との主な相違点は、国立ではないと言う事と、お金持ちの子供しか通えないという所だろう。

 国が未来を担う若者を先進的に育成すべく、心血注ぎ込んでいるので福祉やサポートも桁違いに充実しており、基礎的な勉学や技術はもちろんのこと、なんでも『なりたい者』になれるよう個々に合わせた徹底した英才教育がカリキュラムに組み込まれている。

 教会との密接な繋がりもあり、13歳の神託では学園を除くどの子供たちよりも優先的にスキルを受け取ることが許される。

 その分学費やその他諸々の費用が馬鹿みたいに高いので、大抵貴族かお金持ちしか入学できない。

 多分、サラさんは私をお金持ちのお嬢様かなにかと思ってそう判断されたのだろう。


 間違いではない……どころかピンポイントだ。


「え、ええ。でもほんのつい最近卒業したんですよ」


「ということは――13歳で神託を迎えたばかりなのだな」


「は、はいそうです」


 若干興奮気味に話すサラさんに気圧されそうになる。

 その後彼女はしばらくぶつぶつ「アリだな……余裕で」とかなんとか呟いていた。

 内心穏やかなものじゃない。


 良い人そうだったけど、自主的に研究員を辞めて追われている身であるわけだし、私が良いとこの娘だからとどこかに売り飛ばされる危険性だって無くはない。

 純戦士(ソルジャー)自体そういうアウトローな事に手を染める事が多い連中なのだ。信じろと言う方が無理がある。

 むしろそういうのを軽はずみに信じてホイホイついていく方が問題だ。

 警戒心は持つに越した事はない。


 そんな私のちょっと自己中で自意識過剰な考えとは裏腹に、彼女はまた子供のように目を輝かせてこちらに迫ってきた。


「そうだ! 私と一緒に冒険に出てみないか⁉︎」


「えっ、ええええええ⁉︎ 何でですか、む、無理ですよ! つい最近一人前の手前に立つ事を許された子供なのに!」


「そうだとも。キミはまだ巣立つ前の雛鳥だ。生まれたてでピヨピヨよちよち。歩き方も知らない純粋無垢な人間なのだ。しかし時計の針が逆に進まない以上、すでにキミの人生は始まっているんだよ! スキルを受け取り、自分で生き方を選択し一人前として生きていかねばならない。しかしそうは言ってもこの冷たく閉ざされた社会。そう易々と未熟なキミたちに職を与え、安寧をもたらしてくれるものではない。むしろ逆境だ」


 説明口調のように早口で淡々とサラさんは歩きながら語り続けた。

 やがてくるりと振り返って私の方を見た。


「そんな社会の連中を黙らせる事ができる唯一の道具が『実績』だ。どんな子供でも『資格』を得ることはできる。しかし『実績』は非常に得難いものなのだ。知識、能力、経験。それらを全て動員させ活用しなければ人々の目につく『実績』は成しえないだろう。だからこそ、そこには唯一無二の絶対的な価値があるのだ。キミは私の手伝いをする中でダンジョンを攻略したという『実績』を手に入れ、私はキミの優れた能力を借りることで研究を進められる。まさに互いにとって利益しかない一石二鳥な話だと思うのだがどうだろうか」


「仰ることはよくわかりますが……私にそんな力あるんでしょうか」


「あるともっ!」


 うわ、すごい食いつきよう。

 突き刺さる視線と握られた手が痛い。


「こんなユニークな魔法、今まで見たことがない! 全てが神秘的だ。常識ハズレだ。いやいや全くもって。この私の矮小で陳腐な脳みそから放たれる貧相な語彙では語り切れないほどの素晴らしいものだ!」


 なんか絶賛されちゃってるんですけど……。

 言い辛いじゃないかただの『お菓子作り』だなんて。

 しかしこんなド底辺オブ底辺もいいところなスキルを持ったダメな私でも、必要としてくれる人がいるなんて。


 そこまで言ってくれる人のために、ひと肌脱ぐのも私の大事な役目なんじゃないだろうか。

 それに実績を持って嫌なやつを黙らせる。

 良いじゃないかその人生。

 私がやりたかった事とも合致している。

 油断していたとはいえ、こんなにも強そうな人があんなにもボコボコにされちゃうダンジョンはとても怖いけど。


「わかりました……2人で一緒に頑張りましょう! ダンジョン攻略!」


「お、おお! そう言ってくれるか! ありがとう!」


 私は勢いよくぎゅーっと強く抱きしめられた。

 く、苦しい。おっぱいの圧力と腕の力が苦しいです。


「あ、すまない……つい興奮してしまい」


「でも行く前に準備して行きますよ。それも入念に」


「うむそれは心得た。私はキミのやりたいように合わせるよ。足りないものがあったら言ってくれ。子供のキミには揃えられないようなものを私が調達する」


 なんだか変な感じになってきてしまったが、私の波乱の人生はここから幕を開けそうな予感がしてきた……。

 

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