第1話:電波的な居候
「ただいまー……」
誰もいない自分のアパートに帰り、返事など返ってこないと知りながらも、いつもいつも言ってる挨拶をする。これで萌え萌えのメイドさんが「お帰りなさいませ〜」って出てくれば最高なのだが……
そんなこともあるはず無く、履く機会もない革靴の横に、派手なスニーカーをぬいで、片一方だけ置かれているスニーカーを見た
いつかの変な女の子が落としていったものだ。なんでこんなもの持って帰ってきたのかなぁ、と思えば俺がついさっきまで女の子が履いていた靴を拾わずに歩いて行くなんてことができずに、欲望に負けて持って帰ってきてしまったのだ
だがこんな本音を口から出すわけにもいかないので、とりあえずはここにほっておいたら汚れてしまうので、また会えたときに返すことにしよう、このいい訳で自分の中では納得した
「ふぅー……今日も疲れた」
座り込み、持っていた紙袋を下ろす
中身は会社の資料でも、患者のカルテでもなければ、大切な人への贈り物でもない
俺は無職。恋人もいなければ恋をしようとも思わない。だが金はある
たいしたものではない。袋の中身はただのエロゲーだ
今日一日、販売会場を駆け巡った俺は、全身が疲れてだるかった。だが本当の戦いは、パソコンの電源を入れた今から始まるのだ
パソコンが立ち上がると俺は、勝ち取ったエロゲーのディスクを入れて、セットアップを開始した
朝日が差し込んできた。今日も気持ちのいい朝だ
しかし俺は寝ていなかったため、明日がやってきたという実感はない。夜が明けた=次の日とは言えない生活が基本となっている俺にとってこんなことは珍しいことではない
むしろ朝から販売会場に向かう必要があった昨日の方が珍しいのだ
「さぁて……寝るかぁ……」
俺はディスプレイから離れ、畳に倒れ込んだ
小さくなったディスプレイには『CONGRATULATIONS!!』の文字と、スタッフロールが流れている。そして最後にはこのエロゲーを制作した同人サークルの名前が表示された
それを見届けた俺は、満足感の中、闇に落ちていった
時刻は丁度朝の6時頃だな……
自然と目が覚めて、俺は時計を見る。朝だ、午後の6時だ
俺の一日はこんな感じが多い。午前・午後が入れ替わっているのだ。まさに昼夜逆転といったところだろう
親か、彼女か、友達でもいれば咎めてくれるのだろうが……
俺の知人は大抵が同じような生活スタイルなのだ
「飯でも買いに行くか……」
誰に言うわけでもない。だが口に出さなければ、俺は話せなくなってしまうような気がしていたのだ
だから返事など返らないと知りながらも俺は「ただいま」を言う。何気ない言葉も独り言だが口に出す。だから家を出るときも必ず
「いってきます……」
を言うのだ
コンビニはアパートを出てすぐのところにある
コンビニエンスストアの中ではかなり広い店内。特に弁当の種類が多いのだ
夜からが本番となる俺にとって、近場にコンビニがあるのは非常に便利だ。そして一番多く買う弁当の種類が多いというのは嬉しいことだ
だが問題点は必ずある。文句の付け所がない店ってなかなかないからな
「いらっしゃーませー」
高校生っぽいアルバイトがたまにいるのだが、そいつの糞っぷりがもう凄いのなんのって……この野郎は商売をなんだって思ってんだ?
なんだその気の抜けた「いらっしゃいませ」は。その頭は運動部だろうがこのジョリジョリ小僧が。デケェ声出せ! なんて口に出せない俺が嫌になるからこのアルバイトの高校生は嫌なのだ
バイトを、働くことを小遣い稼ぎ、遊びの延長としか考えていない……
――楽しそうにしやがって、反吐が出る……
俺は数あるコンビニ弁当の中から、「ボリューム弁当」という名前から量があり、腹にたまりそうな弁当を選び、高校生のいる方のレジではなく、優しそうな、人の良さそうなおじさんのレジまで進み、お金を払いコンビニのドアを開け外に出た
まだ時刻は6時半にもなっていないというのに、コンビニの前には、高校生と思わしきガキどもがたまっていた
嬉しそうに女連れて、しゃがみ込んで。迷惑でしかない
「あれ? あのおっさん俺等のこと見てんじゃね?」
「マジだ! おーい! なに見て……逃げた」
俺はアパートに向けて早足になって進んでいた
何を逃げる必要があったのだろう。あんな奴ら、あんな口だけの奴ら軽くしめてやればいいだけなのに……
なんてな。俺は弱いよ。両親から逃げて、社会から逃げて、努力することからも逃げてしまって……たどり着いたこの場所。そこまで来てもまだあんな子供相手に逃げて……
そしてアパートの一室。自分の部屋に逃げ込んだ
――とりあえず弁道でも食おう
靴を脱いで、一歩上がったときに突然インターホンが鳴った
ピンポーンと3回。この部屋は2階。誰か来る感じはしなかったから、大家さんか、このアパートに住んでる人かな……
でも大家さんならともかく、1度もここに住んでる人が俺を訪ねてきたことなんて無かったけどな……
「……誰っすか? いっ!?」
「やっと……」
「ちょい待て!」
そこにいたのは、スニーカーを方一歩おいていった変な女の子
彼女の髪は濡れて、ぺちゃんこになっていた。だが雨なんて降ってはいない。というよりもただ単に濡れているだけならば、俺は必死になったりしない
――なぜバスタオル一枚?
その子はバスタオル一枚。肩は露出しているし、足もかなりきわどいところまで露わになっていた。露出狂なのか?
でもなんで濡れてる?
「やっと開いた……」
「じゃねぇよ! てめぇなにやってんだ?」
「も、萌えませんか……?」
「はぁ?」
ドアを開けたら、そこにはバスタオル一枚の女の子がびしょ濡れで立っていました
そんなシュチュエーションで萌える奴がいるのか? 愉快なシュチュエーションではあるが、そんなことがリアルで起こったら、萌えとか以前に驚くだけだよ!
「どーでもいいから上がれ。風邪引くぞ」
「いえ。心配にはおよびません」
「あぁ? 分けわからね……いつ着替えた?」
いつの間にか女の子は、食パン一斤くわえて俺と衝突したときと同じ制服に着替えていて、髪も全く濡れていなかった
本当に変な奴だ。というかありえないだろ
「では、お邪魔します」
「オイオイ待て。今のどうやった? あと普通に上がろうとするな」
「上がれと言いました……」
「あれはお前があんな格好で濡れてたから……って! 急にバスタオルに戻るな! ……すぐ戻れるのか。分けわからねぇよ」
「バスタオルの方がいいですか?」
「いや、制服にしろ」
「なるほど。制服萌ですね」
「……殺すぞ」
「それは無理です」
「は?」
ほぼ見知らぬ男に「殺す」って言われて平然としている女の子って……
俺に迫力がないのか? それとも女子高生になめられてる? ……ショックだぜ
「つーか。お前なに? なんで俺んとこに来る」
女の子は無言で俺の靴の横にあるスニーカーを指さした。なるほど、靴を探してきたのか
「それと、私。神様です」
「はぁ? 本格的にいかれてるのか?」
「いかれてません。私神様ですので」
「……」
――電波だ。めんどくせっ。帰らせよう
だが冷静に考えれば、こいつのやってのけたことは神と言えなくもないのかもしれない。バスタオル一枚から一瞬にして制服に着替える技……マジックと言えなくもないが
それに、やっぱり可愛いし。こんな子そうそういねぇよ、もし「泊めてくれ」なんて言うのなら泊めてあげてもいいかなぁ……
て、何を1人で妄想で突っ走ってんだ俺。馬鹿みてぇ。そんなことあるわけねーだろ
「ここに居させてくれると嬉しいな」
「……今何と?」
「泊めてほしいな♪」
萌え……というかこれはこれで引くな……
恐いよ。全然笑えない
でも、どうせ1人だし。金もあるし、変な自称神様の女の子一人くらいなら大丈夫か
――そしてゆくゆくは俺の手で
あれ? 俺ってやっぱり犯罪者予備軍?
違う! 泊めてしまう時点で俺犯罪者か!? 母さんには絶対知られたくねぇ。息子が女子高生家に連れ込んで泊めてるなんて……
「まぁ。上がれば」
「やったー!」
ま、いいか
だが忘れていた
部屋に散乱しているものを。そしてディスプレイは付きっぱなしであることを……