1-1次期王は黒猫がお好み!?~ペットは甘く愛される~
……これは夢?
私は夢を見ているの?
アメリーンはいまだに、自分自身が聞いた言葉が信じられずにいた。
「アメリーン?
返事は?」
「えっ、あっ、はい!」
黙っているアメリーンにエリオットは不思議そうだが、現実感がまるでない。
――まさか、しがない下級貴族の娘である自分が、次期王であるエリオットに求婚されるなど。
「その。
……誰かとお間違えでは?」
曖昧に笑ってその場をごまかそうと試みる。
が、エリオットはその口から深いため息を落とし、立ち上がった。
「どれだけ僕が、君に愛を囁いてきたと思っている?」
ずっと自分の黒髪と黒い瞳が珍しいから、ペット代わりに傍に置いているのだと思っていた。
そうでも思わないと、自分の気持ちに――エリオットが好きだという自分の気持ちに押し潰されてしまいそうだったから。
「で、でも私は、ウェイド家の人間で……」
「それがなにか、関係あるのか?」
はっ、あきれたようにエリオットが短く笑う。
けれど関係は大ありだ。
貴族とは名ばかりの貧乏で、アメリーンを売るようなウェイド家の人間が王族、しかも次期王となど結婚できるはずがない。
「そもそも君はソーク卿に養子に出されたのだから、もうウェイド家の人間ではない」
そんなもの、詭弁でしかない。
確かに城に献上品として上がる際、家格を上げるために買い主であるソーク卿の養子に入った。
しかしどんなに身分を取り繕おうと自分はここでは――奴隷も一緒なのだ。
「で、でも、私は――」
「さっきからつべこべうるさいな!」
ぐいっとエリオットの手がアメリーンの腰を抱き寄せる。
そのまま右手がアメリーンのあごを持ち上げた。
「返事はどちらかだ。
……YESか、NOか」
じっと、アクアマリンの瞳が自分を見ている。
からからに渇いた喉につばをごくりと飲み込み、アメリーンは口を開いた。
「……YES、です
――どさどさどさー。
……うるさい、なに?
突然、廊下から聞こえたきた音で、キーを叩いていた手が止まる。
きっと、適当に積んであった本が崩れたのだろう。
……いま、いいところなんだから邪魔しないでよね。
いままで気持ちがすれ違い続けていたアメリーンとエリオットが結ばれる、一番いいシーンなのだ。
気持ちが最高に乗っていたのに、こんなことで集中を途切れさせられるなんて。
「あーもー」
邪魔で一つ結びにしただけの髪をイライラと掻き毟る。
「集中、しよ!」
デジタルメモの前で一度、大きく深呼吸をして私はまた、猛然とキーを叩きはじめた。
「……暗い」
キーが見えにくくなって、日が暮れたのだとはじめて気づいた。
「一回、休憩……」
片手を伸ばし肘を持って背伸びをしたら、身体がバキバキと鳴る。
昼過ぎに起きていままで、ずっと机に向かってデジタルメモのキーを叩いていたとなると、仕方ない。
「うっ、腰いた……」
運動不足のせめてもの抵抗で、椅子代わりにしているバランスボールから立ち上がると、腰が完全に固まっていた。
腰を押さえながらよろよろと部屋の外へ向かう。
――ガッ。
「えっ!?
開かない!?」
――ガッ、ガッ。
ふすまを開けようと試みるもののほんの十センチほど開くばかりで、それ以上は何度やってもなにかに引っかかって開かない。
「嘘っ!?」
思い当たる節は……ある。
書いている途中で聞こえた、廊下でなにかが崩れる音。
きっと、崩れた本がつっかえ棒の役割を果たしているに違いない。
――などと原因がわかったところで、出られないことには違いないが。
「どーしよー……」
助けを呼ぼうにもひとり暮らしの我が家には私以外誰もいない。
近くに両親が住んでいればいいが、実家はここから車で二時間以上かかる。
友達に頼ろうにも、人付き合いが苦手な私にはそんなもの、皆無に等しい。
「詰んだ……」
もう最終手段の両親に頼るしかないのはわかるのだが、その、……問題が。
集中している間はよかったが、途切れると猛烈に、こう、さっきから、……トイレに行きたい。
「仕方ない、よね」
机の僅かな隙間に、慎重によじ登る。
机の向こうは窓。
平屋建ての、我が家の窓からの脱出は可能だが、いざ下を見てみると思いのほか高く感じた。
「でも、そうするしかないわけだし」
窓に足をかけて目をつぶり、思い切って飛び降りた。