表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

第1話

 自然の奥地に別荘があった。誰も使わなくなった別荘に、ひとりの兵士が護衛についていた。


 ノアは別荘の護衛をしながらあくびをひとつした。ぼーっとした顔も、ゆったりとした仕草も、自然のなかで暮らしているためだろう。


 ノアが苦労して兵士になってから3年。能力もつてもないノアは、別荘の見回りで十分だと思っていた。ほとんど使われなくなった王家の別荘は獣さえおとなしく、平穏そのものである。退屈といえば退屈で、使用人のローナとの世間話がノアの楽しみだった。


 今日もローナはやってきた。森を抜けたところにローナの家があるのだ。長い距離を歩くために足は痛み、いつも愚痴をこぼすのだが、今日にいたってはなかった。


 大概、こんなとき、話したいという欲が先にある。大きく見開かれた目がますますその気持ちを表していて、ノアは槍の手をゆるめた。ローナは案の定、落ち着くより先に口を開いた。


「の、ノア、ノア」


 名前を繰り返すローナに、ノアは頭を傾げた。


「どうかした?」


「王子が、来る、やって来るよ、病で、この別荘に療養のため、来るんだって」


 なるほど王子とは。きっと第3王子のことだろう。生まれもって体が弱いという噂が流れている。ローナが慌てるのもうなずけるなと、ノアは思った。今までこんな大きな事件はなかったぐらいだ。


 しかし、いくらなんでもお付きの兵士もいるだろうし、ローナやノアには荷が重すぎる。しばらくは暇をもらえるかもしれない。そう楽観視していた。けれど、事態は思うより甘くなかった。


「でも、第3王子じゃないんだ。次期国王の、ダニール様」


「ダニール様だって!」


 ダニール王子を知らない人はいない。筋肉隆々、戦場では武神と呼ばれて崇められている。どんな田舎出身でも、国中のだれもがあの方にあこがれる。ノアが兵士になったのもダニール王子の肖像画――本物は手に入らないので贋作――に見惚れたからだ。


 折り重なった敵の上で剣を天に向かってかざす姿は、瞼の裏でもしっかり焼き付いている。


「しかし、あのお方は病とは無縁では?」実際の姿を目にしたことはないが、病などかかるはずがない。その考えを疑っていなかった。


「いや、そうでもないらしくて。医学でも魔術でも治せないっていうんだから、ダニール様も人間ということね」


 この頃には落ち着いてきたローナがどっかりと花壇のふちに腰を落とした。フリルのついたエプロンと金色の髪の乱れを直していたが、彼女の視線は真剣な横顔に向けられていた。それでも当の本人は気付かない。


 ――ダニール様が不治の病? 簡単には信じられない。ノアはおよそ人生のなかではじめて、ローナの言葉を疑った。目は険しく細くなる。


「ちょっと、その顔は何なの! 本当よ! あたしがノアに嘘をついたことがある?」


 ムキになるローナに、ノアは申し訳なく思った。ローナは嘘を吐かない。どれだけ真面目な頭でも、嘘と冗談の区別くらいはついた。


「そうだね。きみは嘘を吐いたりしない」


 ノアがさわやかにほほえむと、ローナの顔は火照ってしまう。それはローナの想いの表示なのだが、ノアは気付かない。もう頭はダニール王子のことでいっぱいだった。


 ――だけど、この噂がどうか嘘でありますように。ノアは自分の存在など知らない相手に祈りをささげた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ