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告白

 星空に吸いこまれたい気分だったが、あいにく雲が邪魔をしている。いつもはしし座が見える天頂も、曇天の向こう側だ。


 夕拝が終わり、すずめは物思いにふけっていた。


 イナリと遭った日、消し炭になって、その後修復した大木に身をあずける。息は白い。白衣の下にも着込んではいるが、十一月の夜気は胸元に容赦なく滑りこんできた。


 変化に富んだめまぐるしい日々が、今日で終わる。多忙であることに変わりはないが、明日からは、いつもどおりの学校、神事、アイドル活動が待っている。特にアイドル活動はおろそかになりすぎて、どうもアカリにプロデューサーからお伺いが立ったらしい。


(ブログの更新ネタ、なににしようかな……?)


 考えていたら、じゃり、と足音が聴こえた。


「――すずめはん、風邪引きまっせ」


「ファッキンゴッドか」


「相変わらずどすなあ、すずめはんは」


 イナリが微笑んで、すずめが背中をあずけている大木に、手のひらを当てた。


「ウチがここに来て、今日で一週間なんどす」


 すずめもイナリも、別々の方を向いていて、視線は交錯しない。


「すずめはんとアカリはんには、ほんとーに助けられましたなぁ」


「惜別のことばみたいになってるけど、イナリが古都に戻るのは三日後でしょ」


「そーなんやけど、なんとなく、今言っとかなあかん思いまして」


「……ふうん。まあ、いろいろお世話はしたけど。っていうか、今日のアレ、なんなの? いくら今、出雲に揃ってるからっていっても、イナリシリーズを九十九柱《にん》連れてくるとか、馬鹿じゃないの? そのために昨日の夜からいなくなってたのかと思うとホント阿呆としか」


「え……強制(捻じまげ)ができんのなら、応援するしかない思ったんどす」


 すずめが深いため息をつく。


「おかげでボクとアカリと十子先輩とグルヴェイグは神力と魔力の出血大サービスだったよ。学校関係者以外には視えなかったとはいえ、九十九人同じ顔で似たような格好の人型がいたらワイドショーものだから、イナリシリーズの外見を偽装するのでフルパワーだよこのクソダヌキ」


「ほ、ほんますんまへん……」


 イナリがしばし黙り、そして、意を決したように大きく息を吐いた。




「――ウチ、ナオトに告白します」




「うん、さっさとしろ、だよ」


「ず、ずいぶんりあくしょんが薄いどすなぁ~」


「さっさとしないと残り三日だよ。仮に成就したとして、デートの一回くらいは記念にしていけ、だよ。その時間も含めたらもう余裕ないってことに気付こうよ」


「で、でぇと、どすかっ?」


「そうだよ。二千歳超えのババアが恥じらうなよ」


「ウチは十六歳どすっ!」


「もういいよこのやりとり」


 すずめが大きく伸びをした。


「……すずめはんは告白しないんどすか?」


 イナリの質問は、もちろん、直兎に告白しないのか、ということだ。


「……するよ。イナリがいなくなってから籠絡してやる、くっくっく」


「そ、それだけは勘弁どすっ!」


「なに、自信ないわけ?」


「じ、自信……自信は……」


 イナリが下を向く。確実に自信がなさそうだ。


 すずめはため息をついた。が、口の端にわずかに笑みが浮かぶ。




「――お、そこにいんのはすずめとイナリじゃねーか」




 試合で精根尽きはてているはずの直兎が、なぜかランニングで杵築稲荷神社の前を通りかかり、なぜかすずめとイナリに気づいた。呼吸を整えながら二人に歩みよってくる。


「今日は応援サンキューな。おかげで勝てたわ!」


 直兎が満面の笑みを浮かべる。


「あらためて、おめでとうナオト。シニカルなボクも今日ばかりは素直に祝っておく。ちなみに言うと勝ち負けに手心を加えたりしてないから、キミらは実力で勝ったってことになるからね」


「その言い方がすでにストレートじゃねえ気もするが……まあ、サンキュ」


「ナオト、おめでとう! 応援、届いてよかったどすっ!」


「おう、イナリもめっちゃインパクトのある応援サンキューな! ……って、さあ、気になってたんだけどよ」


 直兎が頬をかいて、視線をそらした。


「イナリ、ってさ……その……ただの、転校生じゃ、ねえよな」


 訊かれたイナリが驚いて、マンガのように跳びあがった。


「ああ、コイツ、神だよ」


「す、す、すすすすずめはんっっ! なに急に言うてはりまんのっっ?」


 イナリがあからさまに動揺したが、すずめも直兎も特に表情に変化はない。


「……ああ、まあ、そんな気はしてた。すずめやアカリが不思議な力を持ってんのも知ってたし、それが神社に関わる、おそらくは神かなんかのものなんだろうってことはな」


「うん。あえて言う必要もないかなって思ってたから伝えてなかったけどね」


「でさ、出雲県って、今、日本中の神さまが集合してる時期だろ? それでイナリも来たんだろうって思ったんだけどよ、それにしたって、わざわざ学校に来てみたりして、俺の中でピンと来ない部分があるわけ」


 直兎の疑問に、すずめが珍しく、声を上げて笑った。


「じゃあ、後はイナリから説明してね。おやすみ、ナオト」


 すずめは笑顔を浮かべたまま、木にあずけていた背中を正し、神社の出口に向かった。


「あ、あぁ……すずめはん……」


 さすがのイナリも悟った。


 これは、すずめのお膳立てだ。直兎がここに来たのも、強制をしたからだろう。でなければ試合で疲れはてているところに、ランニングなどしないはずだ。


 そしておそらく、告白の結果については、すずめは強制をしていない。確信に近い勘だった。


「もしかして、イナリ、なんか俺に言いたいこと、ある?」


 イナリとふたりきりになった直兎が口を開いた。表情は真剣だ。そして、その言葉のニュアンスは、イナリが直後に語るであろうセンテンスを先取りしているようだった。


 イナリはすずめに感謝して、そして、意を決した。




「――ウチ、ナオトが好き」




 言葉は、よそよそしかった友人関係を、一歩、前に進める力を持っていた。


「そっか……イナリ、ちゃんと話してくれて、サンキュ」


 ナオトは笑った。その頬が染まっているかどうかは、薄明かりの中ではわからない。




「――すずめ、話がある!」




 直兎は下を向いて、声を張りあげた。そして、授与所の方へ、顔を向ける。


「まだそこにいるだろ、すずめっ! 話を聞いてくれっ!」


 訪れる静寂。しばらくして、授与所の裏から人影が出てきた。


 小柄な影は、すずめだった。直兎とイナリに背を向けたまま、立っている。


 微動だにしないすずめに、直兎は唇を噛んで、歩みよった。


 手を伸ばせば触れられる距離。


 すずめは、振りかえらない。


「今おまえが、らしくねえことをしてる理由はわかってる。すずめは、聞き耳を立てるようなやつじゃねえもんな。俺がおまえに告白したのは、たったの五日前だ。そりゃあもう、ドキドキしたし、ヒヤヒヤしたし。恥ずかしくて、怖くて。でもよ、とにかく本気だった」


 すずめは、振りかえらない。


「小四で出雲県(こっち)にきてから、ずっと一緒にいてくれたのがおまえとアカリだ。勝手に孤独になってた俺を癒やしてくれたのもおまえとアカリだ。みんなに腫れ物扱いされる俺を、ほかの友だちと変わらず接してくれたのもおまえとアカリだ」


 すずめは、振りかえらない。


「それで……おまえはあんまり口がよくねえけど、でも、その奥にある優しさに、俺はどこかで気づいてたんだ。おまえは俺と似てるって、最初は思った。でも、俺なんかよりずっと優しいってわかったとき、俺はすずめが好きなんだって思ったんだ」


 すずめは、振りかえらない。


「でもな、すずめ。聞いてくれ」


 すずめは、振りかえれない。


「俺は、イナリに惹かれたんだ」


 木の横にたたずんでいたイナリの眼が大きく開く。


 舞いあがるはずの心が、唐突さに、動きを止めた。


「たったの六日。俺がおまえと過ごしてきた時間の長さからすれば、瞬きくらいの時間だ。でも俺は、イナリの、不器用だけど……一生懸命なとこに惹かれたんだ」


「……それで?」


 すずめが口を開いた。声は震えていた。


「だから……おまえに告白したこと……すまん!」


「……別に。ただ、告白、撤回する、だけでしょ」


「すまん……俺、すずめの気持ちにも、気づいて――」


「やめてよっ――!」


 すずめが振りかえった。


 涙。頬からはもう、そのものの重さに耐えきれなくなった涙が、滴っていた。


「気づくなよっ! いつも! いっつも! 人の気持ちになんかっ、これっぽっちも気づかないドンカン野郎のくせにっ!」


 嗚咽は、こらえきれない。


「告白なんかされなきゃよかったっ! ボクがっ……ボクがぁっ! ナオトが好きだ、なんて、気づかなかったら良かったっ! ナオトがっ! 告白なんかしたからぁっ! ボクは、ボクの気持ちに気づいちゃったんだろっ! クズっ! ゴミムシっ! 脳筋野郎っ!」


「……すまん。謝りきれねえ」


「なんで、なんでぇっ! まっすぐでいようとするんだよぉっ……! ボクからは、返事なんか、してなかったんだっ……ただ、イナリを好きになった、って! それだけでいいじゃないかっ! なかったことにして……ただ、付きあえばよかったんだっ!」


 すずめは涙を押さえるように、手のひらで包みこんだ。


「ナオトが……ボクの……気持ちにっ……! 気づかないふりしてくれてたらっ……! ナオトもっ、イナリもっ! 両想い、って、ことで……よかったじゃないかぁっ! ただそれで、よかったじゃないかっ!」


 すずめが顔を上げ、直兎を睨みつける。


「その上、なんなんだよっ! ボクに対する感謝だとか……優しいとこが好きだったっ、とかっ! でも、イナリの……一生懸命さが好きだとかっ! なんなんだよっ! 誰に、話してるんだよっ! 誰をっ! 誰をっ、納得、させようとしてるんだよぉっ!」


 直兎は思いだした。世の中には、優しい嘘、という言葉があるということを。


 すずめに対する気持ち。イナリに対する気持ち。


 どちらも偽りはなかったし、偽りはない。


 だから、イナリの告白に応えるためには、すずめに気持ちを整理して、伝えなければいけないと思った。


 その、自分の思う誠実な方法で、確かに傷つけてしまった子が眼の前にいる。


 それでも。


「……すまん。すずめ、すまん」


 自分には、そのやりかたしかできないのだと思った。


 優しい嘘が必要だとしても、嘘はつけないのだ。


「すずめ。償う方法があれば、教えてくれ。俺は考える」




「――ご意見番アカリちゃん登場っ! 償うために歯ぁ食いしばれぇナオトッ!」




「……アカリ、って――ぐぁっ!」


 授与所の陰から飛びだしたアカリのストレートが、直兎の頬にめり込んだ。


「ナオトっ!」


 それまで木のそばで見守っていたイナリが駆けよる。


「うわ、神力ナシで殴るときって、やっぱりこっちも痛いんだ……で、償おうっていったって、こんなの償えるはずないんだよねえっ? とりあえず痛みで思いしっとけっ」


「あ、あぁ……結構効いたぜ」


 クリーンヒットに倒れこんだ直兎がつぶやく。


「なんならあと五発ぐらいいっとくっ?」


「そうだな……何発でもいいぜ。そんな気分だ」


「うわ、なんかキモい。もういいや」


 直兎は大きくため息をついて、夜空を仰いだ。


 頬の痛み以上に、心が痛い気がしたが、すずめの痛みとは比べものにならないのだろう。


 その痛みを共有できないことが、直兎にとってはくやしくて仕方がなかった。




◇ ◇ ◇




「すずめ、落ちついたっ?」


 すずめとアカリで、ちゃぶ台につく。すずめは、さっきからずっと頭を抱えている。イナリは、すずめに顔を合わせづらいのか、別室にこもっていた。


「あぁ……穴があったら入りたいって心境を地で行ってる感じ。記憶を操作する能力(ちから)でも発動しようかな」


 やろうとすれば、できないでもない芸当だ。


「うーん……まあ、想い出にしよっかっ?」


 ため息をついてすずめが顔をあげると、目の前でアカリは笑っている。


「整理もクソもないけど、とりあえず吐きだしたらなんか楽っちゃ楽だね……まさか自分でも、あんなに、情けないほど思いつめてるなんて知らなかったよ」


「言いたいことが言えてよかったんだと思うよ……そんなすずめに!」


「……?」


 アカリが台所から、白い小さな箱を持ってくる。


「そッ、それはッ! スタパのニューヨークチーズケーキッ!」


 すずめはドォオオンとポーズを決めた。


「はいはい」


 アカリが平皿と、フォークを渡してくる。


 二人でチーズケーキを食べながら、すずめはアカリの優しさを感じていた。


 チーズケーキには、いつもの甘みに加えて、少しばかりの塩味があった。

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