ちくしょう
すずめとアカリは、自宅最寄りの吾郷大社前駅を出て、心もとない街灯のもと、すずめの自宅へと向かう。時刻は二十二時に近い。もともと人口の少ない過疎の町は、通り道に人を残してはいなかった。
アカリはダンススタジオの帰途、電車の中でも世間話を振ったが、いつも以上にすずめの返事はつれないものだった。
その理由は、すずめとのつき合いが長いアカリには察しがつく。
すずめの、直兎に対する恋心。そこに悩みがあるからだ。
イナリは不器用で、言葉足らずで、気が利かなくて、自分だけではなにもできなくて。
でも、それは二年越しの恋で、直兎に対する想いは確かで。
すずめはただ、直兎への想いに気づくのが遅かっただけだ。直兎の心も本来はすずめに向かっていた。
なのに。
すずめは自覚こそなかったものの、結局は自分の想いを殺して、イナリと直兎を結びつけるために能力を使っている。
「すずめ」
アカリは、電車を降りてから、初めて声をかけた。
数歩前をいくすずめの返答はない。アスファルトを踏みしめて、ただ自宅に向かうだけだ。
「無理しなくていいんじゃない?」
「……なんのこと」
すずめの歩くペースは変わらない。
「ナオトとのことだよっ」
「ナオトがどうかしたの」
「すずめは好きなんでしょ、ナオトが」
すずめには聴こえているのか、いないのか。なんの答えもない。
「あのねえ、すずめ。いくら神さまからの頼みだからって。結果的にすずめの後出しジャンケンになるからって。そんなの関係ないと思うよ」
すずめはただ、歩を前にすすめる。
街灯の下をいくつもくぐって、コンクリートの無機質な景色が流れていく。道端の家々から、ほのかな夕餉の残り香が漂ってくる。
「すずめだったら、自分の気持を押しころして、イナリに協力するってわかってるよ。でもさっ、アタシたちとナオトって、小四からの付きあいだよ? イナリだって二年前から好きなのかもしれないけど、アタシたちのつながりには勝てないんだよっ?」
「ごめん、さっきからなに言ってるのかわからない」
すずめは振りかえらずに言った。
「アカリ、おばさんには連絡した? しばらくボクのとこにいるって。ちゃんと伝えないと心配されるよ」
「もちろん伝えてあるよ、それはっ」
「おじさんには?」
「あんな父親なんて、今はどうでもいいのっ」
気づけば、杵築稲荷神社の目と鼻の先まで来ていた。つまり、吾郷大社前駅を出てから五分近く歩いたことになる。
「すずめ。その気持ちは、押しころしていい気持ちじゃないよ。思いきって、すずめに告白したナオトの気持ちを踏みにじることになるし、頼りないなりに、でもまっすぐナオトに好きだって気持ちを伝えようとしてるイナリを馬鹿にすることになるんじゃないのっ?」
アカリは語気を荒らげた。
――ずっと飄々としているアカリ。
――すずめの前では常に笑っているアカリ。
アカリは自覚した。すずめに対していつも明るくふるまうのは、すずめが大切だからこそだと。本当の自分は、きっと、いろんな葛藤と戦ってきたのだと。
苦しくても弱音を吐かない。
悲しくても涙を流さない。
生まれつき体が弱くて、小学校に上がるまで生き続けられないだろうと、医師からはっきりと宣告されていた自分が、すずめに救われたからこそ、今がある。
だから、すずめの前でつらい顔なんてできないし、すずめが落ちこむ姿を放っておくことなどできるはずはない。契約者としてともに敵と闘うのも、マネージャーとしてそばにいるのも、ただひとつの目的があるからだ。
「ねえ、これだけは、ちゃんと聞いて」
アカリは声を絞りだした。
それでもすずめの歩みは止まらない。
「すずめっ!」
「――!」
アカリの口から飛びでた声音。初めて感じた強い声音。
直兎への気持ちで落ちこんで、混乱して、悲痛な想いにとらわれたすずめにも、その声は無視できなかった。
立ちどまって、アカリに振りかえる。
「アタシの願いはっ! すずめにいつも笑って――」
すずめが気づく。
遅すぎた。
何者かの影。アカリの背後。
青白い発光。
なかば振りかえったアカリはただ、動揺の声を漏らすことしかできなかった。
苦痛を表現する時間を与えられなかったからだ。
光が重みを持ってアカリの全身を押しつぶすまで、まばたきをする猶予もなかった。
轟音が夜気を弾きとばす。
アスファルトは細かな亀裂を刻んで沈みこみ、道を挟んでいた塀は民家に向かってはじけ飛んだ。塀に埋め込まれた鉄骨がむき出しになり、ひしゃげる。細かな石のかけらが散弾銃のように飛散して、すずめの頬に紅い線を刻んだ。
足元が揺れる。小刻みな振動。
すずめの鼓膜が歪み、音が遮断される。
「アカリ!」
あらゆる衝撃が収まって、名を叫んだときには、小さなクレーターのようなそこで、横たわるアカリの姿があった。揺すってみても、その眼は力を失っていて、見えているのかいないのか、判然としない様子だった。
すずめは攻撃の出所を睨みつけたが、何者の姿もなかった。
「油断した……油断した、油断した……油断したッ! ちくしょう、ちくしょうッ!」
ほのかに意識を残したアカリには、すずめの叫びはずいぶんと遠く感じた。
(――ああ……さっきの万華鏡の画は、これだったのか。予知できてたのに、間抜けだなあ。すずめもすごい顔でこっち見てる。なんだか、あのときを思い出すなあ)
アカリの意識は、そのまま闇に吸いこまれた。
「アカリっ!」
すずめは、噛みしめた口の端から血を流しながら、何度もその名を叫んだ。
初めてアカリに出会ってからの思い出も込めて。
何度も叫んだ。




