表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/31

契約

「ねえアカリちゃ~ん。お外、あそびに行こうよー。せっかくお父さんにないしょでここにきたのに。かんごしさんに見つからないようにするのも、たいへんだったんだよ?」


「うん。行きたいんだけど、しばらくはダメなんだって。おいしゃさんも、おかあさんも、ずーっと、いじわるなんだよね」


「えー、つまんないよぉ。ほら、はやくしないとおばさんもきちゃうよ~」


「ごめんねすずめちゃん」


 真っ白な部屋で、真っ白なカーテンがたなびいている。


 くりくりとした瞳のアカリが横になっているのも、白のベッドだ。


 残暑とはいえ、午後四時の今ですら、窓から差しこむ日差しはじりじりと焼きついてくるし、穏やかに外の空気を運んでくる風も生ぬるい。


 ベッドサイドのテーブルには、アカリの大好きな最中(モナカ)が箱で置いてあるが、包みが整然と並んでいるだけで、ひとつも手がつけられてはいなかった。活けられた花は、昼にアカリの母――カナタが取りかえたばかりだから、花と葉のすみずみまで活力が満ちている。花弁からは、甘い香りが漂っていた。病室は香りで満たされた、やさしい空間だ。


 すずめはかがみ込んで、ベッドに手をかけ、枕に頭を預けるアカリをうらめしそうにのぞき込んでいる。


「いつもならさぁ? ぬけだして、公園行くのに。さいきんのアカリちゃんは、ちょっとつきあいがわるいんじゃない?」


「あはは、そうだねえ……ごめんねえ」


「も~、ボクひとりであそんでも、たのしくないよ~。みずでっぽうで、サバイバルごっこしようよ~。水ふうせんだってほら、こんなにかってあるんだよ?」


 ごそごそ、とワンピースのポケットから、ビニールに包まれたたくさんの水ふうせんを取りだしてみせる。二袋も準備されていた。


「ねえすずめちゃん。カズネちゃんは、きょうはあそべないの?」


「ダメなんだって、カズネちゃん。きょうはお母さんとおかいものにいくんだって」


「そっか……なおったら、たくさんあそぼうねっ」


 すずめは遅生まれ。アカリは早生まれ。


 一年近くもすずめのほうが早く生まれているのに、アカリのほうがまるでお姉さんだ。


「え~……」


 度重なる説得に失敗したすずめがうなだれる。


 来年の春、小学校に入学する年齢のすずめとアカリ。


 これまでにも何度か入退院を繰りかえしたが、そのたびに元気になって、遊びまわっている時間のほうが長かったら、自分の体のことで強く不安になることはなかった。


 でも、今回は違う。どんどん元気がなくなってきている。子どもながらに、それは感じていた。一ヶ月前までだったら、今日みたいにすずめから誘惑されたら、窓枠を蹴って外に飛びだしていったのに、ここしばらくは体が重たいし、気持ちも沈みこんでいて、ベッドに横になってすずめとおしゃべりすることだけで精一杯だ。


 母のカナタ、そして看護師や主治医。いつも、明るい。


 ただ、父の灯明(とうみょう)は滅多に病室に姿を現すことはない。仕事(神事)が忙しいから、と、カナタはいつも説明する。


 ――元気になるから、心配しないでいいんだよ。


 大人は口を揃えて微笑みかける。


 でも、アカリの心には、疑心が横たわりはじめた。


 心配なんてしたくない。


 それでも、ぐるぐるとうずまき始めている、恐怖にも似たその気持ちは、押さえつけられるものではなかった。


「じゃあさ、ネコモンしようよ? アカリちゃん、GSもってきてたよね」


「うん、あるんだけど……」


 ゲーム機を持つのも、今はつらい。


 すずめはそんなことには気づかずに、勝手にベッドサイドのテーブル、その引きだしをあさって、青の光沢を持ったGSを取りだした。


「すずめちゃん、その……それ、でんち、きれてるんだ」


「え、ホント?」


 すずめは折りたたみのGSを開いて、電源スイッチをスライドした。


「あ……」


 起動画面が表示される。


「ほら、でんち、のこってるよ? ネコモンもささってるし、いっしょにしようよ」




「――もう、すずめちゃん? またこっそり来ちゃったの?」




 病室の戸がスライドして、困り顔のアカリの母――カナタが入ってきた。


「あっ、お、おばさん……」


 どきりとしたすずめに対し、カナタは怒るでもなく、優しく微笑んだ。


「ごめんねえ、すずめちゃん、退屈してるよね」


「……う~」


「今日はアカリ、調子があんまりよくないから。もう少しよくなってから、また遊んであげてね」


「……うん」


 すずめはうなだれて、アカリのGSを引きだしにしまった。


「おかあさん」


 アカリがカナタに声をかける。


「おとうさんは?」


 訊かれたカナタは、視線を落とした。


「まだ神社のお仕事がたくさん残ってるから、今日はお見舞い、これないかな」


 そうか。


 今日もおとうさんはこないのか。


 アカリの心には、他の誰もが優しいとしても、そのことだけで孤独感が募った。


 家族が来ない。親が来ない。


 自分の存在意義を問うてしまう理由としては十分だった。




◇ ◇ ◇




 アカリが息を引きとった、とすずめが高杯から聞かされたのは、それからちょうど一週間後のことだった。




 ――いきをひきとった、って、なに?


 『亡くなった。死んじゃった、ってことだよ』


 ――しんじゃった? ……それって、もう目がさめないってこと……?


 『そう。もう、アカリちゃんの目は覚めないんだ』


 ――じゃあ、もうボクはアカリちゃんとあそべないってこと?


 『うん……もう遊べないんだ』




 すずめは泣いた。


 泣いた。


 泣いた。


 心の置き場がなかった。


 死の意味がわからなかった。


 かわいそうだ、とか、不憫だ、とか、そんな感情は心の辞書にはなかった。




 おしゃべりができない。


 サバイバルごっこができない。


 ネコモンができない。


 手が繋げない。


 砂のお城が造れない。


 虫採りができない。


 ジャングルジムに登れない。


 おにごっこができない。


 かくれんぼができない。




 笑顔が見れない。




 転んで泣いても、抱きしめてくれない。


 足をくじいても、おんぶしてくれない。


 怒られて林に隠れていても、探してくれない。


 おもちゃが壊れても、一緒に悲しんでくれない。




 いたずらをしても、怒られるのは自分だけ。




 死ぬことは、できなくなるということ。


 死んでしまったら、なにもできなくなる。




 目の前が真っ暗になって、同時に思った。




 ――ボクは、アカリちゃんといっしょにあそんでいたい。




 それはもう本能だった。


 アカリの家に駆けこんで、小さな体を包む布をはぎ取って、ぶつけたのは、寂しさの激流だった。




 契約は成立した。


 アカリの下腹には玉依家の神紋が浮かびあがり、すずめとアカリはふたりでひとりになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ