表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第3話

 別荘に新たな1日がやってきても、ノアの習慣は変わらない。朝はノア手製のパンにローナからの木いちごのジャムと決めている。簡単な朝食だが、ノアは気に入っていた。


 軽い足取りで屋敷の庭を横切り、白い丸テーブルが備え付けられた場所に向かう。野外で食事するなら絶好の場所だ。日除けの屋根もあるし、朝のさわやかな空気が何よりおいしい。パンの入ったバスケットを置くと、ノアは地べたに座った。


 バスケットからパンを取り出し、はしたなくもかぶりつく。すると、甘酸っぱいジャムの香りが口の中に広がる。


 孤児院時代にはこんなおいしいものがあるなんて思わなかった。脱走を防ぐ高い塀もなく、風を自由に感じられる。今日もしあわせなひとときになりそうだった。


 ノアの横に影が差したとき、そんなひとりの時間はたやすく奪われた。


「ノア、ここにいたのか」


 ダニールはノアの左隣にしゃがみこむ。驚いて横に退こうとするのだが、ダニールの手がノアの手首を掴んだ。


「なぜ、逃げる?」


「に、逃げているわけでは」


「ならば、ここにいろ」


 ダニールの手がノアの手首を痛いほど強く掴んでいる。ノア自身も逃げたいとは思っていない。けれど、ダニールがとなりにいると身体が勝手に遠ざかろうとするのだ。まるでおびえているように。


 それでも、手首を掴まれれば、ノアは振りほどけなかった。ブルーの瞳は鋭く、そらすことすらできない。大抵、瞳の強さに負けて、ノアが折れるしかないのだ。


「わ、わかりました、ダーナ様。手をお離しください」


「ああ、よかろう」


 手首を握っていた力がゆるめられて、ノアはようやく詰めていた息を吐くことができた。


「俺も一つもらおうか」


「な、なりません。ダーナ様の朝食はローナが用意しているはず」


「ローナの朝食にもひかれるが、ノアが顔をほころばせるほど美味しいパンを食べてみたいものだ」


 顔がほころんでいたのだろうか。だとしたならば、相当にだらしない顔だったに違いない。ノアは身体中が火照るのを感じた。あまりの恥ずかしさにダニールと目を合わせることもできない。


「ノア?」


「ダーナ様、こ、これを」


 なかば強引にバスケットをダニールに押しつけた。ノアは慌てて立ち上がり、引き止める声にも耳を貸さなかった。ノアが自分の失態に気付いたのはベッドのシーツに顔をうずめたときだった。



 ノアが残したバスケットを見つめながら、ダニールは口元に笑みを浮かべた。戦神と呼ばれた男は愉快でたまらなかった。


 これほどまでに腹の底から笑いたい場面があっただろうか。少なくともここに来るまでにはなかった。病が身体をむしばむまで、ダニールは自分の健康に興味は持たなかった。頭には国を広げるか、国を守ることだけ。


 女も性欲が満たされるならだれでもよかった。世継ぎを産むという明確な動機ができた今、慎重に考えてはいるが、人生の最後くらいは愛する女性を妻にしたかった。


 ノアがもし女性だったら、真っ先に言い寄っていただろう。そんな自分の考えもおかしくて喉の奥で笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ