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斜め上に乙女心

 結局、すずめは夕食を作るはめになった。


 もやし、キャベツ、豚肉の炒め物に、豆腐とわかめのサラダ、シジミの味噌汁、そして解凍した白米。特売品で構成された節約レシピである。


(なにか、親鳥の気分だな……)


 雛鳥のアカリとイナリは満足げに箸を進ませる。高杯は、折檻されてふすまの向こうに転がっている。


 すずめは制服からパジャマに着替えおえている。クマの着ぐるみのような、フード付きのキュートな格好。小学校中学年にしか見えない。


「アカリは知ってるけど、イナリは料理できないわけ?」


 すずめが味噌汁をすすってから訊く。


「ウチらは神饌(おそなえもの)を食べるさかい、よほど物好きでもない限り料理はしまへんなあ」


 イナリが笑う。すずめが改めてアカリを見ると、無邪気な笑顔でお椀を持っている。


「シンプルだけどおいしーい……って、なに? すずめ?」


 すずめの口からため息がもれる。


 アカリも食事らしきものは作れるが、味覚を破壊されたことがあるので、それ以来台所に立つことは全面的に禁止している。そしてイナリは料理未経験。


「キミたちがいることでボクの仕事が増えてるんだけど」


「すんまへんなあ、すずめはん。手間やったらウチが万物創成――」


「その永久機関やめろファック」


 口の中に指を突っこもうとするイナリをすずめが制し、深呼吸する。


「それはさておき……明日からナオトをどう攻めようか。イナリ、なんなの今日のアレは? ボクはまだ手出ししてないけど、それにしたって感心しないよ?」


「うぅ……ほんますんまへん……恥ずかしくて」


「二千年以上生きてるのに恥も外聞もないよね」


「えっ……う、ウチは十六歳どす! ナオトさまと同い年どす!」


「歴史無視はまずいよね」


「ふぐ……実は十八歳どす!」


「それ誤差範囲」


「うっ……あっー! はぁ、はぁ」


「悶えるなっ」


 すずめはジト目を維持。間髪入れないコメントを叩きこむ。イナリの恍惚とした表情に磨きがかかった。


「うーん、ナオトは回りくどいの嫌うから、やっぱり直球がいいと思うな」


 アカリがおかずに目を落としたまま評論した。


「確かに。アイツ、空気読もうとしないから、遠回しに攻めても伝わらないか」


 すずめがうなずく。


「えっ、直球……やっぱり告白するちゅうことどすか……?」


「そりゃそうだ。いい歳してるんだから(はら)くくれ、だよ」


「は、はら、どすか……?」


「そう。結果はある程度保証してあげるから。とりあえず形だけでも告白してよ」


「……うっ、にわかの腹痛っ、無念……!」


 イナリは腹を抱え、上目遣いですずめを見た。


「それ、はら違いだし。あのねファッキンゴッド。ボクがやろうと思えばできなくもないけど、たかが人間風情が、神さまに関わる恋愛譚を百パーセントお膳立てするのってどうなの? それでいいわけ? プライド的なものを見せようよ」


「ぷ、ぷらいど……ワタシニホンゴワカリマセン」


「うわーダメなやつだこれ。崇められる存在なんだから、もっとこうさあ……」


 イナリがぶんぶんとかぶりを振る。登園を拒否する幼児のごとき様相だ。


 すずめが舌打ちした。


「そんな様子じゃ、仮に付きあうってことになっても、まともに会話できないでしょ? ボクらはイナリとナオトがくっつくとこまでしかフォローするつもりはないから、それ以降はイナリ自身でなんとかしてもらわないと」


「うぅ……」


「いい? 返事は?」


「よ……よろしゅおすぅ」


「じゃあ約束ね」


 イナリが肩を落とした。


「それでさ、イナリが言う最善の運命って、なんなの? そもそもキミはどうやって未来を視とおしてるわけ? やり方を教えてほしい」


「やり方、どすか」


 イナリは胸元から円形の薄板を取りだした。顔よりも一回り大きく、細やかな幾何学文様がデコボコと刻まれている。色は緑青(りょくしょう)。歴史の教科書で見るような、青銅鏡だ。


「神によってやり方は違いますけど、ウチは鏡を使いますぅ」


 イナリが青銅鏡をひっくり返すと、緑青の面とは異なる、銅色の平面があった。鏡と言うには反射が鈍いが、見えないわけではない。


 そこに、映像が映しだされた。


「ふーん……神なのに神器に頼るんだ」


 すずめがつぶやく。


「すずめは、神さまにお願いはするけど、神器には頼らずに神さまの力を引きだしてる感じだもんねっ?」


「まあ、結局なにかに頼ってるのは一緒だけどね。ボクは基本的に、神力のタガを外すだけだからなあ。とりあえず、イナリの鏡はボクが持ってる万華鏡と似た仕組みかな」


「褒められると、照れますなぁ」


「どちらかというと皮肉ったつもりだったんだけど」


「ふぐぅ……はぁはぁ」


 イナリが頬を赤らめて身をよじる。


 そうこうしているうちに直兎が映った。松葉杖をついている。三メートルほどの距離を置いて、イナリが対面。直兎の背後に、グラウンドが見下ろせた。どうやら昼。学校の屋上のようだ。


 直兎の眼は真剣そのもの。イナリは頬を赤らめて伏し目がちだ。



『イナリさ』



『は、はいぃ』


 鏡に映った直兎が、イナリに声をかける。



「え……これ、音も入るんだ?」


 それを視ていたすずめの眉がピクリと反応する。



「……? 入りまっせ? すずめはんの場合は音入らんのどすか?」


「へー! イナリ、すごーい!」


 アカリが感嘆する横で、すずめが舌打ちした。


 あれこれしている間にも、映像の時間は進んでいく。


『すずめとアカリからそれとなく聞いてはいるんだけどよ』


『は、はいぃ……』


『悪い、イナリとは付きあえねーわ』


『えぇええ……!』


『おまえとは知りあったばっかだし……かと言って、時間を置いたからって、恋愛対象として見れるかは自信ねーんだ。あと、おまえもあのことは知ってると思うし。だから、悪い。イナリの想いには応えられねえ』


『そ……そう、どすか』


『それにさ』


 映像の中の直兎が一呼吸置いた。


『告白って、直接伝えるもんだと思うぜ? 今回、すずめたちから聞いたけどよ、それってやっぱ違わねえか?』


 直兎の語気は強い。


『……すんまへん』


『次、好きなやつができたら、今度こそ直接告白しろよ?』


『は、はひぃ……うわーん!』


 イナリは涙を噴出しながら、直兎の前から走りさった。心苦しそうな直兎がため息をついたところで、映像を映していた鏡が銅色に戻る。



「これが顛末どす!」



「いばるなよヒョーロク玉。直接告白しないでナオトにキレられてるじゃん」


「ナオトはそういうの嫌うからねーっ」


 すずめもアカリも、イナリに対して嘲るような眼差しを向けた。


「ぐふぅ……そ、その感じっ、ええわあ……!」


「気持ち悪いからやめろ、だよ。で、これが最善だとして、他のパターンにはどんなのがあるわけ?」


「そやなあ……ナオトさまに完全に忘れさられてるとか、すずめはんたちと会えずにナオトさまとも口すら利けんとか。そやから努力はしてます。すずめはんたちと会えるように須佐之男(すさのお)さまにはお許しをもろたし、三種の神器でナオトさまに思いだしてもらえるように頑張ったし」


「うわぁ、かすりもしない運命じゃんそれ……そんなの努力のうちに入らないし。最低限、告白だよ、告白」


 イナリが泣きそうな顔でうなずいた。


「それで……イナリに聞いても埒があかなさそうだから、強制(運命の捻じ曲げ)についてボクの考えを伝えるか……」


 すずめが伸びをした。


「なにか妙案どすか?」


「さすがすずめっ」


 場がにわかに盛りあがる。


「いい? ナオトの最大の関心事は、今週日曜日の決勝戦だよ。でも、あの通り足をケガしていて試合には出られない。物心つく前からサッカーにかけてきたナオトにとって、これ以上ないくらい悔しいわけ」


 うんうん、とアカリとイナリがうなずいて聴く。


「本当は気が進まないけど、この状況、使えると思わない?」


「どういうことどすか?」


「つまり、足を治せば――試合に出られるよう恩を売れば、ナオトの中で株はあがるでしょ。足を治す役をイナリがやればいいわけ。急接近が期待できるじゃない?」


「ウチ、治すとか、そーいう方面はあんまり得意やないんやけど……」


「知ってるよ。イナリは基本的には穀物神でしょ……それはさておき、治す能力(ちから)を、ボクが一時的にイナリに宿す。イナリはそれを使ってナオトの足を治す。これでナオトの気持ちをイナリに向ける。で、その後直球で告白。どう?」


「ボディを食らわせて膝が折れたタイミングで追いこみニーキックねっ?」


 アカリがシッシッ、と減量中の格闘家になりきる。


「ほほー、なんや、いけそうな気がしてきましたわ」


 イナリの見開かれた眼は、しいたけになっている。


「キミたち、詐欺師にカモられるタイプだね。とりあえず大枠はそんな感じかな。あとは告白の成功率を限りなく百パーセントになるように強制して(捻じまげて)あげるし、イナリとナオトが二人きりになる場面もこっちで用意するから」



 すずめが言いきったところで、足元に置いていたスマートフォンが振動した。メッセージ受信の通知が来ている。



「ナオト?」


 確認すると、直兎からのMINEだ。


「なんですのん?」


 イナリが驚いて携帯をのぞいてくる。すずめがアプリを開く。



『夜遅くにすまん。まだ起きてるか?』



 シンプルな問い。


「なんだナオトのやつ……ホントに迷惑なやつだな」


 時刻は十一時を回っている。すずめは『もう寝た』と即座に返信した。


 三十秒も待たずに、スマホが再度震える。


『起きてんじゃねーか。これからおまえんち行っていいか? どうしても話したいことがあってよ』


「……はあ? なにそれ」


 すずめの返信は『嫌だ』だ。


『じゃあ行くわ』


「うわこいつ、人の話全然聞いてない」


「えっ、ナオトさまがこれからここに来るんどすかっ」


 イナリがわたわたと身なりを整えはじめた。


「ナオト……? なんの用事だろうねっ?」


 アカリは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。



「――こんばんわっす!」



 聞き間違えようもない、直兎の声が玄関から響いてきた。


「あいつ……まさか家の前からMINEしてきたのか……」


 すずめがため息をついて、玄関に向かった。アカリも後を追う。イナリが意を決したように、しかしアカリの背中に隠れてついていった。


「よう! いい夜だな! お、すずめのパジャマ可愛いじゃねーか?」


 松葉杖の長身がにかっと笑い、クマさんパジャマを賞賛した。


「はいはい、思いっきり曇り空だし……で、こんな遅くになんの用? おととい来やがれクソジャップ」


 直兎は、奉公先の家庭の内情を目撃した家政婦のように顔をのぞかせている二人の存在に気づいた。


「アカリと……イナリ? こいつらもいたのか」


「誠に遺憾ながら」


「ふーん……」


 直兎がごほん、と咳払いをする。


「でさ、すずめに話してえことがあっから、ちょっとだけ外に出てくんねえ?」


「寒いからやだ」


「まあまあ、そう言わずに。すぐ終わるからさ」


「……? すぐ終わる用件なら、ここでいいじゃない」


「あー……まあ……」


 直兎がアカリとイナリの方に目をやって、すぐに視線を戻した。


「家の中、っていうのも……なんか悪い気もするし。まずはおまえと話したいんだよ。な? 頼むぜ」


 直兎が手を合わせて懇願した。


「悪いもなにも、この時間に押しかけてくる時点で……はあ、もう……わかったよ」


 すずめはうんざりしながら、草履に足を引っかけた。開けっぱなしだった引き戸から、空気の張りつめた外に出る。


「寒っ……!」


 触れた外気に、すずめは思わず自分の体を抱きしめた。もはや冬の匂いがする。


「悪ぃ、ちょっとだけ我慢してくれ」


 直兎が松葉杖を使って、人通りも車通りもない道路へと歩を進め、三メートルほど離れたところで振りかえった。すずめのジト目と、視線が交錯する。


「すずめってさ、好きな人いんの?」


「……はぁ? いきなりなんの話……? そんなんいるわけないじゃん」


(十子先輩といい、なんなの今日は……?)


「そっか。まあ、いてもいなくても関係ねえんだけどな……俺とおまえの付きあいも……七年、か。あっという間だな?」


「はあ、そうだね」


 傾いた街頭が、直兎の笑顔を照らしている。


「俺、生馬市(こっち)に戻ってきたばっかの頃って、結構尖ってて、一匹狼だったろ? 友だちなんていらねえ、って感じで。愛想のある方でもなかったし、クラスじゃ浮いてたよな」


(謎の昔語り……切りあげて部屋に戻りたい……)


「それでも気にせずからんで来てくれたのがおまえとアカリなんだよな……でさ、最近気づいたんだよ」


「……なにに?」


「俺さ、おまえもアカリも好きなわけよ。世話んなってるしな」


「はあ、そう……一応、ボクも嫌いではないよ」


 すずめの淡々とした社交辞令。



 直兎の笑いが消えた。


「――でもよ。おまえに対する好き、は、友だちに対する好き、じゃねーってわかった」



「……ホワッツ?」


 家の壁を背にしたすずめに、直兎が迫ってくる。



「ちょ、ちょっ! なに?」


 二メートル。


 一メートル。


 エマージェンシー。



 どん、と直兎が、すずめの背後、壁に右手をついた。


 松葉杖が事切れたように倒れ、カラン、という音がそこここの塀に反響した。


 クマのフードがふわっと煽られて、直兎の汗の匂いがすずめの鼻をくすぐった。



「近っ! 近っ! 離れろイ○ポ野郎っ!」


 直兎の癖の、いつも通りの近距離。ただ、今回は迫力が違う。蛇に睨まれた蛙のように、すずめは身動きがとれなかった。



(と、鳥肌がっ……!)



「すずめ。俺はおまえが好きだ。付きあってくれ」



(鳥肌が……! た……立た……ない……?)



 鼓動は早鐘。


 手足が震え、視野はぼやける。


 五感はもやがかかったように働かず、息苦しさで胸が押しつぶされそうだった。


「いきなりですまん。それに俺は、試合を控えてるとこだ……出られねえけどな。でも、こればっかりは後回しにできねーと思ったんだよ。俺、器用じゃねーからな。とにかく言っとかなきゃって」


(体が……動かない……!)



「ぼ、ボクはお、おとっ……!」


 門外不出の事実を暴露しかける。



「すずめ……」



 直兎の体が――


「返事は後でいい。とにかく俺の気持ちは伝えたぜ」


 ――すずめを抱きよせた。



 体育会系男子による、幼児体型のための抱擁。夜気で冷えた体に、直兎の体温が移る。


「なあ……すずめ。俺も思いきってんだぜ……震えてんの、わかるだろ」


 薔薇、薔薇、薔薇。


 一面の薔薇。


「きゃぁああああああ――!」


 キャパオーバーのすずめが黄色い悲鳴を上げると、ガラリ、と引き戸が開けられた。


 飛びでてきたのは、全身がまばゆく光るアカリと、涙を噴出するイナリだ。


 爆発したすずめの感情で、アカリは力を暴走させられそうになっている。


「すずめ! すずめ! ストップ! 気を確かにっ! アタシ蒸発するからっ!」


「すずめはーん! 抜けがけなんてあんまりどすーっ! 末代まで祟りますーっ!」


 抱擁をといた直兎に、アカリがタックルをかますと、片足と体幹の力だけで体を支えていた直兎は道路をゴロゴロと転がった。


「あ、アカリ……なにすんだよ……!」


 直兎がうめきながらも非難する。


「アンタね! こっちの予定が狂うような真似するんじゃないわよっ!」


「予定……? なに言ってんだ、おまえ……」


「すずめはーん! ひどすぎますぅー!」


 すずめは足腰の力を失って、その場にへたりこんだ。

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