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第2食目 お腹が空きました。

 とはいえこれからどうすればいいのか分からない。

 勢いに任せて家を飛び出してしまったが、今の私なんてアレイスター王家の肩書きを取ったら『お菓子作り』が取り柄なただの子供に過ぎないのだ。

 冒険者として生きていこうにも、身分が無いんじゃギルドから追い返されてしまうだろう。

 うーん。どうしましょう。

 あんだけ格好つけて『私の人生はこれからだ!』と切り出した結果がこれでは三日坊主どころか丸坊主もいいところだ。

 初志貫徹も何もあったものではない。

 しばらくあてもなく放浪していると、周囲に響き渡るほどの大きな腹の音が下腹部から鳴ってきた。

 あまりの大きさに何事かと振り返ってきた人々の目線が一斉に突き刺さり、私は顔に熱を帯びてくるのを感じた。


「まずは何か食べなきゃ……」


 そういえばまだ朝から何も食べてないや。

 神聖な儀式の前だし、歯や口に食べ物が付着した状態で迎えるのは王族として以前に人としてまずいと思ったので、終わるまで何も食べないでいたのだ。

 というか、本来ならあのスキル発表の後にアレイスター家は一家(いっか)総出(そうで)でどんちゃん騒ぎの大餐会になる予定だったのだ。

 あの忌々しい結果のせいで、祝勝会ムードは一瞬で氷河の如く冷え込み、更には王家を追放される仕打ちにまで至ったのだ。

 許すまじ我らが創造主――神どのよ。

 その時、ふと私の鼻腔を突き刺す香ばしい良い匂いが街中から漂ってきた。

 ちょうど昼ごろだったからか、いつもよく見るステーキ屋さんが出来立てのお料理を国民に振る舞っているところだったのだ。

 うう〜ん……美味しそうなニオイ……。

 食欲を激しく唆る香辛料の香りが、焼きたてのお肉から溢れ出る油が『じゅわぁ』と跳ねる音と合わさって、まさに耳と鼻で味わう馳走の協奏曲(シンフォニー)となっていた。

 ああ! いつもならなんてことなくスルーできていた肉のご飯屋さんが今は楽園に見えてきたぞ。

 もう我慢できぬ。余は腹が減ったぞ!

 肉が売り切れぬように、大急ぎで私は小さな足で必死に前へ駆け出すと、なんと一番乗りでお店に到着した。

 どうだ。我ながら13歳にしては中々の脚力じゃないだろうか。

 日々訓練で馬術など(たしな)んでいるからでしょうか。おほほ。

 カウンターを覗くには身長の足りない私に、髭面の丸々っとしたシェフのお方はにっこりと笑いかけてきた。


「いらっしゃい小さなお客様。今ちょうど出来立てだよ!」


「えへへ。ステーキおひとつくださいです!」


 それに対してシェフは「500ジールね」と優しい声で言ってきた。

 ふと、金銭になりそうなものを探して服のポケットというポケットを漁り尽くしてみる。

 だが、どこにも金貨一枚――どころか、金目になりそうな物は何一つ入っていなかった。

 そんなはずないと、ちょっとはしたなくもスカートの裾をひっくり返して全部くまなく見てみたが、かろうじて発見できたのは糸のほつれたクマの人形だけだった。


 いや、だめじゃないかっ!

 罪なきクマの人形を地に叩き伏せ、申し訳ない気持ちと面持ちで店主さんに「すみません……お金ないので失礼します。ご迷惑をおかけしました……」と言い残して、死んだようにトボトボと美味しそうなステーキを後にした。

 まさか無一文だったとは。

 これまで支払いはセバスチャンとかお付きのものがやってくれていたから、私は金銭に関する困り事は全くもってなかったのだ。

 それがこんな形で仇となる日が来ようとは。

 てか子供に1銭くらい渡しておいてくれ。

 何買うにしても足りないけど。無はないだろうせめて1はくれ。

 全てを剥奪され、王宮にも戻れない私が今更どうこうすることはかなわないので、仕方なくまたまたその辺ぶらぶらと空腹のまま歩き続けることになった。

 ほとほと食うに困ったらこの貴族の服でも売り捌くか。

 金貨一枚でも値打ちがつけばしめたものだ。

 庶民の服なんてせいぜい銅貨一枚もあれば十分だろう。

 銀貨十枚なんてあれば、貴族とまではいかなくてもそれなりに上質な衣類に換算できるはずだ。

 そうと決まれば話は早い。

 私はこの万年金欠状態を打破すべく、街にある買取屋に向かって進んで行った。

 贅沢は言わない――せめて今日食べるご飯と一泊の宿があれば。




   ◇ ◇ ◇




「ぎっ、銀貨5枚⁉︎ ききき、貴族の服ですわよ⁉︎」


 やる気のなさそうな店員さんから告げられた驚愕で衝撃の事実に、思わず普段出ないお嬢様言葉が出てしまった。

 ボリボリと雑に伸び切った髪を掻いて、彼はため息を零した。


「あのねぇお嬢ちゃん。たしかにこれは上質な布で出来ているみたいだけど、ところどころ傷が入ってるしそんなに良いもんでもないんだよ。だからこれで妥当なの。……大体貴族って。おたくどこの貴族なわけ」


「それはあの有名な『蒼天のアレイスター王家』に決まってます!」


「ふーん。じゃあその証拠は?」


「…………ありません」


「王家の繋がりを示す書類は? 手形は? 国王からの認印は?」


「………………ありません」


「お父さんとお母さん、ここに連れて来れる?」


「……………………ありましぇん」


 とてつもない勢いで正論の刃に身をズタズタに引き裂かれた私は、たったの銀貨5枚と引き換えに服を失い、店からパタンと追い出された。

 こっ、こんなのあんまりだ!

 こんなのってないよ!

 うっかりしていた。迂闊だった。

 家から出る前にそういうもの一式持ち逃げすればよかった!

 えっ? 誰にも頼らず新しい私で生きていくって言ったくせに何困った時だけお家に(すが)ってるんだって?

 知るかバカ。そんなことより今日の飯だ。

 ……なんてのはまぁ冗談にしても、真面目な話無一文のままでは流石にどうにもできない。

 『誰にも頼らず生きていく』――ほんと、簡単そうでとっても難しい。

 私というお子様なんて、大人の力を借りなければ一人では生きていけない無能だ。

 現実は思ったよりも甘くなかった。

 しかしそれでも半裸で肌寒いはずの私の体の奥は、メラメラと野望に燃えたぎっていた。

 今はこれでもいずれ――。

 いずれ王家にも匹敵する生活に戻るんだ。

 願わくば毎日の食事と睡眠がある安寧の人生を。

 なけなしの衣服の換金を済ませ、次なる目的地は洋服屋さんだ。

 できるなら今すぐにでもお金を払ってご飯をかっ喰らいたかったが、下着姿同然の今この状態で行っても追い返されるか憲兵さんのご厄介になってしまうだろう。

 まずは『衣』それから然るのちに食と住だ。

 銀貨5枚を握りしめ、期待と羨望に満ちた胸中でお洋服屋さんの戸を叩いた……。



「ぎっ、銀貨20枚⁉︎ こ、こんなどう見ても古着な衣類に⁉︎」


 またしても思いもよらぬ事態に遭遇し、大声を張り上げてしまった。

 いやデジャヴか。さっきも見たぞこんな光景。

 うっかり大事な商品を『古着』だなどと罵倒してしまったが、案の定店員の女性はむすっと怒りを露わにしていた。

 そりゃ当然だ。

 で、でもこれホントどこかその辺の布千切ってくっつけたような安物にしか見えないのだもの。

 多分立場問わず集めた百人に見せても、私の失望した気持ちを理解してくれることだろう。

 あれこれ衣服を探したが、他はどれもサイズ・値段の関係で入手する事が出来ず、そうしていると彼女から遠回しに「買わないんだったら帰れ」的なことを言われ、とうとう服屋まで追い払われてしまった。

 ちょ――これどうすんの。

 こんな冬空の下で、今晩いたいけな少女に半裸で過ごせというのか。

 意味不明なスキル神託で私の未来まで奪ったに飽き足らず、私から『今』の生命まで奪おうというのか。

 おお神よ! 貴方はクソッタレである!

 史上最底辺のどクズ、今世紀最大級の人でなしである!

 何が神だ。貴様など「紙」である。

 理不尽な社会と神様相手に不毛な罵倒を続けていても、天から「ごめんね」の証に衣服が降ってくるはずもなく、ひたすら私は寒い思いに耐えていた。


 これ手始めに服売った失敗だったわ。

 自分でも『衣』から始まって食と住だとかいって偉そうに言っておいて、その『食』に目が眩んで肝心の『衣服』を手放すとは我ながらなんたる愚の骨頂。

 恥ずべき無知。死んで償え。

 いい加減道行く人の目線も嫌になってきた為、とりあえず橋の下で暖を取ることにした。


「へくちっ!」

 寒い。お腹すいた。眠い。

 失って初めて気付く、自分がいかに贅沢な世界にいたのかを。

 望む物全て当たり前のように手に入る光に満ち溢れた生活。

 それを失った今は全てが逆転した暗黒の世界。


「……そういえばまだ試してなかったかも」


 全てを失い、何も手に入らない今の私にかけられる最後の希望――一縷の望みとなったのは、皮肉にも私をこんな風に追いやった神野郎から(たまわ)ったこの大ハズレ『スキル』だけだった。

 というかまず何したら発動できるのかも分からん。

 なんだ『お菓子作り』って。何度も言うけどなんだ。

 抽象的過ぎるだろ。取扱説明書くらいつけろバーカ。

 そうぶつくさ不平不満を心の中で零していたら、突然目の前に青白い光が現れたので、私はついに神からバチが当たったかと口から心臓が飛び出しそうになった。


「な、なにこれ――」


 見るとそこには何やら情報が書いてあり、読むにどうも私の『スキル』に関することだった。



  〜 ◇ ◇ ◇ 〜


【アレイスター・マロウの現在使用可能スキル】

 お菓子作り Lv1


 効果説明:あらゆる『お菓子』を無から生成できるスキル。

 生成には魔力を消費し、生成するお菓子が大きければ大きいほど多くの時間と魔力が必要となる。

 必要なものは生成したい『お菓子』を一度でも見たこと、または食べたことがある経験のみ。


 付随される使用可能魔法

 菓子生成  【初級】

 菓子の木生成【中級】

 菓子の家生成【上級】



 うん。なんだこのスキルは。

 こんなのぶっちぎりでハズレも良いところなダメスキルじゃないか。

 どんだけ激しく菓子推してるんだこのスキル。

 バカか神は。こんなもの何の役に立つ。

 まだジークくんの『植物生成』のがめちゃくちゃ有効活用できそうだぞ。というか、交換してくれ。

 しかし何もないところから魔力一つで食べ物を錬成できるなら願ったりだ。

 よーし。まずは私の頭に残っていたお菓子――小さなケーキをイメージした。


 ぽんっ。


 するとそのような軽快な効果音が鳴ったような気がして、目を開けてみると本当に頭に思い浮かべたまんまのケーキが手のひらにあった。


「おおおっ、ほ、本当にできた……」


 それを見ると、もう腹の虫が治らず(意味が違う)私は下品にも勢いよく顔ごとケーキにかぶりついた。

 あああああ〜……!

 至福! この甘露‼︎

 なんて上品で、耽美な舌触りのする濃厚なクリームであろうか。

 ふかふかの柔らかいスポンジ生地が、私の舌の上で飛び跳ねる。

 こんなに美味しいケーキは今まで食べたことが……ある!

 あるから作れたのだ。多分記憶のまんまだ。


 こんな感じで好きなだけケーキをお腹いっぱいになるまで錬成し、ようやくお腹は満たされたが、どっと疲れが湧いてきた。

 そういえば魔力、消費するんだったね。

 まぁ肝心の空腹もどうにかなったことだし、寝るか。

 糖分の摂取で急に眠気が襲ってきたのか、思わず欠伸をしてその場に丸まった。



【スキル お菓子作りのレベルが上がりました】



 そこで鳴っていたスキル啓示(アナウンス)も、それに私が気付いたのは目が覚めた後だった。

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