最悪の壮行式
目を開いた直後、スマートフォンのアラームが鳴った。
直兎は画面をタップしてアラームを止める。布団から体を起こして、上半身をストレッチした。十一月の日の出は遅く、外はまだ暗い。土曜といえど、これから日課の自主トレだ。
ここのところずっと見続けている、夢。過去の出来事。あの敗北以来、直兎はひとりよがりのプレーに終止符を打った。誰かに頼るのではない。チームメイトそれぞれの長所が活かされるようなゲームメイクを、常に思考のど真ん中に置いている。本来であればミッドフィルダーの仕事に近いが、直兎の覚悟は相当だった。
三年前、ユースの若輩選手だった直兎が、先輩たちの覚悟を背負った日。
高三となった先輩の、三年前の悔しさに報いるチャンス。負ければ、高校での先輩たちのサッカーは終わる。しかし、直兎の頭に敗北の二文字は存在しない。
本番は、明日だ。試合は午前中。決勝戦が行われる出雲県立サッカー場は、車で三時間以上かかる場所に位置するため、前日泊で試合に臨むことになる。
今日は、夕方には練習を終え、そこから会場のそばにある旅館で一夜を過ごすことになる。
直兎は大きく息を吐いて、布団から出た。
◇ ◇ ◇
アカリはまだ、目を覚まさない。
すずめは授与所の番を高杯に押しつけようとしたが、朝から高杯は姿をくらませていた。仕方なく、休業状態である。
寝室のアカリの様子を確認してから、イナリが持つ神器――予知をする青銅鏡を、すずめとイナリで視る。ともに漏れでたのはため息だ。すずめはちゃぶ台に肘をついて、頭を抱える。湯呑みのお茶が波紋を作った。
青銅鏡に映しだされているのは、明日行われる、祝部高校、対、宍道大湘南の決勝戦。敵の妨害のためか、時折映像にノイズが混じるが、イナリは気合で予知を続けた。
「やっぱり、まともに試合をさせてくれないみたいだね」
「ふぁうるに次ぐふぁうる。負傷退場……前半戦がおわる前に……祝部高校は、九名どすか。それに主力めんばぁはもう出られない……」
サッカーのルールを必死に覚えたイナリにも、その悲惨さはなんとなく伝わっている。
宍道大湘南附属高校は、プロリーグへ進む選手を数多く輩出する名門校だ。祝部高校も、直兎のようにジュニアユース出身の強力なメンバーもいるが、相手の方が一枚上手。さらに、妨害によるものなのか、審判のジャッジに偏りがあったり、空中戦での着地のミスなどが相次ぎ、祝部高校の選手に対しレッドカードやイエローカードが気前良く出され、しかも、負傷者が担架に乗せられてフィールドを去っていく。もはや試合と呼べる内容ではない。
九十分の試合が終わってみれば、スコアは四―〇。祝部高校の大敗だ。直兎はフォワードにも関わらず、すべてのポジションに関わる驚異的な運動量を見せた。しかし、直兎に対する相手チームのプレッシャーが想像以上に強かったのか、ディフェンダーを抜きさってゴールに迫るシーンは終ぞ見られなかった。完全な直兎封じだった。
直兎が準決勝で負傷していることは、宍道大湘南の耳に届いていたはずだが、試合の序盤からプレッシャーを弱めることはなかった。
「これは完全に……ボクを潰しに来てるね」
地力の差はある、と直兎は言っていた。しかし、この様子はあまりにも運が悪すぎる。
明らかに、敵の術者は、すずめに対して喧嘩を売ってきているのだ。
「まったく、ボクに対してどれだけドヤ顔をしたいんだこの相手は。自意識とか自己顕示欲の塊なのかな……」
鏡に最後に映しだされたのは、大粒の涙を流し、フィールドに倒れこむ直兎の姿だった。直後、映像は霧散する。
「なんにせよ、これは許せまへんで。ナオトの努力をもてあそぶなんて、ありえまへん。絶対に……許せまへん」
イナリが拳を震わせる。すずめは、はじめて怒りを露わにするイナリを見た。
「……くそ」
アカリの命を奪おうとし、今度はナオトの努力をあざ笑おうとしている。
直接すずめ自身に闘いを挑んでこないことが腹立たしいし、それ以上に、親友をその魔の手から救えない自分自身に憤りを感じる。
イナリがつぶやいたとおりだ。
絶対に許せない。
絶対に負けられない。
「イナリ」
「……どうしたんどすか?」
すずめの声は低い。イナリの方には目線をやらずに、つぶやく。
「明日の試合結果、強制するよ。祝部高校を勝たせる。ここまでコケにされて、黙ってるなんてできるはずがない。仮に、本来は祝部高校が負けるんだとしても、勝つように強制する。ボクの力を証明してやる」
「――おまえら、なんの話してんだ」
すずめとイナリが振りかえると、そこには直兎が立っていた。
スポーツバッグを握りしめる、その拳が小刻みに揺れている。
「勝たせる、って、なんだよ」
直兎の声は低く、そして、震えている。
「ナ……オト。いや、違うんだ、話を聞いてくれ」
「ふっざけんなっ――!」
叫びが、すずめとイナリを撃ちぬいた。
「知ってるさ……おまえらが不思議な能力を使うってことはな。おおかた、この脚もその能力とやらで治したんだろ。壮大な詐欺師だなおまえら」
「ナオト……違うんどす、落ちついておくれやす……!」
「あぁ? 誰が、どうやって、そんな話を聞かされて落ちついてられるって? 馬鹿にすんなよ。俺たちサッカー部の連中が、どんな思いで練習を重ねてきたかおまえらにわかんのかよっ! 勝たせてもらうためじゃねえ! 勝つためなんだよ!」
「だから、誤解なんだナオト。そもそも、決勝には何者かの妨害があって、ボクたちはそれを――」
「もういい。俺と先輩たちの気持ちを踏みにじりやがったんだ、おまえらはよ。この脚を治して、試合に出るチャンスをくれたことは感謝する。でもな――」
直兎は肩で息をしながら、震える喉で、ため息を絞りだした。
「もういいわ、おまえら。顔も見たくねえ。いいか、絶対に明日の試合をどうこうしようとすんなよ」
直兎は一度顔を下に向けると、再度上げることはなく背を向けた。
「……アカリの様子はどうなんだ」
ぼそり、と直兎がつぶやいた。
「……まだ寝てる」
すずめが言うと、直兎はため息をついた。
「……最悪の壮行式だったぜ。じゃあな」
振りかえることなく、直兎は姿を消した。
すずめもイナリも、下を向いたまま、なんの言葉も紡げなかった。




