大好きだっ
『神迎える 夕陽の海は さみしくて
届かぬ想い 胸しめつける
オレンジ空に 伸ばした手はいつも ただ冷たくなって
やがて来る夜の はじまりだけに 想いはふれた――』
ありがちな、片想いを歌った恋愛ソング。先日発売されたばかりの新譜だ。メロディは和風のスケール。コスチュームは和洋折衷のコンセプトで、『いずもいずむ』のユニット名と、曲調や振りつけにもマッチしている。
二百人を超える観客がスタンディングでステージに熱狂する。なぜかアイドルとは無関係なインディーズバンドとの対バンというセットリストで、しかし嬉しい悲鳴というべきか、来場している観客のほとんどは『いずもいずむ』目当てである。
熱が向けられる、ステージの幅は五メートルを超える程度。W型のフォーメーションで、スペースを巧みに使っている。すずめと十子のダブルセンターだ。とても数日前まで衝突していたとは思えない、完全に息の合ったダンスで、完璧な和の空気を創りあげている。
アカリ、直兎、イナリの三人は、ほぼ最前列に立って、すずめの舞台に魅了されていた。周りの熱狂的なファンがサイリウムやらペンライトやらを振りまわしながら、ヘイ、だの、オォオー、だの盛りあがっている中で、直兎とイナリの二人はなんとなく手を振りあげる程度のノリなので、ガチヲタからは白い眼が向けられている。
一方で、アカリは狂ったようにヲタ芸を披露している。
そして実は、人に化けたグルヴェイグも会場に忍びこんでいた。最前列常連、今日も確保。我を忘れて舞いおどる。グルヴェイグは、アイドル十子のトップヲタだった。
「衣梨奈……衣梨奈っ、衣梨奈ぁぁぁああっ――!」
傍目には、パンキッシュでゴスロリな、風変わりの女の子にしか見えないが、その声には怨念すら感じる。衣梨奈、というのは十子の芸名。
グルヴェイグは、僕、という一人称を使っているが、男の娘のすずめとは異なり、名実ともに女神である。
「ぐふ、ぐふふふ……アイドルすずめっ、最高っ」
アカリが息を切らせながらほくそ笑んでいる。
「ぉ、ぉおお……やっぱこうやって見るとすげーかわいいなぁ――がほっ」
たった三日で恐妻家に変身したイナリが、直兎にボディーブローを叩きこんだ。
◇ ◇ ◇
「あ~、みんなぁ、きてくれたんだぁ!」
ライブ終了後。すずめの口から、営業ボイスが絞りだされた。
物販コーナーで|チェキチケット《インスタント写真撮影券》を人数分ゲットしてきたアカリが、直兎とイナリを巻きこんで、すずめチェキ撮影ブースの最前列に躍りでる。
「――ちょっ、ちょっと困りますよお客さん! チェキは一人ずつでないと!」
「あぁあん?」
ルール違反を目撃して駆けよって来たプロデューサーに、アカリはメンチを切った。
「あ、アカリちゃんっ? って、困るよアカリちゃん! 収拾つかなくなっちゃうんだからっ!」
「うるせえ死ね」
すずめの口の悪さを継承したアカリが、プロデューサーを跳ねのけた。
「あ~、もう、だめだよぉっアカリちゃん!」
すずめが困ったような声をあえて出した。
「うわ、相変わらずそのキャラ慣れねえわ……」
「――ち○こもぎ取るぞブタ野郎」
直兎がつぶやくと、すずめが怨嗟に満ちた声で耳打ちした。
「はいはい、これで最後なんだからみんなで撮るよっ! 直兎とイナリは手をつないでそっち!」
「えぇえっ」
アカリの指示にイナリが動揺したが、直兎も頬を染めていた。二人で意を決したように、手をつなぐ。
それを見ていたすずめは微笑した。気持ちはもう、清々しさに近い。
「――私も入ろうかな?」
現れたのは、隣のブースにいた十子。ニコニコと笑っている。
「え~、先輩、それじゃ収まりきらなくなっちゃいますよぉ~」
すずめが一応突っこみを入れた。
「いいからいいから――ほら、グルヴェイグもこっち!」
十子が、自分の撮影ブースの最前列で待機しているツンとおすましゴスロリ少女に声をかけた。人に化けたグルヴェイグである。
「――えっ、ぼ、僕っ? ててていうかグルヴェイグって、誰のことかニャ―……はっ?」
「バレてないとでも思ってたの? 君、においでわかるんだもん、バレバレだよ?」
「そ、そんなあ……僕、そんなに臭うかなあ……」
肩を落としたグルヴェイグが、体をクンクンと嗅ぎながら、トコトコと歩いてきた。
集まった面々で、体を寄せあう。
「――よし、じゃあ撮ろうっ! カメラマンさんよろしくっ!」
アカリが声をかけて、フラッシュが焚かれた。
ほどなくして、手のひらに収まるくらい小さなフィルムに、六人の姿が浮かびあがった。相当に引いた写真だが、それでもそのわずかな面積に対し、おそろしく過積載である。
真ん中で、営業スマイルのすずめに抱きつくアカリ。
左隣には、手を繋いで肩を寄せ合い、頬を染めた直兎とイナリ。
右には、体をぎゅうぎゅうに密着させながらも、お互いの手のひらでハートマークを作る十子とグルヴェイグ。
すずめはペンで、チェキの余白に、日付とコンセプトを書きしるした。
2016年11月16日
いずものゆかいななかまたち
『すげえ……グルさんレベルのヲタになると、あそこまで密着できるんだ……』
一部始終を垂涎の的として凝視していたファンが、一層ざわついた。
この日のイベントは、後世に『神チェキイベント』として語りつがれることになる。
◇ ◇ ◇
「なあ、泣くなよ、イナリ……」
「むっ、無理どすっ! 泣かないなんてっ、無理どすっ!」
ひっくひっくと横隔膜を痙攣させながら、イナリはとめどない涙を白衣で拭っている。
イベントが終わり、ライブ会場から出て、人気のない路地裏に来た。ラブラブカップルのやりとりを見せつけられているすずめとアカリは、ともに苦笑している。時刻は二十一時を過ぎ、暗がりの空気は冷たかった。
神等去出祭もとうに終わった時刻。ついに別れの刻がやってきたのだ。
すずめやアカリにも、別れに対する寂しさはある。
濃密な十日間。二千歳を超えるカリスマのはずの神から、言動、行動ともに溢れだす突きぬけたポンコツ臭。そんなイナリに始終振りまわされ、すずめもアカリもうんざりしていた。
だからこそ、寂しさがある。
「俺だって、まさかこんなに短い間しかイナリといられねえなんて……思ってもなかったんだぜ。でもよ……今日のデート、ほんとにすずめのステージだけでよかったのか?」
「すずめはんの晴れ舞台やからっ、よかったんどす! ウチ、アカリはんにも……すずめはんにも、感謝してもしきれまへん……そやから、ナオトと、ふたりきりの時間は短ぉうなってしもたけど、ナオトと一緒に、舞台が観れて、ほんまに嬉しかったし、楽しかったどす……!」
イナリの言葉を受けとったすずめが、鼻をすすったことに、アカリは気づいていた。
「イナリ、おまえにこれ、プレゼント」
直兎はバッグから取りだした、なにかの箱を差しだした。イナリがあらためて顔を袖で拭い、それを受けとる。
「これ……すまほ、とかいうやつ」
「そう。俺とイナリのホットラインな。いつでもこれで、連絡取れっからよ。使い方は自分で調べんだぞ? こういうのに詳しいダチがいてさ、そいつに安いプランで用意してもらったんだ」
「嬉しい……これで、ナオトと離れてても、いつでも、近くにいられるんどすな……」
「もちろん、今生の別れじゃねえし。なんとか工夫して、おまえんとこ行くからさ」
イナリが真っ赤にした眼と鼻で、それでも満面の笑みを浮かべた。
「ウチ……もう、帰らなあかんどす」
イナリが大きく深呼吸した。いつの間にか、涙は止まっていた。
「ナオト」
「……ん」
イナリが優しく語りかける。
「ウチ――幸せもんどす」
言うと、イナリの体が淡い光に包まれた。
蛍のような光の粒が、全身からあふれはじめる。
笑顔。イナリはしばらく、直兎を見つめた。
――そうか。その刻が来たんだな。
直兎が思った。こらえていた涙が滲んだ。
イナリが直兎の両肩に手を置いて、精一杯背伸びした。
唇と唇が触れる。
温かく、柔らかく。
なにより伝わるのは、イナリからの、ゆるぎない想いだった。
直兎の開いたままの眼から、しずくがこぼれた。
「――おおきに、ナオト――愛してます」
直兎はぎゅっと両眼を閉じて、その言葉を心に刻んだ。
「俺もっ! ……大好き、だっ!」
愛という言葉の意味がまだ理解できない直兎には、愛している、という言葉は安易に使えなかった。
だから、精一杯の愛情を伝えた。
大好きだ、と。
「――すずめはん、アカリはん。ほんまおおきに。嬉しかったし、楽しかったどす」
「――しっかり神さま、しろ、だよ? ファッキンゴッド」
「じゃあねイナリっ!」
イナリが笑顔を深めて。
体がどんどん透けていって。
辺りに闇が戻った。
◇ ◇ ◇
帰宅後。杵築稲荷神社。
拝殿の神前に、すずめは二本の、うまし棒コーンポタージュ味を供えた。
「――キミたちの元祖が好きな食べもの。たまにはいいでしょ、こういうジャンクなものも」
すずめは不敵な笑みを浮かべて、神前を去った。
翌朝。うまし棒は、神前から姿を消していた。
お読みいただきありがとうございました!
作者として一番思い入れの強い作品なので、お楽しみいただけたのなら幸いです。
各キャラクターのサイドストーリーが書けるくらいに設定を練り込んでから執筆しました。




