第1食目 え……なにこのスキル……?
「よし、では『蒼天』の娘、アレイスター・マロウよ。ここへ参れ」
「はいっ大神官さま」
こうして私は神託を受けた――
どんな『御加護』が頂けるのだろう。わくわく。
この時をどれほど待ち侘びた事か。
来る日も来る日も時計と睨めっこし、「あと何日」「あと何日」と繰り返しただろう。
全てはこの――13歳の誕生日を迎えたこの時のために。
数多くの同じような子供たちが私と神官様を見守った。
ここで皆、これからの人生の全てが決まる。
そう言っても過言ではない。
各々の岐路に立ち会っているのだ。まさに世紀の瞬間。
ここより歴史の始まりとなる者もいるだろう。
そう、私の人生もここから始まるんだ!
明るく希望に満ち溢れた我が人生! 嗚呼、私もう待ちきれないです!
私の逸る気持ちをよそに、『神託』をお受けになった大神官様はしばらく無言を貫いていた。
やがてその白いお髭を蓄えた口から、私の念願のスキルが宣言されていった――
なんだろう。
やはり『剣聖』かな。それとも『魔道剣』かな。
それともそれとも――
「…………大変申し訳無いのだが、アレイスター・マロウよ。君のスキルは『お菓子作り』であると告げられた」
「…………はい?」
一同が激しくざわついた。
いや当の私も。
えっ? えっ? えっ?
はっ、はい? 何だ?
今大神官様冗談をお言いになった? ここ笑うところだった?
否――こんな真面目な空間で真面目な大神官様がおふざけになるはずがない。
ということは――これは紛れもない事実。
私、アレイスター家の第二子マロウはたった今より『お菓子作り』とやらの才覚を受け取った。
それはまさしく絶望というべき破滅――
我が生涯に暗雲を立ち込めさせる重い一撃だった。
かくしてこれが、期待も希望も、夢も未来も全てを裏切られた哀れな13歳の娘の終わりの始まりを告げた福音であった……。
◇ ◇ ◇
「大変だったねぇマロウ。そんな変なハズレスキル貰っちゃってさ」
子供たち全員の『神託』を終えた教会で、ただひたすら崩れ落ちていた私に話しかけてきたのは、緑髪のおかっぱ頭で小太りな少年ジーク君だった。
彼も同じく13歳で『神託』を受けた者の仲間だった。
「まぁボクも『植物生成』とかとんでもないハズレスキル貰っちゃったからさ。気持ちはわかるよ、うん」
「じ、ジークくん……!」
落ちた者同士、悲しみの涙を擦りつけ合って泣いていた。
この国では13歳の誕生日を迎えたものは皆例外なく、教会で神様から『神託』のお告げを受けて何かしらの才能――つまり「スキル」を賜わう事が義務付けられている。
この儀式は子供から一人前の仲間入りとして、初めて自分の存在を世界に知らしめる大切な物であり、就職に結婚など今後の人生を左右しかねない強い影響力を持っていた。
全知全能の神様により、己の才能を見極めていただきそれに合ったスキルを頂戴することで、それぞれが安寧の人生を約束されるのだ。
剣の才覚があるものは『剣士』になり――
魔導の才覚があるものは『魔道士』に。
錬金術が秀でた者は『錬金術師』にだって成れる。
というかもうそうやって適正の「スキル」を手にしたものしかその道に従事することは極めて困難……どころかこの国では不可能である。
まずスキルを受け取った時点で、それまでは白紙だった住民登録が完了し、個々のスキルから適正と職業を判断され、以降はその職や依頼に従事していくようになる。
この決定に背くことは、すなわち神への冒涜――叛逆に等しき重罪であり、明確な規約こそ定められていないものの、国家はそのような背信者に未来を与える事はない。
神は地を創り人を創った。王は国を作り、その中で人を束ねるようになった。この国に住まう人間なら誰でも知ってる『創世神話』の一説だ。
そしてこの事から神の御神託は、いち国王の決定よりも重く絶対的なものであるとされている。
ではそんな神様から不幸にもハズレスキルを受け取った者はどうなるのか――
答えは言わずもがな、破滅である。
破滅一択。お先真っ暗。暗黒街道まっしぐら。人生終了のお知らせ。アーメン。
たとえどんなものであってもそれが神の下した決定であるならば、疑問や意見を口にすることは絶対に許されない。
それは痛いほど分かってるつもりだが、ならばこのやるせない感情はどこへ向けたらいいのだろうか。
幼い頃から貴族として、国の未来を担う王家の跡取り候補として、どこへ出しても恥ずかしくない程の鍛錬や勉学を積み重ね、将来は『剣』や『魔法』を扱い国を支える立派な王家の一員となる。
そう信じていた矢先の出来事がこれである。
この仕打ち、とでも言うべきか。
神は無慈悲にも、ここまで頑張って這い上がってきた私を谷底に突き落とすような真似をなさった。
一体全体私が何をしたと言うのだろう。
何をすれば『お菓子作り』なんてちょっとよく活用方の見出せそうにないハズレスキルなんかをお与えになったのだろうか。
一度そのお美しい脳を解剖して、そこにお至りになられた心理を覗いてみたいほどだ。
大体なんだ『お菓子作り』って。
いやそんなのスキル関係なく誰でも出来るじゃないですか。
多分、6歳の子でも教えたら出来ますよ。
こう言っちゃ失礼だし本当に悪いと思っているが、ジークくんが授かった『植物生成』だって相当社会的地位の低いハズレスキルの一つだ。
過去に数名、そのような需要の限りなく少ないスキル――いわゆる『ハズレ』なスキルを受け取った人間はいるにはいる。
社会からは冷遇され、将来を閉ざされ、孤独となって死んでいく。
可哀想だが、そうして繁栄してきたスキル絶対至上主義の社会では仕方のない話なのだ。
だがこの『お菓子作り』なんてふざけたスキルは前代未聞。
過去にもスキル黙示録にも存在が確認できないほどの超どマイナースキル。
ウルトラ級のハズレスキル、いやハズレスキルすらぶっちぎりで圏外のレベルだろう。
「まぁお互い頑張って生きていこうよ!」
彼の笑顔が、今はとてつもなく眩しい。
彼も先程まで多分、ハズレスキルの宣告を食らって私と同じような顔をしていただろうに。
ありがとう……今までロクに仲良くしてこなかったけど、これからは肩身の狭い者同士、仲良くやっていこうね……。
しかしここで一つ、私と彼で決定的に違う点がある。
私はこれからアレイスター家の王宮に、この事を報告しに帰らなければならないのだ……。
それはもう地獄のような足取りだった。
泥沼にずっと浸された状態で、ひたすら歩き続けていた。
まぁとっくの昔に私の情報なんて神官様からお家に伝わってるだろうから、隠そうとかそういうのは無意味なんだけど。
今日ほどお家に帰りたくないと思ったことはなかった。
重々しい足をなんとか宮殿まで持っていくと、案の定私にとって最悪な出来事が待ち受けていた。
「すまないが、マロウ。キミをこれ以上この家に置いておく訳にはいかないんだ分かるだろう?」
父は私に一切悪びれる事も慰める事もなく、ただただ冷淡にそう呟いた。
出来損ない、期待外れ、王家の恥さらし。
プライドが高く見栄っ張りで野心家の父は、もしかしたら私以上に今日というこの日を楽しみに待っていただろう。
それをこのような形で反故にされたら、父に限らず誰だってこのような冷たい目つきになるのかもしれない。
母だけは唯一私の身を案じてくれたが、アレイスター家当主たる父の決定には逆らえず、泣いて私を抱きしめるだけだった。
これだけ聞くと父も母も血も涙もない鬼か悪魔に思えてしまうだろう。
だが、いつだって私の舞台に影を差す裏のものがいるのだ。
「よぉお飾り皇女。いや今は元皇女か、卑しき下民の娘」
奴の名は『アレイスター・グリード』。
アレイスター王家の第一王子で、私の兄にあたる人物だ。
ただし私とは少々事情が異なり、彼は王たる父が正式に婚姻の儀を交わした隣国の王妃との間に儲けた子供であるのに対し、私はというと元々父が密かに付き合っていた平民の女性から誕生した娘なのだ。
それ故か父譲りいやそれ以上にプライドの高い彼はとにかく私を毛嫌いしていた。
やることなすこと気に食わないのはお互い様というか、それでも私は傲慢な兄に逆らう事は立場上許されなかった。
今もこうしてニタニタと邪悪な笑みを浮かべ、国民から搾り取ったあぶく銭の象徴のような弛んだ腹をブヨブヨと醜く膨らませていた。
同じぽっちゃりさんでもジーク君とは雲泥の差だ。
その手にした高級菓子の代わりに彼の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
「ま、これで父上もようやく薄汚いお前から解放されて肩の荷も降りることだろう。ぶわっはっはっ! 感謝するんだな! なにせこの俺が父上を直々に説得して、お前を追放する準備を進めさせたのだからなぁ!」
廊下中に下品な大声を響かせて彼は言う。
薄汚いと罵った私より遥かに汚そうなその菓子に塗れた口で。
そう。何を隠そうこいつこそが心優しき父を唆した元凶、全ての黒幕なのだ。
ずっと私を目の敵にしていた彼にとって、今回の神託はさぞ奇跡に等しい恵みの雨だったことだろう。
これでもし私が何か優れたスキルでも受け取っていれば、怠惰で傲岸不遜な彼はまたしても私が王位継承の邪魔になって仕方なかったと容易に想像がつくからだ。
奥歯を噛み締め、拳を震わせると私は睨みもせずそそくさと逃げるようにこの王宮から消えて行った。
最悪だ。
全てが最悪だ――。
こんな神託。こんな日。
この日から私は、それまで積み重ね築き上げてきた「努力」も、「地位」も「名誉」も、そして愛する「家族」も何もかも、全てを奪われたのだ。
でもこんなところで野垂れ死んでたまるもんか。
やり直すんだ。全てを。
神様に与えられたこの力で、出来るところまで精一杯やってやる。
そして全てを見返してやるんだ。
私はただひたすら走った。
荷物なんていらない。過去なんてもう必要ない。
ここから私の――アレイスター王家じゃないただのマロウの新しい人生が始まるんだ。
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