第3食目 おかしなお菓子のお家です!
「うーんよく寝た……訳ないよ!」
体のあちこちが痛い。節々が悲鳴をあげている。
柔らかい布団とベッドで眠っていたのに、いきなり硬い地面で寝ることになったのだ。
快眠など行えるわけがなかった。
しかし時間ごとに私の魔力は回復していたようで、どっとお腹の底から沈むようなあの息苦しさや肩の疲れは無くなっていた。
みると何やらスキル啓示が鳴っていることに気付く。
開いてみるとどうやら『菓子作り』のレベルが上がっているようだった。
なるほど。これお菓子を作れば作るほどレベルが上がっていくシステムなのか。
経験は恐らく難易度に比例するに違いない。
しかし。お菓子か……。
そういえば【菓子の家生成】とか面白そうなのがあったな。
今使える唯一の【上級】魔法なので、生成までどれくらい時間かかるのかわからなかったが、とりあえず試してみることにした。
腕に力を込め、頭の中で念じるように魔法を唱えた。
「ぐっ……うううっ。なんだか全身の力が抜けるみたいです……」
それまであった魔力も根こそぎ吸い取られるような感覚に襲われたが、その後まもなくちょこんと小さめだが、幼児一人が余裕で入れそうなお家が完成した。
案外簡単に作れると思ったが、今の私の魔力ではこの規模が限界なのかもしれない。
しかしこれで当面の借家問題は解消したぞ。
お菓子で出来ているから入った瞬間砕け散って風になるかとおもったが、意外にも丈夫な作りであり、私が飛び跳ねても傷一つ付かなかった。
試しにドアの一部をかじってみる。
「……美味しい」
昔食べたクッキーと同じような優しい味わいだった。
食べられるお家が新居なんて、なんだか御伽噺の住民みたいだ。
うきうき気分で室内を見回してみると、そこには窓やカーテンに机やベッドに加えて、更にクローゼットまで置いてある本格的な家そのものだった。
もちろんめちゃくちゃ狭いので、ほとんどが家具でぎゅうぎゅうになっていたけど。
興味本位でチョコレートのクローゼットを開くと、なんとびっくりお洋服がかけられていた。
「うわーっ! すごい!」
しかもちゃんと女性用のドレスだった。
手に取ってくんくんと匂いを嗅ぐと、お菓子特有の甘い砂糖の香りがした。
どうやらこれもお菓子の一部であるみたいだ。
どうなってるんだこれ。本当に御伽噺の世界じゃないか。
えっ、えっ?
これ着れちゃうのかな。着れちゃうんですか?
半信半疑で袖を通すと、お菓子のドレスはピッタリと私の体にフィットしていった。
「着れちゃったぁあああーっ‼︎」
しかも普通の服より着心地抜群。
舐めると飴玉のような味がした鏡で全身を眺めてみる。
ふんわりと生クリームみたいな白いスカート。
チョコレートの生地にかけられた果物のソースが、色鮮やかに装飾されている。
着心地だけでなくデザインも魅力的だなんて素晴らしい一品だ。
これも食べられるのかな……。
なんか結構複雑な気持ちだ。汗の味とかしないよな。
まぁ良い。今は服だ。
これで外を出歩いても通報されなくて済むぞ。
それどころかこのままドレスパーティーにも参加できちゃうかもしれない。
こんなデザインの服はどこにも売ってないだろう。
パーティーで注目の的だ。
さてさてそれは置いといて、ということはこれで『衣』『食』『住』の三つが揃った事になる。
まさかそれが全部お菓子だなんて夢にも思わなかったが、当面の目標である『一人で生きていく』は容易に達成できそうで安心した。
しかし軒下で永遠に住むわけにもいかないだろう。
何せ今の私は家はあるのに土地は無いというおかしな事態に陥っているのだ。
橋の下の土地所有者からしたらたまったものじゃない仕打ちだろう。
うーん。どうするかなぁ。
足でも生やして動いてくれればいいのに。
お菓子の椅子に座り、目の前にあった赤い鉛筆を眺めてみる。
もちろんこれもお菓子だ。
いや本当何から何までお菓子だなこの家。
これが本物の鉛筆なら流石に食べようとも思わなかったが、握ったそれはとても甘い匂いのする美味しそうな代物だったので、思わず口に放り込んでもぐもぐと食べた。
うん、美味しい。
イチゴか何かのジャムの味がする。
食感はポリポリと噛み応えのあるスコーンのような感じだった。
傍から見たら完全に色鉛筆を美味しそうに咀嚼してるただのヤバイやつだった。
ち違うんですよ。これはよくできてるけどお菓子です。
お菓子なんですよ!
引き出しを開けると違う色の鉛筆……風のお菓子がたくさんでてきたので、今度はそれを使ってみる。
手頃な紙があったはずだと、ポケットを漁り、先程洋服屋で拝借したチラシの切り端を机上に広げてみる。
青い鉛筆で線を描くと、本当に色が出て実際に筆記用具として使用できた。
線の部分を念のため舐めてみると、甘い味がした。
そして舐めた部分がさっと跡形もなく消えていた。
すごいなこの鉛筆。書類偽造とかに使えそうだぞ。
証拠は食べちゃえば消えるなんて、なんと画期的なのだろう。
とはいえ、私のポンコツ脳ではその先の大それた計画を考えつくことはできなかったし、そもそも法に触れるつもりはない。
精々何かのタイミングで書類書かなきゃいけなくなった時、間違えた時の消しゴム要らずといった利点くらいか今のところ。
そうこう鉛筆を味わっているうちに、出し尽くした魔力もちょこちょこ回復してきたみたいで、スキル啓示が新しい提案を施してきた。
「なんだろう……」
【魔力を消費すると オプションの追加が可能です】
対象魔道具
菓子の家 Lv1
選択オプション
以下のものから選んでください
【足】、【手】、【自立思考】、【防御力アップ】
えーっ。なんだこれなんだこれ。
ていうかこの家にもレベルあったんだ。
扱い魔道具て……。こんなでっかい魔道具持ち運べないよ。
そういやさっき足でも生やして歩いてくれればと思ったが、まさかその回答か?
さっきまでは小さくとも家を一軒生成したことで魔力が足りなくなってできなかったが、今はお菓子鉛筆を食ったことでその分だけオプション料が回復した……ということだろうか。
他にも色々あったのだが、【消費魔力が足りません】と書かれて灰色になっていたので選択できなかった。
しっかしこれいっぱいオプションあるんだな。
ただの家なのに。どう考えても【魔法反射】とか【炎無効】とか要らないでしょう。
家に戦闘でもさせる気ですか。
それに【自立思考】というのも気になる。
まさかこれを与えたら勝手に動き出すんじゃなかろうな。
いくらなんでもそれは困るぞ。
意思を持って動き出す家とか気持ち悪くて住めたもんじゃないし、近隣住民からの非難殺到間違いなしだろう。
やがてその報告を受けたギルドが冒険者を派遣し、このゴーストハウス共々中の私ごと始末されて……。
いかんいかん。
そんな化け物ライフになってたまるか。
というか、このオプションについてもっと詳しく説明はないのか。
詳細をよこせ!
ブゥン
「わぁあっ!」
そう思ってたら本当にどこからともなく各オプション下部に説明欄が追加されたので、椅子から思わず転げ落ちた。
心臓に悪いというか、おい神。どこかで見てるな?
とまぁ、今回の件といい前回といい単純に考えれば私のスキルに関するものならば念じれば大抵叶うという仕組みなのだろう。
新たに出現したオプション説明について、ざっくりと読み取った理解はこうだ。
まず【足】について。
これは文字通りこの家に足が生えて、家単位で移動が行えるという事になる。
具体的な本数は2〜4本。
最大走行可能距離は不明。また歩けば歩くほど経験値を積んでレベルが勝手に上がっていくとのこと。
この足もお菓子に含まれるのだが、各パーツは家全体の【防御力】が耐久度として依存するらしく、それを超える攻撃を受けなければ滅多に壊れないらしい。
【手】についてもほぼ同様の性質を持ち、こちらは主に物を掴んだり投げたり、攻撃する際に使われる。
なお生成されたお菓子系建築物は、所有者である私が許可しない限り他の人間には食べたり栄養や魔力に変換したりできないそうだ。
私が許可し、または私自身がこれらを食った場合、回復する魔力はそれを生成した際に消費した分の約1/10程度である。
つまり作って食べての繰り返しでは効率的な回復は見込めないだろう。
ただし他者に食べさせる場合のみ、消費魔力分そのまんま摂取してもらうこともできる。
ということはこのスキルは、基本的に生成したものを『分け与える』のが前提な運用法となる。
次に特殊系オプションの【自立思考】、【防御力アップ】だが、自立思考とは書いて字の如く自立的な思考を促す脳みそのようなものを家に与えることである。
誕生時0歳となり、その後は人間や動物と同じように【学習】を重ねていき、やがて成長していく。
人語をきちんと教えれば、いずれ自由自在に話すこともできるようになる。
これが無い場合は、主人たる私が中で適宜魔力供給と遠隔操作を行う事になる。
しかし何分〝個〟としての意識を与えるので、混乱系や意志の疎通がキャンセルされる地帯では厳しくなるが。
いや、ちょっと待て。言ってて思ったが待て。
そんな危険な場所に近づく機会なんか今生ないだろう。
そして【防御力アップ】については、純粋に重ねがけ可能な耐久度アップの手段だ。
硬ければ硬いに越したことはないので、とりあえず今やるべきオプションは【足】と【防御力アップ】だ。
まずは移動手段の【足】だ。
さっき以上に「足生えろ〜」と念じてみた。
すると家全体が大きく揺れ、なんだかちょっと高くなった気がした。
外に出て下を見ると、細長い人間のものに類似した足がによわきっと生えていた。
言っちゃ悪いがちょっとキモい。
というかこれどうやって移動させるんだ。
窓から外を覗き、その方向に向けて動かそうと思って念じると、景色が段々と変わっていった。
「う、動いてる! 本当に動いてますこのお家!」
私の作ったお菓子のお家が生き物のように動いてる。
なんか感動だ。
速度はゆっくり過ぎず、早過ぎないというまるで私の歩行速度みたいな感じだった。
もしかしたらその辺も主人である私を参照としてるのかな。
だとしたら走ろうと思えば、走る速度と同じに……
「てうわああああっ! はっ早い早い早い! お、お家さんストーップ!」
目まぐるしいスピードで景色が流転していくので、なんだか怖くなって家を停止させた。
停車? 駐車?
いや家だけど。
「おや……? なんでしょうかあれ」
橋の下を越え、街の外に出かかったところにばたりと倒れている人が見えた。
何やら傷だらけで、今にも死にそうな女の人だった。
「た、たいへんです! 早く運ばないと!」
お菓子の家から降りて、傷ついた女性をお家に運んだ。
とりあえずベッドに寝かせてみた。
うーん。この先どうしよう。
と思案に暮れていると、ベッドで寝かせた女性はみるみるうちに傷が塞がっていき、やがてパチリと目を覚まして起き上がってきた。
「あっ、気が付いたんですね。よかった……」
くるりと私の声に反応した女性は、エメラルドの双眸をこちらに向け、鋭い眼光で睨みつけてきた。
そして勢いよく私の手を掴んできた。
な、なんでしょう……この人……!
すごく怖い……‼︎