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 ロッカールームには、嗚咽が充満していた。座りこんで泣きくずれる先輩たちを前に、直兎はロッカーに背をあずけ、映画のスクリーンを眺めるように、その姿を眼に映す。うなだれて、肩を震わせるメンバーの中には、一ノ瀬もいた。


 誰も、蛍光灯を点けようとはしない。暗いロッカールームに横たわるのは、押しころした泣き声と、汗の匂いだけだ。


 ピピー、という、試合終了のホイッスルが、直兎の耳にいまだ渦巻いている。そして、ずっと頭をもたげているのは、高島の言葉だ。




『――おまえはまだ経験不足だ』


『――チームメイトの覚悟を、だ』




 そんな精神論はどうでもいい。


 三―二で、試合に敗北した。


 自分に与えられた時間の中で得点を決めきれず、そして最後のチャンスであるPKも外した。小学時代にはなかった、中学の公式戦の雰囲気に呑まれ、スタミナを激しく削りとられた結果、踏んばりきれなかった。その結果が敗北として残っただけだ。


「――ナオト、ちょっと来い」


 高島がドアのそばから、直兎に声をかけた。直兎はなんの考えもなく、ただ従った。ドアを閉め、二人で廊下に出る。高島の眼も、赤い。


「悔しいか?」


「……なにがっすか」


「悔しいか、って訊いてるんだ」


「別に……練習が足りなかったって思うだけっすよ」


「……なら、なんで泣いてるんだよ、おまえ」


 言われて、直兎が右腕でその雫を拭った。


「自分が情けないだけっす」


 高島が急に、直兎の胸ぐらをつかんだ。廊下の壁に、その背中を叩きつける。直兎は息がつまり、軽く咳きこんだ。にらみ返すと、高島の眼から、涙がこぼれ落ちている。


「つまらない意地を張るんじゃない……わかっただろう? 今日の負けは、チームメイト全員の記憶に刻まれる負けだ。ナオトが加わってから二点取った。これは事実だ」


 高島が声をつまらせる。


「だがな、みんな思うのは、最後のPKで、ナオトが決めていたら。あるいは、PKを、他の誰かが蹴っていたら。勝つ道筋はあったんじゃないのか……そういうことだ」


 胸ぐらをつかむ手が、震える。


「ナオトが背負ったのは、チームメイト全員の、恨みにも似た悔しさなんだよ。サッカーは団体競技。負けたとしても、誰が悪いわけじゃない……そんなものは綺麗事だ。あのとき俺が、あいつが。たらればの話を、引きずっていくんだ、これからな」


「……俺はもう、負けないっすよ」


「そうだ。今のおまえは、自分のふがいなさを悔しがっているだけだ。これからは、チームとして泣けるようになれ。個人技だけでは限界がくる。三流の選手で終わるな。チームメイトの強みを引きだし、その中で輝けるようになれ」


 高島が手を放した。


「そして約束しろ。次にチームメイトとして戦うときには、その成長した姿を見せろ」


 孤独を埋めるために没頭していたサッカーで、自分はなぜ、さらに孤独を深めていたのか。


 直兎は誤りに気づいた。崩れおちた体。廊下に両手をついて、こぼれる涙。


 直兎は、高島との約束を胸に刻んだ。




◇ ◇ ◇




 競技場の外、直兎は人気のないスペースに座りこみ、壁に背中をあずけていた。


「――おつかれナオト。はいこれ」


「冷たっ、って……すずめ?」


 なぜここにいるとわかったのか、釈然としなかったが、そこにはすずめが立っていた。


「なんだよ、すずめも俺のことを笑いに来たんか」


 もはや真っ赤になった眼や鼻を隠す気すらも起きなくなっていた。差しだされたドリンクは素直に受けとる。


「はぁ……相変わらず暗いなあ……ボクには大活躍だったようにしか見えないけどね」


 すずめが直兎の隣に腰掛ける。身長差は頭一つ以上もある。


「ラストチャンスのPKを外した男が? それにさ、俺、あのPKの前に、先輩たちに絶対決めますって大見栄きってたわけで……結果があれだぜ」


「ナオトはさあ……サッカーに限らず、楽しもう、って考えが抜けてるんだよね」


「……別に、楽しさなんて求めてねえし」


 すずめが苦笑する。複雑な家庭環境が影響していることを知っているからだ。


「友だちでもチームメートでも、誰かが楽しそうにしている顔をしっかりと大切にしていけば、自然と自分も楽しくなってくると思うけど。人間誰しも相性ってものもあるから、もちろんすべての人を幸せになんてできないけどね」


 すずめが空を見上げる。ちぎれ雲が浮いている。


「でもさ、それでいいんじゃない? 自分の手の届く範囲の人と、楽しさを分かちあえれば。そうすれば人類みな兄弟。わらしべ長者みたいに幸せは連鎖するよ」


「おまえ……時折悟ったようなこと言うよな」


 すずめが笑った。


 めったに見ない、満面の笑みだった。


「ボクだって、普通の十三年は生きてないからね。それなりのものは背負ってるよ?」


「……背負う、ね」




『――チームメイトの覚悟を、だ』




 高島から言われた言葉が重くのしかかる。


 その責任は、人との関係の中で生きていくから生まれるものだ。


 だから。


 言葉を重く感じるのは、チームメイトとポジティブだろうがネガティブだろうが、確かな関係性を築いたということなのだ。


 つまり、昨日までの自分と、今日からの自分は違う。


 変わるきっかけとしては十分だ。


「――サンキュー。少しは吹っきれたわ」


「はいはい。お役に立ててなにより。ボクにできるのは話を聴くことくらいだからね」


 直兎は、すずめの小さな頭をクシャクシャにした。

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