91.受け止めるということ
***エレニカ***
「………」
ザハレグス様は大丈夫でしょうか…
「これにて怪我の治療と浄化は終わりました。魔毒の影響が強いので完治は至りませんでしたが、今現在の状況から怪我による死亡はないものと判断します」
取り敢えずはこれでナルシェナちゃんは怪我による死亡と侵食は大丈夫ですね
「ご苦労、他の方の手当をお願いします」
「はっ!」
本当は側に居てあげたいです。ですがやることが山積みなので行かないといけません
「…………ザハレグス様、その…私もやることがまだありますので席を外します…………大、丈夫ですか?」
ザハレグス様の顔色を伺うも顔面蒼白といった状態、でもナルシェナちゃんの魔毒で掻き毟らないようにした布を巻かれた手を握りボーとしているだけなの多分平気だと思います
「………私は行きますね、このテントには防音の魔法がかかってますから……その……なんでもありません」
エレニカはアリシアが心配ではあるものの後始末がある為テントの外へ出た
「ふーーーーー……本当にクカバン帝国は自国民以外を人と思わないところはすごいですね、ですが絶対に真似はしたくないものです。ですが、初代が与えた慈悲を自ら踏みつにじったのですから……」
空を見上げるエレニカの瞳に光は無く口だけが奇妙に弧を描くように笑っている
「帝国民はどうせ一人一人が兵となり戦うことになるでしょう……」
普段の声よりもかなり低い声で呟かれた
「我が国の大事な民を実験の使ってくれた代償は、当然あなた方の国民に支払ってもらいます。勿論何千倍にしてでも」
エレニカは言い終わったあと俯き小さく「それよりも1番許せないことがありますがね」と言うと急に笑い出した
「フッ………フフフ、フフフフフフ………ザハレグス様の輝ける2度目の人生を邪魔したのです。絶対に一人も逃しませんよ、国だけではなく、クカバンの帝国人はこの世界から絶滅してもらいます」
そう言ったエレニカは邪悪な笑みを浮かべたが、戦いで血に濡れたマントを翻し歩き出したその時には既に表情は国の姫として相応しい優しい笑みを浮かべていたのだった
***ノーラ***
「フーーーーー、倒した敵が5にも満たして無いヤツは前にでろ!」
怒りが収まらないという状態のノーラが拳を握りしめ毛を逆立てて放った言葉に従い、20人が前に出てきた
「答えろ!今回何人死んだっ!?」
苛立ちのあまり親しい部下にいつも通りの優しい言葉や語尾は消え失せる
「272名です!」
重軽傷者全て含めるともっと多くなるし、重傷者や重体を含めれば魔毒で死ぬ可能性は高いためもっと増えてくる
「普通の魔物や戦争ならその人達は死んだか!?」
「いいえ!」
「だろうな!だが事前情報としては市民が巻き込まれるということは考えられなかったことか!?どうだグゼル!答えろ!!!」
「十分想定出来た事です!」
「そうだ………そのとおりだ…………だから我が部隊は全員領都防壁内の街に居た。なのに、なのに何故100名を超える犠牲者が出た!答えろっ!ニルチェ!」
「はっ、私達、前に出ました。20名の力不足です!」
「その通りだバカ者共!お前達が倒しそこねたり見つけるのが遅かったが為にお前達の担当した場所の犠牲者が殆どだぞ!」
ノーラは1人の部下の前で止まる
「特に許せんのはお前だ……ドスバイグ」
その部下は怪我をして治療されたばかり、そんな部下の首を掴み締める
「…………もっ、申し訳……御座いませんでしたぁ!」
「謝って済む訳がないだろうっ!?」
ノーラは容赦なく一発拳を叩き込み部下は吹き飛ぶ
「あぁ、そうだ、謝って済む問題じゃない、お前の担当は何処だっ!答えろ!!!」
「がはっ、は、はっ!自分は、孤児院の……ザハレグス様が居る孤児院の担当でした」
この場はノーラだけの怒りや殺意の視線だけではない、この部隊全員の怒りと殺意がドスバイグに向けられていた
「我々は何だっ!」
「ザハレグス様に拾って頂いたストリートチルドレンです!」
「強制的に傭兵団に入れられたか!?」
「いえ!自分の意志で入った傭兵団です!」
ドスバイグは直ぐに立ち上がり敬礼して答える
「何の為に!」
「命を救ってもらった代わりに命で尽くすためです!」
「ならば何故生きている、お前に何があった!」
「無力な自分は数に翻弄され狼狽えて、倒し終わったときにはすべてが終わっておりました!」
ドスバイグ流れ落ちる涙を拭いもせずに答えた
「ノーラ様…………自分を……自分を処分してください」
ドスバイグはその場で崩れ落ちるように土下座をした
「任務を…何より、ザハレグス様が転生して心を得られたと聞かされたばかりなのに、あのような悲しみを与えてしまう情けない自分は、命をもって償わせてください!」
ノーラの部隊は全てを知り全てを伝えるものである。それ故、口も固くザハレグの為に命を捨てられる存在だけで構成されている
なのでノーラは部下にアリシアがザハレグスであることとザハレグスは心が無かったことを伝えていた
そして部下は『心が無かったとしても命を救われた事には変わりがない、ならば自分達に出来る全てをもって、今世は幸せに生きていただこうと』皆で誓った…誓っていたのに
「ああそうだな……だが今ではない、お前を含め20名は来たるべきクカバンとの戦争に備え、鍛えて鍛えて鍛えまくっておけ!今回のミスは功績で帳消しにできるようにしておけ!ドスバイグはその時の戦果で判断する!」
「…………自分にチャンスをくださり感謝します!」
「20名以外は仕事に行け!20名は今すぐ修行の旅にでろ!」
「「「「「「はっ!」」」」」」
皆がいなくなり、静かになった部屋に1人佇むノーラ
「………配置は問題なかったはずニャ」
そう思いたいが結果はこのザマだ、だがドスバイグは優秀な部下だった、だから任せた。普段はそれで問題なかった。それでも…目を瞑れば思い出される呆然としたアリシアの顔
「…………………もう少し早ければニャ」
思い出されるは自分の担当場所の処理が済、部下のフォローに回ろうとした瞬間に現れた。クカバン帝国隠密で最も強い4本指の存在
「何故4本指のしかも小指がない、王の恋人と呼ばれる最強の隠密が2人もあそこに居たニャ?
そして、何故猫を邪魔したニャ?いや、違う。情報を向うも集めていれば猫を足止めするのは当然ニャ」
そう…向うも隠密だし、自国の為に世界中から情報を集め要マークしておく人物ぐらい調べてあるだろう。誰を当てるかなんて、考えるのは当然計算済み。だから猫の油断が招いた結果であり。そして、肝心なときにザレの元へたどり着けなかったのは純粋に…
「もっと猫が強ければ良かっただけニャ……猫がもっと……………もっと強ければ雑魚をどれほど倒そうとも、必要なときに側に居れないようじゃ駄目ニャ」
ザハレグスが悲しむ事があってはならない、心無きザハレグスの時の悲しい表情で心が抉られるように苦しかったが心がある今のアリシアの今回の表情は
死にたくなった
目の前で謝り失態の追求されて、その手で殺されてしまいたかった。
「猫は……拾われた存在、猫は………命を救われた存在、猫を………必要としてくれた存在は…………ザレだけなの…………役立たずの猫は………猫はぁ…………グス……………ごめん…………ごめんなさいザレ………………」
その場に倒れるように横たわって丸まって泣くノーラ
「強く……もっともっと強くなるニャ…………」
ノーラは隠密で集めたあらゆる情報の中で、獣人の猫種にある妖術は本来キャットウォークではないことを知り得ている
「妖術………もっと鍛えて、知り得た妖術の猫ショウの力をこの手に」
そしてノーラ音もなくその場から消えていた
***ヴェルーナ***
「領主、慰霊碑か?」
先程から領主は石に名を刻んでいっている。ご家族の方はアチラコチラに散らばって、復興の活動を開始している
私の部下は壊れた防壁から敵が侵入しないように守り担当24時間体制で3交代となっている
「うむ、必要のない、死ぬべきでない者達が…散ったのだせめてその名はこの手で刻み弔わなければ」
涙を流しつつ、その手に持つ杭と金槌を動かしている
成る程領主はそうするのか、エレニカは名と人物像をメモして王宮の記録者に書かせて忘れないようにするが…
どちらもザハレグスのやっていた行動なんだよな…
「がう………頑張れ」
「ああ!」
また適当に歩く…本当はザレに会いに行こうかと思ったんだが、途中でノーラ殺気を感知しやめた
「ノーラが怒っているということは、会いに行っても意味はないんだよな」
ノーラが殺気を出すほど怒るのは、任務に失敗とかではない…彼女が怒るのはザレ関連で失敗したとき
つまり今のザレは、怪我をしたとかの何かがあったんだろう、そんな状況で会いに行っても邪魔にしかならんだろう。なら行っても仕方が無い
「エレニカ…………いや」
うーん……………どこに行ってもヤバい気がする何処も彼処も忙しさでいっぱいの状況だ、その中で殺気混じりの人達と作業はしたくない
「となると普通に壁の修復作業に行くか…」
厄介事や普通の倍疲れそうな場所から移動するヴェルーナであった
***アリシア***
それから、その日はずっとナナちゃんは苦しそうに呻いていたその間私はずっと手を握りしめ『大丈夫だよ』とか『頑張って』しか言えない無力な自分が…あの時ザハレグスになれなかった自分が情けない
こんな状況で知る心は、胸に穴が空いた様に冷たい、にも関わらず自分への苛立ちに燃えるような熱を持ってもおかしくないのに冷たい炎という矛盾のこんな心は知りたくなかった
夕方、テントに来たナナちゃんの親にひたすら謝罪を言うことしかできませんでした。ナナちゃんの親と私の親は仕方が無いと私が無事で良かったと言ってくれましたが……私が本来の力を使えていれば、ザハレグスになれていれば………心が無ければ守れていたし怪我をさせずに済んだと思うと、心を得た今の自分に苛立ちが募る
次の日、少しだけ落ち着いた私、でもナナちゃんの側を片時も離れず見守っていると
「う"……うぁ………」
いつもと違ううめき声を上げるナナちゃん
「ナナちゃん?」
手を握り見守るも私の手ごと胸に手を持っていき
「あっ……がああああああ!」
暴れだす、魔毒の症状の波が一番激しくなり酷く痛むのだろう。幾重にも巻かれた布で掻き毟れないので怪我はしないでしょうが重傷を負ったり破片が刺さってたがゆえに魔毒の量がかなり多いのでしょう。
どれほど…幾日、ナナちゃんは苦しむのだろう
「頑張って…ナナちゃん」
祈り見守ることしかできない、そんな時間が過ぎてゆきます。ですが真夜中のある時、不安が現実となった
「ぐぅ、うううぅ、かはっ!あ……ああぐぅ」
「ナナちゃん……」
「ひゅっ………………………………………………」
「えっ!?」
呼吸が…止まった?
「ナナちゃん!?」
心臓は?
……………止まってる!
今度はちゃんとする!知識を使う!
私はザハレグスの時に知り得た知識を使い、即座に心肺蘇生法を使う
「ナナちゃん!ダメ!」
必死に思い出し使う心肺蘇生法、記憶通りに息を入れ胸骨圧迫をワンセットで何度も繰り返す
「ナナちゃんっ!」
願い何度も繰り返す。不安が私を襲い、回数はあっているか、圧迫の力と回数は合っているか、不安でも記憶を探り間違いないと、大丈夫だと自分に言い聞かせて言葉も何度も呼びかける。5セットぐらい続けただろうかナナちゃんが咳き込んだ
「ゴホッ、ゴホッゴホッ……………すぅ………すぅ……」
「はぁはぁはぁはぁ………ふぅ…………」
呼吸よし、心臓もちゃんと動いている………
よ、よかったぁ……………
ナナちゃんが死んでしまうと思った瞬間は心臓がギュッと痛いぐらいに掴まれたような感覚でした
そんな日が3日続いてようやく魔毒が薄くなってきたのか苦しむ回数が減り安定してきた。時々苦しむものの、もう掻きむしる心配はないので布は外されている時折汗を拭き服を着替えさせる
着替えさせる際に見える怪我を見て、私は胸が痛くなる
「ナナちゃんも…こんな気持ちだったのでしょうか」
…………ナナちゃんは未だ目を覚まさない
でわでわ、また来週はいつも通り日曜日に投稿しますね




